EXTRA GAME - 31


「おーやってるな!」
リコ先輩達とお喋りしながらテーブルに乗せられた食べ物を摘まんでいると景虎さんと桃井さん、紫原君がラウンジに入ってきた。

紫原君の腕は相変わらず白い三角巾につられていて変わりないが無事診察を終えて帰ってきたようだ。
「お腹減った〜」とぼやく紫トトロは赤司君達がいるテーブルに向かっていき、リコ先輩は席を立つと別のテーブルに座ろうとする景虎さんの元へと向かっていった。


「お疲れ様」
「あれ!さん目が腫れてるよ?」

大丈夫?とリコ先輩の席に座る桃井さんに驚かれは苦笑した。紫原君の前で泣いていたのを見られていたけど、それから1時間くらい経ってるからその腫れが引かないのは変だと思うよね。

その理由をしっかり小金井先輩が告げ口すると「さんってきーちゃんよりも涙脆いんだね」なんていわれてしまった。

「む、らさきばら君の手、どうだった?」
「やっぱり骨折だって。綺麗に折れてたから治るのも早いんじゃないかっていってたけど場所が場所だから、リハビリは大変かも」
「そっか…」


プラスチックのコップに飲み物を注ぎながら紫原君の診断を聞くと桃井さんは「ムッ君ってば先生の説明を聞いてる時点で面倒そうにしてたんだよ?自分のケガなのに」とぼやき、に礼を言って飲み物に口をつけた。ちゃんと治りそうだから良かったけどリハビリかぁ。



視線を向ければ紫原君の大きな背中が見え、もしゃもしゃと早速お菓子を食べているようだ。
緑間君の眉間の皺が凄いことになってるのも見えたからまた手を洗ってないとか食べる順番とか小言を貰っているのだろう。

現に高尾君がこっちを見て「ウエットティッシュない?」と聞いてきて、手渡すと緑間君から紫原君に移動していた。氷室さんがいない時は緑間君がお母さんだったのかもな、なんて思ってしまったのは秘密だ。


「紫原。辰也が診断結果を監督に報告しとけってよ」
「ええ〜メンドイ…」
「ダメっスよ。紫原っち。ちゃんと治さないと試合に出れなくなるんスから」
「…だって絶対怒られるし」

携帯を見ていた火神が氷室さんからのメールを伝えると紫原君はここからだと横顔しか見えないが嫌そうに顔を歪めた。

陽泉の監督さんってそんなに怖いの?と桃井さんに目で聞くと彼女は大きく頷き「だってあのムッ君が大人しく練習に出てたっていうし、いうことを聞かない選手には竹刀でしごくって噂もあるくらい」と教えてくれた。それは体罰というやつでは?と思ったが確かに怖いなとも思った。


「その件なら俺から連絡しといたぜ。それでちったぁ怒りも軽減すんじゃねぇか?」

今回のケガは監督である俺の責任でもあるしな。とお酒を煽りながら景虎さんが紫原君に返していた。
しかしそれを聞いても紫原君の顔色は晴れなくてぐりん、とこっちを向くと「やっぱちん秋田に来てよ〜」と嘆いた。



「テメーはを盾にしたいだけだろ?!……は?」
「ムッ君、さんを連れてっても怒られるのは変わんないと思うよ?」
「往生際が悪いのだよ」

はぁ、と溜息を吐き眼鏡のブリッジを上げる緑間君の手前で固まる火神が視界に入ったがそのままスルーした。
紫原君は「だったらいいや〜」とだらりと力を抜いてだらしなく足を投げたしている。諦めが早い。あ、緑間君に脚が邪魔だって怒られてる。緑間君の眉間皺がどんどん深くなってるのは気のせいだろうか。


とりあえず秋田に連行されることはなくなったみたいなのでホッとした気持ちで日向先輩達とお喋りしながら飲み食いしているとデザートに差し掛かり「あ、」と手を止めた。
そういえばこれ、紫原君用に買っておいたやつだった。

確かあっちのテーブルにはなかったはず…と少し背伸びして覗き込もうとしてみたが紫原君の背中が大きくて手元どころかテーブルに何が乗ってるかもよくわからなかった。


「それ、ムッ君好きなやつだよね」
「うん。お菓子買ってたら見つけちゃって」

「うおっ懐かしいなそれ!」と先輩達にもいわれながらは席を立つと紫原君が座っているテーブルへと近づいた。
勿論深呼吸も欠かさず意を決した面持ちで彼の後ろからテーブルを覗き込むとが持ってきたお菓子はなさそうだった。


「あ、つし、くん。これ、いる?」


発音に問題があったけど、緊張してる様を出さないように素知らぬ顔で紫原君を伺うと彼はゆるりとした動きで「ん〜?」と振り返った。



「あ〜ねるねる〇るねじゃん」
「そっちになかったよね?」
「うん。ないよ〜くれるの?」

パチクリと目を丸くした紫原君には口許をつり上げ頷くと「うん。どうぞ」とお菓子の袋を差し出した。むしろキミ以外食べる人がいるかわからないから食べてくれるなら有難い。

青峰も「懐かしいもん買ってきたな」とかいってるし。緑間君は「身体に悪いのだよ」と難しい顔で溜息吐いてるけど許してあげて。
勝つ為とはいえ紫原君怪我したんだし。緑間君の台詞で肩を竦めて笑うと「あ〜でも、」と声が聞こえ視線を下げた。


「これじゃ零しそうだからちん作って」

椅子に座っても紫原君は大きいけどだらしなく座ってるせいもあって今はが見下げる形で、彼の方が見上げる形だ。
それはとても貴重でカチカチに巻かれた左腕を見せお願いされるのは少し可愛いようにも見えた。

「い、いいけど、私でいいの?」
「うん、お願い〜」

こういうのって自分で作るから楽しくて美味しい?のでは?と紫原君を伺ったが「ちんが作ったのが食べたい」とまでいわれたら断る訳にもいかず、折角巻いてもらった包帯汚しても嫌だよね、と思い直し水を用意し椅子を持ってきて彼の隣に座った。

わざわざ椅子を持ってきて座らなくてもいいのだろうけど、以前甥っ子にこの手のものを作ってあげた時に零したことがあるのだ。

量は減るし相手は紫原君だしここは家じゃないし、ということで万全の態勢でプラケースに粉と水を入れゆっくりとかき混ぜた。



「…あの、赤司君」
「ん?…ああ。俺のことは気にしないでくれ」
「……」

気になるよ!視線!赤司君の視線気になるから!元々会話が殆どないこのテーブルは(青峰は隣のテーブルにいる黒子君や火神と話してるけど)、が練り出してから沈黙し、の手元に視線が集中しているのが下を向いていてもわかった。

そんな珍しいものじゃないのに、多分紫原君が作ってるところも見たことあるはずなのに、何この興味津々な視線!痛い!視線が痛いです赤司君!あと緑間君も!


モリモリお菓子を食べてる紫原君の方がゆったり構えてるせいで余計に赤司君の視線に緊張して手元が震えて何度か零しそうになったが、何とか作り上げ、止めていた息を吐き出した。

「このくらいでいい?」
「あー2色になってる〜」
「もう少し混ぜた方がいい?」
「んーん。そっちの方が綺麗だからそれでいーよ」

姪っ子には好評だった2色を見せると紫原君は感心した素振りで食べたーいといってくれた。2色にしてもチップを付けたら殆ど見えなくなるんだけど、要は気分だ。
も満足げに頷いて出来上がったものをスプーンに巻き付け紫原君に差し出せば「あーん」と雛鳥のように口を開けた。あれ?


「……紫原。自分で食べるのだよ」
「え〜?だって手塞がってるし〜いいでしょ?」

え、もしかして、食べさせろってことですか?と固まっていると嘆息を吐いた緑間君が紫原君を窘めたが通じず、を見て「ダメ?」と首を傾げた。
だ、ダメじゃないけど…はい。もう片方はまいう棒で塞がってますね。



「ううん、はい」

たくさん話せるようになりたい、とはいったものの、その機会がこんな早くやってくるとは思ってもなかったです紫原君。ハードルが高くて緊張します。

私のメンタル持つといいなぁ、と他人事のように考えつつ子供の一口で終わってしまうような小さなお菓子を紫原君に差し出した。


「紫原。2色だと味が変わるのか?」
「んーん。一緒〜」

未知の食べ物を不思議がる赤司君の質問に紫原君は身も蓋もない言葉で返したが、咀嚼もそぞろにまた口を開けると「ちん、ちょーだい」と強請られた。まるで親鳥になった気分だ。

私のお腹が持ちますように、と切実に願いながら紫原君にケミカルなお菓子を食べさせていると、これで終わりと思ったところで紫原君に手を捕まれた。
何?とどうしても強張ってしまう顔で伺うと「こっちにもついてる」との指を指摘された。

いつの間にかチップが指についてしまったらしい。
あー本当だ、とぼんやり考えていたが次の瞬間身体が凍ったように固まった。


何を思ったのか紫原君は持っていたスプーンを抜き取ると、そのままキャンディチップがついたの指をぱくりと食べた。
その視覚情報にの思考はボン!と爆発したのはいうまでもない。

血の気がひゅっと下がり、折角収まった涙が目尻に浮かぶ。喰いちぎられる?!と思ってしまっても許してほしい。
だって和解したのさっきだよ?紫原君が何を考えてるかまだよくわかってないのにこんなことされたら怖いって!



何があったの?!と悲鳴もあげれぬまま、見ているのに理解できない頭で彼を凝視していればぬるりとした温かいものがの指を這い、全身の毛がぶわりと逆立った。

恐怖とは少し違う、ぞわりとした変な感覚には悲鳴にならない声が出そうになったが、紫原君はお構いなしにの指を舐め、ちゅうっと吸いこんでいた。
柔らかい唇の感触とバチン、とかち合った紫原君の瞳にの心臓が肋骨を破らんばかりに大きく跳ねた。
あまりの刺激には頭も顔も真っ赤になったと思う。というか熱い。

よくわからないけど大声を張り上げたいような、泣き叫びたいような、どこかに走って逃げてしまいたいような訳の分からない衝動に駆られ眩暈がした。


ふらりと傾いた身体は椅子から転げ落ちることはなく、その手前で黒子君と緑間君が支えてくれている。そして目の前にはいつの間にか火神がいて「何してんだよテメーは!」と紫原君に怒っているようだった。
からは背中しか見えないが見上げた火神の首が赤くなっているように見える。


「いだ!何すんのさ峰ち〜ん」
「テメーは無自覚に確信犯やってんじゃねーよ!!」


その向こうでは青峰が不機嫌な顔で紫原君を殴ったようで、からは見えなかったがその鈍い音に相当痛そうだと思った。それでも紫原君の声は暢気に聞こえるのが凄い。

火神と青峰に挟まれぎゃあぎゃあと怒られてる紫原君に『敦君、強い…』と思ったが、そこで記憶が途切れた。

やっぱり紫原君と友達になるのはハードルが高いようです。




2019/11/11
無邪気に確信犯。