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『赤司征十郎は2人いる』

緑間君が火神に教えたことで黒子君は自分の過去を話す気になったようだ。

準決勝を終えた足で火神の家に向かうとテーブルを囲みみんな神妙な面持ちで座った。まあ、火神は少し不服だったようだけど。
会場も施錠されちゃうしお店に入って話す話でもないし、寒空の中で話すのも難しいから妥当といえば妥当なんだけどね。

諦めなさい、とリコ先輩に怒られた火神のジャージを引っ張ると彼は不承不承座った。


「ボクがバスケを始めたのは小5から。テレビで試合を観て面白そうと思って…至って普通の理由で始めました」

木吉先輩の言葉を受けて黒子君は淡々と昔話を始めた。
バスケを始めて荻原君と出会い、6年生の時に引っ越す荻原君と『中学でバスケ部に入って、いつか試合で戦おう』と約束したこと。


そして帝光中学校に入学しバスケ部に入ったこと。


でも念願だったバスケ部はレギュラーではなく3軍から始まって、昇格試験を何度受けてもなかなか合格できなかった。
それで居残り練習を始めて、青峰と出会い、何か兆しを見出したかと思われたがそれでも昇格は出来なくて。

散々悩んで、悩んで、退部しようと決意した。それを青峰に告げれば引き止められ、赤司君と出会って自分の特殊性を見出される。
黒子君は赤司君の言葉を信じミスディレクションを完成させ、3か月後その赤司君が認めらる程になり1軍に抜擢されることになった。



初めての試合で鼻血を出したりパス回しが上手くいかなくて降格されそうになったりもしたけど、それ以降はとても順調だった。

黒子君自身も強くなり、中学2年に進級すると早々に入部し、あっという間に1軍レギュラーに昇格した黄瀬君の教育係を任せられたりもした。


灰崎が強制退部になり、赤司君が主将になった辺りから彼らの能力値が爆発的に上がり始める。キセキの世代といわれだしたのもこの辺りだったと思いだした。


最初に片鱗を見せ変わったのは青峰だった。試合で圧倒的な力を見せつけ相手チームのやる気まで削いでしまう事態になったのだ。
それでも青峰を抑え込めば戦えると思っていたチームもあったみたいだけど、その努力すら嘲笑うかのような、話にならない程の圧倒的な差を試合で見せつけられ心を折ってしまった。

それを見た青峰はバスケに落胆し練習に休みがちになった。

全中二連覇をした後も彼らの能力は花開いていき、白金監督が退陣した後には緑間君や紫原君も個性を強く発揮しだした。
理事長からの指示でキセキの世代が特別視され青峰のサボりが常態化されると紫原君の態度も急変していった。


部活中に紫原君が赤司君にケンカを売ったのだ。
その時黒子君は青峰と話していて桃井さん達の情報しかなかったらしいけど、赤司君もここで能力の片鱗を見せたらしい。

ラスト1本で紫原君が勝つ、という場面で赤司君の逆鱗に触れ逆転劇を食らわせたのだ。
体格差を考えれば赤司君でも紫原君に勝つのは難しい。けれどこの時天帝の眼が使えたのならそれも可能だったのだろう。



従って紫原君は赤司君の言葉通り明日の練習もちゃんと出席することになったのだが、そう発言したはずの赤司君が真っ向から否定した。
青峰同様、紫原君、緑間君、黄瀬君も試合に出れば練習に参加しなくてもいいと言い放ったのだ。それに不満を唱えたのは緑間君や他の1軍の人達だったけど赤司君は意見を変えなかった。

勝つ為に協力しチームで勝つプレイから勝利さえ手に入れば他は壊れても構わない、駒に過ぎないチームになってしまった。


以前話してくれた時よりも辛そうな表情を露わにする黒子君には眉を寄せ、力を入れ過ぎて白くなった握りこぶしの上に手を置く。
その冷たい手を握ればハッと我に返った黒子君がこちらを見てきたのでは小さく頷いた。


それからレギュラーが全員集まらないままの練習が常態化し、シュート練習をいらないとまでいわしめた赤司君にはピクリと反応した。
そして赤司君は黒子君に自分は2人いて、入れ替わったのだと本人の口から告げられた。

勝つことが全てだといわれ、辞めたいのなら辞めればいいという赤司君にムカッとして殴ってやりたいと気持ちになった。

受け入れるしかなかった黒子君も、あがなえなかった黒子君も、何で?何で言い返さなかったんだ。辞めていればこんなにも傷つかなかったのに何で?と。初めて聞かされた時もそう思って、でもいえなかった。


それでも黒子君はバスケが好きだったから。
荻原君との約束があったから。
もしかしたら、自分がいることで青峰達が変わってくれるかもしれないから。

その願いにすがるしかなかったから。

その儚い願いを知ってしまえば、自ら雁字搦めになるとわかっていても、追い詰められる彼をわかっていても、止めることは出来なかった。



そして中学3年になり青峰達の試合に対する態度も悪化していって、もう誰も止められなくなった。止めるべき大人や主将である赤司君が推奨してしまったせいだ。

合間に誠凛の日向先輩達の試合を観たという話をしだした時は先輩達がどよめきだしたがリコ先輩が「静かにして!」と一喝して黙らせていた。


「そして3年最後の全中全国大会でも、ボク達帝光は順当に勝ち進みました」


全国大会だというのに変わらず青峰達は惰性でバスケをしていたようだったけど決勝戦が荻原君がいる明洸中学だと知った黒子君は準決勝に出たいと志願した。
その願いが通り黒子君は試合に出たが相手チームの肘を受け昏倒してしまう。

目が覚めた時には医務室にいたそうだ。
そして黒子君は赤司君に「決勝では本気でやってほしい」とお願いした。見舞いに来た荻原君の為に。"絶対にまたやろう"と約束してくれた彼に報いる為に。


しかし、承諾したはずの赤司君は残酷な結果を黒子君に叩きつけ、立ち直れない程心を折った。


帝光対明洸戦の点数は111対11。全てゾロ目にする為に赤司君達は試合をし、そして勝った。


全中三連覇。輝かしい結果に大人達は手放しで喜んだ。全校集会や校内新聞ででかでかと取り上げ褒めちぎっていたのを思い出す。
けれどその結果を黒子君やバスケ部にいた人達は誰も喜んでなどいなかった。勝利という肩書など賞状1枚程度の重みしかなくなってしまったのだと思う。



中学最後の全国大会を機にバスケ部を辞めた黒子君はその足で明洸中学校に向かった。でもそこに荻原君の姿はなかった。チームメイトの話では転校しバスケも辞めるといっていたそうだ。

その言葉に黒子君はショックを受けてたけど、荻原君が残していったリストバンドを譲り受け、バスケも辞めないでくれとある意味の激励を受けた黒子君は再び高校でバスケをやることを決めた。



*



ひと通り話し終え、黒子君はふぅ、と息を吐く。は黒子君の表情を伺っていると火神がぽつりと呟いた。

「なんだよ。オメーが悪いんじゃん」

そして身も蓋もないことをいいだした。
「心配して損したぜ」とぼやく火神に黒子君は目を丸くして驚いた顔をしている。も火神の予想外の言葉に呆気にとられた。え、ざっくりというか、酷くない?


「ビックリしたのは赤司が2人いたことぐれーと、間違ってると思ったんならぶん殴ってやりゃ良かったじゃねーか」
「理屈なんて後でいいからとにかく動けよ。それをお前はうじうじ、うじうじ…」
「そうですね。ボクは何もできなかった…荻原君がバスケを辞めたのはボクのせいです」
「だからうじうじすんなっつってんだろうが!」
「あいた」

その後も火神は黒子君の頭にチョップしたりしては内心『えええ…』と引いた。確かにうじうじしてるかもだけど、でも殴られるようなこといった?


「形見のリスバン貰ったのに何でそうなんだ?」
「死んでません。貰っても悪いのはボクです」
「んなこと、シゲって奴が思ってるわけねーだろ」
「……っ」
「お前が許されたくないと思いこんでるだけだ」

奔放な火神に引いていたが、でも彼の言葉にハッとした。そっか。そういう見方もあるのか、と思った。

落ち込む黒子君に脳天チョップとか、不満を黒子君に向けてる火神にどうかと思ったけど、でもには火神のような答えは出なかったから、そこは素直に凄いな、と思った。



「そんでどうすんだよ。ボクは本当はこんな人間です。それでも仲間として受け入れてくれますか?とでもいうつもりかよ。もしそうならマジでぶん殴るぞ、テメー」

そういって火神は立ち上がるとただでさえ高い身長から見下ろされなんとなく身構えてしまう。いや、見てるのは黒子君の方なんだけど。


「とっくに仲間だろうが!お前はそう思ってなかったのかよ!」


火神の言葉に黒子君は大きく目を見開いた。多分、黒子君に足りなかったのはこの言葉をくれる人だったのだろう。
殴ってでも止めてくれるような、一緒に戦ってくれる仲間を。

中学の時にはいなかった…もしかしたら青峰や誰かがなりえたかもしれないけど…対等に考えてくれる人が現れたことにも肩の荷を下ろすような、そんな気持ちでホッと息を吐いた。


「そうだな…よくいった火神。ただな、」

火神の啖呵もひとまず収まり、代わりに日向先輩が立ち上がったが、何故か本家の脳天チョップが火神に落とされた。しかも火神の背が縮むんじゃないかっていうくらい何度も雷を落とされている。

「さっきからお前ばっか喋ってんじゃねーか!俺らだっていいたいこと色々溜まっとるわ!!」

倒れた火神にうわ〜と引いていれば日向先輩は今度は黒子君を捕まえ「つか、話なげーんだよ!」とヤキ?を入れられていた。それは確かに。だってざっと4〜5年分話してたし。



「まったくもう、これじゃ真面目な空気もへったくれもないじゃない」

逃げようとした黒子君を小金井先輩が羽交い絞めにし、日向先輩の鉄拳を受けている姿を眺めていると隣に来たリコ先輩が呆れた顔で溜息を吐くのでも小さく笑った。


「でも、いいんじゃないですか?テツヤ君、笑ってますし」


日向先輩達に怒られながらも何故か笑ってる黒子君に苦笑すれば「アンタも苦労するわね」とリコ先輩に同情されたのだった。




2019/09/02
帝光編はヒロインも地獄絵図なので流します。ご了承ください。