EXTRA GAME - 23


家の中にいるけど火神に抱きしめられてるなんて非日常なのに、妙に安心してる自分はちょっとおかしい。
気を張っていたのにあっさりその手を緩めてしまった原因を睨もうと腕を突っぱねるとの顔を覗き見た犯人は吹き出すように笑った。失礼過ぎる。

「おま、めちゃくちゃ目ぇ腫れてるぞ!」
「なん、で…!折角泣かないようにしてたのに!…もう!見ないで!」
「それがおかしいんだよ。お前よく泣くくせに似合わねぇことすっから目が腫れるんだよ」
「火神君が泣かすからでしょ!」
「泣きたいくせに我慢してるお前が悪いんだろ」


何それ。私が悪いわけ?不条理!と泣き顔のまま思いっきり腕を突っぱねるとするりと熱い体温から離れられたが、妙に身体が冷えた。
その感覚は今はいらない、とまた睨みつけるとやっぱり火神は吹き出し、何でか嬉しそうにの頬を両手で包んできた。

「火神君熱い」
「熱いのはの顔だろ」


全部真っ赤でトマトみたいだ、と笑う火神には目を閉じながら彼の胸を抗議の意味を込めてパンチしてやった。泣きすぎて目が開けたくなくなる程痛いとかシャレにならない。

まったくもってヒドイ奴だ、ともう1発パンチしたが相手は選手なのでかなり優しくしてあげたのはいうまでもない。「痛くも痒くもねーよ」とか笑う火神に顔をしかめるとまた吹き出された。

「へなちょこパンチ過ぎるだろ」
「手加減してあげたんでーすー」
「そりゃお優しいことで」
「今年は泣きすぎないように頑張るって決めたのに、」
「なんだよその目標。無理に決まってんだろ」
「無理いうなーこれでも頑張ってたのに!」
「諦めろ」
「ヒドっ」



ばっさり目標を諦めろと一蹴され驚き瞼を開くと、涙で視界がぼやけてるせいか瞼が腫れて視界が狭いせいか火神君の顔はトロンと溶けそうな顔で笑っていて、の身体がピシリと固まった。
見たことないような柔らかい表情にぶわりとまた熱が上がる。

赤司君とはまた違った緊張感に服裾をきゅっと掴むと、見ていると気づいた火神の顔が途端に照れ隠しの時に見せる仏頂面に変えてを睨んできた。


「い、いきなり目ぇ開けんな!」
「ひ、人が頑張ってるのに、諦めろなんていうからだよ!」
「頑張る方向がちげーんだよ、お前は!つか、お前のほっぺた柔らかすぎだろ…!」
「は?!え、何?全然関係なっ…い」

マシュマロかよ、とぐにぐにと頬を触ってくる火神にはまた目を閉じ、放せといわんばかりに彼の胸を思いっきり押した。さっきからなんなのよ!

今の火神はなんか嫌だ、と包囲網から逃げようと躍起になってみたけど目を閉じたら火神の手がまた優しくなった。まったく一体何なんだ。


「やだもう。放して」
「涙拭いたら放してやるよ」
「いいよもう。顔洗ってくるし…目も冷やさなきゃ」
「マジで腫れてるな」
「放っといて」

不細工なのは重々承知してるからこれ以上塩を塗り込まないでほしい、と眉を寄せると濡れた頬を拭うように撫でた親指の動きが止まり、眉間に何か押し当てられ、それから両方の瞼にも柔らかいものが触れた気がした。



「?火神君…?」

目の近くに親指があったり目が痛くて瞼を開けられないけど、火神の雰囲気が少し変わったような気がして戸惑い気味に彼の名を呼ぶと頬近くにあった気配というか暖かさが放れた気がした。

頬に触れているのは彼の手のままなのに名前を呼んでも返してくれない火神にどうしたんだろう、目を開けたい気持ちになって瞼を震わせると、薄く開いた口を塞ぐように肉厚で柔らかいものを押し当てられた。

それは軽く合わせたものだったけど感覚が残る程度には時間を使い、そしてゆっくりと離れた。
ついでに放れた手に支えをなくしたは持っていたバッグを落とし、たたらを踏んだ。


「な、に…今の、何したの?」

手で口を覆い、火神を見ると彼も少し緊張した面持ちでを見ている。顔も少し赤い気がした。唇に残った感触に顔がまた熱くなる。

思考が飛び飛びになってるせいか他に思いつかなくて、火神の顔が見れなくて視線を逸らすと「キス、」という言葉が聞こえ、ドキリとした。


「キスだっていったらどうする?」
「どうって…」
「……」
「……」

どうといわれてもどう答えたらいいのかわからない。青峰に答えたように火神は友達でありチームメイトだ。
火神のことは怖いけどそれと同じかそれ以上に格好いいところも見つけられるようになった。

でもそれはマネージャーと選手として築いたものであってそこに恋愛は…多分ないと思う。



そう思っているけど顔は燃えるように熱いし心臓もバクバクと煩い。火神は何でそんなことをしたのだろうか。バスケしか頭にないはずなのに。

「…なーんてな、」
「……へ?」

妙にスキンシップが濃い時があったけどでもそれは帰国子女だから。
火神にとっては友人に対してのただの感情表現であって他意はないはず、そう考えていたところで火神が息を吐くように笑い、つられるようには視線を戻した。


「お前があまりにも間抜けな面してるから、悪戯したくなっちまった」
「は?」
「まあ一瞬だったし、わかんねーのも無理ねーだろうけど」
「……」
「安心しろ。お前の口触ったの指だから」

昔、辰也達と研究したんだよ、とピースサインをしてにかっと笑った火神に、ははじめぽかんとしていたがみるみるうちに顔を歪ませると「最っ低!」と言い放ち、彼に背を向け洗面所へと向かった。

勇み足で向かった洗面所の電気をつけ蛇口を捻ると鏡に映った自分を見て眉を寄せた。目は腫れてるし赤いし酷い顔になっている。
確かに間抜けな顔かもしれないけど火神だって悪ノリし過ぎだ。何考えてんの?とぼやきながら長い溜息と一緒にずるずるとしゃがみこんだ。


「というか、嘘が下手過ぎでしょ…」


残念なことにこの1年で得てしまった経験のせいで、火神のウソが更にの体温を上げる羽目になるとは彼も知らないだろう。

指と唇を間違える人なんているのだろうか。そう思ってしまう自分から純粋さが失われているようで、なんだかとても残念なような気がしてまた溜息が漏れた。



*



洗面所に消えたを見届けた火神は息を吐くと静かに外に出た。
ゆっくり閉めたドアの前でズルズルとしゃがみこんだ火神は誰にも見られないように両手で顔を覆う。

どくどくと波打つ心臓の音が大きいし早いしで1人だったらこのまま走り去りたい気持ちにすらなっていた。

「あっつ…」

自分の顔も手もやたらと熱くて眉を寄せた。吐く息すら熱い気がして嫌になる。外気が熱を吸い取るように冷やしていくがカッカしている体温を平熱に戻すにはもう少しかかりそうだった。


襟元を持ち上げ空気を入れて熱を逃がしていると外灯に照らされたシャツに目が入る。シャツには何個もシミが出来ていて半分くらい乾いているものもあった。
それを見たらまた熱が顔に集まってきて「あー…」という声と一緒に頭を垂れた。

「やっちまった…」


手で口を押さえたが感触はバッチリ残っていて身体がざわついてしょうがない。には体のいいウソをついたが火神はあの時、間違いなく彼女にキスをしていた。
キスなんてするつもりはなかったのだが、目を閉じたの顔を見ていたらどうしても抑えられなくなって吸い寄せられるように唇を重ねていた。

は相変わらず何もかも柔らかいけれど唇は特に、なんというか、形容しがたい程の柔らかさと温かさがあって、それを思い返すとぶわっと湯気が出そうな程身体が熱くなる。 やべぇ、マジでヤバかった。



あのままに触れていたら、抱きしめてまたキスをして下手をしたら押し倒していたかもしれない。それくらい自分に感情を見せるが可愛くて仕方なかった。

勿論、ナッシュがしでかしたことは許せないし進行形で怒ってはいるが、人の目を気にしない空間でこれだけ長い時間2人きりというシチュエーションも久しぶりだった為、少し大胆になっていたらしい。


「(しかも、あの顔……脈が全然ねぇってわけでもないんだよな…?)」


キスだと思った(というか事実そうなのだが)が火神を見た時、嫌悪や拒絶はなかったように思う。
紫原や黄瀬の延長線でに怖いと思われているとわかってはいるが、さっきはそういった恐怖ではなくあくまで火神にされたことに対して動揺してるように見えた。

むしろ潤んだ瞳や顔を逸らした後に見えた白い首筋や耳がじわじわ赤く染まっていく様が好意的な反応にすら思えて、いきなりのことで困ったとか、チームメイトだからどう反応したらいいのかわからなかった、とかいう他の考えが全部抜け落ちる程度には火神の思考が溶けていた。


「つか、この後…大丈夫か俺…」


頭にはチラチラと唇の感触が過ぎってるし、が何か可愛い反応をしたら躊躇なく抱きしめてしまいそうで怖い。この後一緒に買い出しに行くことになっているから2人の時間は思ったより長いのだ。

黒子を呼ぶべきだろうか。そう思ったがそれもなんか違う気がして顔が不機嫌に歪む。



未だに怖いと思われているのは辛いけれど、でも意識して狼狽する顔も赤い頬で伏せる俯いた顔も、勿論自分に向けられる笑顔も可愛いし、ずっと見ていたいと思ってしまう。

マネージャーと選手という関係だとわかっていても、それでもやはり独り占めしたいという欲張りな自分がいて、そんな自分に火神は人知れず溜息を吐いたのだった。




2019/10/31
火神は後から考えるスタイル。

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