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3位決定戦が始まるといよいよ、という気持ちになった。学校旗をギリギリ括りつけることが出来たはご家族が来る先輩達や武田先生に連絡してホッと息を吐く。

現在は2階ロビー近くにいるのだが開会式を思い出し何となく周りを警戒しながら携帯を弄った。黒子君は既に日向先輩達と合流して試合の準備に入っている。
というか、早めに合流してもらった。でないとの心臓が持たないと思ったのだ。まったく、黒子君は女心がある意味わかってない。

溜息と一緒に受信したメールを確認すればの代わりに買い出しに行ってもらっている降旗君達も会場に着くらしい。そろそろ控室に戻って用意してもいいかもな、と考える。


携帯を閉じ、周りを伺えば奥の方のベンチにひっそり佇む彼がいる。
がここで連絡のやり取りやリコ先輩の友達の先輩に挨拶してる間もずっとそこに座っていた。本を読んでいるようだから当たり前といえば当たり前なのかもしれないけど。試合前の精神統一、なのだろうか?

控室の様子を見に行くついでにこっそり何を読んでるのか見てみようかな、と少しの好奇心が頭をもたげ彼がいる方へと歩いていくと、湾曲した作りと柱でわからなかったが彼の近くには洛山の部員達が固まっていて雑談をしているようだった。

3位決定戦とはいえどちらの高校も部員と観客が多い為、あぶれた生徒は決勝戦までここで待っているつもりなのだろう。

部員多いと大変だなぁ、とやや引き気味に歩いていくと自然と彼の近くを通ることになり何食わぬ顔で彼の手元を覗いてみた。
文庫、というところまではわかったが作家がどうとか内容はどんなのかはさっぱり見えなかった。



「あ、すみません」

作戦失敗、と思っていたら洛山の部員を避けた一般の団体が横を通り過ぎ、通せんぼされる形で壁に寄り添った。こちらはこちらで洛山の関係者っぽい。

もしかして引き返した方がいいかな?という人だかりに困った顔になったは、踵を返し来た道を戻ると丁度目の前に先程小説を読んでいたはずの黛さんが立っていて大いに驚いた。

「ど、どうも」
「……ああ」

お疲れ様です、と頭を下げて横を通り過ぎようとしたら何故か黛さんもの後をついてきた。
驚き振り返れば彼は心底うざったそうに「あそこは落ち着かないからな」と吐き捨てた。それは同意です。


どうやら黛さんも洛山の控室に向かうようで一緒に階段を下りるとそのまま道沿いに歩くことになってしまった。
ずっと黛さんの視線を感じるようなそうでもないような居た堪れない気持ちに何となく肩が張ってしまう。どうせなら前か隣を歩いてくれたらいいのに、と願ってしまった。

部員数のせいか、洛山の部員がやたらと通り過ぎる。
しかし殆どの人が黛さんを無視していて、おいこら相手3年生だよ?と思った。レギュラーで先輩に挨拶しないってどういうこと?洛山そういうのしない主義?日向先輩にバレたら確実にクラッチタイムなんだけど。

洛山謎なんだけど、と眉を寄せていると先に洛山の控室に辿り着いたので挨拶しておこうと振り返れば、丁度黛さんが控室のドアを開けようと手を伸ばしたところだった。



「あ、」
「なんだ?」
「いえ…なんでもないです」

の視線に気がついたのか手を止めこちらに振り向いた黛さんに、ちゃんと挨拶しようと思ったものの、予想よりも冷たい視線に委縮してお辞儀をしてそのまま去ろうとした。

「他校なんだからいちいち挨拶とかしなくていいぜ」
「え?」
「礼儀とか先輩後輩とかうざったいだけだろ」


黛さんの声に反応して顔をあげれば彼は愁いの顔で髪をかき上げ、どうでも良さそうに言葉を投げてくる。その表情がなんだか中学時代の誰かを彷彿とさせた。

「そんなこと、ないです」
「ふぅん、」

誰だっけ?と思いながらも否定で返せば、黛さんは少し苛立ちを含んだ顔で身体ごとこちらに向けてきた。

「誠凛の奴らってみんなそんな風に部活に入れ込んでんのか?」
「え?」
「バスケが楽しいからとか、仲良しこよしで勝てるほど洛山は甘くねぇぞ」


あ、わかった。そう理解した途端胃の辺りがぎゅっと縮みこみ冷たくなる。その震えを誤魔化すようにお腹の辺りのジャージを握りしめた。

「黛さんは、バスケ、楽しくないんですか…?」

吐く息が凍る気がした。やたらと身体が寒い。こんな質問、愚問でしかないのに。
何で聞いているんだろう。そう思ったが黛さんは何故か鼻で笑ってぎこちなく口許をつり上げた。



「楽しい、なんて言葉…もうとっくに忘れたよ」


その表情は笑顔を殆ど作らなかった頃の自分と似ていて、そして笑っているのに悲しそうだった。それだけいうと黛さんはもう用はないといわんばかりに控室のドアを開け中へと入って行ってしまう。

はしばらくそのドアを見つめていたが、踵を返しその場を離れた。
誠凛側の控室がある近くまで来るとは少し窪んでいる非常口があるところで隠れるように座り込んだ。

さっきから呼吸が上手く出来ない。
胸を掻き毟りたい程痛くて仕方ない。

あれは。あれは。


「テツヤ君だ…」


黛さんは黛さんでしかないけれど、口調も態度も見た目も違うけれど、でもあれは間違いなく黒子君だった。
中学3年の、壊れてしまった彼と同じで、同じ過ぎて、心が痛くて、苦しくて、目尻に涙が滲んでぽたりと床に落ちた。




2019/09/07
2020/09/26 加筆修正