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陽泉戦が終わり片付けも早々に切り上げたは2階の観客席に急いだ。次の試合は同じく準々決勝で海常高校が出る。
そしてその試合の勝者が明日の誠凛の対戦相手校になるのだ。

それとなく良い席を見つけリコ先輩達を呼ぶと海常もアップを始めたようでダンクシュートを決めた黄瀬君に観客席がざわめいた。

「うわ、これもしかして黄瀬のファンってやつ?」

いたるところから聞こえる黄色い歓声に降旗君達が顔を引きつらせ周りを見回した。

試合も始まってないのにテンション高いことで、ともなんともいえない顔で近くにいる黄瀬君のファンであろう子達を見て逸らした。
私もあんな感じだったのかな。黒歴史だわ、と黒子君の隣に座り三脚を立てるともう1人いないことに気づく。


「あれ?火神君は?」

見回すに降旗君達も周りを見て彼がいないことに気づいて少し慌てたが、黒子君はいつもの顔で「氷室さんに話があるといって会いに行きました」とあっさり答えた。

「行きましたって、せめて俺らに何かいってけよな」
「スミマセン。でも試合が始まる頃には戻ってくると思います」

俺、一応先輩で主将なんだけど、と呆れる日向先輩に黒子君はこれまたいつもの口調で平謝りしていたが「もしかして指輪の話?」と聞いたら肯定で返された。


「兄弟をやめるとか、やめないとか、勝負で決めることじゃないと思うんです」
「…でも、そういうところが兄弟喧嘩っぽいんじゃない?」

それでなくとも男の子ってそういう変なことで本気に熱くなってケンカしてるイメージあるし。



「血よりも濃い繋がりってあると思うんだよね。あの2人とかさ」とカメラを出して充電を確認していると「いい加減仲直りしてほしいですよね」と黒子君がぼやくので思わず吹き出してしまった。まったくだ。


それからしばらくしてそろそろ海常高校対福田総合学園高校の試合が始まる、というところで火神が戻ってきたのを小金井先輩の声で気づいた。

氷室さんとちゃんと仲直りしてきたかな、と顔を見上げれば仲直りどころかまたケンカしてきたような神妙な顔つきで面食らってしまう。
え、氷室さんと話してきたんだよね?と隣に座った火神を見れば彼は前を見据えたまま黒子君を呼んだ。

「黒子。灰崎って奴を知ってるか?」
「え、」
「っ…何で、その名前を」
「今、会ってきた」

灰崎、という名前に黒子君も驚いていたがも驚いていた。知ってるなんてもんじゃない。しかも氷室さんやアレックスさんにしたことを火神から聞いて余計にそうとしか思えなかった。

はノートを取り出し福田総合のページを開く。桃井さんみたいに細かく調べることはできないから名前とかくらいしかわかってなかったけど、まさかこの灰崎が元帝光中の灰崎だったなんて思わなかった。


「黒子は、どう思う?」
「自分勝手で、とにかく制御ができない人でした」
「……」
「けど、それでも1軍レギュラーだったのは事実です」

強いのは間違いありません。そう断言する黒子君に話を聞いていた日向先輩達が沈黙する。



そんなイカれた選手が出てるなんて誰も思わないだろう。ある意味霧崎第一の花宮よりも性質が悪いかもしれない。とんでもないことになったぞ、とも溜息交じりに開いていたノートを閉じた。

も、あいつのこと知ってんのか?」
「私は係わり合いないから直接は知らないけど…でも、悪い噂なら嫌っていう程聞いてる」

今となっては黒子君に申し訳ないけど中学時代、バスケの試合を頻繁に観に行くようになったのは黄瀬君がスタメン入りしてからだった。だから直に灰崎のプレイを見たことはない。


彼をちゃんと知ったのは『女に手を上げる同学年がいる』『彼氏がいる女を寝取る奴』『女を手当たり次第に襲うバカがいる』という噂が流れてきた時だった。
結局その噂に該当する面々は遊んでる軽い女子か、かなり顔面偏差値の高い女子等どこかしら際立ってる人達が対象だったのでにはこれっぽっちも関係なかった。

しかし当時は全学年の女子に警戒と注意喚起が流されたほど、あの灰崎祥吾は危険、というレッテルが貼られていた。

その後に喧嘩っ早く、頻繁に問題行動を起こしていて帝光中でも悪目立ちしているという噂が聞こえ、そして実は元バスケ部と聞かされ驚いた記憶がある。
正直今でもあの灰崎が黒子君達とバスケをしていたなんて想像できなかった。


「"キセリョに負けたことはない"って本人が風潮してたのを聞いた時、バカバカしいって思って信用しなかったけど……ていうか、辞めたはずなのに何でまたバスケしてるの?」

本当はバスケが好きだったの?と黒子君に聞けば、彼は難しい顔のまま「わかりません」と、言葉を濁すだけに留めた。



コートを見れば赤ユニフォームでひと際ガラの悪そうなコーンロウスタイルの選手がいる。
あれが灰崎、と思ったが記憶に残る灰崎とはイメージが変わっていた。より近づきたくない人種になってる気がする。

試合が開始されると海常の笠松さんが早々に点数を入れ好調に駆け出したが、対する福田総合は灰崎がワンマンらしい動きで味方すら押し退けダンクをしようとして、それを黄瀬君に止められた。


それだけならまだマシだったけどシュートできなかったことを味方の先輩のせいにしたようで堂々と試合中に殴りぎょっとさせた。

何で彼はこんな全国の試合であんなことしてんの?本当にバスケしたいの?
そんな態度で勝てるほど海常は甘くないぞ、と見ているとボールが黄瀬君に渡り福田総合の望月和弘さんが放ったスクープショットをコピーし易々とシュートを決めた。


加算された点数と決めた黄瀬君に湧き上がる黄色い歓声が会場に響く。その声色に火神がビックリしたみたいだったが、見下ろした試合の空気は少し重いような気がした。

その違和感はすぐにわかった。灰崎は黄瀬君同様相手のプレイスタイルをコピーするらしい。笠松さんに森山さんのプレイを易々とこなしてしまう灰崎に思わず「うわ」と引いてしまった。

ついでに味方のパスをカットする灰崎にブチ切れる日向先輩とリコ先輩にも青い顔で引いた。
ダブルクラッチタイムでシメられる灰崎を見てみたい気もしなくもないけど仲間としては一緒にいたくないです。


下手したら紫原君より怖いかも、とコートに目をやると試合が進むにつれ海常の動きがどんどんぎこちなくなっているように見えた。
それは日向先輩やリコ先輩達の発言のお陰かもしれないけど、灰崎が海常の人達のプレイをコピーしてからそう見えるような気がしてならない。



「黒子。お前さっき黄瀬と灰崎の能力は少し違うっつってたよな。どういうことだ?」

早川さんのリバウンドに引き続き、黄瀬君、というか火神の技までも灰崎にコピーされ火神が先程言いかけた黒子君に続きを促すと彼は試合を観ながら静かに口を開いた。

「黄瀬君は灰崎君とほぼ入れ替わりにレギュラー入りしました。灰崎君は練習をサボりがちでいつも手を抜いていましたし、実践を見ていないから黄瀬君が知らないのも無理はありません。
灰崎君は黄瀬君同様、見た技を一瞬で自分のものにする。ですが、リズムやテンポだけ我流に変えてしまうんです」
「っ…」
「見た目が全く同じでリズムがわずかに違う技を見せられた相手は、無意識に自分本来のリズムも崩され、その技を使えなくなる……コピーではなく、灰崎君は技を奪う」


奪う、というには生ぬるいような。これはもう略奪ではないだろうか。
選手はみんな自分なりに工夫して努力を重ねて技を磨きここに立っている人ばかりだ。灰崎の能力だって凄いとは思う。けど、だとしてもこんな奪われ方は残酷だと思った。




2019/08/21
お初灰崎。