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「やり返した!しかもレーンアップアリウープ!!」

前試合の秀徳対洛山戦の冷めやらぬ熱気の中、試合開始前の練習で先に黄瀬君が派手にゴールを決め、それに返す形で黒子君がパスをし火神がボールをリングに叩きつけた。

それだけでも湧き上がる観衆にみんなの期待も高いのかなと思ってしまう。「静かに練習してるかと思えば…」と呆れたリコ先輩の横で苦笑していると彼女がこちらに振り向いた。


「頭の切り替えはできた?」
「はい。もう大丈夫です」

じっと見つめるリコ先輩に返すように頷くと「私達も全力で行くわよ」との背中を叩いた。

秀徳が負け、気持ちが少し引き摺られていたが顔を洗って頭を切り替えた。黄瀬君達海常は強い。赤司君率いる洛山も強いけれどまず海常を倒さなければ次には行けないのだ。


ワクワクしてしょうがない、という雰囲気をめいっぱい出してる黒子君達を送り出しコートを見やる。対峙する彼らを見てるとなんだか初めて練習試合をした日に戻ったような気分だった。

「リコ先輩。私、木吉先輩の"楽しんでいこうぜ"ってセリフ、鼓舞の意味が強いと思ってました。準決勝だから気をもっと引き締めなきゃってわかっているんですけど、でも今日の試合だけはみんなに楽しんでほしいって思います」

ノートを抱え、前を見据えるに隣にいたリコ先輩も口許をつり上げ「そうね」と同じように前を見た。海常と"初めて"の公式試合だ。



誠凛対海常戦は黒子君の先制点で始まったがその直後に黄瀬君が海常のゴール下からシュートを決めてきた。

それを見てはハッとする。

まさか、と顔を引きつらせていれば日向先輩の3ポイントシュートを叩き落とし、木吉先輩のディフェンスをフェイクで切り抜け、そして火神を転ばせシュートを決めてしまった。
これ、全部見たことあるんですけど…!


「やられた!」


これもしかして、とリコ先輩を伺えば悔しそうに拳を握った。やはり黄瀬君は『完全無欠の模倣』を開始早々やってのけたらしい。

リコ先輩の予想でも"キセキの世代"のモーションを使ってくるはずだといっていたけどまさか最初から使ってくるとは思ってなかった。
福田総合戦が恐らく初お披露目だったはずなのに出し惜しみしていたんじゃないかと勘繰ってしまう程彼の動きは"キセキの世代"そのものなのだ。

素早く火神を見るがあっちはまだゾーンに入っている気配はない。それはそうだ。試合はまだ始まったばかり。身体も神経もまだ起きたばかりに近い。そう思うとヒヤリとした冷や汗が流れる。


「じゃあ、制限時間が切れるまで黄瀬はこのまま…?」
「いいえ。ここで使い切ることはないはず…けど、多分このままだとダメージはこれだけじゃすまない…」

そうだ。ゾーンと同じように『完全無欠の模倣』にも制限時間がある。しかしリコ先輩はそれ以上に危惧する案件が浮上したといわんばかりの顔で爪を噛んだ。

日向先輩のパスでボールを持った黒子君はそのままシュート体勢に入る。成功率7割のシュートだが試合での確率は思ったよりも高い。
そして紫原君さえも止めたという自信もあってそのままシュートしたが黄瀬君は紫原君張りの動きで捉えられないはずのシュートを叩き落とした。



「そんな…!」

達ベンチ組も驚き声を上げる。リコ先輩がいうには赤司君の天帝の眼を使って軌道を読んだらしい。その目と紫原君の機動力でファントムシュートを止めたというのだ。
マジか、と顔が引きつったのはいうまでもない。

黒子君…、と彼に視線をやると強い視線を黄瀬君に送りながらも笑っていた。ショックなはずだけど、でも諦めるつもりは毛頭ない、といった感じだ。


。黒子君はまだ行けそう?」
「はい。試合はまだ始まったばかりですし、テツヤ君も負ける気はないみたいです」

少し心配顔のリコ先輩が伺ってきたがの返答を聞いて少しホッと息を吐いた。


しかし黒子君のやる気とは裏腹に黄瀬君の奇襲攻撃で点差はあっという間に10点以上広がってしまい選手達の顔色が一気に曇った。
リコ先輩の打ち出した先行逃げ切りをまんまと奪われ、流れはそのまま海常ペースになってしまった。

シュートをしてもどうしても入らない誠凛側の焦りと苛立ちがここまで伝わってくるようだ。

「メンバーチェンジ。降旗君、出番よ」

それは勿論リコ先輩も見抜いていてメンバーチェンジを言い渡す。タイムじゃないんだ、という気持ちと一緒に降旗君を見ると彼は見たこともない顔で固まっていた。うん、だろうね。



リコ先輩はいうだけいって立ち上がるとそのまま審判席に行ってしまう。他のベンチ組も半信半疑という顔をしながら固まって動けない降旗君を無理矢理立たせ準備をさせた。

「降旗君!」

どう見ても視線が合わない降旗君に呼び掛けると「え、あ、な、何?」と呆けた返しをされた。
かなり緊張してるな。とわかって小金井先輩を見やると水戸部先輩や福田君達と頷き合って「せーの!」と降旗君の背中を思いきり叩いた。


「いって!!!な、何?!」
「降旗君!交代よ!」
「は、はい!」

涙目の降旗君が振り返ったがリコ先輩に呼ばれわけがわからない、という顔のまま足を踏み出す。その背中を見つめ、も彼の背を叩いた。


「行ってらっしゃい。頑張ってね」
「!……ああ!」


再度振り返った降旗君にはや福田君達が見えたのだろう。がっちがちに固まっていたけど大きく頷き返事をしてくれた。

伊月先輩と交代した降旗君を見届けたはそのまま黒子君を見やる。目が合うと彼はわかったといわんばかりに頷いてくれた。



「一時はどうなるかと思いましたけど、さすがですね」

降旗君もリコ先輩も。彼の特性を知っていても投入するのは勇気がいる。ちゃんと笠松先輩をマークできているし火神達に臆せず声をかけることも自らプレイすることも申し分ない。
これで緊張がいい意味に変わればもっと化けるかもしれない。そう思えるくらいには今の降旗君の伸びしろを感じてしまう。

頑張れ、とだんだんと動きが良くなってる誠凛を見ながらぽつりと零すとリコ先輩は「本当はもっとプレイさせてあげたいんだけどね」と申し訳なさそうに返した。


「火神君や黒子君がやたらと目立つから霞んでしまうかもしれないけど、降旗君達1年生も光る原石よ。ここまで一緒にやってきた結果はちゃんと出てるわ」

あの海常相手に、この準決勝という大舞台でもプレイできるだけの技術はあるのだとリコ先輩は自信をもって福田君達を見やる。
その言葉を受けて彼らは何か受け止めたようで言葉に詰まった顔をしたが「はい!」と大きな声で返した。


「勿論、もね」


そしてリコ先輩はに視線を合わせるとニヤリと笑い立ち上がる。タイムが入り、戻ってきた選手達にタオルを渡していると降旗君と目が合い手を掲げた。
「ナイス」とにっこり笑うと彼は照れた顔でハイタッチしてくれた。

タイムに入る手前で降旗君が見事シュートを決めたのだ。本人と同じくらいも嬉しくなったのはいうまでもない。



試合再開後は木吉先輩が中心の攻撃が始まった。そして海常は笠松さんを中心に攻めるつもりらしい。
黄瀬君はやはり最終クオーター迄温存するつもりなのか。他の選手よりも疲れが見える顔を確認してはボールに視線を戻した。

伊月先輩のバックチップが成功し誠凛は勢いを増す。それと同じくらいに火神のエンジンもかかったようだ。


黄瀬君との1on1はやはり青峰レベルとなんら遜色ない。さすがキセキの世代だ。お互いゾーンには入ってないけどそれでも他の選手が手出しできない程度にはつけ入る隙が無い。

このままエース対決にまでもつれ込むか、と皆が期待していたがそうはならず、黄瀬君を一旦下げてしまった海常側に観客席から残念そうな声が聞こえた。


「…きっと足のケガね」
「そんなに酷いんですか?」
「最悪な事態なら最初から試合に出さないだろうから、きっとここぞというところで出てくるはずよ」

思い出すのは灰崎に足を踏まれた時だ。もしかして悪化してるのだろうかと海常ベンチを見ると黄瀬君は悔しそうに俯いていても何とも言えない顔で見て前を向いた。
悔しいだろうな、とわかってしまったから余計に見てはいけない、と思ったのだ。



黄瀬君を欠いた海常はそのまま大人しくなるかと思われたが、それはの思い過ごしで、当たり前のように火神にダブルチームをつけ徹底的にマークされた。
隙のないディフェンスに火神もパスしか出せず誠凛側が身動きできない状態が続く。

そして事件は起こった。ミスディレクションの効果が切れるタイミングを計って交代の申請をしに行ったリコ先輩と同じくらいに笠松さんが動いたのだ。


伊月先輩との異様に開けられたスペースにも訝しがる。誘っている?と思った瞬間伊月先輩が黒子君にパスをしそのままシュート体勢に入った。
しかし、それも笠松さんはわかっていたとばかりに1歩下がり黒子君のファントムシュートを止めてしまった。


「嘘だろ…」
「あの紫原を止めたシュートが…」

ブザーが鳴り水戸部先輩と入れ替わるように戻ってきた黒子君をみんな心配げな表情でに迎え入れると彼は思っていたよりも落ち込んでいなくて先輩達が不思議がった。
どうやら火神が何かいって激励してくれたらしい。

コートを見れば火神がディフェンス2人の間を抜き、そのままダンクを決める。その心地よいほどの動きに誠凛側も期待に湧いた。
その期待に応えるように火神は悉く海常を翻弄し第2クオーター終了時には同点にまで追いついた。




2019/08/29
2020/09/06 加筆修正