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第3クオーターでは黒子君を控え、代わりに水戸部先輩が入る。
それは陽泉側もわかっていたみたいで動揺してる素振りはなかった。

そして陽泉ボールはそのまま氷室さんに渡り、火神と睨み合う形で対決が始まった。

「え!」

数秒間、睨み合っていたように見えたがフッと氷室さんがシュート体勢に入る。それに反応し火神はディフェンスに入るが氷室さんは体勢を戻すとそのまま火神の横をすり抜けた。

それだけでも凄いのに待ち受けた日向先輩と挟み撃ちにあっているにも関わらず滑らかな動きでボールを放り、そのままゴールリングの中へと落ちて行った。
その流れるような動きに誰も動けず、審判のホイッスルでやっと我に返ったようだった。


「主将も火神も全く反応できないなんて…」
「一体、どんなトリックが…」
「何もしてないわ」

驚く降旗君達にリコ先輩がコートをじっと見つめながら言葉を続けた。

「要はストップし、ジャンプシュートをしただけ……ただ、その繋ぎがあまりにもスムーズだったから2人共シュートモーションに入ったことに気づかなかったのよ」
「……」
「どれもごく普通のプレイだけど、ひとつひとつのクオリティがこの上なく高い。彼はいわば型にはまらない青峰君とは対極、基本忠実な超正統派」

まるで流麗なダンスだわ。そう零すリコ先輩は苦々しくコートを睨む。も前を向き氷室さんを見つめた。



確かに派手さはない。でもそれと同等に感じるほどのテクニックを感じた。
やっぱり氷室さんは凄い。あんな技術一朝一夕で手に入るものじゃないし、確実に備わるものでもないはずだ。並みならぬ努力とセンスがなければ成しえない。

氷室さんは自分のことを謙遜していったんじゃないだろうか、と思う程に彼のプレイは魅力的で脅威を感じた。
だから油断は絶対にできない。しかも今日の相手は氷室さんだ。火神が熱くならないわけがないのだから。


「テツヤ君…火神君は大丈夫だよね?」

手を抜くなんてことは絶対ないだろうけど、純粋に氷室さんとの駆け引きに後れを取る可能性はある。そういう意味では氷室さんの方が上手な気がしてならない。

その予想は悪い意味で当たってしまい、氷室さんが軽々と技を見せつけ達をも圧倒してきた。消えるボールなんて聞いてないよ。


どうやらファントムシュートとミラージュシュートは仕組みや特性が違うものらしい。
にとっては投げ方以外判別がつかないが、黒子君にとってはかなり脅威に見えたようで「もしかしたら止められないかもしれません」と答えていた。

その言葉に危惧したのはだけではなかったらしくリコ先輩は火神を下げ土田先輩を投入した。口をへの字にして戻ってきた火神に席を明け渡すと「ワリィ」と何故か謝られた。



「紫原のことぶっ飛ばすっつったのに」


火神にしては珍しく視線を逸らしながらそんなことをいうので黒子君が脇腹を、は日向先輩直伝の手刀で火神の頭に決めた。

「って!つか何で黒子まで?!」
「火神君が隙だらけだったので」
「そんだけで?!」
「それだけ血が昇ってるってことだよ」

おバカさん。と呆れれば火神は不貞腐れた顔で視線を逸らした。一応自覚はあるみたいだ。


「紫原君のことは最終的にそうしてくれればいいだけだから。今火神君がやらなきゃいけないことは氷室さんとどう戦うか、だよ」

それにもしかしたら木吉先輩が紫原君をどうにかしてくれるかもしれないし。
ゴール側を見れば紫原君との対決が始まっていて、1対1の対決でボールが弾かれたものの木吉先輩は伊月先輩からパスを貰い、見事3ポイントを決めた。うわ。やっぱり木吉先輩って凄い。

このプレッシャーの中ちゃんときっちり仕事をこなす先輩に身震いすると火神が悔しそうに唸った。


「…負けられねぇ」
「同意です」

見れば黒子くんまでじっと木吉先輩を羨ましそう、というか恨めしそうに見つめている。キミ達の対戦相手は陽泉ってこと忘れてないよね?



その伏線を張った先輩達は木吉先輩をポイントガードに置き、攻めに入る。
木吉先輩のポイントガードなんて初めて見るからとても新鮮であの体格で中心に立つ姿は安心感というか圧迫感というか。

もしかしたらいるだけで相手にもプレッシャーがかかってるんじゃないかなと思うくらいの存在感があった。
そして先輩達は見事にリングにボールを入れ決めてしまう。凄い。心底そう思ったがその傍らにいた紫トトロの雰囲気が変わりぞくりとした。


どうやら木吉先輩は紫原君の逆鱗に触れたらしい。

ここまで伝わってくる怒気と表情には身を固くした。翻弄されることも点を取られるのも嫌だろうけど、でも多分あの顔はそれ以上のことのような気がする。

1桁まで戻した点差に紫原君の機嫌がどんどん悪化してるのが見てとれてサッと顔色を悪くしカタカタ震えると頭を少し強めに撫でられた。


「大丈夫だ。アイツはお前のとこにはこねーよ。…それでも怖いっつーなら、俺達だけ見てろ」
「火神君…」

見上げれば彼と視線がかち合い、そしてなんだか照れくさそうに逸らされた。「自分でいっておいて照れるなんて格好悪いですよ」と黒子君につっこまれていたから自分で自分のセリフに照れたようだ。

難しいことをいうな、と思ったけどでも火神の心遣いはわかったのでは「頑張ってみるよ」と一応頷きじゃれ合う2人の仲裁に入った。



陽泉側がタイムアウトを取り、試合が開始されると再び火神がコートに立ち、氷室さんと対峙した。黒子君やリコ先輩からミラージュシュートの話を聞いたけど大丈夫だろうか。

「大丈夫です。火神君はもう誰にも負けません」

降旗君達も心配する中、黒子君が断言し前を見据える。その表情を見て、も火神を見やった。頭に昇った血は下がったみたいで雰囲気も試合に集中しているのがわかる。
でも少しだけいつもの火神じゃないものを感じてなんとなく眉を寄せた。

大丈夫だろうか、と一瞬心配したがの心配などものともせず火神は氷室さんのシュートを止めた。ワッと歓声が上がる。


火神はそのまま紫原君が立ちはだかる陽泉のリングに跳んだ。ダンクを決めるかと思われたが紫原君の妨害で決めきれずそのまま火神はボールごと床に叩き落とされた。会場に響き渡る音には顔を歪める。

日向先輩とのやりとりを見る限り異常はないみたいだけど豪快なコケっぷりに心配になってしまう。やっぱり相手が紫原君だからだろうか、余計に心配になっているらしい。

「ヒッ」

木吉先輩が一瞬気を抜いただけで倒れ込んでしまう程かなり体力を削りながら点数を稼ぐ中、異様な雰囲気を感じ視線を動かしたは短く悲鳴を上げた。
ゴール下を守ってそこから動かなかったはずの紫原君が動き出したのだ。

その威圧感と鋭い眼光にさっきよりも寒気を感じ身を固くした。今にも踏みつぶされそうな圧迫感だ。

その紫原君の恐ろしさは火神達が身をもって知ることになる。



オフェンスもディフェンスも紫原君の手ひとつで易々といなされてしまい成す術が見つからない。まるで大人と子供が戦ってるかのような歪な体格さにの顔が歪んだ。
極めつけは誠凛サイドのゴールを壊すという所業にの記憶が飛んだ。

あの手で頭を本気で掴まれたら確実に死ぬんだってわかってしまって、恐ろしさを通り越し思考が完全に拒否した。




2019/08/18