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海常対福田総合との試合も終わり明日のミーティングと復習の為学校に戻る予定だったがまだ会場に残っていた。
リコ先輩達と別れ1階に降りてきていた達は速足で歩きながら外に出て行こうとする観客をすり抜ける。


「ったく、何なんだよ青峰の奴。"黄瀬を引き留めろ"って」
「わかりません。ですが少しでも帰るのを遅らせてほしいみたいです」

少し前に火神と黒子君が歩いていて、黒子君は携帯を見ながらそう答えていた。丁度試合が終わった直後に青峰からメールが届きそんな注文をしてきたのだ。
と火神は何でそんなことを?と疑問を投げかけたがその理由は特に記載されてなかったらしい。青峰らしいといえばらしいけど。


「じゃ俺達は黄瀬のとこ行くけどお前もあんまうろちょろすんなよ」
「しないよ」
さん。また後で」

振り返る黒子君と火神に頷いたは選手控室がある奥の通路へと歩いていき、は背を向け反対方向へ歩き出した。


で高尾君に連絡したら1階の正面玄関で落ち合おう、ということになったのだ。手にはお面がありそこで緑間君に返すことになっている。

試合を観ていた時は反対側の観客席に秀徳がいたし1階の方が2階より混まないので待ち合わせもまだ楽だろう、という話だった。

ほとんどが関係者やカメラ機材を持った人達で溢れていて普通の観客の人達は少ない。その行き交う人達を避けながら正面玄関に向かうとひと際甲高い声が聞こえてきた。



正面玄関に続くエントランスでは少ないと思っていた観客がこぞって立っている。しかも女子ばかり。
その中心にいる人物に目をやれば当たり前のように黄瀬君が立っていた。どうやらファンの子達に捕まったらしい。

マジか、と思いつつはなるべく壁側に近寄るとその人だかりを確認した。ざっと数えて20人くらいはいるだろうか。しかも様子を伺っている女の子達もパラパラいる。
そりゃ中学からモデルやってインターハイとウインターカップの本戦に出てればこうなるか、と妙に納得した。

これなら黒子君達が足止めしなくても大丈夫かも、と思いつつ横を素通りして反対側の観客席に繋がる階段に向かった。そっちの方が早く緑間君達に会えそうだと思ったのだ。


とりあえず待てる場所を、と見回すと視界に見覚えのある顔を見つけて心臓がギクリと跳ねた。
さっき自分でも思っていたじゃないか。黄瀬君のファンも元クラスメイトも来てるだろうって。

相手はこちらに気づいていないみたいだったから何食わぬ顔で逸らすと正面玄関に近い柱に寄りかかり彼女達が見えないように背を向けた。


「よっす!」
「うわ、」

黒子君に黄瀬君こっちにいるよ、とメールを打っていると送信ボタンを押す前に頭に何かが乗り、そして放れたので顔をあげた。
相手は勿論高尾君で、にこやかに笑った彼は「ちょ!ちゃん目が真っ赤」と噴出していた。



「勝ったのに泣いてんの?」
「……それ火神君にもいわれた」

勝っても泣くことくらいあるだろうけどそれにしても泣きすぎな気はしないでもない。私ってこんなに涙もろかったっけ、と妙に気恥ずかしくなって視線を逸らせば緑間君が現れた。

「緑間君ありがとう。お陰で勝てました」
「フン。当たり前なのだよ」

借りていたお面を差し出せば緑間君はいつもの自信たっぷりのドヤ顔で受け取りさっさと歩き出してしまう。
それに続くように、というと語弊があるが大坪さん達もの横を通り過ぎようとしたので会釈だけの挨拶をした。


「んじゃ、また明日な」
「うん。そっちも頑張ってね」

最後に高尾君がの頭を撫でると「目、ちゃんと冷やせよ」といって彼らの後を追いかけて行った。そんなに腫れてるのだろうか。
もしかしてサングラスで隠した方がいいくらいなのでは、と高尾君達を見送ったはなるべく下を向きながら来た道を戻った。

本当は黒子君にメールを送りたかったんだけど高尾君と話したせいか人の目が気になって落ち着かなくなってしまったのだ。

携帯を見ながら気にしてない素振りをして歩いていると「え、なんであいついんの?」という声が聞こえ自分かどうかもわからないのに肩が強張った。

違う。被害妄想だ、と自分に言い聞かせ歩いていたが「さんじゃない?」と耳慣れた名前に更に携帯を持つ手が震えて何度も文字を間違った。
聞き間違いであってほしい、そう願いながら歩いていたらすぐ横で「どういうつもり?」と声が聞こえ顔をあげた。



「何であんたみたいなブタがまだいるわけ?」
「道が狭くなって邪魔なんですけど」

振り返れば開会式に遭った元クラスメイト2人がこちらを見てクスクス笑っている。そのまま通り過ぎるのかと思いきや立ち止まり「部外者がいつまでもいるんじゃねーよ」とせせら笑った。

「ブタがバスケ部に入ったくらいで粋がらないでほしいんですけどぉ」
「マネージャーでしか黄瀬君にアピールできないとかマジウケる」
「ブスが何したって黄瀬君の目に入ることなんてないのに」
「あー私、気分悪くなってきちゃった。いるだけで人を不快にさせる奴なんかさっさと消えればいいのに」

同じ空気吸ってるだけで気持ち悪い。臭いんだよブタ。と聞こえる声で話す彼女達に、周りにいた子達が一斉にを見た。


別にマネージャーを始めたのは黄瀬君の為じゃない。アピールするつもりもない。けれど、の心は中学の頃のように固く閉ざしてしまって言葉が出てこなくなってしまった。
無言で睨んでみたところで彼女達は嘲笑うだけで何も返せず、向けられる他に視線に耐えられなくなって仕方なく背を向けた。

「逃げるとか、ダサ」、「いいたいことがあればいえばいいのに」と鼻で笑う声が聞こえて、自分の不甲斐なさに歯を食いしばり足を踏み出した。


「あれ。っちまだこんなとこにいたんスか?」


しかし数歩も行かないところでそんな声が聞こえ肩が揺れた。この喋り方と呼び方を、この声を聞き間違えるわけがない。
けど、は動転して振り返れずにいると「何してるんスか。黒子っち待ってるっスよ」といっての背を押した。

「ちょ、黄瀬君?!待ってよ!私らと後で話してくれるっていったじゃん!」
「あーごめん。用事できたからまた今度ね」

大事な人から呼び出しされちゃったから、と後ろで笑う黄瀬君に押されながらはただ歩くことしかできなかった。



元クラスメイトや黄瀬君のファンの子達が見えなくなったところで、黄瀬君は触っていたの肩を放すと並ぶように歩き出す。その対応には身を固くしながら壁に寄り添うように歩いた。

何がどうなってこうなったんだろう。隣では黄瀬君が先程緑間君を見つけて挨拶したのに無視されたと嘆いている。そうか。その時の姿も見つけたのか。


「ていうか、っち。客席でお面つけてたでしょ」
「え!」
「あれ、超ヤバかったっスからね」

笑い堪えるの。驚き思わず黄瀬君を見れば彼はこちらを見ていて肩がわかりやすく揺れた。

その視線から逃げるように目を泳がせたが黄瀬君は気にしてないようで、でもの顔を見て吹き出した。何気に失礼だ。自分の態度も黄瀬君に失礼だろうけど。


「黒子っちと火神っちの間にカーネルサ〇ダースがいてマジ腹筋がヤバかったんスから!」
「あ…」
「しかもめちゃくちゃ拍手してるし!先輩達にも教えたらみんな震えて控室まで持たせるの大変だったんスよ」
「それは、その、スミマセンでした…」

黒子君と火神が立ってたせいもあり悪目立ちしてたらしい。そのせいで海常の控室はかなりの爆笑の渦、だったようだ。

「小堀先輩なんか"安西先生に見えて泣けてきた"とかいうし!」と黄瀬君は腹を抱えてゲラゲラ笑っている。多分いいことなんだろうけどはだんだんと恥ずかしくなってきた。

まさか、黒子君達どころか黄瀬君達にまで笑われるなんて思ってなかったよ。



「しかもあの笠松先輩をあそこまで笑わせるとか、っちマジスゲー!って思った!!」
「(それは凄いというのだろうか…?)」

凄いの意味が違うような、と思ったがチラリと見た黄瀬君がとても嬉しそうに笑うので『まあいっか』と思い直した。

ゆったりと控室までの廊下を歩きながら黄瀬君を伺うと、彼は「あー笑った」と緩んだ口のまま前を見据え、それから少しだけ愁いを帯びた目でいいづらそうに口を開いた。


「でも、本当はちょっと助かったっス。今日の試合、ほんのちょっぴり大変だったんで」
「……」
「散々笑ったら元気出たっス」

結果は勝てたのだし落ち込むものは何もないと思ったけど、ケガとか灰崎とか黄瀬君にとっては落ち込むことがあったのかもしれない。
それがのカーネルお面で笑って解消できたのなら笑われた甲斐はあったかな、と少し思えた。


そんな彼がに顔を向けると今日1番の、もしかしたらが見た中で1番の笑顔で笑い面食らった。
彼の笑顔がなんとなく素のものに見えてしまったから尚更落ち着かない気持ちになり視線を逸らす。顔が熱いのは気のせいだと思いたい。


「……げ、元気が出たなら、良かったです」

隣を歩きながら、黄瀬君の笑顔を直視してしまったは消え入りそうな声で彼に返すことしかできなかった。




2019/08/23
カーネル=安西先生(スラムダンク)。