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諦めない。食らいつく。勝つ為に。そう意気込み第3クオーターに望んだ誠凛だったが、洛山の牙城はやはり崩せそうになかった。
強気の攻めも嘲笑うようにかわされ点を取り返される。そのスタンスに焦りと苛立ちを覚えていると、3ポイントを取りに来た実渕さんに誘われるように日向先輩が跳び3つ目のファウルを貰ってしまった。
「なんだよそれ!今接触はなかった!」
「ちょ、日向君?!」
リコ先輩が声を荒げる。今まで実渕さんからファウルを貰っても冷静でいたはずの日向先輩が審判に食って掛かったのだ。も黒子君の隣で冷や汗を流す。ダメだよ日向先輩。審判に悪印象を与えてしまったら。
「テクニカルファウル!黒4番!」
「そんな…っ」
絶望的だった。これでファウル4つ目。退場させない為にも頭を冷やす為にも日向先輩を下げるしかなかった。
小金井先輩と交代しベンチに座った日向先輩はうな垂れるように頭を垂れる。表情はタオルで見えない。悔しくないわけはない。辛くないわけがない。日向先輩もコートにいるみんなも。
こんなところで終わってしまうのだろうか。ふと、そんな言葉が過ぎる。
まだだ。まだ。そう強く思い手を握りしめる。インターハイ予選のような手足がもがれる気持ちで走る選手をただ見ているしかできないのだろうか。それしかできなのだろうか。
嫌だ。そんなのは嫌だ。何かしたい。なんでもいい。何かひとつでも、打開できる何かが欲しい…!
この時の自分はきっと錯乱していたんだろうと思う。
よくわからないまま手を構えた。いつものPSPを持つ構えだ。その手の中にゲーム機はない。
それでも視線はコートに向けたままただひたすら試合を見つめた。
「嫌だ…勝ちたい」
「黒子…」
タイムアウトを取り、リコ先輩は選手を引き下がらせたがみんなの心はもうボロボロだった。皆一様に下を向き戦意を感じられない。上下する肩は苦しそうで今にも崩れてしまいそうだった。
そんな姿をただじっと見つめているとぽつりと黒子君が呟く。彼のガラス玉のような瞳から涙が零れ落ちた。
「ボクは、勝ちたい!」
「…!」
「無理でも、不可能でも、みんなと!日本一になりたい!!」
ベンチから立ち上がり黒子君は悲痛な顔で叫ぶ。確証なんてない。勝てる見込みもない。でも勝ちたい。
そういって彼はリコ先輩に試合に出たいと申し出た。
点差はまだ20点以上ある。この大差をひっくり返すことが出来るなんて今の誠凛で考えている人はいないだろう。でも黒子君は勝ちたいと叫ぶ。
「テツヤ君…」
振り返る黒子君の目は涙に濡れていて小さな子供のようだった。
まるで目の前にある玩具を諦めきれずに駄々をこねる子供のように。
目の前にあるから手を伸ばす。手に取りたい。そんな我儘な欲求は親に叱られ泣いて諦めるしかなかった。
でも、だからこそその声に応えなくては、と思った。
その時何故か、目の前にある、という言葉が急に頭に大きく響いたのだ。
「リコ先輩。残りの第3クオーターを全部私にくれませんか?」
勝つにしても負けるにしてもここまで来たら猫の手だってなんだって貸して黒子君の背中を押したい。自信なんてこれっぽっちもないけど、でも諦めるのはまだ早い気がして、リコ先輩を見た。
「いいわ。やるだけやってみなさい」
もしかしたらただの愚作かもしれないけど、それでも何かしたいと気持ちを汲んでくれたリコ先輩は真剣な表情で頷いた。
それからみんなの行動は早かった。みんながと黒子君を囲むように手元のホワイトボードを覗き込む。
「スミマセン。これからいうことは断片的な話になると思います。リコ先輩みたいに上手くまとめたり説明できないんで、あの、うまい具合に解釈してください」
「わかってるよ」
しゃがんでいるお陰でなんとか堪えられているがさっきから緊張で震えが止まらない。心臓がキリキリと痛い。緊張で吐きそうだ。全然みんなを安心させれるようなプランじゃないし表情でもない。
そう思って言葉にすると「さっさと始めてくれ」と火神がの頭に手を置いた。その火神の手に促されるようにには大きく息を吐くとホワイトボードにあるひとつの駒を指さした。
「あの、わかりきってる話ですが、洛山は赤司君を中心に動いています。他の3人も彼に追随していますが…黛さんだけは赤司君の制御外にいる可能性があります」
「制御外?」
「ざっくりいうと彼だけは赤司君に服従していないんです」
それが3年の先輩だからとかそれらしい理由があるのかもしれないけど、黛さんの動きは赤司君の動きに合わせて仕事を淡々とこなしているだけだ。
それは一見いうことを聞いてるように見えるが、身体に染み込んだ条件反射に近いもので彼自身は特に何も思っていない。赤司君だろうと実渕さん達だろうと彼のパスラインにいればパスをするだけだ。
「なので洛山の連携を崩すならここだと思います」
「そりゃ、崩せるならそうしたいけど、どうやるんだ?」
「黛さんを白日の下に晒します」
「え、それって」
「新型の『幻の6人目』に退場してもらうんです」
桃井さんやキセキの世代の黒子君対策で嫌でも思い知らされた。それにの持ってる情報は黒子君がダントツでもある。
その利用法を考える端から制約が増えて行って頭を悩ませていたけど、それがこんな形で役に立つとは思ってなかった。
黛さんに応用すると決めて試合を視てからは大分気が楽で情報の修正も粗方済んだ。作るよりも壊す方がまだ簡単だなんて笑えるよね。
震える手のままは大雑把に黛さんのパスコースパターンと得意な方向、それに伴う位置を話した。
「ただし、赤司君の指示に従った時は何テンポか早く動いているので、可能なら伊月先輩お願いします。他の3人にボールが渡る時は黛さんが主導権を持っているので、これでいけるはずです」
残念ながら黛さんは黒子君ほど職人でもなく、見失えるほどの影でもなかった。注視していれば彼は予想を超えるほど影が薄いわけではなく、それなりに目立っていて華があったのだ。
黛さんがもし帝光の頃の黒子君と同じ状況なら負けるとは絶対に思っていないだろう。けれど黒子君以上に勝ちたいとも思っていない。
それは今迄の試合を見ててなんとなく思ってて、さっき確信に変わった。
黛さんは自分のスペック以上の無理は絶対にしない。ただ自分の能力を使って淡々と機械のように仕事をこなしてるだけだ。
赤司君にとっては都合のいい駒だろうけど、はそれが1番許せなかった。
「新型だろうが、なんだろうが、普通よりちょっと上手いだけの影にテツヤ君が負けるはずありませんから」
黒子君や黛さんの可能性を摘んでまで楽しくないバスケをさせるくらいなら、私が赤司君の完璧な布陣を壊したい、壊すんだ。
そう断言するに黒子君は驚いたように目を見開きこちらを見た。かち合った目に頷く。
多分、黛さんがいなくても赤司君は最強の布陣を作っていた。というか、わざわざ幻の6人目を選ぶ必要はなかったのだ。
けれど赤司君は黛さんの存在を知って、そして帝光の続きを見ようとしたのだ。自分の思い通りにならないから切り捨てたくせに黒子君に追いすがるとか存外、赤司君もロマンチストだね。
タイム終了のブザーが鳴る。コートに戻ろうとする選手達を見送っていると黒子君が振り返る。
「さん」
作戦をひと通りいってみたけど結局、無謀以外なんでもない気がしてきた。
内心は酷く後悔していた。なんせこの作戦は『影』を貶めるものだ。影ということは黛さんだけじゃなくて黒子君にも繋がる。
桃井さん達がやってきたことの応用に過ぎないけど発案したのは自分なくせに心が痛くて仕方ない。
こんな気持ちを味わいながら桃井さんは黒子君と対峙してたのかな?と思ったら彼女は物凄く強い人なんだな、と感心して、そして笑えた。
「行ってきます」
表情はまだ強張っているけど拭った目には涙はなかった。ポンと頭に重みが乗り視線を上げれば火神が通りその手を頭から放し拳にしての前に突き出した。
「黒子の我儘も、お前の無謀な作戦も、まとめて俺がどうにかしてやるよ」
「うん、お願い」
「はい。ボク達は負けません」
黒子君も拳を突き出したのでも返すように拳を出して彼らの拳にこつんとぶつけ送り出した。
2019/09/10