君色シンデレラ・7


保健室で跡部と初めて話した夜、は興奮してなかなか寝付けなかった。だってあの有名な跡部景吾と話をしてしまったのだ。

あの後、やっと保険医が戻ってきたのだが自分の格好を思い出し慌てて跡部の手を離し保健室から逃げてしまった。

「…勿体なかった、かなあ」

まだ残ってる手の感触に顔がぼっと熱くなる。スベスベで、でも手の平が硬い男の子の手だ。凄く練習してるんだろうな、とありありと分かっての中の跡部景吾像が180度くらい変わってしまった。
俺様だけど意志の強い人。努力をする人。意地っ張りだけどちょっと寂しがり屋な人。

保健室のことだって別にやましいことをしてたわけじゃないんだしやっぱり勿体なかったかな、なんて思ってしまう。でも病人とは言え、男の子の手を握って2人きりだったのはやっぱり恥ずかしいかもしれない。

思い出してはきゃーきゃーと布団の中でのたうち回った。同い年の男の子とあんな密着したのはなかったから余計にの心を刺激したのは言うまでもない。

大して看病なんてしなかったけど、彼の風邪が早く治ればいいな、なんて思いながら目を閉じた。



そしては自然と跡部を視線で追いかけるようになった。
同じクラスではなかったので毎日、とまではいかないが見かける時は彼を観察するようにじっと見ていた。

次の日にはいつもどおりの彼に戻っていたので、最初は"お、元気になったんだ。よかった。"と思い、"ちゃんと寝てるかな?病気してないかな?"と見るようになって、気づけば半ばストーカーだったように思う。
しかしそんな風に見てる子がその当時から結構いたので彼自身がこっちを見たり気にする素振りはなかった。周りもお祭り行事みたいに思ってたようでが跡部を見ていても誰も深く追求してくることはなかった。

それから数日後、彼と初めて会った日から1週間後のことだ。


「おはよー」
「おはよーさん。ん?なんや、誰かと思たらやないか」
「おはよーって返しといて誰?とか日本語おかしくない?」
「今更中学デビューとか遅すぎへんか?」
「シカトかよ。この時期にデビューとかしないよ。ただのイメチェン」

風に乱された髪を整えながら自分の席に座ると隣の席の忍足が「イメチェンなぁ」とニヤついた顔でこっちを見てくる。何その顔。腹立たしいんですけど。
昨日美容院に行って髪を切ってもらったのだがどうせだからと髪の色も少し抜いてもらったのだ。

「イメチェンにしては色抜きすぎとちゃうか?」
「…それは私も思ってる」

髪を触ってくる忍足の手をウザったそうに避けながらマフラーを外すと彼は「随分切ったな」と驚いた顔をしてきた。


「岳人とお揃いみたいやで」
「岳人って、隣のクラスの向日くん?うーん、そのつもりはなかったんだけど」
「まあ、アイツよりは可愛いけどな…あーでも勿体ないな。の髪、天使の輪っかできるくらい綺麗やったのに」
「……その殺し文句オンパレードやめてくれません?忍足くん」

色抜いたらくすんでもうたわ。と残念そうに零す忍足には眉を寄せながら赤い顔を隠すようにとったマフラーを巻きつけた。

美容師さんには少し、と話していたのだが思ったよりも色が抜けてしまって現在ミルクティーに近いアッシュベージュになってしまっている。氷帝は奇抜過ぎる色以外は特に怒られないのでそのまま来たのだが忍足の反応を見ると失敗したかな?と思ってしまう。


「その長さじゃ慣れるまでは寒いやろ。風邪ひかんように気ぃつけや」
「うん、」

神妙に頷くに、しめたと思ったのか手を伸ばした忍足はの髪をグシャグシャになるまで撫で回した。ひどい。

「俺は黒髪の方が好きやけど、その髪型も色も十分に似合って可愛いで?」
「…だからその、ホストみたいな言い回しをやめろっていってんのよっ」

ニッコリと他人から見たらときめくような、から見たらうんざりするような嘘くさい笑顔に顔を歪めれば「そういう割には顔赤いで?はイジリがいがあってホンマええわ〜」とケタケタ笑う忍足を怒ったのはいうまでもない。



*****



それから昼休みの時間になって煌びやかな食堂にでも行くか、と同じ文芸部のクラスに行くと何やら鼻息荒くした小島…後にブヨンセがの手を引っ張った。

「痛い、痛いよ!!」
「それより早く見てよ!!知らないのだけなんだから!!」

ぎちぎちに掴んでくる小島には顔をしかめたが彼女は気にするどころか更に掴んでる手を強くしてくる。
この髪を見てなんて言われるかな、とか想像してただけに状況を飲み込めずは引っ張られるまま走った。

やっと止まった先は全校掲示板の前だった。息を切らすに「あれ見て!」といわれ顔を上げたが、掲示板の周りには人集が出来ていて背がそれ程高くないには見ることができなかった。
なので無理矢理小島に押されて睨んでくる人をかき分けながら掲示板を見ると、そこには他の紙そっちのけでデカデカとした紙が掲示板いっぱいに貼られていた。


紙には『以下の者は直ちに申し出ること』という書き出しで1週間前保健室に来ていた女子生徒の特徴がいくつか挙げられていた。は『1週間前』、『保健室』と『黒髪セミロング』の文字にドキリとした。まさか、と思いつつ右下にあった名前に更に心臓が跳ねる。

「跡部景吾ってあの跡部景吾だろ?一体何があったんだ?」
「人探しだろ?つーか、相手の女は何やったわけ?」
「しかも掲示板使うとか本当、金持ちが考えることは容赦ねぇっていうか大胆だよな」

そんな男の先輩達の声に引き戻されたは隣に来た小島に「これ、どうしたの?」となんとなしに聞いてみた。

当時は仲が良かった彼女だけれど、跡部と保健室で遭遇したことは小島にも誰にも言っていなかった。本当は話したかったけど、自慢話と勘違いされてファンクラブに流れて目をつけられるかもしれない、と思って話さなかった。
いや、この当時は少女趣味全開で彼と出会ったことを大切に仕舞って秘密にしておこう、と勝手にが約束していたので話さなかった、という方が正しいかもしれない。


「今日の朝に貼られたらしいんだけど、この内容すごくない?あの跡部様が人探ししてるんだよ!しかも女子!!」

まるでシンデレラみたい!!とはしゃぐ彼女には「そ、そうなんだ」としか返せなかった。
さっきから煩いくらい落ち着かない心臓を手で押さえつつ、もう一度紙を見た。

やっぱり自分のことじゃないだろうか。そればっかりが過ぎったがどうにもわからない項目があった。英語なせいで他の生徒もまじまじとその部分だけ見つめている。周りの話を聞いていればどうやら香水の名前らしい。

「ていうか、こんな高い香水使ってる女、氷帝でも少ないわよ?」
「え?知ってるの?」
「海外のモデルがつけてるブランドよ。作ったの日本人だから日本でも売り出そうって話になってて、来年入荷予定だってパパが言ってたわ」


個数が決まってるからブランド力が高くてこっちまで回ってこないのよね、と金額をぼやく女の先輩にを含めた周りの生徒達が"そんなに高いのか"と思わず指で数えてしまった。ドルを日本円にすると…ダメだ、思い出せない。覚えてもいないけど。

「もしかして私らの知り合いかな?」
「どうかしら。でも私あの香水の匂い苦手なのよね。柑橘系でまるで制汗スプレーの匂いだもの」

全然色気を感じさせない、と後ろの方で女の先輩の声が聞こえた。けれど、その香水を持ってるのかと気づいた友達が貸してくれない?と聞いている。振り返ればその女の人はセミロングで黒髪だった。
それを見た他の女子生徒が「あ、私もその香水パパに買ってもらおう」とか実際に電話しだした人もいて騒いでいる。


「ばっかだなーあいつら。これが好意とは限らねぇじゃん」
「そうそう。もしかしたらこいつがスンゲー悪いことしてそれで公開処刑するつもりかもしれないのに」

女って馬鹿だよなー、と如何にもオタクそうな男子がコソコソとニヤニヤした顔で遠巻きに見て笑っている。それを聞いてそうともとれるのか、と思った。だったら酷いな。



「はぁ〜っすっごい気になる〜っ誰が跡部様の探してる人なんだろう!!」

掲示板から抜け出し、食堂がある交友棟に向かいながら小島は夢見るような顔でぼんやりと宙を見つめていた。あたかも自分がお姫様みたいなうっとりぶりには黙って隣を歩いている。

最後にもう一度掲示板に貼られてる紙を見たが途中まではやっぱり自分のことなんじゃないかと思った。けれどあの長ったらしい香水は知らないし持ってもいない。そう思うと自分じゃないんだろうな、と思った。

「ハァ…」
「どうしたの?あ、わかった!!も跡部様の相手気になるんでしょ!」
「え、あ…うん。そうだね。少し気になる」
「そうだよね!実はさ。私先週の金曜日に保健室行ったの!」
「え、そうなんだ」
「そうなの!だからもうさっきから心臓バクバクで!!確かあの日ベッドに誰かいたもん!あれきっと跡部様だったんだよ!先生といっぱいお喋りしちゃったから声聞かれちゃったのかも!あーもう、こっそり見とけばよかった!跡部様の寝顔!」
「へ、へぇ…」

「でも、あの香水何なんだろ?黒髪と髪の長さまでは一緒なんだけどなぁ…あ、柑橘系のスプレーはあったかも!!」
「…でもさ。黒髪のセミロングって大雑把すぎない?あのくらいの長さの人結構いるじゃん。私もそうだったし」
は違うでしょ!だってそんな栗みたいな頭してんじゃん」
「栗…」


ていうか、何その髪型!とケタケタ笑う小島に今頃気づいたのか、というのと、は違う!と真正面から否定されて傷ついた。昨日までその髪型だったのに。

「あ〜っ跡部様の相手が誰なのか気になる〜!!」と"もしかしたら自分かも"とか思ってる顔で騒ぐ彼女に少なくともテメーじゃねーよ、と内心毒を吐きつつ跡部のことを考えて心配なんかするんじゃなかった、と思った。


別にお礼を言われたいとか思ってなかったけど、世話をした自分よりも高い香水をつけてるお嬢様にご執心な彼にだったらお礼くらい言えよと思ってしまって。
そんなこと考えるのはお門違いなんだけど、それでもは跡部景吾に失望してしまった。




2013.05.06
灰かぶりのシンデレラ。降りかかる灰は止むことを知らない。