75.5 - 02


そして31日当日になったわけだが、少しだけ慌ただしかった。いや、もしかしたらかなりかもしれない。
あの後降旗君達がリコ先輩達も誘って誠凛バスケ部で黒子君をお祝いすることになったのだ。

飾りつけや食事作りに先輩達も参加してくれるというのでは2号用のケーキを買いに出ていた。
拾った日を誕生日にするか見た目の年齢で逆算して日にちを決めるとか迷ったけど一緒にお祝いした気分になれるのはやっぱりケーキかな、と思ったのだ。

自己満足かもしれないけど、めちゃくちゃ可愛いケーキ見つけたんだよね、と内心ウキウキとしながら道を歩いているとなんだか見覚えのある荷台付きの自転車が見えた。
そして妙に見覚えのある2人もいてあれ?と首を傾げる。


「高尾君に、氷室さん?」


珍しい組み合わせだな、と驚き声をかけると2人一緒に振り返り「ちゃん!」と高尾君に驚かれた。

「こんにちはー……っていうより"あけましておめでとうございます"?」
「はははっ確かに。あけおめ〜今年もよろしく〜」
「こちらこそよろしく〜」
「ああ。年が変わって今日最初に会ったからか…あけましておめでとう。日本の正月はもう終わってるから旧正月の挨拶かと思ったよ」
「ぶっ旧正月!」
「旧正月って来月?だっけ??…あ、メールでは挨拶したけど会ってなかったから…氷室さんもよろしくお願いします」
「よろしく」
「んで、ちゃんこそどうしたの。その荷物」

どっか旅行でも行ってきたの?と驚かれは苦笑した。確かに大荷物といえば大荷物である。重くはないんだけど、「これから火神君の家に行くの」といえば2人はすぐに納得してくれた。



「俺も大我に呼ばれていてね。けど、この地図じゃわからなくて」
「うわ。ざっくりですね…」
「それで彼が案内してくれると申し出てくれたんだ」
「そうだったんですね」

不思議な組み合わせだな、と思ったらそういうことか。そして火神のメモがわからな過ぎて酷い。
せめて住所書いておきなさいよ、と呆れていれば「んじゃ2人共乗りなよ」と気軽な感じで高尾君が後ろの荷台を指してきた。

これ、人を乗せてもいいものなの?と不安げに見ればよく緑間君を乗せて走っているらしい。交通法とか引っ掛からないのだろうか。


ちゃんが案内して俺が乗せてけば早めに着くっしょ」
「それは有難いんだけど…でもいいや」

高尾君の申し出は嬉しいんだけど両手に持ってるのはケーキだし、自分もスカートで荷台に上がるには高さ的に躊躇するものがある。
タイツ穿いてるから問題はないのだけどこれだけ足をあげるのはちょっとな、と思っていたら肩を叩かれた。

振り返れば氷室さんがの荷物をサッと手慣れた感じに受け取り、荷台の中に置くとこちらに向き直った。

「ちょっと失礼」
「え?」



流れるように膝裏に手を刺し込んだ氷室さんは軽々とを抱き上げるとそのまま荷台にゆっくりと下ろしてくれた。
ある意味一瞬の出来事で目をパチパチと瞬かせていたが時間差で顔に熱が集まった。なんか今、凄いことされた気がするんですが。

まるでお姫様のように優しく抱えられ、そして壊れもののようにふわりと荷台に下ろしてくれた氷室さんは、バカ丸出しを恐れずいえば王子様みたいな対応だった。

背中では高尾君が口笛を鳴らしている。ヤバい。思った以上に心臓がビックリしてる。


「うーわ。氷室さんやるー!つか、モテるっしょ」
「そうでもないさ」
「またまた〜」

ケタケタ笑う高尾君に氷室さんは慣れた口調でかわし「それじゃ、安全運転で行こうか」といって微笑んだ。


高尾君のチャリアカーに揺られること数分。無事火神の家に辿り着いたは再び氷室さんから直々に荷台から降ろしてもらうという慣れないレディーファーストを受け少し疲弊していた。

高尾君が干ししいたけを持って緑間君を送迎したり陽泉と洛山が練習試合する話を聞いてた時はまだ元気だったのに。


高尾君には「惚れるなよ?」と茶化されたが氷室さんに似合う人はアレックスさんとか大人の女性な気がしたので「恐れ多くて無理」と首を横に振った。

「恐れ多いって…!」
「だってそんな感じだったんだもん」

脳裏に"王子様"なんて過ってしまったくらいだ。吹き出す高尾君にはそのくらいドキドキしたよ、と胸を押さえると「へぇ。ちゃんってああいう人に弱いのか」と意味深な顔で返され、ちょっとドキリした。



「別に、弱いという訳じゃ」
さん、そこに段差があるから気を付けて」
「あ、はい、わっ」

エレベーターに入る手前にある低い段差に躓いてしまったは慌てて手を前に出したが転ぶことはなかった。その前に高尾君がの腰に手を回してくれたからだろう。

小さな子だってこんなところで転ばないだろうに、という段差にケーキの箱持ってなくて良かった〜、と心の底から思いながら2人にお礼をいってエレベーターに乗り込んだ。


「そういう高尾君も手慣れてるんじゃないか?」
「いやいや、それほどでも〜」

ゴウン、と上昇したエレベーターの中で氷室さんが振り返ると高尾君はカラカラと笑いながら「放って置けない子がいるんで」とニヤリとこっちを見てくるのではバツが悪そうに視線を逸らした。
そこまでドジっ子じゃないと思うんだけど。

「確かにさんは放って置けないかな」
「え、」
「でしょー?」

目を細めにこやかに微笑む氷室さんと同意してる高尾君には急に恥ずかしくなって視線を落とすと頭に乗る重みに視線をゆっくりと上げた。


「ウインターカップでさんがくれたお菓子、敦も喜んでいたよ」
「あ、そう、ですか。よかったです」
「最後までへそを曲げずに試合に出てくれたからね…全部さんのお陰だ」
「い、いえ!そんな…!」

ありがとう、なんてお礼まで言われたは委縮してしまった。
別に私のお陰ではないと思うんだけど…悪い気はしないけど。



そんなことを考えていたら「泣きながら食べる敦も可愛かったよ」と添えられた事実にそれ試合後の話では…?と冷や汗が流れた。
それ私知っていいやつなんだろうか。頭捻り潰されないだろうか。というか、何で氷室さん凄く嬉しそうなの?

紫原君の泣き顔見れてそんなに嬉しかったの???と疑問符を浮かべながら首を傾げると丁度エレベーターのドアが開いた。


先に出て最後に氷室さんが出てくるのを待っていると彼と目が合いドキリとして肩が跳ねた。緊張して慌てたように視線を逸らすと頬が温かくなり視線をやや強引に戻される。頬に触れる手の主はやはり氷室さんだった。

さんも顔色が戻ってよかった」
「あ、…」

「あの時よりもいい顔になったね」との頬を撫でながら嬉しそうに微笑む氷室さんに、陽泉戦当日のことを思い出したは「あの時はすみませんでした…」と赤い顔と萎むような声で返した。
やっぱり忘れてくれなかったか氷室さん。


「謝るのは俺の方だ。あの時は不快な思いをさせてすまなかった」
「い、いいいえ!氷室さんが謝ることじゃ、あれは私が勝手に」
「いや、さんにあんな顔をさせてしまったのは俺のせいだからね。ずっと気になっていたんだ」
「氷室さん…」
さんを笑顔にさせたのが俺じゃないのは悔しいけど、それが大我なら仕方ないか」
「ぅえ?!あ、…いや、えと、はい…」

本当に、至極残念そうに眉尻を下げる氷室さんには戸惑ったが何をどう返したらいいのかわからず尻すぼみに返した。

頬を撫でてくる手は優しくて温かいし、視線もなんだか包まれるように優しくてムズムズするようなドキドキするような、でも振り払えなくて赤い顔で大人しくしているとフッと笑った氷室さんが「可愛いな」と小さく零した。



「へ?」
さんが可愛い、て思ってね」
「え?……へぇ?」
「…お2人さん。俺がいること忘れてない?」

思ってもみない言葉に視線を上げるとやっぱり嬉しそうに微笑む氷室さんがいて、目が合い顔がボッと火がついたように更に赤くなった。

か、かかかか可愛いって?とややゲシュタルト崩壊を起こしてる言葉にテンパるとずっと黙ってた高尾君がずいっと入ってきての腕を掴みぐいっと引っ張ってきた。


氷室さんの手が離れ、代わりに覗き込むように高尾君が顔を近づけてくる。
その距離感に驚いたは慌てて「わ、忘れてないよ!」と言い繕ったが彼は「本当か〜?」と面白くなさそうに口を尖らせじっと見つめてくるので顔の温度だけが急上昇した。高尾君、顔が近い…!

「……て、止めてよ氷室さん!!」
「ん?ああ、すまない」

どんどん顔を近づけてくる高尾君には動揺してぎゅっと目を瞑ると顔に息がかかった辺りでピタリと止まり高尾君が叫んだ。


それで恐る恐る目を開ければこっちを見ていた氷室さんが「キスをするなら邪魔しない方がいいかと思って」と平然と返してきたので高尾君と一緒に顔を真っ赤にさせた。

キスするつもりだったの?と高尾君を見れば赤い顔の彼は慌てたように「ち、違うから!その、そこまでしようとか思ってなかったというか、」としどろもどろにに言い訳をしてきて、そしての肩に手を回していたことに気づき「わ、悪ぃ」と慌てた様子で手を放した。



さん。彼も悪気があってしたんじゃないよ。さんが可愛いからちょっと悪戯したくなったんだ」
「へ?」
「ちょ、氷室さん!!」
「高尾君もさんが可愛いからってあまりおいたをしないように。大切な彼女なら守ってあげないと」
「え…あ、う……はい」

動揺してる高尾君を見ても動揺すると氷室さんがやっぱり嬉しそうに微笑む。どうやら本日の氷室さんはご機嫌のようだ。

やっとそのことに気づいたは氷室さんに手を取られ、手を繋ぐ。もしかして、このまま火神の部屋まで案内するのでしょうか?
後ろでは高尾君が「氷室さんって、やりづれ〜」と力なく零している。チラリと振り返れば、赤い顔のままの高尾君が溜息を吐いていた。


その気持ちわかります、と内心同意しながらまだドキドキする心臓を手で押さえつつ氷室さんと手を繋いだまま連れられていくのだった。




2019/09/20
氷室お兄ちゃん最強説。