EXTRA GAME - 28
一気に顔色を悪くしたは膝の上に置いてあるバッグをぎゅっと掴むと声を出す代わりに首を横に振った。
「怒ってはいないけど怖いとは思っている」。そう、たどたどしく応えれば紫原君は吊るされてない方の手で頭を掻き少し視線を巡らせた。
「実はさ〜黒ちんから話聞いて思い出そうとしたんだけど、全然思い出せないんだよね。神様にしたってこと」
「……」
「他の人よりも妙にビビられてるし、距離とられてるから、まぁそうさせるような酷い態度をとってたんだろうなってのはわかったんだけど、でもいくら思い出そうとしても思い出せなくてさ」
「……」
「なんか、ごめんね」
思い出せなくて。と悪びれてるのかいないのかよくわからない表情でコテン、と首を傾げつつ謝る紫原君には少しだけ呆気にとられた。そして嗚呼紫原君らしいな、とも思った。
よく苛めた側はしたことを覚えていないっていうけどそれに近いのかもしれない。
あの時紫原君に罪悪感なんてものはなかったし、純粋に苛ついていたんだろう。その吐き出し口にたまたまがいただけで、吐き出された感情はを飲み込んだまま流され消えていったのかもしれない。
元々紫原君とはただのクラスメイトでイジメに関わった人でもないのだ。間接的には関わってるけど本人に自覚がないからこその態度なんだろう。
ならいっそのこと存在すら忘れててゼロからの関係を構築していった方がまだ気楽だったのにな、と思ったがそれは無理なんだよなと肩を竦めた。
ただまあ、間接的だとわかっているのに主犯格並に怖がっていることも、"捻り潰される"ということも多分もうないとわかっているのにまだ恨みがましく恐怖にすがっている自分も大概なのでは、と思った。
紫原君はもうあの時の彼とは違うというのと同じようにもまたあの時の自分はもういないのかもしれない。
残っているのはただそうされたという事実という過去だけ。
「神様さ。泣いた?」
「え?」
「目元赤いよ」
まだ目も赤いけど。いきなり変わった話題に少し驚いたがぎこちない顔で笑い「うん、少し」と返した。本当は少しじゃなかったけど。
「どうして?」
「え?…えと、勝てたから、嬉しくて…」
自分でもまさか誠凛以外の、今回だけのチームでも泣くとは思ってなくて自分自身ドン引きしていたのは秘密だ。これじゃ火神にいわれた通り、泣き過ぎないようにするという目標が有耶無耶になってしまいそうだ。
「俺もいるのに?」
「そう、だね…でも今は仲間だし」
首を傾げる紫原君にもいいづらそうに返した。もっともな話だ。
苦手な人がいるのに感動して泣くとか支離滅裂感半端ない。
もしかして自分が思うよりもずっと紫原君のことを受け入れているのだろうか、と彼を見やると三角巾が目に入り顔をあげた。
「紫原君は痛みないの?試合中凄く痛そうにしてたけど」
「んー痛いかっていったら痛いけど…一応痛み止め打ってもらったから」
その注射も痛かったんだけど、とおよそ痛そうに見えない顔でのたまう彼に呆気にとられたが骨折なのに痛くないわけないよね、と難しい顔で彼の腕を見てしまった。
「ウインターカップまでには間に合うよね…?」
骨折って完全に完治するまでどのくらいかかったっけ?
無茶な運動しなければ数週間くらい?で、治るだろうけど紫原君まだ成長してるみたいだし。
リコ先輩みたいに見抜く能力があればもう少しわかると思うんだけど、とじっと三角巾に隠れている腕を見つめていれば同じくらいの視線を感じ目線を上げた。
カチリと噛み合ってしまった視線にビクッと肩が揺れる。
「神様って火神とか黒ちん程じゃないけどバスケ好きだよね」
「え?そ、そうかな…」
「うん。だと思うよ。でなきゃ俺のケガ見てウインターカップの心配までしないし」
一応敵だから俺達、とのたまう紫原君に目を丸くした。それはそうなんだけど。でも、ケガで試合に出れないとか嫌じゃない?
近くでウズウズしたりイライラしたりしょぼくれたりしてる人達を見てきたから、「ケガをしてラッキー!て喜ぶ人なんているのかな?」と首を傾げると紫原君の眉間に皺が寄って「知らねーし」と不機嫌に返された。
しまった。失言だった。ヤバい、と青い顔で視線をパッと外し2号が入っているバッグを抱え込むと斜め前から溜息が聞こえまた肩が跳ねた。
「知らねぇけど、でも、試合に出れないのはムカつくかもしんない」
「……」
「なんか、負けたって感じするし」
さっきもそんな感じだったかも、と零す紫原君に少しだけ視線を戻せばまた目が合ってドキリとした。心臓がいくつあっても足りない気がする。
震えそうになる手を必死に抑えながらも彼を見ていると、紫原君は少し思案したような素振りを見せ口を開いた。
「俺さ。神様のこと秋田に連れ帰りたいっていったでしょ?」
「う、うん…」
「それ、黒ちんから話聞いても変わってないんだよね」
「え……」
「この何日か、なんとなく考えて、お菓子食べながら考えて、寝ちゃったりもしたけど…でも別に今更気を遣って意見変えることもなくない?って思ってさ」
「……」
「まあ、考えてた以上に神様にビビられてるし、帰ったら当分会えないわけだしこの状態のまま保留ってことでしょ?
黄瀬ちんは近いから慣れてきてるみたいだけど俺はそういう訳にもいかねーし。赤ちんみたいにいちいち神様に話しかけても余計に怖がられそうだしさ。そういう細かいことするのも面倒だし」
黄瀬君のことも話したのか黒子君、とゾッとしたけどその話は芋づる式だから仕方ないか、と自分で自分をおさめた。そして紫原君は考えるのはもう面倒臭いという顔で「神様はどうしたい?」と問うた。
「神様は俺とどういう関係になりたい?」
「え?」
「殴りたいとか怒りたいとか…うーん。昔のムカついたこと全部吐き出すとか?…俺がムカつきそうだけど…」
「…(それは怖いから絶対しません)…」
「溜めてること、全部ぶつけたらスッキリする?」
紫原君に問われては視線を下げると眉を寄せ考えた。
「どう、かな…」
今ここで全部吐き出したところで変わるのだろうか。その時ならともかく今はが塗り固めた怖い紫原君は虚像として崩れているし、今の紫原君に伝えるには仲良くし過ぎた気もする。
だから本音で語るには言葉を選んでしまうし上手く伝えられるほど頭がいいわけでもなく雄弁でもないには困難なように思えた。
多分怖いと思うのと同じくらい傷つけたくない、と思っているからかもしれない。
「とりあえず、陽泉に行くのは無理、かな」
「うん」
「でも、このままは嫌、というか、自分がこういう態度で接してるのは嫌というか…もっと普通に出来たらって思う」
「それって、周りに変に思われたくないから?それとも俺と仲良くしたいから?」
「……どうだろ。仲良く、まではまだ考えてないけど、でも紫原君はもうあの時とは違うから」
だからもう少し、自分も前に進みたい。
そう、言葉にしてほろりと涙が零れた。
あれ、と震える口を押さえるとぱたぱたと涙が零れ落ち下にいる2号を濡らしていく。2号は心配そうに前足をパーカーに引っかけてきて大丈夫?といわんばかりに見上げていた。
そういう優しいところ黒子君みたいで余計に泣けてくるよ2号。
声を抑えるように背を丸めるとポン、と手が頭に乗った。顔を少し上げれば手を乗せてきた彼と目が合った。
「うん。俺も神様ともっとたくさん話せるようになりたい」
大きな手がの頭をゆっくり撫で紫原君の目も柔らかく細められるのを見たら、堪えてた涙が余計に込み上げてきて、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
2019/11/05
憎しみも悲しみも囚われていては前に進めない。本当の姿は見えない。
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