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背を押して自分もちゃっかり電車に乗りこむ火神に、この子本当に家まで送るつもりなのでは?と思いつつスタンションポールを掴むと視界に見覚えのある人を見つけ、目が留まった。

「どうした?」
「ううん。なんでもない」

声をかけられハッと我に返ると似てると思った人が全くの別人でなんとなくホッと息を吐く。
伺う火神に首を横に振るとはつり革を掴む黒子君に視線を送った。


「赤司君ってさ。最初からずっとテツヤ君にシュートさせなかったの?」
「え?……はい。自主練はしてましたが赤司君からシュートの確率をあげるような指示はされませんでした」
「んじゃ本当にパスだけやらせてたってことか?」


初めて聞いた時は他に出来る人がいるから適材適所なのかなって思ったけど、バスケとちゃんと向き合うようになってからは赤司君の適材適所ってどの辺のことをいうのだろうと思った。

どんなに自分の仕事を全うさせようとしてもアクシデントやタイミングがある。満遍なくひと通りできた方がいいと思うのは間違っているのだろうか。

それに黒子君はシュートが出来なくてもいいとは思っていなかった。だから青峰に教えてもらってファントムシュートを完成させた。
赤司君がいえば黒子君はこのシュートを中学時代に作っただろう。でもそれは必要ないとまで言わしめた。



思い出すのは青峰の言葉だ。
『その辺はテツに教えた赤司しかわかんねぇよ』

青峰は黒子君がシュートが出来るようにならなかったのはパススタイル特化の副作用だといっていた。

黒子君のミスディレクションはかなりレアだけど何度も使えないし制限時間がある。あのパス回しだって独特だけど絶対真似できないわけでもない。
副作用があったとしても教えて損ということはないはずなのにどうして?


「(やっぱり赤司君は"わざと黒子君にシュートを教えなかった"…のかな)」


理由はまだわからないけど、これ以上黒子君に上達してほしくない…ということではないと思う。使える駒なら何人でもいていいはずだ。今の洛山を見てもそんな感じが伝わってくるし。

でも赤司君はパスだけが出来る黒子君を欲しがった。


赤司君にとってミスディレクションがそんなにも特別だったのかな?と考えたところで何かにぶつかり顔を上げた。

「ご、ごめん!……て、あれ?」

見れば目の前に黒子君がいたが辺りは暗くて目を瞬かせた。私達、電車に乗ってなかったっけ?と考えていたら頭にぽん、と何かが乗り重くなった。



「やっと戻ってきたかよ。お前、ずっと上の空だったぞ」

更に視線を上げれば火神がいて「悩み事があるならいえよな」と乱暴に頭を撫でてくる。
周りをちゃんと確認したら既にもう最寄り駅についていて、道も家に程近い近所だった。うわあ…本当に火神にまで送ってもらちゃったよ…。

途中で帰そうって思ってたのに。とがっくり肩を落とすと片方の手が黒子君の手に握られていて「ごめん…」と申し訳なさそうに零した。私は迷子になった幼稚園児か。


「ボクは構いませんよ。手を繋いでいればさんがぼんやりどこかに行くということもありませんし」
「ご、ごめん」
「コケそうになったら俺が腕掴んで助けたしな」
「お手数をおかけします…」

恥ずかしい。私恥ずかしい。穴があったら入りたい気持ちになりながら空いてる手で額を押さえると「んで、何ぼうっと考えてたんだよ」と頭に手を置かれたまま火神に聞かれた。


「…う、ん。赤司君って一癖も二癖もあるなって、しみじみ思っちゃってさ」

中学時代は全然そんなこと考えなかったのに。今はうすら寒いというか未知との遭遇気分で怖くて仕方ない。
本当に勝てるのかな?なんて思ってしまったから誤魔化すようにカラ笑いを浮かべた。

「そういえばさん、赤司君と開会式の日に会っていたんですね」
「うん。たまたまね。あっちはテツヤ君がいる学校だからチーム全員に目を通してたみたいだし…でももうあの時みたいに普通に話せる自信ないかも…」



思い出されるあの威圧的な空気と絶対的な権限を持ってるような瞳。あれで睨まれたら生きていられる気がしない。
中学時代間近に遭遇しなくて良かったよ、と心底ホッとしていると火神が不憫そうに頭を撫でてくれた。


それからまた歩き出しの家の前に着くと今度こそ別れの挨拶を交わした。

「あんま考え事しないでさっさと寝るんだぞ」
「…それ、そっくりそのまま返すから」

寝れないのはそっちでしょ、と火神に返すと火神の手が伸びてきて頬を抓られた。
地味に痛いんですけど、と眉を寄せれば「お前、顔冷たいぞ」と今度は両頬を火神の手に包まれ身動きが取れなくなった。耳とかもほんのり温かくなったけど、何だかとてもこそばゆいです。


「家に入れば、大丈夫だから……テツヤ君も、」

改めて大きいなと思ってしまった火神の手や、暗いけど何となく目が合っている気がして落ち着かなくなったは彼の手から逃れるとまだ手を繋いでる黒子君に声をかけた。
不承不承、という感じで放される手に苦笑しながら門を開くとは振り返った。



「テツヤ君」
「はい」
「荻原君のアドレス、まだ残ってる?」

少し緊張して冷たいスチールを握りしめる。折角温めてもらった手がどんどん冷えていくのが分かった。
聞かれた質問に黒子君は驚いたみたいだけど肯定で返し、なんでそんな話を?という顔でを見つめた。


「明日の試合、観に来てほしいって連絡してみて」
「え…」
「繋がれば良し。繋がらなかったら…それはそれで。でも連絡するだけしてみて」

の言葉に黒子君が息を呑むような仕草が見えた。暗いからそんな気がした、だけかもしれないけど。


「いいそびれてたんだけどさ。今日のハーフタイム中にテツヤ君を訪ねてきた人がいたの」
「……」
「テツヤ君に会いますか?て聞いたら断られちゃったんだけど……もしかしたら、あの人が荻原君だったのかなって」

顔を知らないから断言できないんだけどね。と肩を竦めれば黙り込んだ黒子君の代わりに火神が「名前とか聞かなかったのかよ」と発言したがは首を横に振った。

「私もまさかそこで会うなんて思ってなかったから…あっちもすぐ行っちゃったし」



バスケを辞めたと聞かされていたし、会ったこともなかったから確証はなかった。それに、試合中に会わせて黒子君を動揺させたくなかったというのもある。

でも今は過去に色々あったとしても無理にでも会わせた方が良かったのかな、と少し後悔していた。
黒子君を伺えば暗くてもわかるくらい動揺してるから。


「悪いと思うなら本人にちゃんと会って謝った方がいい。何も話さないままはダメだよ」


あの時はお互いショックで何も話せなかったかもしれないけど、今なら、もしかしたら。
もし、今日来てくれたのが荻原君なら黒子君と話すこともできるんじゃないか?と、そう思った。




2019/09/05