君色シンデレラ・5


王様である跡部景吾がお触れを出す1週間前、は授業中の静かな廊下を歩き保健室に向かっていた。

昨日から始まった生理が異様に重くて授業どころじゃなくなっていたのだ。妙に勘のいい隣の席の忍足は「具合悪そうやん。保健室行ってき」とそつなく送り出してくれたのでは静かな廊下をひたひたと歩く。窓の外は曇り空で余計に気が滅入る気がした。


保健室の前に差し掛かり、鈍痛で痛い腹を抱えつつノックをするとガタン、という音が中から聞こえてきて慌ててドアを開けた。

「だ、大丈夫ですか?!」

中には先生がおらず、音の出処はどこだ?と見渡せば丁度ベッドの脇で人が倒れていた。痛かったお腹のことも忘れ、慌てて駆け寄ったが相手を抱き起こすと見覚えのある顔と泣き黒子にこれでもかと目を見開いた。

氷帝生で知らない者は誰1人いないだろう。相手は入学式初日に俺様とか言い放った跡部景吾だった。何で保健室に?と思ったが赤みがかった頬と荒い息に、手を額に当ててみる。


熱い。風邪だろうか。先生、と呼びに行こうと思ったが跡部景吾を見て思い止まった。荒い呼吸は息苦しそうでこちらにまで辛さが伝わって来るようだった。
冷やすのは悪くないだろうけど床は冷たすぎるし衛生的にもよろしくないと思う。そう考えたら彼をこのまま冷たい床に放置するわけにはいかず、は意を決して然程体格の変わらない彼を抱き上げた。


「お、重…」

見た目は全然そんな感じはしなかったが、自分の腕力では彼をヒョイっと持ち上げるのは無理そうだった。だって腕がプルプルしてる。

だけどここで諦めるわけにはいかない。

だって相手は俺様跡部景吾。床に置きっぱなしで先生呼びに行ったらどんなことをいわれるかわかったもんじゃない。その程度には跡部景吾は有名で凄いお金持ちで学校を支配していると刷り込まれていた。


「ふぬーっ」と顔を真っ赤にしながら力を振り絞って跡部景吾を持ち上げたは、なんとか倒れるようにベッドに彼を押し倒した。

「う…ん」
「お、起きた…?」

普通なら起きないわけないくらい乱暴な扱いだったが跡部景吾は唸り声をあげたくらいで目は開かない。


仕方ない、と身体を起こせば彼がずり落ちそうになったので慌てて身体で押さえつけた。ずり落ちそうになったのは多分足が上がってないからだろう。そう予想がついたけどの腕では彼の足を掴んで上げることはできなかった。

「ちょ、ちょっと休憩…」

自分の身体を跡部景吾に押し付けながらゼェハァ、と息をつく。いい加減保険医帰ってこないかな、と投げやりに考えたが保健室の主は帰ってくるどころか足音すらも聞こえない。


「…確か支点と力点があって…」

ハァ、と溜め息をついたは少し休んで息を整えると彼の腰周りに腕を通し上半身を持ち上げる、というか押し上げた。下手をすれば跡部景吾の首が変な風に曲がったり髪がグシャグシャになるのだが、力がないにはこれが精一杯だった。
授業通りなら上半身をある程度上げればベッドから落ちることはない、はずだ。

端から見たら珍妙な光景だが、今のに外聞を気にする余裕はなかった。とりあえず自分がなんとかしなきゃ、という想いでいっぱいだった。

「重い…」
「起きた?跡部くん起きた?!」

むしろ起きてくれ!と息切れした顔で彼を見下ろせば眉をひそめた顔で跡部景吾がゆっくり目を開いた。


「…?何で、押し倒されてんだ?」
「お、押し倒してないから!動くなら足あげて!」

第一声がそれってどういうこと?!とは狼狽したが跡部景吾は弱っていても跡部景吾で、「顔赤ぇし」と指摘してくる。
これはアンタをベッドに乗せようとしてるからですよ!といいたかったが腕も体力的にも限界だったは「足を、足を」と壊れた機械のように呟くことしかできなかった。

「…これで、いいのか?」
「う、うん…」

とりあえず状況を理解したのか足をだるそうに持ち上げてくれたお陰で何とか跡部をベッドに押し込むことができたはひと仕事を終えたように額の汗を拭った。私凄くいいことしたんじゃない?と口元を緩ませたが突き刺さる視線に気がつき慌てて口を引き締めた。

ベッドは既にぐしゃぐしゃだったがあまり見ないようにして彼の靴を脱がし、ついでに抜けかけた靴下も脱がして布団を被せた。それから保険医の机の上に常備してある体温計と冷えピタを見つけてベッドに戻った。

「体温計、計れる?」

自力でネクタイとシャツのボタンを緩めた跡部に体温計を渡すと彼は黙って脇の下に差し入れた。おお、使い方わかってたんだ。「それからこれも」と冷えピタを額に貼ってあげれば「つめて、」と掠れた声が聞こえた。


「なんだ?これは…」
「冷えピタだよ。それ貼ってると熱が引いてくの。冷たくて気持ちいいでしょ?」
「…ああ、そうだな」

ぼんやりした顔で返す跡部に意外だな、と思いながら眺めていると彼の髪の毛がグシャグシャになってることに気づき、ギクリとした。やべぇ。

「あ!えっと、後は氷枕だっけ」

彼の頭部を見ていて思い出したは独り言のようにそそくさとベッドを離れるとガタガタと戸棚を弄り始めた。

熱のせいでプライド高そうな感じが全然ないとか意外すぎる、と思ったけどあの髪の毛に気づかれたら私は死刑になるかもしれない。そんなことを思った。いや、それくらいで死刑になったら怖いけど本人というかファンにバレたらマジヤバイ。なんとかしなくては。


冷蔵庫もあるからきっと作れるだろう、と探していれば目的の物を見つけ、入れ物に氷と水を入れて最後にタオルで巻くといい感じに冷たい枕ができた。

「お、何度だった?」

カーテンを開けたと同時に聞こえた電子音に伺ってみると自分で見ろ、と言わんばかりに体温計を差し出してきた。面倒くさがるなよ、自分のことなのに。そう思いながら受け取ればジャスト39度で、そりゃぶっ倒れるはずだわ、と思った。


「はいこれ、氷枕。熱も大分あるし先生呼んでくるよ」

そういって彼の頭の下に氷枕を引くとそれとなく彼の髪を手櫛で整えた。うん、多分大丈夫。これで証拠隠滅OK。

今から思えばあの跡部景吾の頭を撫でるとか恐ろしくて出来ない所業だが、この頃のは金持ちで学校を牛耳ってるといってもどれほどのものかわかってなかったし、跡部がこれからいろんなことを成し遂げる意味がわからないほど凄い人物ともかわかっていなかった。

わかっていなかったから離れようとして掴まれた手に驚いたにしろ狼狽えはしなかった。


跡部を見やれば何故か彼も驚いた顔でこっちを見ていて首を傾げた。さっきよりも顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。しかしそう思ったのはほんの少しで、の手の冷たさが良かったのか跡部は目を細めると「いい、」といって手を握り締めてきた。

その視線に思わずドキリとした。


「ここにいろ」
「え、でも」
「いてくれ」

薬があればもっと早く治るのに。そう思ったがすがるような潤んだ目に言葉が続かなかった。
その瞳で跡部がを見てきて掴んだ手に力を込めてくる。じっと見つめられるとこに意味もなくドキドキと心臓が大きく跳ねた。
同じ学年だしテニス部のこととか噂とかでよく見聞きしてたけど、でもそれくらいで。会話なんてこれが初めてだったし、クラスも違う。彼だってのことを全然知らないのに不思議なことをいうものだ。

でも、ああ、もしかして。


「寂しい、とか?」
「……」
「あ、ごめん。嘘」

だからそんな目で睨まないでくれ。
「跡部くん頑張ってるもんね。もしかして疲れが出たんじゃない?」と言い繕えば、赤い顔で睨んでいた跡部の視線が逸れた。

「疲れてねぇ。ただの風邪だ…」
「でも……あ、うん。じゃあちゃんと休んで風邪治さないとね」

無理して疲れ溜めてそれで体調崩したとしか思えないけど。そんなことを考えながら床に膝をついて彼の手を両手で握った。熱があるせいか指先まで熱い。


「大丈夫だよ。どこにも行かないから。だからゆっくり寝て風邪治そうね」

安心させるように微笑めば跡部は赤い顔のまま眉を寄せてそっぽを向いてしまった。え、その態度酷くないですか?と内心傷ついていれば「手、離すなよ」と小さな声で握り返してきたのでは思わず目を瞬かせてしまった。

やっぱり風邪で身体が弱って寂しくなってるんじゃないだろうか。

程なくして寝息を立てる苦しそうだけど綺麗な顔を見ながら、跡部にも人間らしい部分があるんだなーとしっかり握り締める彼の手の甲を指の腹で撫でた。



*****



期末考査最終日、やっと終了のベルが鳴り答案用紙を送り出したは「終わった〜」と机に突っ伏した。前の席の向日も「やっと終わったぜ〜」と伸び伸びした声が聞こえる。

!出来どうだったよ」
「なんとも。向日くんは?」
「俺はバッチシ!侑士に教えてもらったヤマ出たから結構出来たぜ!」
「侑士…」
「?どした?」

忍足侑士の名前に一瞬イラっとしたが小首を傾げる向日にはなんでもないとはぐらかした。近い内に不幸の手紙でも入れといてやろう。帰る用意をしながら忍足侑士への呪詛をかけていると「そうそう、」とまた向日が話しかけてきた。


「お前ってクリスマスもう予定決めた?」
「え、まだだけど」
「俺ら適当に集まってクリスマスパーティーすんだけどお前も来ねぇ?」
「へ?」

えっと花菱も誘ってさ!とギリギリ覚えられてる美琴と一緒に誘ってくれると思ってなくて驚愕していると「あれ?聞いてる?」と目の前を手で振ってくる。

「え、いや、友達同士でクリスマスパーティーとか久しぶりだな、て思って。ていうか、誰が来んの?ていうか行っていいの?」
「いいって!集めてんの俺だし!何かお前と花菱ってぼっちっぽそうだし……あー悪ぃ悪ぃ冗談!…人数多い方が楽しいと思ってさ。俺の知り合いばっかになると思うけど楽しいと思うぜ?」
「そう、だねー」

そうなると忍足侑士も来るな。絶対。


「あ、でも跡部は来れねーかも。あっちはあっちで主催パーティーあるとかいってたし」
「へぇ、」
「え、跡部様来れないの?!」

主催のパーティーか。あるところにはあると思ってたしあの王様だから驚きはしないけど、相変わらず次元が違うなあ。

あの後すぐに期末考査に入ったのもあって、生徒会室で会って以来王様との接触はなかった。何の音沙汰もないということはあのまま忘れてくれたんだろうか。…簡単に忘れるようなタイプでもなさそうだけど忘れてほしいな。

そんなことを考えていると例のごとく"あかりん"が話に割って入ってきた。一瞬だけ向日が嫌そうな顔をしたけどすぐに隠して「みたいだぜ」と返す。


「けど、顔くらいは出すって言ってたんだろ?」
「本当?!」
「あ、あー、そうだった気がする」

しかし空気の読めない男友達が"あかりん"に加勢した為、向日は渋々、といった感じで頷いた。あの男子"あかりん"が好きなんだろうな。
不毛な恋だね、と不憫そうに赤い顔の彼を見やれば向日がこっちを見てきて「どうする?」と聞いてくる。興味津々に見てくる"あかりん"の目が意味深で怖い。

「う、んと。と、とりあえず美琴に聞いてからでもいい?」
「跡部が来るかもしんねーんだぜ?」
「……善処はするよ」

むしろ来た方がカオスにならないのか?というか行きたくないんだけど。そう思ったが堪えて愛想笑いで返したのだった。




2013.05.03
中1の跡部達めっさ可愛いですよね…!!ハァハァ。