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コピーされるだけでもメンタルにくるというのに自分が磨いてきた技を略奪された上に使えなくなるストレスなんて想像もつかない。
「……今、怖いことに気づいちゃったんだけど」
第2クオーターが終わりハーフタイムで選手達が控室に戻る中、ここぞとばかりに黄瀬君に声援を送るファンの子達の声が聞こえたが、黄瀬君は何も返さなかった。
それはそうだろう、と思いつつ、でもいつもの彼らしくないかも…と考え、がぽつりと呟いた。
「黄瀬君って火神君の技結構コピーしてるよね」
「ん。まぁな」
多分、と自信はなさげだがいくつか試合中に披露されているのを見てるからありうる、という顔をする火神には難しい顔で黒子君を見やった。
「黄瀬君のコピーはほぼオリジナルじゃない?ということは、火神君の技も奪われたってことにならない?」
火神がこの試合観てたらヤバいんじゃないの?と伺うと黒子君が「あ、」と今気づいたような顔をした。又貸ならぬ間接強奪、とか笑えない話だけどね。
必殺技はまだ出てないからそこまで気にする必要はないかもしれないけど手数を減らされるのはかなり不本意に思う。そのせいで試合に支障が出たら困るだろうと考えていればリコ先輩が便乗してきた。
「そうね。後半は間違いなく黄瀬君が主体でくるでしょうし、灰崎君に対抗するためにクオリティの高いプレイをするとしたら火神君の技がまた出ないとも限らないわ」
「え、マジかよ!…ですか?」
「でも、そんな間接でも打撃受けたりするもんなの?」
「それはボクにもわかりません…前にも言いましたが黄瀬君の模倣能力はかなり高いです。雰囲気すら完全にコピーするとなると第3者である火神君も無関係とはいいきれません」
「マジかよ…」
「ですが、それも灰崎君達が勝てれば、の話です」
「…!」
「黄瀬君はそう簡単に諦めませんし、負ける気もないと思います」
森山さんや早川さんはかなり痛手の強奪に遭っていて手足がもがれている状態だけど、それでも黄瀬君は諦めないし勝ちにいくつもりだろうと黒子君は自信を持って言い放った。
この試合で、もし海常が負ければ準決勝での誠凛は福田総合と試合になる。そうなれば灰崎は今以上に誠凛の技を略奪していくだろう。
あんなワンマンで仲間すら蹴落とす灰崎に黒子君達が負けるとは思わないけど、どこをどう切り取って考えても腹痛案件にしかならないので絶対に海常に勝ってほしい、そう思った。
第3クオーターはやはり黄瀬君が主体で動いた。それもそのはずで森山さん達は自分の技を未だに決められないでいる。黒子君に聞いたとはいえここまでできなくなるものなのか、と改めて恐れをなした。
能力の高さを考えれば考えるほどムカつくし腹立つけど灰崎は強い。悔しいけれど。打ちひしがれる黄瀬君を見つめはぎゅっと両手を握りしめる。
黄瀬君だって強いし負けてないはずなのに。なのに灰崎に及ばないなんて。
「あの海常が負ける?」そんな言葉が聞こえてきてギクリとした。灰崎が黄瀬君より強いとか本気で信じてなかったけど、今になって急にそんな気持ちになってる自分に唇を噛んだ。
『灰崎のいってたことは本当なのかもしれない』と思ってしまったことよりも、『黄瀬君は勝てないのかもしれない』と思ってしまった自分に腹が立つ。
黄瀬君を見つけたのは1年の体育祭辺りだった。同い年とは思えない見た目の雰囲気に惹かれた。目立つ彼だからどこにいても見つけたし、感情豊かな彼を見ているだけでなんだか幸せだった。
それが2年になって同じクラスになって少し拍車がかかったんだと思う。近くなった(と勘違いした)距離に嬉しくて、彼が楽しそうにバスケをしている姿を見て更に嬉しくなって応援したい気持ちになった。
話したいとか仲良くなりたいとか、邪な気持ちがなかったかといえば嘘になるけど、近寄り難さがあったのも確かで。だから見ているだけで幸せだ、ということにしていた。
別にそれに対しては後悔していない。本当に見ていたかっただけなのだ。バスケをしている黄瀬君がキラキラしてて、格好良くて好きだったから。
今はその純粋だった気持ちは歪な形になってしまったけど、でも、一生懸命に走る彼を、勝つ為に頑張っている彼を、信じれない自分は凄く嫌だと思った。
「黄瀬の動きがおかしい。いつものあいつじゃねぇ」
「はい。技を奪われたとはいえ、黄瀬君がここまで崩れるとは思えません」
使う端から技を奪われ枯渇していってるとはいえ、それ以上に黄瀬君の動きに違和感を感じた火神と黒子君の会話に眉を寄せコートにいる彼を見つめると、前の席から「オーバーワーク?」という声が聞こえた。
「多分ね。インターハイの海常対桐皇戦。あの戦いで身体を痛めたのが青峰君だけとは思えないわ。恐らく黄瀬君も完治しないままハードな練習を積んでしまったのよ」
そんなことをいうリコ先輩にいわれてみればそうか、と思った。
青峰のスタンスと実力を考えれば肘を痛めるほどのことなんて早々起きない。だとすれば、インターハイで黄瀬君が青峰の本気を引き出した、というのが1番しっくりくる。
それと同時に、立てなくなるほど走り抜けた黄瀬君を思い出し手が白くなるほど指に力が入る。
青峰と同様に黄瀬君も痛めていた。あの黄瀬君が試合中に支障をきたすほど練習を重ね、あんなに苦しい顔をして走っているなんて過去の私じゃ想像もつかないだろう。
いつも見る黄瀬君は余裕の塊のような人だったのだ。スポーツなら何でも簡単にこなせてしまう。だから痛みや辛い顔を表に出すことなんてなかった。
それくらい黄瀬君は才能があってスポーツの神様に愛されているのかな?なんて思った時もあった。
「それでも、あいつが負けるわけねぇ。あんなクソ野郎に。約束したんだ。勝って次の準決勝でやるって…!だからあいつは絶対、」
そこまでいいかけた火神だったが灰崎が黄瀬君を押し退けダンクを決めてしまい言葉を失った。
時間を見ればあと5分を切った。点差は17点。ここから追いつくことはできるかもしれない、でももう…と確実に何かが折れかけている海常の雰囲気にまた唇を噛むと黒子君がスッと立ち上がった。
「信じてますから!黄瀬君!!」
驚いた。
大声を出すのが苦手な黒子君がこんな大きな声を出せるなんて。
その声は確実に黄瀬君に届いたようでさっきまで立ち上がるのも痛そうだった彼がすんなり立ち上がり試合に戻った。
そして黄瀬君は笑みを浮かべるとそのまま緑間君の超長距離シュートを海常のゴール下からやってのけた。
湧き上がる会場とは裏腹に灰崎や福田総合の選手達の顔が引きつる。そりゃそうだと、本家にやられて死にそうな気持ちになったのをも思い出してしまった。
「(これもコピーしてるとか聞いてないよ黄瀬君…)」
青峰をコピーしただけでも十分厄介だっていうのに。このままだとキセキの世代全員コピーするんじゃないか?とか、それで余計に痛めたとこ悪化したんじゃないか?と納得してしまった。
黄瀬君ってこんな体育会系だったっけ?なんかその辺随分変わってしまったような、と考えていると黄瀬君は次々とキセキの世代の技を披露していく。
2桁あった差は数分足らずで意図も簡単にひっくり返ってしまった。海常の目覚ましい快進撃に会場が湧き上がったが、それで大人しく引き下がるような灰崎でもなかった。
ボールが灰崎に渡ると黄瀬君と対峙したが、彼は何故か黄瀬君の足を踏んだ。一瞬のことで見間違いかと思ったが火神と黒子君も反応したので間違いないだろう。
何でそんなこと、と思ったがバランスを崩したように見えた彼を見てはハッとする。
灰崎はプレイではもう勝てないとわかって足を踏んだのだ。たたらを踏んだ黄瀬君には息を呑む。時間はあと残り僅か。福田総合との点差は1点。今ここで灰崎に決められたら逆転で負けてしまう。
「走って!」
海常が、黄瀬君が負けるのは嫌だ。
そう思ったら自然と声が出た。
その声に反応するかのような、殆ど同じに黄瀬君が走り出しシュートをする灰崎に追いついた。そしてそのままボールを叩き落とした。
それだけでも足に負担がかかってるというのに黄瀬君はその着地した足で切り返すように戻りそして福田総合のリングにボールを叩きつけた。
その瞬間試合終了のブザーが鳴り、海常側から歓声があがった。ギリギリで海常が勝てた。その事実にはホッとして張っていた肩の力を抜くように息を吐いた。
良かった。本当に良かった。
黄色い声援と拍手が起こる中、も倣って海常に拍手で賛辞を送った。
先輩達に揉まれ一息ついた黄瀬君は誠凛が座っている観客席に向き直ると拳を突き上げる。示す方向に立っていた黒子君や火神が嬉しそうに笑みを浮かべた。
その光景がなんだかとても嬉しくて青春だなって思えて胸が熱くなった。
「ぶは!ちょ!何でお面つけてんのマネージャー!」
「ぶ!本当だ!しかも拍手してるし!」
あいつら明日の対戦相手ですけど!と振り返った小金井先輩達につっこまれたはビクッと肩を揺らしながらも無言で拍手していた。
だって勝ててよかったって思ったんだもの。明日福田総合と、灰崎と当たらなくて良かったって心底思っちゃったんだもの。
それに、この会場に元帝光中の黄瀬君のクラスメイトやあの時のファンの子達も見ているだろう。彼がずっと灰崎に勝てなかったっていう中傷もこれで解消されたのだと思ったらやっぱり嬉しかった。
でもなぜかお面をつけていることで周りにいた人達に爆笑され、はだんだん恥ずかしくなり戸惑ってしまった。火神も豪快に吹き出すし、黒子君まで背中向けて笑い堪えてるし。そこまで変なのか?
「し、しかもお前っ…泣いて…はははっ!…何でまた泣いてんだよお前は!」
「なっ!み、見ないでよ!!」
「…さん。流石にそのお面は目立ち過ぎます」
「も、もう!笑うか指摘するかどっちかにして!」
顔を覆い隠すようにつけたお面だったが、火神に取られ泣き顔を見られてしまいは大いに慌てた。奪い返したお面を再びつけたが口許をヒクつかせている黒子君に諭され、余計に辱めを受けただけだった。
仕方なくお面を外すと声援に返していた海常はもうコートを後にしていて少しだけホッとする。
試合に感動しました、とか、明日戦う相手に見せる姿じゃない気がしたのだ。
そう思ったから丁度借りていたお面をつけて隠していたのに、まさか爆笑されてしまうとは思わなかった。恥ずかしくて顔をあげれそうにない。
「丁度緑間君から借りたラッキーアイテムがあったし、いいかなって思ったのに」
「その前のその泣き癖どうにかできねーのか?」
「…うぐ、」
「インパクトはかなりありました」
「インパクトしかねぇだろ」
「まあいいんじゃない?試合中ずっとつけてたわけじゃないんだし」
「でも俺が気づいた時にはお面つけたぞ」
「え?じゃあ、どっから…?」
黄瀬君達に泣き顔を見られるよりはいいかなと思って…とぼそぼそ言い訳していたら、木吉先輩が事もなげにいきなり告げ口してきて身体がピシリと固まった。
そしてみんなの視線が一気にに集中し、その視線の多さに顔を上げるどころか顔が熱くなってそのまま委縮するように肩を竦めるのだった。
2019/08/21
たまに投下してくる木吉鉄平。