君色シンデレラ・6


「ない。絶対無理」
「だよねー」

昼休み、暖かい窓側の席で美琴にさっきのことを話すと一刀両断された。そりゃそうだと頷けば「何で考えとくなんていったんだよ」と睨まれた。

「だって、あの時"あかりん"とかもいたんだよ?アイドル向日を無碍にしてみなよ。ここぞとばかりに虐めてくるじゃん」
「それにしたってアイツもアイツだよ。パーティーに何着てけってのよ。ドレスなんていわれたら行くに行けないじゃん」


つーか、着てく服ないのわかってて誘ったんじゃないの?それで微妙な服着てきたら笑うつもりなんじゃないの?のたまう美琴にそれはないよ、と首を横に振った。あれはきっと何も考えてない顔だ。

「向日はよかれって思ったことは後先考えないタイプなんだって。だからうちらがこんな卑屈に考えてるなんて知りもしないと思うよ」
「…それ誰情報よ」
「バイ、伊達眼鏡」

向日はただ単純に仲間に入れない達を心配とか気になるとかそんな感じで声をかけてくれただけだ。笑い者にしようとか悪意があってそんなことを言ったわけじゃない。そのことを以前から聞かされていたからなんとなくわかった。
美琴に忍足侑士の名前を出せば「…あのエロ吐息ね」と萎んだような声を漏らした。


「…クリスマスパーティー、自称天才眼鏡も来るらしいよ」
「…行かないよ。誰が行くか」
「私も行く気ないけどね」
「王様は来るの?」
「さあ?顔出しには来るかもっていってたけど」

少し頬を赤くした美琴が話を逸らしてきたのでニヤリと笑えば椅子の脚を蹴られた。行儀悪いなあもう。


「つーかさ。王様の呼び出しって結局何だったの?くす玉直させただけ?」
「うん、そうみたい…っと」
!これ見てくれよ!!」

すげくね?!と教室に帰ってきたと思ったら友達に見せびらかしたものを向日はこっちにまで持ってきた。そのことに驚きつつ見やると彼の手には小さな折り紙の"くす玉"があって「え?!」と声を漏らした。
ちなみに美琴は雑誌で顔を隠しそっぽを向いている。いい加減そういう逃げグセ治した方がいいよ美琴。


「それ、どうしたの?」
「それが聞いてくれよ!これ、誰作ったと思う?」
「え?」

聞いてくれよっていうのに質問とか日本語おかしくない?とりあえず貰ったらしい口ぶりだったのとつい先日同じものを見てしまったので脳裏にはすぐに顔が出たが名前は出せなかった。というか出したくなかった。

「さあ?誰なの?凄いね」
「だろー?!俺も最初樺地が作ったのかと思ったんだけどこれ作ったの跡部なんだぜ?!」
「へ、へー!」

そうなんだ、と出来る限り驚くと向日は自分のことのように「スゲーだろ!」と自慢してくる。


「あ、でもこれの名前は教えてくれなかったんだよな。お前知ってる?」
「あーうん。多分"くす玉"だよ」

「へーくす玉か!確かに!」と納得する向日は友達に呼ばれて達から離れていく。その後ろ姿を見ながらは何とも言えない顔で手を握った。何で、そんなもの作ってんだよ。


「…多分も何もくす玉でしょ?王様がに直させた」
「だね。簡単に出来そうだっていってたから試したんでしょ」

別に難しすぎるわけでもないから誰にでも作れると思うけど。折り紙を折ってる王様を思い浮かべたら笑いを誘うけど。それ以上に何でそんなことをしてるのかわからなくてモヤモヤしては「意味わかんない」と苦々しく言葉を吐き出した。



*****



高等部見学会は基本希望者のみの自由参加型だ。相当なことがない限り、内部生が落ちることはないが予定もないしいいか、といういうことで美琴と一緒に出席していた。
説明会場である講堂にはそこそこの人数が来ていてなんでかあの跡部景吾まで来ていた。


「うわっ内部なのに結構参加者いるね。みんな暇すぎじゃない?」
「美琴。それウチらもだから。でも意外なメンバーもいるよね」
「ああ、王様達ね。つーかモテ部全員集合してんじゃない?ハハ、出席率良すぎ!」
「見た感じ運動部多くない?文化部の方が少ない気がする」
「入ってる数の差じゃないの?あっちに結構文化部いるよ?」

美琴が指をさすのは美術部や模型部だ。…いや、別に模型部に知り合いはいないが手元で何か作ってるのが見えたからだ。それ部活でやれよ。
それから美術部は美琴が所属してる部なので少しだけ顔を知っている。ああ、少し前の方に見たくもない文芸部のアイツもいたわ。

「ブヨンセ来てんじゃん。うわ、こっち睨んでるよ」
「…シカトシカト。どうせ忍足目当てでしょ」


ぽっちゃりよりも横に伸びてるブヨンセにまた太ったんじゃないか?と思いながら視線を逸らした。これでも1年の頃は仲良かったんだから笑える。それもこれも忍足のせいで(薄っぺらい)友情が壊れたけども。

その忍足を見やれば奴は前の方の席にテニス部で固まって座っていて彼らや他の子達と楽しそうに話している。
前方に王様達、後方に達が座っていて間の席に座る人間は極端に少ない。というかこの座り方を見たら気づく奴は気づいて身の丈にあった席に着くだろう。

まるで線引きみたいにパックリ割れてる人にこれが格差かとしみじみ思った。


学校という一緒くたな空間に家柄も貧乏人もないのだけど王様である跡部景吾が堂々と簡単に学校を変えてしまった瞬間からその均衡は崩れた。
元々高飛車な金持ちは更に調子に乗って成績や人柄がよくても中流階級以下はそいつらに気を使わなければならなかった。まるで下僕じゃないか?といわんばかりに使われたことだってある。

中には自分を主張する人もいるが受け入れられるのは希で大抵は潰される。だから私達は危害を加えないラインで、火の粉が来ない苛立たないラインで見ているのだ。


「…なんかさ。あの人達ってキラキラしてるよねー」
「キラキラっていうよりギラギラじゃない?王様達目当てにハイエナがぞろぞろ集まってんじゃん」
「……あんだけ人数いるとさすがの王様達も食べられちゃいそうだよね」

そういう意味でキラキラしてるっていったんじゃないんだけど、と思いながらも頬を染めて話しかけてる女ハンター達に元気だよなーと思った。私にもそんな時代あった気がするんだけどな、と思いながら。



*****



休憩時間に入ったはこれからどうしようか迷った。この後あるのは校舎見学だったが美琴は部活の友達と一緒に行くというのでこの場にはいない。も一緒に行けば良かったのだがなんとなくやめてしまった。

話せばいい子達ばかりなんだけど、いかんせん人見知りが多いというか、保守的というか。慣れない内はあまりいい目で見てくれないんだよね。話しかけても素っ気ないし。下手すると私の友達盗るなよ、みたいな目で見られるし。

以前美琴と一緒に部室に行った時のことを思い出して溜め息を吐くと講堂を後にした。そのままトイレに向かい用を足すとは時間までどうしようかと講堂ではない方へと足を踏み出した。

このまま帰ってしまおうか。そんなことを考えながら廊下を歩いていくとふと、1枚の絵を見つけた。小さな額縁に入ってるのは菜の花畑に蝶が舞う暖かな春のちぎり絵だった。


「綺麗…」

空の青と菜の花の黄色のコントラストにうっすらと混じっている桜色がとても綺麗だ。今にも羽根が動きそうなモンシロチョウが心地よさそうに飛んでいる。ちぎり絵でこんな細やかな表現ができるんだ、と感慨深く見つめた。

「いい絵だな」
「?!っえ、あ、そ、そうですね…」

いきなり聞こえた声にビクッと肩を揺らすと並ぶように制服のジャケットが見えた。自分と同じ色合いのジャケットとエンブレムに中学生だとわかる。というか、この声を忘れたことはない。


そろりと視線を上げれば、予想通りの人物が絵を見ていて、こっちを見てもいないのにビクッとまた肩が跳ねた。何故ここにいる。
フラフラと歩いていたはいつの間にか職員玄関まで来ていた。講堂からそれ程離れてないので出会う可能性はないとは言い切れないが、用事もないのにこの辺をうろつく者はいないだろう。

自分と同じようにただの散歩だろうか?と思ったがたくさんの人に囲まれていた光景を思い出し違和感を覚えた。


「気に入ったか?」
「え、あ、はい…」
「この絵、他にもあるんだぜ」
「そ、うなんですか?」

そのまま去っていけばいいものを王様は隣に立ったまま話を続けてくる。微妙に近い距離に、またこの前みたいに触られるんじゃないかと(首を絞められるんじゃないかと)緊張した。

「これは春だろ。四季が大元のテーマだから他に3枚あるんだ」
「へ、ぇ」
「ひとつは校長室、もうひとつは昇降口だったな。あともうひとつは中等部のサロンにある」
「え、そうだったの?」

それは初耳だ。一体どこに飾ってあるんだろうか。1、2年は先輩達がいたからおいそれと入れなかったけど、いざ3年になったら然程興味もなくなってしまった為、結局数回しか入ったことがなかった。

驚いて彼を見やると「今度見に行ってみろよ」とに視線を向けて小さく笑った。その笑顔に反射的に顔に熱が集まる。
いかん、と思って顔を逸らしても集まった熱はそう簡単に引かなかった。見慣れてないし、この距離はあまりにも近すぎる。庶民には毒にしかならない。


「サロンにあるのは、どんな絵なんですか?」
「冬の絵だが、いい絵だぜ。雪の白さがあんな美しく暖かさを出せる絵は早々ねぇだろうな」
「そうなんですか。ちょっと楽しみ、です」

王様が引き込まれる程の絵なのか。それは俄然気になる、と思った。感心して改めて春の絵を見ると暖かい木漏れ日が見えるようだった。


「…その口調はクセか?それとも俺にこれ以上近づくな、という予防線か?」
「え?!」
「保健室で再会した時は保健委員じゃねぇと嘘までついたよな?

生徒会長の俺に、と視線を向けてくる王様にの頭の血が一気に引いた。ヤバい。身を固くしたは「ご、ごめんなさい」と自分の手を掴んだ。

「あ、の、時一緒だった、彼女さんにいわれて…それで」
「…だと思ったぜ。お陰で時間を無駄にした」
「ス、スミマセン…」

その分、彼女とイチャイチャできたんだからいいじゃないか。そう考えたら無性にイライラして、もう戻ろう、と踵を返した。


「そっちは講堂じゃないぜ」
「あ、いえ、その、お手洗いに」

他に逃げ場所が思いつかなくて、そういうと王様は「ふぅん、」と不審感たっぷりで返してきた。背中にじわじわ感じる視線が痛い。

「いっとくが、あいつは恋人でも何でもねぇぜ」
「……え?……へ?」
「ジローのクラスメイトくらいしかわかっちゃいねぇ」
「へ?」

まぁ、俺に好意があるくらいはわかったがな。と絵を見ながら零す王様には驚いた顔で彼の横顔を見た。恋人なのにそんな…いや、恋人じゃないのか。

じゃあ彼っていったのは?彼女が勘違いしただけ?もしかして王様だってわかったら断るとでも思ったから?…牽制、とか?一気にいろんなことが駆け巡り消えていったけど"恋人じゃない"という言葉だけが妙に残った。


「なんで、それを、私に?」
「知りたそうな顔をしてたからな」

そんな、顔にわかりやすく出ていただろうか。思わず眉を寄せたが頭を振った。いや、単にこの人が凄いだけだろう。そう思いつつも「そりゃ、まあ、会長の彼女だと思ってたので」と視線を泳がせながら返した。

「俺の彼女だったから気になったのか?」
「えっ?!いえ、その、」

だって氷帝を牛耳る王様の彼女なのだ。気にならないわけがない。それは恋心ナシでもただの野次馬でもそうだ。女の子は噂を聞くだけでも楽しめる。

それなのにクツクツ笑う跡部景吾を見たら言い訳なんて全部吹っ飛んでしまっていた。
他の人がやったら嫌味ったらしい笑いも彼がやるとこんなにも格好いいんだ。
この笑顔が見たい為に視線を送り続ける彼のファン達の気持ちがよくわかった気がする。綺麗で、とても惹かれる。目を離すのすら惜しいくらいに。


「俺も、知りたいって思ったぜ」
「え…」
「調べればある程度は掴めるが、それはあくまで客観視された感情のない文字だけだ。それじゃ足りねぇ、もっと知りたいと思ったから忍足に聞いた。お前のことを理解したかった」
「…私のことは、理解しなくても、いいです」

聞いてるこっちが恥ずかしくなりそうな言葉を王様は簡単に発し、を赤面させた。そんな風に思われたなんて知らなくて嬉しくて、怖くなった。
自分はそんなんじゃない、と首を横に振った。知って得するようなことは何もしてない。お金持ちでも才能も何もあるわけじゃない。ただの"庶民"だから。

いろんな感情が綯い交ぜになって鼻がツンと痛くなる。潤んだ視界に慌てて王様に背を向けた。ダメだ。これ以上一緒にいたら。こんな顔見せるわけにはいかない。そんな警報音が聞こえ足を叱咤した。


。入学式の日、俺が言った代表挨拶を覚えてるか?」
「…え?」
「俺や他人に嘘をつくのは構わねぇが、自分にまで嘘をつくんじゃねぇぞ」


俺様はキングっていったこと?と安易に考えたが跡部景吾の言葉に飲み込んだ。
見なくてもわかるくらい強い視線を背中に感じて唇を噛んだ。

私はそんなんじゃない。アンタみたいに強くもない。でも言い返すことができないは無言で見つめてくる跡部景吾が怖くなって文字通り逃げ出したのだった。


その光景を誰かが見てるなんてこの時の私は何も知らなかった。




2013.05.06
跡部と折り紙ってあわないよね(笑)でも樺地って凄く似合うよね。