君色シンデレラ・8


冬も本格的になり一気に冷え込んだ今日、温度設定が徹底してるとはいえ肌寒い廊下を身を縮ませて美琴と一緒に教室に戻っていると教室の前でクラスメイトの男子が何か手帳みたいなものを投げ捨てた。

一瞬見えた色に「え?」と声を漏らすと視線に気付いたのか男子が大きく目を見開いた後、嫌な笑みを浮かべて教室に戻って行く。
そんな彼に美琴と顔を見合わせると少し急いで教室に向かった。嫌な予感がする。


休み時間なだけに教室内にいたのは20人も満たなかったが、が入ってきた途端にシン、と静まり返った。注目される視線に戸惑いながらも足を踏み入れると自分が使ってる机が逆さにされているのが見える。
近づき間近で見れば教科書類を入れてる引き出し部分がくの字に潰されていて、ひっくり返してちゃんと立たせると中には何も入っていなかった。そのこととさっき彼が捨てた手帳に血の気が引く。


「つーか、ざまーみろって感じだよね」
「ファンクラブに入ってるうちらですらなかなか近づけないってのに庶民が近づくなって話」
「大丈夫〜?その机気づいたらそうなってたんだ。誰がやったんだろ?」
「あれじゃね?幽霊とか宇宙人とか」
「やべぇ!俺も飛ばされないように気をつけねーと!」

ゲラゲラと笑うグループにはふらりと立ち上がって彼らを見た。さっきの会話は全部同じところから出ている。後はヒソヒソクスクスと話して巻き込まれないようにこちらの動きを伺ってる奴らだけだ。
その感じの悪い視線を振り払って騒がしいグループに視線を戻せばさっき廊下で見た男子もいる。ふざけんなよ、と睨んだが視界に入った文字に身体が硬直した。


彼らの後ろには黒板があってそこにはデカデカと『これを見よ!LOOK!!』と書かれた文字がある。それから『の大作!!』、『私のポエムを読んで!』と下手くそな絵の似顔絵がハートマークを飛ばしていた。

「…っ!!!」


その中心には丸で囲んだ紙が貼り付けてあっては大きく目を見開く。まさか、と走って黒板に貼られていた紙を引っペがせばあのグループがまた笑った。

大先生〜っその続きまだですか〜?」
「続き待ってるんで早く書いてくださいよ〜」
「ヤーダ。やめたげなよ、さんだってさすがに恥ずかしいでしょ。あんなくっさいポエム…っ」

ぷぷ、と吹き出す"あかりん"にの顔と頭が一気に熱くなった。紙切れを持ってる手がカタカタと震える。見られた。という現実に崩れ落ちそうになった。

音読でもされたのか彼ら以外の人達もクスクス笑っていてじわりと涙が滲む。嘘だ、と思うのに視界に広がる現実にどうしたらいいのかわからない。
ドア出口に立ったままの美琴を見たが彼女も顔を真っ青にしたままを見ていたが視線が向いた途端逸らされてしまった。


「あー?どうしたんだー?」

予鈴が鳴ったのか、向日が数人の男子と一緒に教室に入ってきたが教室の空気を感じ取ったのか眉を寄せこちらを見やった。その視線にビクッと肩を揺らし下に向けると"あかりん"達が「聞いてよ岳人〜!」とまるで笑い話のようにのことを話してくる。

「岳人も今からサイン貰っといた方がいいって!超大作!私泣いちゃったもん!」
「書きかけで泣くとかスゲーなお前!」
「それだけ想像させるってことなの!アンタ達想像力足りないんじゃないの?!…ねぇ岳人も見せてもらいなよ!」
「え、ええ〜?俺恋愛系とか読まねーんだけど」

煩い、喋るな。黙れ、そう思うのに彼らの声だけが妙に鮮明に聞こえて耳を塞ぎたくなった。


「おい。大丈夫か…?」

近づいてきた足音と叩かれた肩に、ビクッと顔を上げたは思いきり向日を睨みつけるとそのまま教室を走り出た。
後ろで「!!」と呼び止める向日の声が聞こえたが立ち止まることはなかった。

本鈴が鳴り、外に躍り出て向かった先は彼が捨てた廊下の真下にある場所だった。ここ数日晴れてたお陰でそこそこ無事だったが散らばってる教科書らを拾う度に涙が零れ落ちた。


「クソ…っクソ…っ」

恋愛小説は想像が追いつかなくて書く気すら沸かない。今はそう思ってる。でも前はそうでもなかった。
見かけたりすれ違ったりして一喜一憂してみたり、彼を想って心をときめかせたり、想像を膨らませたり、そんなことをしてなんとなく出来た世界観を文字にして。今思えば表現も文章も拙いものだったけど気持ちはストレートで嫌いじゃなかった。

だから捨てるに捨てられなくてずっと持っていた。
捨ててしまったらあの頃の素直だった自分まで捨ててしまうんじゃないかって思って怖かった。

そっと、オレンジ色の手帳を拾い上げる。少年Aと少女の恋物語は2年前の自分が書いたものだ。断片的なシーンを寄せ集めたプロットだけだったし、"あかりん"達がいうように彼らの恋は途中で終わっている。


「クソっ…何でアイツ等なんかに…」

自分の中を覗き見られた気がして気持ち悪くてイガイガしてぼたぼたと涙が零れ落ちる。気持ち悪い。苛々する。自分の世界を汚されたようにしか思えなくて吐き気がする。


「もうやだ………」


小説が書けないのも、嘲笑われたのも、こんな自分も、嫌で辛くて苦しくて。全部どうにかしてほしくて吐き捨てるように言葉を発した。


「死にたい…っ」







*****





「お前ら…に何言ったんだよ」
「何も?」
「あーでも、ちょっとだけ悪いことしたかも」

出て行ったに俺は怒った顔で赤石を睨むと奴は慌てて「勝手に見ちゃったんだ」と言い訳してきた。

「でもでも、さんもいけないんだよ?これみよがしに置いてたんだから!」
「そうそう!あれじゃ見てくれって言ってるようなもんだもん!」

ねぇ、と同意を求めてくる奴らに俺は無性に腹が立った。ぜってーこいつら隠しごとしてんな、とわかったからだ。俺だって侑士や跡部ほどじゃねーけどわかんだかんな!そう、苛立ったまま背を向ければ慌てた赤石が岳人の腕を掴んできた。


「待ってどこ行くの?もうすぐ授業始まるよ?!」
「んなの関係ねーだろ。を探しに行くんだよ!」
「で、でもどこに行ったかわかんないじゃん!!」
「ああ?んなの、探してみなきゃわかんねーだろ?!」
「すぐ帰ってくるって!帰ってきたらちゃんとさんに謝るからさ!」
「…本当だろうな?お前ら全員、戻ってきたらちゃんと謝れよ!!」
「え、えー?…う、うん。わかったー」

「おーら、お前ら席に付けー!」

いまいち信用できない返しをしてきた赤石が引き止めてる間に先生が来ちまって、教室を抜け出すタイミングを逸してしまった。そのまま出て行ってもいいんだけどこの先生、嘘を見抜くのうまいんだよな。嘘つくと宿題増やされるし。クソクソ!


席につきながら怒ってるのに泣きそうなの顔を思い出した向日は頭を抱えた。
クソクソ!俺はどうしたらいいんだ?やっぱ追いかけるべきか?
でも、迷惑がられたら?だってから見たら俺も赤石達と同じグループの奴ってことだろ?だから睨んだんだろ?うわ、そう思ったら余計に追い掛けづらくなってきた。

でも放っておくこともできねーし、と思ったところで向日はハッとなって携帯を取り出した。
出欠で先生に名前を呼ばれ、返事をした向日はそのままメールボックスを開き侑士の名前を見つけると素早い動きでメールを送信した。


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from:向日岳人
Sub:Re:Re:
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侑士ヤバい!俺勘違いされたっぽい!
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from:侑士
Sub:Re:は?何の話や?恋バナか?( ´,_ゝ`)
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順序だてて簡潔にメールしぃや。こっちは南ちゃん見るのに忙しいねんヽ(`Д´)ノ
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from:向日岳人
Sub:Re:Re:
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それ昔の野球漫画だろ?!お前テニス部じゃん!んなの読んでんじゃねーよ!俺の話を聞け!!そして顔文字ウゼェ!
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from:侑士
Sub:Re:岳人も成長したな(ノ∀`)
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授業中に漫画読むなとは言わん辺り跡部と大違いや。んで、何があったん?
  ∧_∧  _
  (´Д`) /っr━
  _)  (_ノ /
 / _\/_|ノ
`ト┤゚|□|  □|□
とノ\⌒⌒\ ̄\ ̄ ̄
\  `⌒⌒"   \
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
  ∧_∧
 ( ・∀・) ワクワク
oノ∧つ⊂)
( ( ・∀・) ドキドキ
∪( ∪ ∪
 と_)_)
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from:向日岳人
Sub:Re:Re:Re:
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クラスで俺がよく話すグループがイジメやったっぽい。そのせいで俺まで仲間だと勘違いされたみたいなんだよ。どーすればいい?
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from:侑士
Sub:Re:スルーかいな。俺寂しいわ(´・ω・`)
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どうもこうもお前の友達なんやから守るなり謝らせるなりすればええやろ
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from:向日岳人
Sub:Re:Re:あいつらにはいった
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でも話す前にそいつ出て行っちまって。追いかけようにも授業鬼川原だから出るに出れねーんだよ
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from:侑士
Sub:Re:鬼川原じゃ無理やな( ゚Д゚)y─┛~~
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アイツの浮気現場激写して奥さんに送りたいわ〜!!ヽ( `皿´ )ノ
まあそれはいいとして、それ追いかけた方がええんちゃうん?下手したら自さth…
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『自殺』という言葉に向日の顔色が一気に青くなった。どう見ても自殺、だよな?これ。
まさか、と嫌な想像したところで携帯が震え、ビクッと身体が思ったより大きく揺れた。当たり前だが動揺してるらしい。

誰だよ!と思えば忍足で、舌打ちしたい気持ちを必死に抑えながら画面を見ると『冗談はさておき、その苛められとるの誰なん?(´・д・`)』とあった。


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from:向日岳人
Sub:Re:Re:Re:
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。去年侑士と同じクラスだったらしいんだけどお前知ってる?
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送信ボタンを押して長く重い息を吐き出した。こんな息が詰まったのは全国大会以来だ。心臓に悪い、と思いながら顔を上げると鬼川原が豪快な音を立てて黒板に文字を連ねている。

あーめんどくせ、と思いながらもノートに書き写しつつもう片方の手はポケットの中の携帯を握り締めていた。
しかし10分経っても返信が来ないことに首を傾げた。忍足のメールを打つ早さを知ってるだけにこんなに返信が遅いのは不思議だった。そう思い、携帯を確認しようとしたところでメール受信のランプが光り中を開いた。


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from:侑士
Sub:Re:Re:Re:Re:確認
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が出てったのさっきの休み時間か?どっちに行ったかとカバンあるかどうか確認して即レスな。至急や。あと跡部にさっきの話全部メールしといてや。
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「はぁ?!」
「どうした?向日」
「あ、いえ!なんでもないです…っ」

思わず出た声に鬼川原が振り返り慌てて言い繕った。おいおい、跡部にまで報告しなきゃいけないランクなのかよ。
これって実はマジでやばいんじゃね?と思った向日はカバンがないのを確認してどっちにが走っていったのかを忍足に報告した。


それから跡部にも簡潔にだがが行方不明とメールしてまた息を吐く。侑士が顔文字を使ってないことも改行もないことも更に向日の不安を煽った。

どうしよう、跡部はともかく侑士からメール返ってこねぇ。


「おら向日!携帯ばっか弄ってんなら没収するぞ!!」
「うわっはい!ごめんなさい!!」

教室の外にまで響き渡りそうな大声にビクッと揺らした向日は慌てて携帯を仕舞いこんだ。ドッと湧き上がる笑い声に顔をしかめて椅子に座り直すが、やら忍足が気になって授業どころではなくなってしまい「うわぁ…」と頭を抱えたのだった。

早くメール返してくれ、侑士ぃ。




2013.05.11
オタク度・忍足70%、岳人30%の温度差でお送りしました。