EXTRA GAME - 19


桃井さんが出て行き更に静かになった体育館で周りにいる奴らを伺っていると、ずっと耐えるように立っていた火神が踵を返した。
表情はさっきと変わらず怒り心頭、という言葉がしっくりくる顔で今にも吠えそうだった。

「待てよ」
「っんだよ!止めんな!!」
「テメーはどこに行くんだよ」
「ナッシュを、アイツをぶっ殺す!!」

殺す、という直訳された言葉に高尾や前に立ちはだかり止めに入った青峰ですら目を見開いた。

思った以上に怒っている火神にどういうことだと眉を寄せると、前へと進み出た誠凛の日向さんの言葉を食うように「落ち着くのだよ」と真ちゃんが火神の前の立ちはだかり溜息交じりに眼鏡のブリッジを押し上げた。


「今更行ったところで景虎さんの邪魔にしかならんのだよ」
「んなの関係あるかよ!」
「それに、キレているのはお前だけじゃないのだよ」

低くなった声色に視線を向けると真ちゃんが今までにないくらい不機嫌な顔で火神を睨みつけている。

「赤司も"読んだ"のだろう?」
「ああ」
「読んだ?」

不機嫌顔の真ちゃんが向ける視線に誘導されるように赤司を見ると振り返った奴の顔を見てぞくりと背筋が凍った。コイツ、こんな顔して黙ってたのかよ。
まるでもう1人の赤司が天帝の眼を使った時のような、完璧に服従させられるような感覚に顔が引きつった。



桃井さんには見せてなかっただろうから、今の顔が赤司の心境を表しているんだろうけど去年の公式試合よりも生きた心地がしない気がした。

高尾からよく見えた赤司もまだ死角にいた黄瀬が質問と一緒に首を傾げる。黄瀬も不満そうな顔をしてはいるが火神達程怒ってる様子はなくむしろわかってないようだった。それは日向さんや若松さんも同じだ。

ちゃんから1番近い場所にいた赤司が反応したのはわかる。しかし高尾と同じような場所にいたはずの真ちゃんと火神が反応したのは不思議だった。


やっぱりちゃんの腕に書かれたサインが原因だろうか。
そこまではわかったがあの細い腕に書かれたサインは銀色だったし反射で読み取ることが出来なかった高尾には解読できそうにもなく、ヘルプ、と視線を向ければ、向けられた真ちゃんはまた溜息を吐く。

「許可もなく勝手に"落書き"をされるだけでも不愉快だというのに、"アレ"を見てもまだ気づかないとはほとほと呆れるのだよ」
「ああ?だからなんなんだよ。もったいつけんじゃねーよ」

苛立ちは伝染するように青峰にも移り、「ケンカ売ってんのかテメェ」と真ちゃんを睨みつけている。互いにメンチをきっている2人にそういえばインターハイでひと悶着あったわ、と思い出し肩を竦めた。


「俺1番遠かったからよくわかんないんだよね〜。なんて書いてあったの?」
「平たく言えば"女性蔑視"がの腕に書かれたサインの中に混じっていた。"日本の女は尻軽ばかりだ"といった意味だと思っていい」
「え、なんスかそれ」
「……は?何それ」

火神を止めてたようで青峰も十分キレてたんだと第三者気分で眺めていると、のっそりこちらに歩み寄った紫原が質問してきて黄瀬も頷き赤司を見やる。



高尾も真ちゃんは無理そうだから赤司でいいか、と視線を送ると顔が引きつるような言葉が返ってきて文字通り引きつるように顔が歪んだ。

本気でそんなこと書いてあったのかよ、と思っていたら黄瀬と紫原が代弁してくれたが、顔をしかめた黄瀬以上に紫原の表情はどす黒い空気を纏ったような不機嫌な声になって、誠凛の日向さんや桐皇の若松さんが引いていた。

俺も俺でむかっ腹が立ったけど周りが怒り過ぎてて少し冷静な気持ちで見てしまった。そのせいか紫原って思ってたよりもちゃんのこと気にしてたんだな…と一気に急降下した雰囲気に少し驚いていた。


「しかもそれをの腕に書きやがったんだぞアイツは!…ぜってーただじゃおかねぇ…!」


まるでちゃんを指すような言い回しだといわんばかりに火神がブチ切れていて、そこでやっと彼の気持ちを理解した。
最初は所有物だといわんばかりにサインされたことにキレてるのだと思ったけどそれどころの話じゃなかった。

これは性質の悪い嫌がらせだ。しかもちゃんどころか日本の女子を貶めるものだ。

望んで書いてもらったわけでもないのに、無理矢理女の子の腕や首に油性マジックで描いたり、辱めるような言葉を入れてくるなんて同じ男としても許しがたい行為だ。

そういう意味で火神は怒りを露わにしているんだ。それが見知っている、仲間であるちゃんに書かれたとあれば尚更。



「待て。火神、青峰、紫原」
「止めんじゃねぇよ。赤司」
「そうそ。止めても無駄だから。ていうか、赤ちんだって怒ってるくせに、どうして行こうとしないわけ?」
「緑間がいったように今更行ってもお前達に出来ることなんてないぞ。仮にナッシュを殴ったところで暴力事件を起こしたお前達の高校が出場停止になるだけだ」
「んなことはわかってんだよ!!」

中でも恐らく1番キレている火神が再度体育館を出ようとすると青峰、紫原が続き少し慌てたが今度は赤司に呼び止められた。
人がいいというか律儀というか、ちゃんと立ち止まる火神にまだ冷静に話を聞けるだけの余裕はあるんだな、と息をついたが振り返った彼の目を見て息を呑む。


肩越しに振り返った火神の目は下手をすると本当に相手を殺しかねない目で赤司を見ていて、冷や汗が流れる。

帰国子女なせいなのか火神の持ち前なのか時々こっちの肝が冷えるような目をすることがあって、仮に実力行使して止めようとした時本当に止められるか正直わからなくなる目だった。

黒子がいれば止めてくれるのだろうか。
そう思ったがアイツはちゃんについて行ってしまったからここにいないのだと、ストッパーがいないせいで火神が暴走気味なのかと今更納得してしまった。

高尾は頭の中でどうにかできないか算段をしていると火神と赤司の間に今度は青峰が進み出た。



「赤司。テメーのことだから試合でカタをつけようっていうんだろうが、俺は火神に賛成だぜ。奴らにナメられたまま調子づかれる方が腹が立つ」
「ああ。それには俺も同感だ…だが、同時に今ここで俺達が騒げばを必要以上に傷つけるかもしれないぞ」
「あぁ?」
「さっきの様子を見ていて思ったことがある。恐らくはまだサインの中の言葉にまだ気づいていない。そして他の3人が先に気づくだろうしそれをわざわざに教えることもないはずだ」

黒子達が先に気づけばちゃんに教える前に証拠隠滅をするだろうから事実を知っているのは書かれた本人以外になる。

しかしそれでことを起こせば隠しておきたいちゃん自身が気づきかねないし、彼女に対してではない軽視された言葉も自分のことじゃないかと勘違いされる可能性もある、と淡々と赤司が発した。

火神と一緒にナッシュ達の元へ行きかねない顔をしていた青峰がチッと舌打ちをして「じゃあどうしろっていうんだよ」と赤司に吐き捨てた。


「俺達がやることは変わらない。『Jabberwock』を倒す……それが『完膚なきまでに叩きのめす』、になっただけだ」
「……」
「生温い、なんて勘違いしないでくれよ。"僕"だって腹に据えかねるくらいには頭に血が昇っているんだ」

ただ用意された勝負がバスケだからバスケをするのであって、それがもっと別の、相手を傷つけることが許される勝負なら武器を持つことも厭わない。

そういうニュアンスで睨みつける青峰に対抗するような強い瞳で見返す赤司は暫しの間見つめ合った。そして先に青峰が視線を外し「火神。今日は諦めろ」とすれ違い様にいつもの口調で話しかけた。



「は?何いってんだよ!俺は行くっつって」
「火神。聞いたろ?止めとけって」

すっかり興が冷めたのかさっさと切り替えボールを弄りだした青峰に火神はまだ不完全燃焼という顔で叫んだが日向さんが諫めに入り奴は不満げに顔をしかめた。

「そうですよ火神君。勝手に行かないでください」
「黒子…」

あともう少しか、と思ったところで火神の影が現れ視線が集中した。高尾も黒子を見やるといつも以上の無表情で火神を見ていた。


「問題を起こしてさんを泣かせるようなことをしないでください」
「……っ」
「黒子っち!サインは消えたっスか?」
「はい。まだ少し跡が残ってますが綺麗に消せそうです」
はサインの中の言葉に気づいていたか?」
「…いえ。多分気づいてないと思います」

銀のペンのせいで思ったよりは苦戦してるようだが文字が読めないくらいには消せているらしい。そのことにホッと息を吐くと、赤司が質問し、少し考えた素振りを見せたが黒子は首を横に振った。

「お前は気づいたようだな」という真ちゃんの言葉に黒子は神妙に頷くと「それで戻ってきました」と付け加えた。


「俺達もそのことでに聞くことはしないよ」
「はい。そのことで皆さんにお願いがあります」

仮に黒子と同じように気づいてたとしてもちゃんはそうじゃない、違うよ。以外の言葉が思い浮かばなくて、己の語彙力の低さに溜息が出そうになったが、黒子の言葉で顔を上げると改めて一斉に誠凛の影に視線を送った。



「ボクは真摯に挑む先輩達の試合を嘲笑われて、日本のバスケをバカにされて、それがとても許せませんでした。再戦する機会を得て皆さんとまた一緒に戦えることに内心試合以上に楽しみにしていたのも確かです。
ですが、今日のことで自分が思った以上に浮足立っていたことに気づかされました」
「……」

「Jabberwockと試合をする以上気を引き締めて取り組むつもりでしたが、彼らは想像以上に狡猾で、先程のさんを見て絶対に負けたくないという気持ちが更に強くなりました。
負けられない以上に彼らを叩きのめしたい、と強く思いました」
「……黒子」
「相手の挑発に安易に乗ってしまうのはとても不本意ですが、さんにしたことは本当に許せませんし、許したくもないです」
「……」

「なので、もし試合以外でボクが暴走したら皆さんで引き留めてください」
「…おい。長々と喋っといて結局俺達が止めるのかよ!」
「とんだお願いなのだよ!」
「はい。結構本気でブチ切れているので多分簡単に暴走します」
「その報告する前に自分で自分を引き留めろ!」


お前の自制心どうなってんの?!とキレてたはずの火神が小気味いいほど黒子につっこんでいて思わず噴き出した。しかも合間に真ちゃん迄つっこんでるし。

もっともらしいこといっといてなにその投げやりな台詞!ぶはっと今度こそ笑い出せばそれに引き摺られるように黄瀬が噴出し他の面々も重苦しい空気が和らいだ。



「ブチ切れてるならもっとそれっぽい顔とか態度とか出せよな…!」
「…出してますよ。これでも」
「うっそ!」

全然無表情のままなんだけど!と吹き出せば黒子は眉を寄せたが誰も黒子に加勢するどころか相方にすら「怒ってるならもっと怒ってる空気出せ!」とつっこまれていた。

さっきまでケンカをしに行こうとしていた火神や青峰の形相や赤司や真ちゃん達の雰囲気を見ていたから余計に黒子の怒りは薄くてそこまで影が薄いのかよ!と笑ったのはいうまでもない。




2019/10/27
わざとです。

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