君色シンデレラ・1


知り合いが殆どいない中学校に進学して、なんとなく出来あがったグループの線引きが浮き彫りになった頃、事件は起こった。

王様が公開処刑…ならぬ、シンデレラを探すというお触れを出したのだ。

髪は肩までのセミロングで色は黒、1週間前の金曜日、保健室を利用した者で何とかっていう長ったらしい香水を使ってる女子生徒らしい。
そのお触れを見て周りはきゃあきゃあと騒いだが私は可哀想に、と同情していた。


その時に出ていた噂は2つ。
王様に気に入られた本物のシンデレラか、王様の気分を損ねた継母か。

前者は今程ではなかったけどファンクラブがあったから制裁決定。後者は間違いなく学校にいれなくなる。シンデレラを夢見て何百人か申告したらしいけど王様のお眼鏡にかなう人物は現れなかった。





そんな日からかれこれ2年の月日が経っていた。





ビュウビュウと吹く北風に押され、茶色い髪を振り乱しながら校門をくぐり抜ける。足早に校舎に入ったは縮こまった身体を解すように息を吐いた。
途中、遭遇した友達に挨拶しながらD組の教室に入るといつも騒がしい声が特別大きく聞こえる。

点々といる集団をすり抜け、自分の席についたが黒板に目をやるとクラスメイトで友達の花菱美琴が挨拶と一緒に近寄って来た。

「おはよー。今日も寒いねー」
「だね。でも教室はブラジルですよ」
「ああ、席替えあるからね」

ブラジル=騒がしい、といったらブラジル人に失礼だがと美琴はクスクスと笑った。

どうやら担任か日直が書いたらしく、黒板にはデカデカと『席替えやります』という文字があった。大半はこのまま高等部に行くから受験らしい受験の空気はないが、3年のこの時期に席替えとか本当平和な脳みそをしてる。


「私、今の席がいいから正直やりたくないんだよねー」
「私はどっちでも。とりあえず前じゃなきゃいいよ」
「1番前の真ん中とか最悪だよね。でも、後ろとかもヤじゃん?先生から丸見えだし」
「あれでしょ。両端の前の方が1番目に入りにくいんでしょ?」
「そうそう。後はあの集団と一緒にならなきゃいいわ」

チラリと美琴が見やった先にはクラスで1番騒がしい、尚且つクラスの主導権を握ってるグループが見える。別にあの中にクラス委員がいるわけじゃない。議題を進行する上で発言権が強く、賛同する人達が多い所謂多数派だ。

少数派からすれば目の上のタンコブで鼻につくこの上ないが、彼らのお陰でクラスの催し物が(そこはなとなく)成功しているのは事実である。


「元気だよね〜」
「まぁ、引退した運動部ばっかだし持て余してんじゃないの?」

ゲラゲラ笑う集団を遠巻きに見ながら確かにあの集団の集まる付近にはなりたくないわ、と思った。



「(そんなこと思ったのがいけなかったんだろうか…)」

朝のHRの時間、予告通り行われた席替えには頭を抱えた。美琴は鬼門の席をくぐり抜け、窓側の後ろの席になってガッツポーズをとっている。羨ましい。
はというとど真ん中の後ろの方だった。しかも。


「うげ。ここじゃ居眠りできねーじゃん!」
「ハハハッ残念だったなー」
「クソクソ!俺と席交換しろよ!」
「やーだね!」
「なべやんっ!もう1回席替えしようぜ!」

ガタガタと騒がしい前の席にも内心賛同したが「何言ってんだ!他はちゃんと移動してんだからお前も席につけ!」と担任に言い返されている。

「ちぇー」といいながら座った席は丁度の目の前。クラスの主導権を握ってるグループでしかも休み時間は必ず何人かが集まる人望厚いアイドル、向日岳人だった。
彼の両隣には同じグループの男子と、向日、というかテニス部ファンの女の子がついた為地獄決定である。

今迄ずっと離れた席だったのに…。
まさか卒業までこのままじゃないよね…?と思いながらは1時間目の授業の用意を始めたのだった。



終業のベルが鳴り、ガタガタと動き出した生徒にも息をついて教科書達を仕舞った。

「ねぇねぇ、そこの席使ってもいい?」
「あ、うん。いいよ」

クラスメイトが断りを入れてきたのではカバンを持って自分の席から避難した。向かう先は美琴の席で彼女の隣の席の椅子を拝借しぐったりとした顔で座った。


「お疲れー」
「初日からこれとかマジありえないんですけど」

チラリと振り返れば向日を中心に席がくっつけられ弁当を広げている。休み時間もあんな風に人集が出来てて自分の席なのに居心地が最悪だったのはいうまでもない。


うんざりした顔で達も弁当を出すと「えええっ」という女の子の声が響き渡った。振り返れば教室の外にツンツン頭とフラフラと見てるこっちが不安になるような動きをしてるふわふわ頭の子がいて、向日は彼らと一緒に行ってしまった。きっと食堂で食べるんだろう。

「クックック。残念だったね、あかりん」
「ま、モテ部には勝てないでしょ」


ぶちぶちと文句を言いながら席につく"あかりん"を尻目にと美琴はニヤリと笑った。きっと彼女を見てざまぁみろ、と思ってる女子は少なくないだろう。モテ部ことテニス部を慕う女子はかなりの数いる。
中でも同じクラスは羨望の的で、彼らの隣の席を虎視眈々と狙っているのだ。

その中に"あかりん"も含まれるのだが彼女はちょっと特殊で、本命は向日ではない。向日の隣をキープし、向日にアピールしまくってるが本命は彼じゃない。その後ろに居る王様狙いということを本人以外の女子は全員知っている。

彼らを踏み台のように考え見てる女子も少なからずいるのは確かで、ファンからは煙たがられているが自意識が強いのか"あかりん"は気にした素振りを見せず毎日向日に熱光線を送っている。


しかし、向日にもバレてるのかああやってみんなで食べようってなってから食堂に向かうことも少なくないのだ。



「そろそろ、ファンクラブに潰されるんじゃないかね?」
「んーでも"あかりん"お嬢様じゃん?手ぇ出す人いんの?」

男子という鉄壁のガードを持つ"あかりん"は生粋のお嬢様だ。俄かとか中流階級とは違う親が寄付までしてるランクなのでおいそれと手を出すとは思えない。
その辺を考慮した上でイジメをするとか中学生がすることかよ、と思ってしまうけど氷帝はそういうところだから仕方ないとしかいいようがない。

少なくとも達の世代はそれに縛られて生きるように刷り込まれてしまった。


ー。まぁたおばさんに内職頼まれたの?」

お弁当も食べ終わり、弁当を仕舞ったは代わりに華やかな色紙を出した。それを見て美琴は呆れた顔になったが「ああ、クリスマス用?」といって興味津々に聞いてくる。

の叔母は保育園の園長をやっていてシーズンごとにに折り紙やら切り絵やら壁に貼るモチーフを頼んでくる。
元々手先が器用で文化部だしいいよ、と気軽に引き受けたのが運の尽きで、気づけば2年もこの内職を続けている。まあ、お小遣いも貰えるので辞める気はないのだが。


「そうそう。そろそろクリスマスだからってサンタ欲しいねっていわれてさ」
「へぇ。ていうか、アンタも好きだよね。こういうの。小説書くより向いてるんじゃない?」
「…小説だってお金絡めば真面目にやるよ」
「うわ、出たよ。守銭奴」

赤と緑の紙を見ながら美琴が笑ったのでも合わせて笑った。


別にお金が絡まなくても文章を書くのは好きだ。ただ、ふわふわしたファンタジーは地に足がついてない気がして書けないし、恋愛ものは想像が追いつかなくて書く気すら沸かない。
だからといって猟奇的なものや反社会的なものを主題にしても先生受けは悪いし青春ものは虫酸が走る。

要は、書きたいものと書けるものが一致しないのだ。

昔はもっと自由に書いてた気がしてたんだけどな。そう思いつつペンケースからシャーペンを取り出した。



****



先生が急遽出張になり、自習時間になった途端騒がしくなった教室で、向日が自分の席を離れたのを確認したは、しめた!と嬉々として紙袋から大量の折り紙を出した。

窓側の騒がしい集団に入り周りも吸い寄せられていったのを視認し、席の周りに誰もいなくなったのを見ては鼻歌交じりに折り紙を4つに分断した。それから1枚ずつ輪っかにして糊でくっつけて輪っかを繋げていく。

勉強?誰もやってないし、この授業の先生は優しいおじいちゃんだから大目に見てくれるから大丈夫なのですよ。


「お前、さっきから何やってんの?」
「え…」

また新しい折り紙を出せばいつの間にか目の前に向日が立っていてビクッと肩が跳ねた。何故いる。さっきまで友達と話してたんじゃなかったのか?

「何って輪飾り作ってんだけど」
「"輪飾り"?ってああ!これってそういう名前なの?」
「え、うん。多分」


俺ずっと輪っかって呼んでた!と感心する向日にどもりながら返すと「多分?お前が言ったんじゃん!」と笑われてしまった。確かにそうだけども。
事態を飲み込めず固まっていれば向日はそのまま自分の席に座るとと向かい合うように椅子を動かし、「俺、くっつけるのやりたい!」と目を輝かせてこっちを見てきた。

心臓に悪いのでこっち見ないでほしいんですが。ていうか、断るっていう選択はないのか?そう思ったが彼の顔を見たらそんなことなど一言も言い出せなかった。

「あ、じゃあ私切るからよろしく」となんだかよくわからないまま向日に糊を渡すと彼はわくわく、という顔で「おう!」と頷いた。ちょっと可愛かった。



それからしばらくしてチャイムが鳴り、他の教室も騒がしくなったところでの手も止まった。

「あれ?もう紙残ってない?」
「うん。それで終わり」
「結構作ったね!」
「うわ、アンタ雑すぎじゃない?ここずれてるよ?」
「んなことねーよ!お前だって裏表逆じゃん!」
「違いますーっこれは狙ったの!間に白入れた方が綺麗じゃん!ねー?さん!」
「あーうん。そうだね」
「ほらー」
はお前に気を使っただけだろ!」

はは、と愛想笑いを浮かべると彼女達はまた言い合いを始めた。きっと、糊をつけ間違えたんでしょ?ていわれると思うけど2こくらいだし大丈夫なんじゃないかな。むしろ円の大きさがバラバラの方が気になるわ。どうやったらこんなバラバラにできるんだろう。

元々ノリのいい集団は向日が一生懸命に輪っかを繋げてるのが気になったのか気づけば一緒になって輪飾りを作っていた。正直出来はいいとは言えないが数人に手伝ってもらったとあって予定よりもかなり早めに出来上がったのはいうまでもない。


「出来た!!見てくれよ!これ凄くね?!縄跳びできるぜ?!」
「はははっ本当だ!スッゲー」

飛んでみそ!とはやし立てる男子達に向日が作った輪飾りを振り回したのではギョッとしたが、「やるかよ、バーカ!」とグシャグシャに踏みつけられる前に向日が止めてくれたのでホッと息を吐いた。

!これ凄くね?俺こんだけ繋げたんだぜ?!」
「うん。凄い凄い!ありがとう向日くん」


そして早くくれ。壊す前に。そう思いながら向日から輪飾りを受け取ると思ってたよりも丁寧に作られていて少しだけ驚いた。この輪っかは全部向日がくっつけたものだってわかってるだけに驚きを隠せない。

他は冷やかし混じりにやってたのに…結構真面目にやってくれてたんだ。そう思ったらなんだか嬉しくなって「ありがとう」ともう一度お礼をいった。


「気にすんなって。俺が勝手にやりてーっていったんだし」
「ううん。結構あったからもっと時間かかる予定だったんだ。それにこれなら子供達も喜ぶと思う」

別に壁に貼ってある飾りを穴が開く程見たり批評したりしないけど、でも綺麗に作った方が壊れにくかったり飾りやすいから。
だからありがとう。と微笑むと向日は目を丸くして、それから「また何かあったら手伝ってやっからいえよ!」照れたように笑ったのだった。




2013.04.28
捻くれヒロイン。