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準決勝、秀徳対洛山戦は緑間君の先制点で始まったが第2クオーター終了時には同点になっていた。
はマネージャーの仕事をしつつこっそりと試合を覗いたのだけど、コート内に赤司君の姿を見つけてやっぱり、と思った。

第2、第3クオーターの合間に少し長めのインターバルがある。その間に次の試合のアップが入る為、は黒子君達と一緒にメインアリーナへと足を運んだ。


コートからは赤司君率いる洛山がこちらに歩いてくる。
格闘技選手か?と思わんばかりのいかつい根布谷永治さんやスラリとしてるけどどこか柔らかくて視線が強い実渕玲央さん、試合はちょっと怖いと思ったけど表情は思ったよりも人が良さそうな葉山小太郎さんがやはり、といわんばかりに視界に入ってくる。これが無冠の五将。

そしてその1番先頭にいる赤司君は黒子君を見つけると足を止め何やら話し出した。
会話の内容が聞こえない位置にいたはそちらが気になりながらもこちらに向かってくる根布谷さん達の最後尾を歩く彼を見つけ視線を合わせた。

目が合った彼は少し驚いたように目を見開いたけど、会釈をすれば返すように頷きの横を通り過ぎて行った。
赤司君がスタートメンバーで出てるってわかった時彼の姿も見つけたけど、赤司君は思ったよりも黛さんを買っているらしい。


赤司君が出ていない試合にも彼は出てたもんな、と考えていると「火神!」という声にアリーナに視線を戻した。見れば火神が尻餅をついて赤司君を見上げている。慌てた様子の黒子君達にも何かあったのかと駆けだした。

「僕とやるつもりなら覚悟しておくことだ。お前の力を見出したのは、僕だ……いずれ、思い知ることになる」



近づくとそんな台詞と共に赤司君がこちらに歩いてくる。あまりいい空気じゃないと察したは緊張した面持ちで赤司君に道を空ける形で立ち止まると、彼はの目の前で足を止めた。

「そう警戒しなくていい」
「……」
「僕はただ彼を"座らせた"だけだ。怪我などさせていない」

フッと視線を寄越されただけなのに妙な圧迫感を感じた。開会式の時はそこまで感じなかったのに今は威圧感すら感じる。コクリと唾を飲み込むと赤司君がと向き合った。


。もし僕に勝ちたいと思うのなら残りの試合をここで観るといい」
「え…?」
「他はどう思っているかわからないが、お前の目はもう既に次の決勝戦に向いている。違うか?」

さっきの視線は僕達を値踏みしているようだったぞ、と言い当てられたような感覚にぶわりと汗が吹き出す。

視線だけでそこまでわかるものなのか?そもそもそこまでじっと見ていなかったはずなのに?と焦ったがそれ以上に「下調べもろくにせずに僕に勝てると思わない方がいい」という台詞に頭が真っ白になる。

私はただ見ていただけだ。そんな駆け引きとか戦略とか練る立場じゃない。リコ先輩や桃井さんや赤司くんのような能力はないはずなのに。
それなのに赤司君はにそんなことをいってのけ、そのままメインアリーナを後にした。

なんという自信だ。調べられたところで負けるはずがない、ということかもしれないけど。でも、と拳を作る。



さん。赤司君と何の話をしていたんですか?」
「うん…ちょっとね、」

固まるに駆け寄り、気遣わしげに見てくる黒子君を心配させないように微笑むと「ほらほら!アップの時間は短いんだから!」と彼をコートへと送り出した。


「リコ先輩…」

コートを見つめるリコ先輩の隣に立ち、いい難そうに彼女に声をかけたは大きく深呼吸をすると顔をあげた。

「スミマセン。お願いがあるんですが、」

もし彼と戦うというなら、もしかしたら…戦力にならないとしても知る必要はあるのかもしれない、そう思った。



秀徳対洛山戦の第3クオーターはある意味波乱の幕開けだった。緑間君に赤司君がついたのだ。それだけで会場全体に緊張が走る。
絶対的な自信。勝つと信じて疑っていないことは赤司君を見て更に思った。

止めるだけでも難易度が高い緑間君のフォームからボールを奪い、ゴール前に立ちはだかる高尾君を易々と転ばせ優雅にシュートを決める赤司君に寒気さえ覚える。

彼が動くだけでこんなにもあっさりと流れが変わってしまうのだろうか。誠凛対秀徳戦を思い出したはぎゅっと胸の辺りのジャージを握り締める。まるで緑間君と高尾君が子供扱いだ。

こんな人と決勝戦で戦わなくてはならないのだろうか。勝てるのだろうか。そう考えるだけで途方に暮れてしまいそうだ。


さん、」

第4クオーターに入ったところで黒子君に声をかけられハッと我に返った。

「マジかよ。ハーフタイムまで同点だったのに…」

横を見れば黒子君の他にも火神やリコ先輩達の姿が見え、そろそろ試合が終わるんだと嫌でも思い出させられた。試合終了まで残り8分半、そして14点差で秀徳が負けている。
驚く火神には何もいえないままコートを見つめた。

体力も精神も削りに削られた緑間君達の疲労がここまで伝わってくる。誠凛と戦った時も疲労していたがあそこまで表情には出ていなかったように思った。
それだけ追いつめられているのだろうか。そう思うとどうしても胸が苦しくなった。



「赤司のチェックは緑間だったのか?」
「いえ、第3クオーターからです。それまでは高尾君が…赤司君がついてから緑間君はまともにシュートさせてもらってない状態です」

日向先輩の問いかけに答えるとみんなぎょっとした顔で「あの緑間が?」と口々に零している。
死角からの妨害もフェイクをかけ緑間君がシュートしようとしても赤司君は簡単に見抜き、するりとかわしてボールを奪ってしまう。

その動きは派手で勢いのある無冠の五将ですら薄味に感じてしまうくらい赤司君の存在感が強く怖い。
フィールド全体を見通せてるどころか未来さえ見えているような動きだ。


ゲームでも予測で戦闘をすることはあるけど、必ずパターンがあるし大抵は繰り返し同じ場面をプレイすることでクリアすることの方が多い。

それが醍醐味で面白いのであって好きなゲームはそれにあてはまるのだが、赤司君が今やっているゲームは最初から最大レベルと装備で戦ってるようにしか見えない。

将棋とか囲碁とかボードゲームを趣味してるとか桃井さんのノートに書いてあったけど、その1番強い駒が赤司君そのものに思えた。


秀徳の宮地さんと木村さんが赤司君の前に立ちはだかる。その勢いは鬼気迫るものを感じたが、やはり赤司君はドリブルをしただけで易々と彼らを転ばせてしまう。その光景に火神達が息を呑んだ。

赤司君にアンクルブレイクをかけられた緑間君はそのまま動けずにいると宮地さんがやってきてそれはもう豪快に緑間くんの頭を叩く。
その音がこちらにも聞こえてビクッとしたが地響きのような秀徳の応援が会場内に響き渡り彼はゆっくりと立ち上がった。



まだ戦える、そんな雰囲気と、「緑間君達はまだ諦めていません」という黒子君の言葉にもまっすぐ試合を見据えた。

劣勢のまま秀徳ボールで試合が流れ出す。高尾君がしっかりと警戒しながら進めるが洛山側にも隙はない。
それに今は赤司君が緑間君についている。先輩達も緑間君の3ポイントがほしいところだといっていたから高尾君もそのつもりでいるのだろうけど、1人がボールを長く持っていられる時間は限られている。


「バイオレーション取られるまで10秒きった。やっぱ攻めあぐねてる?」
「それもあるだろうが、それ以上に恐らくこれからトライすることは相当リスキーなんじゃないかな」

小金井先輩、木吉先輩の言葉に視線をそちらにやると伊月先輩達も同様に彼の言葉を待った。

「残り時間と点差を考えれば最早ひとつのミスが命取りだ。迷いや不安はミスに繋がる。つまり、動くのは覚悟を決めた時だ」


木吉先輩いう通り、残り4秒をきったところで秀徳が動いた。


ボールはまだ高尾君が持っているにもかかわらず、緑間君があたかもボールを持っているかのようにシュート体勢に入る。
それだけでも驚きなのに、他の秀徳の人達もゴール前のガードに入った。

何が起こったの?と思った瞬間、緑間君がいつもの3ポイントのシュートをする体勢で跳び、そして残り1秒、というところで高尾君がパスをした。
そのパスはそのまま跳んだ緑間君の手にすっぽりはまりそして放たれる。

綺麗に描かれた放物線は見事ゴールリングに届き、そしてその中へとすっぽり落ちていった。変わる電光掲示板の点数と遅れてやってきた歓声にはハッと我に返った。



よし、とガッツポーズをとる秀徳に開いた口が閉じれない。緑間君はさることながら高尾君のことも驚きつつも褒める伊月先輩にも頷き同意した。

秀徳は緑間君と高尾君の連携で息を吹き返し確実に動きがよくなった。
しかも高尾君がギリギリまで持っていたボールは素早く、確実なタイミングでパスを出し、受け取った緑間君も応えるように空中でシュートをして決めてくる。なんというコンビネーションだ。

まるで長年付き添ったコンビのような連携に改めて高尾君と緑間君の恐ろしさを知った気がした


残り1分43秒というところで20点差あったのを11点差にまで縮めてきた。空中シュートも立て続けに入り、緑間君の完璧主義と高尾君のセンスの良さに鳥肌が立った。

失敗、という言葉なんて秀徳の人達は誰も考えていないだろう。
誰もが2人を信じて動いてる、そういう風に見えた。


「え…」
「自殺点?」
「狙って入れたぞ今…」

何考えてんだ?と茫然と零す伊月先輩や日向先輩と同じようにもそう考え、大きく目を見開いた。
点差はまだ洛山がリードしている。時間も数分残っているが引き離すのも追い越されるのもまだ可能性があり気が抜けない長さでもある。

あの赤司君が緑間君と高尾君のダブルチームでも臆するとは思えない。
いや、そんな追い詰められた表情ではなく彼は無表情に淡々と自営のゴールにシュートしたのだ。

会場がシンと静まり返る。そのせいで赤司君の声がここまで聞こえてきた。



「試合はまだ終わっていない」、「僅差であればこんな無様な姿を晒すことはなかったはず」、「少し頭を冷やせ」と淡々と聞こえてきた声に無冠の五将が苦渋に歪む。
いくら主将とはいえ先輩ですらあんな表情をさせる赤司君に胃の辺りがきゅっと冷える感じがした。


「全責任を負って速やかに退部する。そして罪を償う証として……両の目をくり抜いてお前達に差し出そう」

ゾッとした。冗談でもそんなこという人は今迄いなかったしあの赤司君がそんなことをいう人だとも思っていなかったから余計に怖くなった。

『負ける』だけでそこまでしなきゃいけないんだろうか。そこまでするのが洛山の主将なのだろうか。それが赤司君の覚悟の表れなのだろうか。


「どっちにしろ、鼓舞としての効果は絶大だったようだ」

どれをとっても普通じゃない気がする、と思ったが木吉先輩に促され見た無冠の五将の3人の顔つきは確実に変わった。


そしてそれは試合にも影響として響いていく。

赤司君が前線に出ていたのもあり大人しくしていた根布谷さん達がまた点を入れ始め、点差がそれ以上縮まらなくなってしまった。残り時間を確認したはぎゅっと両手を握りしめる。

「…なんか静かだな。秀徳も今迄で1番といっていいくらい慎重だ」

ボールの弾む音がやたらと響く会場では息を呑む。残り4分をきった。これ以上どれも落とせない。
勢いですら赤司君に殺がれた状態で秀徳に勝ち目はあるのかわからないけど、でも彼らを知ってる分だけやはり頑張ってほしい、負けないでほしいと願ってしまう。



そして、高尾君が動く。
しかし高尾君にダブルチームがつき、徹底的にマークされた。逃れる隙など無いように思えたが、それでもなんとか切り返し突破すると高尾君は緑間君めがけてボールをパスする。

緑間君を見ればわかっていたといわんばかりに既にモーションに入っていた。行け!も心の中でそう叫んだ。


だが、その声もボールをカットした音でかき消されてしまう。
視界には高尾君と緑間君の間に赤司君がいて、ボールも彼の手にあった。その事実に達は大きく目を見開く。

赤司君はそのままドリブルをし、フリーでシュートを決めた。タイミングは完璧だった。確実に上手くいくと思っていたのに。そう思ったらぶるりと寒気のように身体が震え握りしめた両手に力を入れる。


脳裏に負けるかもしれない、と過ぎった。


しかし、それでも緑間君達は、秀徳は諦めず、ベンチ組も観客席の部員達も喉が枯れてしまいそうなくらい声を張り上げ選手達を応援した。
だけどその応援は追い風にはならず、重くなった選手達の足枷を外すことはできず、じわりじわり点を取られていく。


そして再び緑間君と赤司君が対峙したがアンクルブレイクをかけられ転ばせられてしまう。
赤司君がシュートする中、それでも尚追いすがるように緑間君が手を伸ばすもあと1歩のところでボールに届かず、無常にもそこで試合終了のブザーが鳴り響いたのだった。




2019/08/28