順調に内職が進んでる中、は休み時間ある女の子2人に呼び出された。その子らといくつか言葉を交わすと何事もなかったかのようにから離れていく。
「いやあ、お疲れ様。憧れの的」
「止めてくれ」
去っていく2人を見送ったは重い足取りで自分の席に戻ると、広げていた紙類を紙袋に乱暴に詰め込み美琴の席に向かった。
無言で隣の椅子を借り足を組んで座るとニヤついた顔で美琴に労われたが顔はこの状況を楽しんでるとしか思えない。
「何で"あかりん"じゃなくて私なのよ」
「そりゃあは"庶民"でファンクラブに属してないからね」
「くっそ忌々しい」
チッと舌打ちをすれば美琴は「D組のアイドルと仲良くなれたんだから仕方ないじゃん」とかいってくる。
確かに向日と輪飾り以降話すようになったけど、他の人やそれこそ"あかりん"に比べたら全然だし後ろの席で喋るなっていう方が無理な話だ。
それなのにあいつらときたら私達の敵!みたいな目で見やがって!誰目線でいってんだっての!神目線か!
「んで、岳人様ファンクラブには何言われたの?」
「"今日は警告"だって。教室での向日の気を引く行為は禁止。よって内職は別のところでやれって」
「ぶはっ!相変わらずちっさい牽制してくんねー」
「ついでにファンクラブに入るなら見逃してやってもいいっていわれた」
「マジでか!」
ケタケタケタと笑う美琴に周りは何事かとこっちを見てきたがは彼女を叩いて黙らせた。
「マジないわー。え、でも何?ファンクラブ入んの?」
「誰が。個人もモテ部総合もゴメンだよ」
入ったら入ったで足並み揃えて情報交換しなきゃなんないんでしょ?考えるだけでゾッとするわ、と腕をさすれば美琴は「女は化粧とお喋り命ですから〜」と馬鹿にしたように笑った。
どうでもいい話だが、テニス部にはファンクラブが大きく2つあって"テニス部総合"と"個人"がある。総合は幼稚舎からいるセレブ組が筆頭に作った公認のもので(初めて聞いた時は笑ったが)、個人は氷帝でいうところの庶民と熱烈なファンが作った非公認のものだ。
大抵の人は総合と個人どっちにも入っているらしいが、今回のように牽制をかけてくるのは個人が殆ど。そのせいでイジメを受けたり登校拒否になったという噂は絶えない。
表向きはみんなで仲良くテニス部を応援しましょう、だが、中身はただのキャットファイトである。醜い女の小競り合いが嫌で何処にも属してないのに、外野にまで矛先を向けられるのはたまったものじゃない。
「つーか、クラスメイトなんだから普通に過ごさせてほしいよ」
「それは同感。でもさ、あれじゃん?が岳人様を顎で使おうってのがバレたんじゃない?」
アンタ、手伝ってくれるのをいいことに何でもかんでも押し付けてんじゃん。とニヤつく美琴には目を見開いて「違うわ!」と否定した。
そりゃ確かにファンクラブに警告される程度には向日と関わり持って手伝ってもらったけど、全部あっちから言ってきたことであって自分は1回も「手伝って」とはいってないのだ。それを使いっぱしりにしようなんて誰も思わないよ。
怖いこといわないでよね!と顔色悪く言えば「だよね〜」と美琴はあっさり引いた。
「でもさ。実際どーすんの?教室使えないとなると外しかなくない?」
「外は無理でしょ。寒いし、風あったら全部飛んでくじゃん」
「じゃあ、部室?」
「…それは無理。絶対ブヨンセいるし」
「サロンとかこっからじゃ行って帰ってくるで休み時間終わっちゃうしねー」
「…休み時間捨てるしかないのか…」
ガックリ肩を落とすに、ご愁傷様、と美琴に肩を叩かれ長い長い溜め息を吐き出した。
*****
放課後、部活に行った美琴を待つついでに交友棟に入ったはサロンを覗いてそれからディスカッションルームに入った。
本当は食堂が良かったのだが時間外で閉じていたので、仕方なく何組かいる生徒をすり抜け、奥の目立たない席を陣取りごそごそと紙袋から色画用紙を取り出した。
今日こそ、サンタを作り上げなければならないのでちょっと真剣だ。
「やっぱやん。こっちに来るなんて珍しいんとちゃう?どないしたん?」
「……忍足くん」
何でテメーが出てくんだよ。おもむろに振り返れば嘘くさい笑顔を貼り付けた伊達眼鏡がの了解を得ないまま空いてる席に座りやがった。
面倒な奴が来やがった、と忍足侑士を見やれば奴は益々嬉しそうに微笑んでくる。
「他に席あるんだしあっちに座ったら?君のファンが獲物を捕らえんばかりにギラッギラとした目で見てるよ」
「嫌やわ〜。俺も猛禽類やねん。肉食同士は気が合わんもん。行きたないわ」
「いやいやいや。そんなことないでしょ。ああ見えてみんなライオンの皮を被った兎さんだから。君の大好きな草食かわい子ちゃんだから」
「ライオンの皮とかめっちゃ怖いやん!その兎猟奇的過ぎやろ!無理無理!俺じゃ懐柔できへん」
「…つーか、グダグダ言ってないであっち行けよ。アンタと一緒にいるとこっちにまで火種がくんだよ」
「イ・ヤ・や」
最後にハートマークがつくような声色と甘い笑顔にこっちを見ていた女子が黄色い悲鳴をあげた。正直恐怖しか感じれない私の感覚はおかしいんだろうけど、相手が相手だから仕方がない。
「そんな冷たいこといわんと、俺達友達やん。仲良くしようや。ちゃん」
「…次その名前いったら金輪際口きかないから」
ニヤつく顔でいうものだからは絶望しか感じれなかった。どうして私の周りには不幸を喜ぶ奴しかいないんだ。
しょんぼりと「久しぶりにクラスメイトにおうたのに冷たないか?」と零す伊達眼鏡の意図はわかっている。私を困らせて楽しんでるだけだ。
忍足侑士とは中学に上がってから2年まで同じクラスだった。お互い中学からの編入だったのと席が隣同士のもあって話す機会は多かった。そして今は全然感じないけど忍足侑士は当初根暗って言われていたのだ。
別に無駄に喋らないだけで関西のノリは持ってるし周りの子達より少し大人だったからいちもく、というか怖がられてて。
余り物よろしくな状態でよく話していたのだけど、彼がテニス部でメキメキ力をつけていくと同時に話題が減っていって。彼の周りに人が集まり出し、更に話しかけづらくなる2年の後半には殆ど喋らなくなっていた。
それでもまだ根暗キャラを保っていれば均衡は保たれたかもしれないが、人気が出た途端、ウザったく中途半端に長い髪は大人でオリジナリティがあって、ダサい丸眼鏡は理知的で実は伊達眼鏡ということにファッションセンスがあるということにすり替わっていた。
そうなれば女子は放っておかないし、忍足も忍足で調子に乗って愛想を振りまくもんだからあっという間にクラスの中心に躍り出て、彼の隣には自分以外の誰かがいるのが常になっていった。
それからクラスが離れて顔を合わせることがなくなったと思ったらこれである。何考えてんだろ、こいつ。
「冷たくしてんだよ。私の安寧の為に元クラスメイトなら空気読んであっち行ってくんないかな?」
「自分随分と口悪ぅなったな。ああそれはそうと、さっきから何作ってるん?」
「……」
「色合い的にクリスマスの何かやな?あ、もしかして保育園のアレか?」
「…そうだよ」
話をすり替えて居座ることを決めたらしい忍足侑士には周りを伺おうとしたが、紙を持って行かれたので慌ててそれを掴んだ。
「なんや。これ切り抜くだけなんやろ?俺も手伝ったるわ」
「いやいいから。余計なことしなくていいから」
「俺こう見えて器用なんやで?それに前に手伝った時うまくできたやん」
「あーはい。その節はありがとうございました。でも今回のは自分でやるんで、というか自分でやりたいのでどうかそれをお返しください」
まっすぐ忍足侑士を見つめれば「うわ、丁寧語とかキショ!」と言いながらも色画用紙を返してくれた。
戻ってきた紙にホッと息を吐いたは紙袋に仕舞うと「何や。もう帰るんか」とつまらなそうに頬杖をついた彼が見てくる。お前はこの突き刺さる嫉妬の視線に気がついてないのか。
「…おもんないわ。前は普通に話とったくせに」
「……」
「何で3年だけ別のクラスやねん。同じクラスやったらイジリ倒してやったんに」
「今日初めて自分のクラスがいいクラスに思えたよ」
何その怖い報告。席を立ったと同時にうわ、と身を引けば忍足侑士が見上げる形でを見つめた。いつもは逆なだけに少しの違和感を感じた。違和感は彼の表情にも出ていては困ったように髪に指を絡めた。
「というか、何でここにいるの?部活は?」
「いつまでも引退した3年がコートに居座るわけにもいかんやろ」
「確かに」
「という訳で自分の姿見つけてこっち来たん」
さっきまでサロンに居てん。という忍足侑士に覗くんじゃなかった、と顔を歪めた。きっとサロンにはテニス部とファンクラブが勢揃いしてるんだろう。金持ちブースの席は見てなかったもんな。私には関係ない場所だし。
「自分こそどうなん?俺らと違って文字は期限なんてあらへんやろ?書かんでええの?」
「そっちは休業中。今は副業中」
紙袋を掲げれば「ふぅん」と目を細められた。どうせ、逃げてるだけだろとか思ってるんだろ。知ってるよ。
「ま、どっちでもええけど…なぁ。暇やったらまた声かけたるからいいネタ仕入れときや」
「ねーし。いらないし。大きなお世話だし」
「素直やないな。そんなんじゃいつまで経っても彼氏できへんで?」
「余計なお世話だ」
本当に余計なお世話だ。と見下ろせば後ろでヒソヒソと内緒話をする声が聞こえた。いや、公開内緒話の間違いだね。身の程知らずで悪ぅございましたね。
「ああすみません。うっかり口が滑りました。モテ部の忍足様。育ちが悪いもんでつい地が出ちゃいました」
「キショいわ。そういうん時のは腹ん中で罵詈雑言吐き捨てとるの知っとるんやで?それに育ちが悪いのも前から知っとるわ」
別に今更隠してもしょーがあらへんやろ、と意地悪そうに笑った忍足侑士には眉を寄せると小さく「お節介」と零した。
「そうやな。せやけど構ってやらんとは俺のこと忘れてまいそうやしな」
友達ってこと。口外にそう聞こえて息を飲んだ。別に私にだって友達はいるっての。アンタのことだって一応、友達だって思ってるし。元クラスメイトだけど。でも、でもさ。この氷帝にいる間は無理なんだよ。
「…男になったら思い出すかもね」
「え、もしかして手術でもするん?ていうかそっちの人なん?」
「ちげーよ!」
色々弊害ありそうやな、とドン引きの忍足侑士にアホか!と怒れば「楽しみにしてるわ」とニンマリ笑いやがったのでは鼻で笑って踵を返した。
そうやっていつもそっと優しさを寄越してくるから忘れられないってのに。だからあいつはモテるんだよな。あーやだやだ。
嬉しいはずなのに距離が浮き彫りになった気がして心が妙に冷たい。
ディスカッションルームを出る間際、振り返ればさっきまで遠目に見ていた女の子達が忍足侑士を囲んでいてあれが今の日常なんだよな、と思いつつその場を後にした。
2013.04.28
寂しいとはいえない。