君色シンデレラ・4


放課後、指定された生徒会室に向かったは緊張した面持ちで目の前のドアをノックした。そのドアの向こう側から「入れ、」と耳に残る、通る声に肩を張った。うわ、緊張する…そう思いながらは「し、失礼します」とゆっくりとドアを開けた。

初めて入った生徒会室は校長室か、と言わんばかりに綺麗な一室で掃除も整理整頓も行き届いてるピカピカのオフィスのような空間だった。
その部屋を口を開けて見回すと、奥のいかにもな豪華な椅子に座っている王様が「空いてる席に座ってくれ」というので戸惑いながらも1番近い席に座った。

ちなみにこの空間には自分と彼の他に人はいない。ていうか引退したのになんで王様ここに居座ってんの?楯突く人いないだろうけど後輩困ると思うよ?

「…空いてる席っつったが、そんな遠くじゃ話できねぇだろうが」
「は、はあ」

いや、声届いてるからいいんじゃね?緊張するしここでよくない?と思いながらもノロノロと彼が指定する席に座ると(だったら最初から指定してくれ)、王様は引き出しの中から華やかな色合いの花のくす玉を取り出した。
しかしそのくす玉は丸くはなく、綻んだように歪な形をしている。


「何代か前に父母会からボランティアの礼を兼ねてこれを寄越してきたんだが、昨日ここに来た時にはそうなってたんだ。お前、これの直し方を知ってるか?」
「あ、はい。"くす玉"ですよね。一応知ってます」

ちゃんとは作ってないけどやり方くらいは知っている。

"くす玉"とは名前のとおり、よく開会式とか催し物で使うあのくす玉の形をした折り紙だ。
何枚もの色を使い、華やかなくす玉が多種類あるが王様が持っているのはスタンダードな"花"の"くす玉"で、紫陽花のようにぎゅっと丸くまとめられた36個の花の折り紙は独特の美しさがある。

それを王様から受け取り確認したところ、繋げていた糸が切れて形が崩れてしまっただけらしい。

「直せそうか?」
「はい。糸があればすぐに…10分もかからないと思います」
「…糸で元に戻せるのか?」
「?はい、」


驚く王様には不思議に思いながらも頷くとどんな糸がいいというのでフジッ○スの『キ○ター』か少し太めのものをお願いした。
しばらくして、王様が注文した糸が到着し(自分で買いに行かないんだからスゲーよ)、受け取ったは椅子に座り直してハサミを借りた。

「一旦、この形崩しますけどいいですか?」
「ああ構わない」

興味津々に見てくる王様にそんなに珍しいのか?と思いつつもぐるぐるに巻かれた糸を丁寧に解いていく。別に繋がれた糸は切らないようにしてバラけた折り紙に王様は「へぇ」と感心した声を漏らした。


「中はこうなってたのか」
「はい。6つずつ繋いで、それからまとめるんです。こっちの繋いである方は大丈夫そうなのでまとめちゃいますね」
「ああ。やってくれ」

出来上がるまで見てるつもりなのかいつの間にか隣に来ていた王様に、の緊張はMAXで手汗を何度も制服で拭った。
1組ずつ丁寧に糸を縛り、括っていくと丸い球体になっていく。形を整えながら余った糸を壊れないようにぐるぐる巻いていくと元のくす玉に戻った。


「へぇ、そんな風に作るもんなのか」
「そうですね。案外大雑把なんですよ」
「フッ大雑把って言う割には丁寧にやってたじゃねぇか」

そりゃ、ぐしゃ!なんてことになったら至るところからお叱りを受けるしね。王様に目をつけられたくないし。出来上がったくす玉を渡すと王様は転がしては眺めて壊れないか確認している。多分大丈夫だと思うけど緊張するな。

「俺はてっきり全部繋がった1枚か、もっと面倒なくっつけ方をしてるのかと思ってたぜ」

俺でも直せそうだな、と言いたげな王様にアンタならできるでしょうよ、と心の中で返して「それじゃ私はこれで」と立ち上がった。


「…待て。もう遅いし送ってやるよ」
「え゛。い、いえ、お構いなく。すぐ近くなんで」
「アーン?テメェの家はバス通学の距離だろうが」

嘘言ってんじゃねーよ。くす玉を机の上に置き同じように立ち上がった王様にはこれでもかと目を見開いた。何故知っている!

ていうか、そういえば自己紹介なしに呼ばれたよなこれ。こっちは知ってて当然だけど逆はありえない。しかも折り紙できるなんて一言も…保健室のあの時にバレたのか?いやいやいや、それくらいでできるとか判断するのおかしくない?


「随分悩んでるようだが、答えは結構簡単だぜ?」
「え…?」
「1人いるだろうが。お前のことをよく知ってる奴」

俺はそいつに粗方聞いたんだよ、とのたまう王様にはまさか向日?!と思ったがすぐに振り払った。あいつと話し始めたのはここ最近だ。知ってても名前と出席番号くらいだろう。

それ以上となると美琴か?と考えたが彼女もヘラヘラしてるが根っからのオタクなのでこっちのグループとは一切関わる気がない。
関わったら関わったで何も喋れなくなる典型な内弁慶だ。こんな風に王様目の前にしたら卒倒するに違いない。自分も負けず劣らずだが倒れるような痴態は避けたい所存だ。


「忍足侑士か…っ」

あと残りは、と口にしたところで王様がニヤリと笑った。

あんの伊達エロ眼鏡余計なことを…っ
あいつ本当にろくなことしねーな!!!そりゃ無駄に知ってるでしょーよ!!しかもいい意味より悪い意味の方が多いだろうよ!最悪だ!何であいつと友達やってたんだろう?!つーか個人情報開示すんなよ!テニス部部長だからか!何様俺様跡部様だからか!!

ぶわっと殺気が湧き上がらせると目の前に学校のエンブレムと髪を梳かれる感触にビクッと肩を揺らした。な、何で私の髪触ってんの、跡部景吾。


「お前、使ってるシャンプーやトリートメントはずっと一緒か?」
「????え?あ、はい?小学校から一緒ですが」
「スタイリング剤も一緒だな?」
「(…使ってねーよ)は、はあ」

何が言いたいのかわからなくてとりあえず頷けばピクリと揺らした王様の手がの後ろ頭にまわり、彼の肩に顔を押し付けられた。何かすっごいいい匂いがする。香水か?高そうだな!


「ぅぶ!え?な??」
「…会いたかったぜ」


は?何の話ですか?1人納得して言葉を吐き出した王様には目を白黒させた。何が起こったんだ??と困惑していれば頭に何やら押し付けられた感触がして眉を寄せた。何してんの?王様。

「今迄ずっと俺様の前に現れなかった理由は聞かないでおいてやるが、見つけたからにはもう容赦しねぇ」
「な、なんのお話ですか…?」

容赦って何?と顔色を青くさせれば王様は怪訝な顔でを覗き込んできた。こんな間近で泣き黒子見たの初めてですよ。

伝わってくる体温以上にぶわっと熱くなった顔と固まって動けないでいると、王様は髪に差し入れてる指を動かした。ひぃぃぃっと悲鳴を上げそうになったがすんでで止めた。こそばゆいので動かさないでほしい。

「お前、2年前のこの日に保健室にいただろう?」
「…覚えてません」

何か怖いこと言ってきた。どんだけ恐ろしい記憶してんの。


「俺達は初対面じゃねぇ。この前のも違う。2年前に会ってるはずだ」


よく思い出せ、と強い視線で見てくるがは辛うじて視線を逸らし「さあ、覚えてないです」と返した。脳裏に2年前の公開処刑のお触れが過ぎった。あの頃から氷帝はこの王様の為に回ってるんだよな、と思う。

「…スミマセン。私家に帰らないといけないのでこれで失礼しま」
「忘れたとは言わせねぇ。お前と俺は2年前に保健室で会ってるし、言葉も交わした」

この俺様を忘れるとかありえねーだろ。と自信満々にいう王様に嫌な汗が背中を伝う。確かにアンタを忘れるなんてボケ老人にしか出来ない芸当だろうけど意図的に忘れてるんだから今更掘り起こさないでほしい。

というか知ってどうすんだよこの人。


「……ちなみに、それ、が、仮に私だとして…ど、どうするつもりなんですか?」
「そうだな。とりあえずあの時の礼と」
「……(そんな殊勝な心あったのか)」
「2年間俺の前に現れなかったことを詳しく聞く」
それさっき気にしないっていいましたよね?

ダメだこの人。めちゃくちゃ根に持ってるんじゃん。アカンアカン無理無理怖い怖い。帰ろう、と王様の手をくぐり抜けてドアに向かおうとしたら長い腕がの首に周り、「ぐえ、」とカエルが潰されたような声が出た。


「…お前、理由を聞いて尻尾巻いて逃げるとかどういう了見だ?アーン?」
「いえ、理由を聞いて、尚更自分に、は、関わりない…ことだなと、納得したのぐぇ」
「…ほぅ?どの辺がだ?」
「(締まってる!締まってますよ!!)…く、私は、この前まで会長に、お、お会いして話したこともなかったですし、そんな…恩を売るようなこと、一切してないので…関係ないなあ、と」
「あくまでシラをきるっていうのか?」
「シラをきるも、なにも、記憶にないから仕方ないじゃないですか。それに、2年も前のことなんて…あ、相手も忘れてると、思いますよ?」
「……」
「1年が3年に…なってるんだもの。目まぐるしく、て…色々あって…何があったか、なんて……全部、忘れてます、よ」


もう2年も経ってるんですから。そう吐き捨て、少し緩んだ腕から逃げ出し、はドアノブを捻れば後ろで「俺は、忘れてねぇぞ」と呟くような声が聞こえた。その言葉には何とも言えない顔になってドアを開けた。


「跡部会長。他の人は会長程、出来た人間はいませんよ。だから会長も、そんな過去なんか忘れて、いいと思います。そのまま思い出として仕舞っておいた方が、いいんじゃないですか?」


とても些細で大したことない出来事なんて忘れた方が楽になれるんじゃないだろうか。今も覚えていて悩むなんて時間が勿体ないじゃないか。忙しい彼なら尚更。

眉をひそめ納得できないという顔でこっちを見てくる王様には、だからさっさと忘れちゃってくださいよ。と小さく小さく呟くとそのままドアを閉め逃げ出したのだった。




2013.05.03
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