EXTRA GAME - 27


急遽決まった『VORPALSWORDS対Jabberwock』の再戦だったが、会場は満員御礼でネット配信中心だが何局かテレビカメラが入る程の大きなものになっていた。


前日は何を思ったのか黒子君がJabberwockに啖呵をきって蹴られ、危うくケガで欠場するかもしれない騒ぎになり、今年最大の恐怖を抱いたのはいうまでもない。
蹴られたお腹に痣が出来たけど特に支障はなく、リコ先輩と景虎さんの説教で事無きを得た。

再戦の試合もヒヤヒヤする場面もあったけど、黒子君達VORPALSWORDSは臆することもなく真正面からJabberwockとぶつかり、そして見事勝った。

も嬉しくて喜ぶ彼らを湧き上がる観客と一緒に拍手で祝福したのはいうまでもない。


『ケッ!こんなところ2度と来るか!』
『クソ猿共が!』

悪態をつくだけついて会場を出て行くシルバー達の後ろ姿を恐々と眺めたは、送迎バスに乗ったのを確認しホッと息を吐いた。
控室がボコボコに壊されたと聞いて慌てて見に来たけど誰も怪我してなくて良かった。

「Jabberwockはこの後どうなるんですか?」
「一旦ホテルに戻るみたいだけどでもすぐに飛行機に乗って帰る予定よ」

チケットが既に用意されてるみたい、とイベント関係者の人に話を聞き、泳いで帰れ!という景虎さんのいうとおりにならなくて少し残念だと思った。
まあ、泳いで帰るなんて現実的に不可能なのでチケットが用意されてるのは当たり前なのだろうけど。



でも今日中に帰るなんて急だよな、と考えているとするりと後ろから手が回り顎を掴まれ持ち上げられた。周りがどよめく声を遠くで聞きながらは目を大きく見開く。

目の前にはキラキラと金髪を揺らしたナッシュが不機嫌な顔での顔を見下ろしていた。

『フン。たかがサル以下のプレイヤーと、小娘1人の為に躍起になるなんて、やはりサル共の考えることはわからんな』


…今、"クレイジー"って聞こえたんだけど。
ぼそりと間近で呟いていたにも関わらず怖すぎて言葉がよく聞き取れなかった。

顔を真っ青にして固まるにナッシュは鼻を鳴らすとあっさり持ち上げていた手を放しバスに向かって歩き出した。だがすぐに振り返りの肩が揺れる。


『奴らにいっとけ。度胸があるならアメリカに来い。その時は確実に潰してやるってな』


しっかりとを見つめ捨て台詞を吐いたナッシュは身を翻すとそのままバスに乗り込み、今度こそ本当に会場を後にした。

いうだけいったナッシュにいわれた本人は氷漬けの魔法がかかったかのように動けなかったが、バスが見えなくなり「そろそろ戻って撤収手伝わなくちゃ」とスタッフの人達が動き出したのを見てやっと我に返った。

マジで心臓出るかと思った。怖かった、と肋骨を破らんばかりに高鳴る心臓を押さえ、深呼吸をくり返した。何歳か寿命が縮まったかもしれない。



さんは友達のところに戻っても大丈夫よ。あとはこっちでやるから」
「お疲れ様」
「あ、はい。お疲れ様でした」

ぺこりと頭を下げたはかけていたスタッフ証を返しその場を後にした。

観客は大分引き払っていて出て行く人は少なくイベントのスタッフが撤収作業をしている。その中を逆らうように進んでいたが道が狭くなり足元にいた2号を拾い上げた。本日のの相棒である。

スタッフの控室に入り自分の荷物を取り出したは「2号、少し狭いけどみんなと合流するまでここで大人しくしててね」とお願いしバッグの中に入れて外へと出た。
黒子君達はまだ控室にいるとしてリコ先輩達はどこだろうか。そんなことを考えながら進んでいると丁度医務室に差し掛かり足を止めた。開いてるドアから見覚えのある髪が見えたのだ。


「紫原、君?」

本当はマンツーマンで声をかけるのはとても勇気がいるのだけど、今日は特別だ。
腕に巻かれた包帯と真っ白い三角巾に思わず声をかけると「あれ?神様だ〜」とさっきまで試合していたとは思えないくらいぼんやりとした声でこちらに振り返った。



「先生は?他に誰もいないの?

逆にはまだスタッフモードでいたので医務室の中を見回し誰もいないことに驚いていると紫原君は「んー」と考えるように視線を上にあげ、それからこちらに戻した。

「これから病院に行くっていってその手続きをしに出て行って、さっちんも一緒だったんだけどみんなに報告してくるっていってそれっきり」

誰も帰ってこないんだよね〜とぼやく紫原君には廊下を見たが残念ながらスタッフは誰も通っていなかった。会場等の解体に回っていてこの辺は誰もいないんだろう。
インカムを持ってる人がいれば連絡がつくのにな、と思いつつ医務室を出て行こうとしたら服を引っ張られた。


それはこの再戦をすると決まってから覚えた感覚で、もしかして気を遣われてたのかな?と今更に考えた。
振り返ればやはり紫原君がのパーカーを摘まんでいる。眠そうなぼんやりした目だけど、パチンと目が合うとは気まずそうに逸らした。

「は、早く病院で診てもらった方がいいし、私、先生探してくるよ」
「別にそれはいいから、ここにいて」
「え、」
「ここで神様も一緒に待てばいいよ」

何で私も?と思ったが摘まんでいる手が少し強くなり引っ張られる感覚に逃げたい衝動に駆られたが、なんとなく…限りなくなんとなくだけど紫原君が1人で寂しそうに見えてしまい思わず「わかった」と返してしまった。



紫原君に誘導されるまま医務の先生が使っている少し豪華な椅子に座っただったが他になかったとはいえ大丈夫だろうか?と少し不安になった。
座り心地は何気に良かったけど怒られたらどうしよう。それに、と思う。

は自分の膝を見つめているが斜め前の方向からじっと見られてるような視線を感じていて顔を上げるにもあげれないでいた。
医務室には2人しかいないからこの視線が誰のものかなんて考えるまでもない。どうしよう。胃がキリキリしてきた。


「ねぇ神様」
「ぅえ?はい!何?でしょうか」

しまった。声がひっくり返った。
顔を上げたまでは良かったけど己の対応の悪さにダラダラと汗を噴出した。ヤバい、としかめた顔をすると紫原君が「何で試合中ベンチにいなかったの?」と真っ直ぐこっちを見たまま問い、目を瞬かせた。

「あ、あーそれは、裏でスタッフしてたから」
「…何で?別に神様がしなくてもよくない?」

神様も俺達と同じチームじゃん、とパーカーに視線を落とされは苦笑して肩を竦めた。紫原君のいう通りがベンチに座ることもできたけどそれはしなかった。


紫原君や黄瀬君が苦手だから、というのもあったけどドリンクやタオルの管理や景虎さんに任された仕事の延長線でスタッフとして動いた方が効率が良かったのでそうしたまでだ。

膝の上に置いたバッグの中から顔を出す2号の頭を撫でながら「裏方の方がみんなを支えやすいって思ったからそうしただけだよ」と少しのウソを混ぜて答えた。



「試合、ちゃんと観てたよ。紫原君楽しそうだったよね」
「…それ、黒ちんにもいわれたけどよく覚えてないんだよね」

それよかケガしてムカついたことの方が覚えてるし、とムスッとした紫原君に内心笑顔を引きつらせていると「あ、そうだ」といって紫原君がと目を合わせてきた。

「黒ちんからひと通り聞いたけど、今でも怒ってんの?」
「え、」
「俺のこと」


試合終わったしいいよね?と切り出された内容に最初困惑したがすぐに思い出した。
そうだ。紫原君は黒子君から中学時代の話を聞いていたんだった。




2019/11/05