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あの頃は自分のことで精一杯だった。
黒子君の『ボクの方は大丈夫ですよ』という言葉を信じきっていた。

だから2年の終わりくらいから笑った顔どころか口数も減り、表情がどんどん乏しくなっても気にしなかった。
そんな状態でもの面倒を看てくれていたから『多分』大丈夫、と思い込んでいた。

もしかしたら『バスケ部』にとことんうんざりして辞めてしまえばいいとさえ思っていたのかもしれない。それくらいその時の私は薄情な人間だった。


黒子君達バスケ部の関係が薄氷の上だったとしてもどうせ全国優勝するんだろうな、と思い大会全部観に行かなかった。イジメの首謀者達がいる可能性があるのに行ける勇気なんて最初からなかったけど。
そんな理由をつけて夏休み明けの全校集会で改めて功績を知ったが、案の定予想通りの結果だった。

負ければ面白かったのにガッカリだ。と嫌な自分が溜息を吐いたが黒子君には賛辞を贈ろう、と思っていた。

放課後、いつものように黒子君と待ち合わせで図書室へと急ぐ。彼と会うのは夏休みぶりだから少し浮足立っていた。
最初にかける言葉は何がいいだろう?優勝おめでとう、は聞き飽きているだろうか。だったら『荻原君に会えた?』だろうか。


けれど、図書室で黒子君と再会した時一瞬彼だと認識できないくらい存在感が薄くて、そして知らない顔になっていた。


ポーカーフェイスだといわれればそうかもしれないけど、その頃黒子君を恋愛対象として見ていたにとっては彼の表情と一緒に心も深く閉ざされてしまったような気持ちになったのはいうまでもない。

正直、学校に来れていたことが不思議だった。それくらい黒子君の存在は希薄でやる気も何もかも、殆ど抜け殻みたいな状態で、自分が繋ぎ止めなくては、と思うくらいには危うかったのだ。

なるべく黒子君の教室に行き、話しかけて、様子を伺ってみたけど嘘みたいに反応がなくなってしまい、途方に暮れたのもまだ覚えてる。虚ろな瞳にまるで人形に話しかけてる気さえしていた。


そんな黒子君がやっと反応してくれたのは進路相談の時だった。別にどこだっていいやと投げやりだっただったけど、何でもいいから気を引きたかったから適当に話を振っていた時だった。



「そう、ですね……誠凛、高校とか……」



辞書みたいな分厚い高校一覧を適当に捲りながら成績に見合いそうな学校をつらつらと並べていると、ふと黒子君が誠凛の名前を呟き、そしてボロボロと涙を流した。

いきなりのことでぎょっとしたは慌ててハンドタオルを渡したものの、周りの目が気になってしまい彼を引き寄せ顔が見えないようにぎゅっと抱きしめた。


後から考えればそれも目立っていたのだろうけど気が動転したは黒子君を泣かしてしまったような気がして、泣き止んでほしくて、なんとなくそうしてしまった。

多分だけど、誠凛の名前を出した時、自分はそれでもバスケから離れられないんだと思ったんだと思う。
嫌いになってしまったけど嫌いになりきれない。立ち向かうしかないとわかってしまった。

黛さんはその頃の黒子君によく似ている気がした。
心が壊れてしまったあの時の黒子君と同じ目をしていた。



*



歓声が上がる。3位決定戦は黄瀬君の欠場で秀徳が勝ち取り、その熱気を保ったまま決勝戦を迎えた。
は神妙な面持ちで歓声とアナウンスを聞きそして顔を上げた。

すぐ目の前にはリコ先輩がいる。日向先輩にカットしてもらった髪は以前のショートカットに戻っていてとても似合っていた。
始まる前にその腕前を先輩達が冷やかしあっていたけど、その伊月先輩や日向先輩達も気合の入った顔でコートを見つめている。

視線をずらせば火神や黒子君の背中が見える。その視線に気がついたのか黒子君が少しだけ振り返りを見て頷いた。
それから洛山高校の紹介に入り黛さんのところで降旗君達がひそひそと話しているのが聞こえてきた。


「唯一の3年生か…」
「けどなんか、独特の雰囲気っていうか…」

それはそうだろう。もずっと既知感を感じていたくらいだ。長く一緒にいた人達なら同じ違和感を感じてもおかしくない。
そして赤司君の名前が読み上げられ、洛山側から更に大きな声援が聞こえた。

も赤司君の方へと目をやると彼の横顔を見ながらぎゅっと胸の前で拳を作る。彼を怖いとは思う。けれどそれ以上にモヤモヤとした気持ちが渦巻いては逸らすように前へ向いた。



試合が開始されると選手が一斉に動き出す。最初の予定では木吉先輩がジャンプボールを跳ぶはずだったが火神が跳んで誠凛ボールから始まった。

黒子君が気合を入れ過ぎてボールが洛山に渡ってしまったがそれを取り返し火神がメテオジャムを決める。ベンチ組は火神のシュートに驚きを隠せず声を上げた。


今のところメテオジャムが使える時はある特定の条件を満たした時だけ。

「火神君がゾーンに入った…!」


試合開始から入るなんてことなかったのに。それだけ気合が入っていたということだろうか。
集中させる為に話しかけないようにしてたけど氷室さんと話が出来たといっていたから、その表情を見て安心してたけどでもまさかゾーンに入るとは思ってなくても驚きを露わにした。

「リコ先輩…」
「わかってるわ。水戸部君、」

火神の独壇場になった試合にリコ先輩は黒子君を下げて水戸部先輩を投入した。火神をオフェンスに集中させるためらしい。
青峰や黄瀬君のようにスイッチのオンオフが出来ない以上現状維持で続行させるしかないようだ。

それでもどこかで切り替えしてもらわないと最後までもたないよ、と考えているとしょんぼりした顔の黒子君が戻ってきた。

「ボク、結構やる気全開で出てきたんですけど…」

小金井先輩に慰められながらの横に座ると観客席から「なんだ。あいつもう交代?」「もっとプレイ見たかった〜」という声が聞こえ、え?と振り返る。



「観客も期待してくれてるしすぐにまた出番あるさ」

聞き間違いかと思ったがどうやら今の声は黒子君に向けてのものだったらしい。そこであれ?と首を傾げた。
こんなの、今まであったっけ?そう思ったがしょんぼりしていた黒子君が少し浮上したのを見てはいいことなんだよね?と思い直しコートを見た。


「やはり来たわね」


先行する誠凛に黙っているつもりはないといわんばかりに火神に赤司君がついた。
赤司君の天帝の眼に対抗できるのかみんなが固唾を飲んで見守っているとボールを持った火神が寸分の差で赤司君の攻撃を逃れた。

しかし跳んだ火神がボールをシュートした途端、ボールがリングから跳ねバックボードにぶつかりそのままラインの外へと落ちていった。


赤司君は火神を止められなかったんじゃない。止めなかったんだ。
そしてわざと火神に失敗させた。

はぎゅっと拳を作った。正直、ゾーン中に負けるような事態になった時どう対処すればいいのかわからない。
ゾーンに入れば殆ど無敵になれるし、そもそも使われる時は終盤だからそのまま勝敗に直結することが殆どだった。

もし仮に火神が赤司君に負けるようなことがあれば、その後火神はどうなってしまうのか。そんなことをふと考えディフェンスに入る火神と攻める赤司君を見据えた。



「ああ!」

火神が赤司君にアンクルブレイクされ伊月先輩のバックチップも届かずシュートされそうになる。ヤバい、そう思ったがすんでのところで水戸部先輩が止めてくれた。

なんとか点を取られることを免れた誠凛ベンチは大きな安堵の息を漏らす。危なかった、と力を入れ過ぎた拳を少し緩めると水戸部先輩が火神の肩を叩いていた。

「ドンマイ!気にすんな!だってさ」
「今のは俺でもわかるんスけど!!雰囲気で!」


ある意味わざと空気を読まなかった小金井先輩の通訳に火神がつっこむと少し表情が変わった気がした。
先輩達の後を追いかける火神を見ていれば「ゾーンが解けたようですね」とこちらも少しホッとしたような顔の黒子君がいる。そうか、ゾーンが解けたのか。

「だったら、まだまだ戦えるってことだね」
「はい」

スイッチの切り替えができるかわからなかったからちょっと心配だった、と零すと「蛍光灯みたいですね」と返され少し笑ってしまった。その黒子君も火神のゾーンが解けたことで再びコートに戻る。


「出たぁ!誠凛のスーパーシックスマン!」
「行けーっ」

振り返ると誠凛のブースから聞こえてきたようだ。もしかしなくても生徒か関係者ってことなんだろうけど…ここまで黒子君が注目されたのはなんでだっけ。というかシックスマン?あれ?



「…あれ?」
「どうした?マネージャー」

何で、シックスマンって呼ばれてるんだろう。シックスマンとはベンチのサブメンバーだ。実力があるのは確かだし、それで他の人達が見劣りしてるとも思ってない。

でも、黒子君は主力メンバーの1人であって火神の相棒だ。帝光の時とは違う。なら帝光の時は?こんな風に個人的に声援を送られたことがあっただろうか?

観ていた時は聞いたことはなかった。
誠凛の黒子テツヤとして走り出した時もこんな声援はなかった。
いつ?いつからこんな風に言われるようになった?

記憶を探るように考え込んでいると降旗君が立ち上がりこちらに来たのが視界の端に見えた。そしてコートでは黒子君のパスがカットされたのを目の当たりにする。


そうか。そういうことか。だから、赤司君は黒子君にシュートを教えなかったんだ。


「リコ先輩…!」


声色はもう泣きそうだった。の声に反応してこちらを見たリコ先輩が大きく目を見開く。
ダメだ。黒子君を試合に出しちゃいけなかった。赤司君と戦わせてはいけなかったんだ。見えていたのに、聞こえていたのに、私はまた何もしなかった。



シュートを覚えるということは選手に、観客の目に晒されるということだ。目立てば目立つ程人の視線を集めどこにいるかわかってしまう。

点がとれる武器があるということはパス以上に選手に注視されるということだ。それが試合勝敗を決めるブザービーターをやってしまった直後なら尚更みんなが黒子君を注目してしまう。

影が影でなくなってしまう。

だから赤司君は黒子君にパスだけをさせていたんだとわかって、わかってしまって顔を覆いたくなった。


一旦引っ込めた黒子君を再び送り出したリコ先輩がこちらに視線を送り、降旗君達が頷く。彼の背を見ていただったがなんとなく逸らし、下を向いた。

「マネージャー、大丈夫か?」
「うん。大丈夫」

ハンディカメラを準備したは撮影を試みようとしたがやはり手が震えてどうしようもなかった。

仕方なく降旗君に渡すと福田君がの肩を叩き「マネージャーのせいじゃねぇよ」と気遣ってくれた。それだけで涙が零れ落ちそうになりは乱暴に目を擦って前を向いた。
黒子君が戦ってるのに目を閉じるなんてことしたくないと思った。


コートに戻っても悉く黒子君のプレイが止められ本当に存在が薄いという効果がなくなってしまったのを痛感させられる。その為にミスディレクションの効果も皆無で、ついには洛山に逆転されてしまった。

辛いなんてもんじゃない。制約が増えてた頃の方がまだマシに思えるくらい試合が散々なものになっている。黒子君は、黒子君の心は大丈夫だろうか。そんなことばかりが頭の中でグルグルと回った。




2019/09/08
2020/09/26 加筆修正