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ハーフタイムで一旦控室に戻った黒子君達誠凛はリコ先輩の手短な話を聞いた後すぐに解散になった。
もマネージャーの仕事で給湯室に向かっていると、とある場所で立ち止まった。

視線を横にずらすと『洛山高校控室』という文字が見える。話し声は聞こえないが中に人はいるらしい。

明日の対戦相手を観る、とかしないのだろうか。そうは考えたがあの赤司君なら必要ない、といいそうな気がしては足を再び動かした。

医務室で氷を貰うとその足で控室に向かう。足早に歩いていれば誠凛の控室の近くで誰かが立っているのが見えた。誰だろう?と顔をチラリと見たがは知らない顔だった。


「あ、あの」
「はい」

立ち尽くしてる彼が気になりながらも誠凛の控室に入ろうとすると呼び止められた。
ドアノブを掴もうとした手を戻し振り向くと彼は「誠凛、のマネージャー?だよね?」と確認するように聞いてくるので肯定で返した。誰かの友達だろうか。

「っ…あのさ。誠凛に黒子テツヤ君っている?」
「はい。いますけど…」
「あ、と…変な質問かもだけど、あいつ……………バスケ、楽しんでる?」


どこか言いづらそうに言葉にする彼には少し戸惑いながらも「楽しんでますよ」と返した。

「中にいるんで呼びましょうか?」
「いや!いい!試合に集中してる時に邪魔しちゃ悪いしな」



本人に聞けばいい、と思ったが彼は慌てたように手を振ると困ったように笑って「それだけ聞ければ十分だから」と背を向けた。去っていく後ろ姿に今度はが彼を呼び止める。

「あの、試合を観に来たんですよね?」
「…そうだよ」
「だったら第3…ううん。第4クオーターまで、最後まで観ていってください」
「……」
「テツヤ君の出番、きっとあるから」

彼がプレイする姿を観ていってほしい。そう思い言葉にすると彼は丸くした目を細め「ああ」と頷き去っていった。


控室に入ると1番最初に黒子君の姿が目に入る。
さっきの彼は多分荻原君だ。顔は知らないけど多分そう。

の中で断言できたが荻原君が何故あそこにいたのか黒子君の様子を知りたがっていたのかわからず、引き合わせることをしなかった。

今から追えばもしかしたら会えるかもしれない。
けれどもし黒子君を傷つけるようなことをいう為に来ていたとしたら?
傷つけなくても彼の現状を知ってこの後の試合に響くようなことになったら?

そう考えたら上手く言葉が出てこなくて、何もいえずクーラーボックスに氷を入れてチャックを閉めることしかできなかった。



「それよかお前の方こそ平気なのかよ。ファントムシュート止められて…なんか手はあんのか?」
「わかりません」
「おい!お前、そういうの多くね?!」
「…けど、落ち込んでばかりいられません。なんとかする…しかないですね」

聞き耳をたてていたせいで2人の会話がよく聞こえ、だよね、と肩を竦める。海常とは公式戦は初めてでも試合だけなら2戦目だもの。

ミスディレクションも殆ど効かない状態だし、ファントムシュートも止められたとなるとな。うーん、と先程のことと一緒に考えていると黒子君と目が合い、彼の方からこちらに歩み寄ってきた。


さん。何か悩み事ですか?」
「ん?い、いや、悩みっていうか…」

伺う視線は妙に心配そうで、そういえば連日心配させっぱなしだたことに気がついた。いけないいけない。試合に集中させなきゃいけないのに。

どうしよう、と思ったがじっと見つめてくるガラス玉のような瞳から逃れられないと踏んだは短く息を吐いた。


「テツヤ君。ファントムシュートを攻略されたのは黄瀬君と笠松さんだけ?」

あまり口出ししない方がいいとわかってるけど、先程洛山の控室を見ながら思ってしまったこともあり何となく口にした。

黒子君のファントムシュートを攻略したのは海常だけじゃないのかもしれない。
実際は対面してみないとわからないだろうけど、理論ではもう洛山や他の学校にもネタ晴らしをしてしまっているに等しい気がしたのだ。



桐皇戦でのミスディレクション・オーバーフローのことを思い返し、あんな想いを黒子君に味合わせたくなくて控えめに聞くと彼は少し沈黙した後「そう、ですね」と言葉をきり出した。

「あの時の黄瀬君は勘で止めたと思います。ですが、笠松さんが止めたことでカラクリはもう黄瀬君にもバレてしまったと思っていいと思います」
「けど、お前の場合、わかったからっつっても早々止められるもんでもねーだろ?」


ロッカー側を見ながら端の方で話していればヌッと後ろから声が聞こえてビクッと肩が跳ねた。振り返ればやはり火神が上から覗き込むように達を見下ろしていて眉を寄せた。驚かせないでよ。

「普通のシュートならまだしもパスに近いあのシュートなら攻略されても使えるんじゃねぇのか?」
「使い方にもよると思います。確率もまだ100%ではないですし、笠松さんのように機転とスピードがあればすぐに止められてしまいます」

要は慣れられたら終わり。という黒子君にも唸った。確かに確率は大事だよね。攻略されても確率が高ければ使いようがあるし。

「目指せ、森山さん…かな」


日向先輩が森山さんのシュートを見るたびイラついてるみたいだけど、でもあの変則シュートがかなりの確率で入る上になかなか止めづらい、というのは凄いと思う。
もしあのくらいにまで詰められれば攻略されてもまだ使えると思うんだよね。

の意図してる意味をわかったのか火神も「ああ、あれな」と同意したが少し離れた場所にいたはずの日向先輩が「あんな変則シュート真似すんじゃねーぞ!」とつっこみを入れてきた。



振り返ればやっぱり苛立たしげな日向先輩が「俺の士気が下がる」とこっちを見ている。本当に森山さんのシュート好きじゃないんだな。

真似しません真似しません、と訂正して伊月先輩が駄洒落をいいだして日向先輩の矛先がズレたのを確認したは黒子君に視線を戻した。

なんというか、やっぱり黒子君ってフル出場って難しいのかな。技術的にも体力的にも。赤司君も中学の時今と同じように時間制限を決めて使ってたみたいだし。もしかしたらもっと短いのかもしれない。


さん…?」


心配そうに表情を露わにする黒子君に、笑ったり泣いたりする顔も少しずつ見慣れてきた黒子君に、使う度にどんどん制約が増して効果が薄れていく彼の技術に、いつか、ではなくそろそろ、本当に『影』を辞めてもいいのでは?もしくはできなくなるのでは?という言葉がの頭の中に過って消えた。


「ううん。なんでもないよ。ただ絶対に使えないってこともないだろうからタイミングを重視すればもう少しなんとかなるかなって思ってね」

それもこれも黒子君次第になってしまうけど。うーん、ただ不安を吐露してるだけかなぁ、と腕を組むと黒子君が何かを思い出したかのように口を開いた。

「あれ、使えませんかね?」
「……あれって、まさか」
「あれってなんだよ」

当面はフェイク織り交ぜるか伊月先輩達と連携しながら騙し騙し使っていくしかないよね、という話で終わったのだけど、ふと黒子君が思い出したように呟き、の顔が引きつった。



あれといえばの例のノートしか思い浮かばず、「いや、無理でしょ」と返し顔を熱くさせたが火神が訝しげに見てきたのでジト目で黒子君を睨んだ。何でいっちゃうかな?火神だけはまだ知らないままなのに。

さんが考えたボクの必殺わ」
「違うでしょ!それ無理だってリコ先輩もいったじゃない!」

黒子君がやりたいっていってたけど、あれは必殺技でもなんでもない机上の空論、妄想だから!黒子君の口を手で塞ぎ「余計なこといわないの!」と怒ると益々火神の表情が曇りなんのことか教えろよ、と詰め寄った。


「べ、別に大したことないし」
「なら喋ってもいいだろ?」
「しゃ、喋ると効果が薄れます」
「なんだそりゃ」

ムスッとした顔で見下ろしてくる火神に冷や汗を流したが「火神君がアメリカに行っている間にさんから対青峰君用の対策ノートを見せてもらったんです」としれっと黒子君が答えていた。キミって奴は…!


「はあ?だったら何で桐皇戦の時に見せなかったんだよ!」
「いや!だから!それは、試合に使えるような現実的な戦術じゃなかったんですよ…」

そんなもんあったなら使わせろ!というけど使えない戦術を見たところでなんの役にも立たないから。

やっと少し治ってきた傷に塩を塗り込まれたはがっくりと肩を落とすと黒子君が慰めるように背中を撫でてくれた。傷を開いた張本人が優しくて涙が出ます。



さんは現実的ではない、といいましたが実は意図してないところで現実にもなってるんですよ」
「え?そうだっけ?」
「火神君のポイントガードです」

あ、そういえば。ただし、シチュエーションも構想も全然違う形だったけど。
黒子君がいったことで思い出したは「そういえばそんなことも書いてたね…」と疲れた顔で感心しているとムスッとしたままの火神がを見てきて肩がビクッと跳ねた。


。後で見せろ」
「や、やだ」
「わかりました。試合後でもいいですか?」
「おう」
「何で持ってきてるの?!」

あれ確か部室の奥底に封印したはずじゃ、と嘆けば「必要になるかと思って持ってきました」とまたしれっと黒子君が答えていた。鬼だ。


「ボクだけなら無理かもしれませんが、火神君とならできる気がするんですよね」
「気がするだけだから!それ思い込みだから!」
「んなの試してみなきゃわかんねーだろ?」

時間になり控室を出て行く日向先輩達を追いかけるように達も歩き出したが、黒子君がこれまた恐ろしいことをのたまい、火神も追従した為には羞恥心と胃痛でその場に倒れたい気持ちになった。




2019/08/29
実践はともかく、ノートの話題は今後も出てきます。