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内心悲鳴を上げたい気持ちのまま第3クオーターが始まると、一進一退だった点数が徐々に誠凛側が先行し点差をつけ始めた。

それもそのはずで黄瀬君はまだベンチに座っている。そして火神の動きは更に磨きがかかっていてその相乗効果で日向先輩達の動きも良くなり海常は止められない状態になっていた。

でもそれではいそうですか、と道を譲ってくれる笠松さん達でもなく強豪であり最上級生の意地を見せつけ、誠凛側に力づくでも追いすがる。
その気迫はにも伝わってきて肩を張ると何やら日向先輩と木吉先輩が言い争いを始めたようで、リコ先輩が盛大な溜息を吐いた。


「え、ケンカ、ですか?」
「ああ。いーのいーの。いつものことだから」

木吉先輩がヘソを曲げるなんて見たことがなかったから驚きを隠せず、互いを見ない日向先輩と木吉先輩を不安げに見ているとリコ先輩はいつものことだとまた溜息を吐き、小金井先輩と土田先輩がカラ笑いを浮かべた。

どうやら達1年が入るまではあの光景は日常茶飯事だったらしい。
試合もあんな感じだったんですか?と問えば肯定で返された。マジですか。


降旗君達と『大丈夫なの…?』と不安げな視線を交わしたがそれは杞憂だとすぐにわかった。
不機嫌顔の木吉先輩がシュートを決め、これまた目つきが悪くなってる日向先輩が森山さんの3ポイントシュートを止めるという動きの良さを見せつけたのだ。

「よぉし!決まったー!!」
「な!だからいったろ?」
「ほ、本当ですね」

そして木吉先輩のスクリーンで日向先輩が先行し、伊月先輩からのパスを木吉先輩に回しシュートをさせるという外内という息が合った連携に驚いた。



ケンカするほど仲がいいってこういうこと?
呆気に取られてる間に第3クオーターが終わり電光掲示板を見やる。リコ先輩の最初のプランはとん挫したけど、でもこの点差ならもしかしたらと思った。


第4クオーターが始まると観客席が少しざわめきだす。どうしたのかと顔を上げると丁度洛山高校が2階観客席に姿を見せ座ったところだった。どうやらやっと明日の対戦相手を見届けに来たらしい。
黒子君を伺えば彼の視線も赤司君の方を見ていた。しかしそれもすぐコートに戻される。

試合の流れは誠凛から動く気配はない。どんなに精度を上げても今の火神には追いつけないのだ。
キセキの世代と肩を並べられるだけの実力を持っている、といわれただけのことはある。

ダブルチームすらものともしない火神にはかなりの心強さを感じた。
その火神に触発される形で日向先輩達も点を入れていき10点差までついた。


このまま逃げ切れるのだろうか、と試合を観ているとリコ先輩が「この点差なら、」と零し彼女の方を向いた。

「この点差ならいけるかもしれないわ」
「けど、最後の2分には黄瀬が来るんでしょ?」

海常がこのまま引き下がるとは思えないし、黄瀬君だって負けないって思ってるはず。試合序盤の奇襲を思い出し小金井先輩と似たような顔でリコ先輩を見ていると「…15点」と呟いた。

「15点差つければウチの勝ちよ。勿論、絶対という話ではないわ……けれど15点差あれば無敵のパーフェクトコピーでも2分間の逆転はまず不可能」



足のケガを考えても無茶はさせないはず、と踏むリコ先輩にはもう1度電光掲示板を見た。残り10分を切った。

「最後まで逃げ切れる可能性が一気に高くなる。あと5点でチェックメイトよ」

多分、このままいければ15点差は容易に引き離せるだろう。それくらい今の誠凛は流れを掴んでいる。それを断言できなかったのは黄瀬君のパーフェクトコピーが脅威なせいもかもしれない。
いや、黄瀬君が戻るだけでも海常の士気は一気に上がるはず。


果たしてこの点差を見て黄瀬君が大人しく最後の2分だけの為に待っていられるだろうか?そこまで考えたところで黒子君が立ち上がった。

「カントク。交代をお願いします」
「15点差もあるわ。もう少し様子を見ても…」
「だからです。黄瀬君に勝つ為に…追い詰められた彼らほど怖いものはありません」

Tシャツを脱ぎ捨て審判席に歩き出す黒子君にリコ先輩達は驚いたようだったが、を見た彼は軽く手を差し出したのでその掌を叩いて送り出した。


「カントク。黒子を出すのまだ早くない?」
「ファントムシュートも破られたままだしな」
「海常にミスディレクションはもうかなり弱まってるんでしょ?」
「私もそう思ったんだけど…、」

同じように交代の申請をしている黄瀬君を見て黒子君の判断は間違ってなかったな、と確認しているとリコ先輩に呼ばれ視線を戻した。



「ハーフタイムの時黒子君とファントムシュートの話をしていたけど、どうにかなりそうなの?」
「…いえ。話したのは応急処置程度です」

その会話も本番の黒子君頼みだし黄瀬君相手なら尚更使えるかどうか怪しいといった具合だ。交代のブザーが鳴り、コートに入っていく2人を見つめながら残り4分どんな展開になるのかは不安で仕方なかった。

先行しているのは誠凛なのに、黄瀬君がパーフェクトコピーを使えるのは後2分しかないはずなのに、このいいしれぬ胸騒ぎは何だろう。
隣を見ればリコ先輩も難しい顔になっていては無意識に両手を組んだ。


海常ボールで始まった試合は早々に黄瀬君に回ってきた。対峙する火神と黄瀬君に観客が湧きあがる。
交代間際は火神に軍配が上がっていたがどうなる?と見ていればいきなり火神がバランスを崩し尻餅をつく。そして誰かを彷彿とさせるドライブに背筋が寒くなった。

黄瀬君、初っ端からパーフェクトコピーを使ってきた!
温存なんて言葉はボールと一緒にゴールリングに叩きつけた黄瀬君は黒子君からのカウンターをキャッチした火神のレーンアップも止めてしまった。

その素早い動きに驚かされたが、パスが回ってきた黄瀬君のフォームにリコ先輩が立ち上がる。もその姿に目を見開いた。


「イグナイトパス・廻…!」

よりにもよって、というか、黒子君の技はコピーできなかったんじゃ…と思ったが現実は目の前で起こり小堀さんがフリーで点を入れてしまった。




2019/08/29