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「火神君。ボクは今日まだ話していないことがありました」

黒子君の話も終わり後片付けも終わって、見せたくなかった例のノートを火神に見せたは抜け殻のような気分で靴を履くと、隣にいた黒子君がついでといわんばかりにそんなことをいいだした。

「まだなんかあんのか?」

他にも何かあったっけ?と考えていたら卒業式の日に赤司君と会っていたらしい。それは私も知らない話だ。
どうやら赤司君に『もう逃げない』と宣言していたようだ。だから赤司君は黒子君のことも頭数にいれて開会式の日に集合をかけたのか、とぼんやり思う。全中前までは辞めてもいいなんて言ってたくせにね赤司君。

「何でみんながいる時に話さなかったんだよ」、という火神に黒子君はただ話しそびれただけだと答えていたけど、彼の表情はとても柔らかく輝いていた。


「答えは、出ています」


そういって掲げた手に火神も答えるように突き合せた。
全力をぶつけて最終決戦に勝つぞ!という気合の入った意気込みにも満足そうに見ていれば2人の顔がこちらに向き拳を突き出してきたので「うん。頑張ろう」と両手でそれぞれの拳と突き合せた。


「あ、つか
「ん?」
「お前、遅くなったけど親大丈夫なのか?」

それじゃまた明日、とドアを開けたところで火神が今更なことをいいだしたので呆れた顔で肩を竦めた。その話はせめてリコ先輩が帰る頃にいってほしかったよ。



「大丈夫だよ。うちそういうの煩くないし」

というか、中学時代引篭もりだったから外に出てることはいいことだって思ってるらしいし。
部活やっててしかも全国大会に出てるっていう話も一応してるから夜遅くてもそこまで心配してないようだった。放任主義ともいうけど。

「問題ありませんよ。さんはボクが送り届けますから」
「……」

まあ、いちいち煩くないのはいいことよね、と思っていたら黒子君がご丁寧に付き添ってくれるらしく「家帰るの遅くなるよ?」といってみたが「連絡すれば問題ないです」と返された。


「…とりあえず駅まで送るわ」
「え、」

今日試合して明日も試合がある選手に送らせるのって嬉しいけど気が引けるんですが。と考えていると火神がシューズを履いて外に出たので更に驚いた。
近くとはいえ、冬で夜に薄着はありえなからと火神に上着を着させマンションを出たが、さっきの別れの挨拶が気恥ずかしい感じになってしまった。


吐く息が白く、空気に溶けていくのを眺めながら3人並んで歩いていると「つーかよ、」と隣にいた火神がおもむろに切り出す。

「何であのノートさっさと見せなかったんだよ」
「見せるわけないでしょ」

さっき散々「ないわ」みたいな顔で笑ってたじゃないか。そういう晒し物は既に合宿でやったからもういいんですよ。
それ以上は拒否します、という意味を込めてジト目で睨めば「ま、使えなくはねーんじゃね?」と何故かの頭を撫でてくる。慰めてるつもりだろうか。



「火神君もそう思いますか?」
「あの2冊目の3番目のやつとか使えそうじゃねぇか?」
「はい。ボクもそう思います」
「いやいやいや。ダメだからね?無謀だからねそれ」

何両側で話進めてるの?!しかもリコ先輩がこれ無理じゃない?といったやつじゃないか。キミ達面白がるのもいい加減にしなさいよ!と怒れば「明日は使わねぇよ」と火神が笑った。


「使うにはもうちっとそれ用に練習しなきゃなんねぇしな」
「前後のフォーメーションを踏まえるとスピード強化は必須ですしね」
「先輩達だと混乱させちまうだろうからフリ達に頼んで練習してみっか」
「いやいやいや。降旗君達巻き込まないで!無理しちゃうでしょ!」

なんつーこといいだすの!と声を上げればそれが出来るようになれば1年だけで戦う機会が来ても強みになるだろ?と返されてしまいは閉口した。


「いやでも……ケガとかしたらやだし」

自分の無茶なプランでみんなにケガとかさせたら落ち込んで帰ってこれなくなりそうだからなぁ。
怪我で試合に出れなくなるとかそういう姿を見るのは耐えられない、と口を尖らせると黒子君がの頭を撫でた。

「大丈夫です。怪我をしないように擦り合わせたりアレンジすればいいだけですから」
「それくらいなら俺達にもできるし、全部お前の案に乗っかるってことはしねーよ」

そもそも宇宙人じゃなきゃできなそうなフォーメーションもあるしな、と笑う火神に折角積み上げた株が暴落した音が聞こえた。



「じゃあ明日ね。かが…え?」

何で改札通ってるの?最寄りの駅に辿り着き火神に挨拶しようと振り返ったら何故か彼もついて来ていた。

「ポケットにカード入ってた」
「入ってたって…」
「どうでもいいだろ別に。ホラ行くぞ」

ぼさっとしてると益々帰るの遅くなっちまう、と背を押されは仕方なく駅のホームへと向かった。

エースに送らせるとか、明日決勝なのにとか、考えながら階段を上っていると「火神君。明日もそれなりに早いんですよ」という黒子君の声が聞こえた。
そうそう、と振り返るも「どうせ寝つけねぇんだから何してたって一緒だろ」と火神に返されてしまった。そういえば試合前日は寝れない子でした火神君。


「そういえば、は聞いてたんだな。黒子の過去」

まあ赤司のこと聞いてるとかいってたから知ってるだろうとは思ってたけど、と電車のアナウンスを聞きながら寒そうに身を縮みこませていると火神にそんなことをいわれた。

「何もできなかったけどね」
「まあ、いきなりに殴られたらあいつらもビビるだろうしな」

事情を知ったところで何もしてなかったのでしょんぼりと俯くと火神が適当なことをいって黒子君を噴出させた。


今でこそ殴ってやりたいな、と思うけど本人目の前にしてそんなことできる自信はこれっぽっちもないし、やらないし。
というか私そこまで暴力的じゃないよ、と呆れたところだったから顔をあげ火神と一緒に黒子君を見やると視線に気づいた彼は手で口を隠し表情を取り繕った。ポーカーフェイスがミスディレクションしてますよ。



「…すみません。ちょっと想像しました」
「素直か」

開き直った黒子君の肩に裏拳でつっこむと今度は自然に笑って「何もしなくてもさんがいてくれるだけでボクは助かりましたから」と歯に着せぬ物言いでを赤面させてくる。

その直球やめていただけませんかね。

あーうー、と赤い顔で眉を寄せると電車がホームに入りどっと疲れた気持ちで車内に入った。




2019/09/05
オブラートもミスディレクション。