Hackneyed.




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はじめは、何だっただろうか。


。マネージャーをやってみないか?』

そうだ。従兄弟の真田弦一郎にそんな勧誘を受け、なし崩しに男子テニス部のマネージャーになったのだ。

誘われた時期はそう、冬休みが終わり新学期が始まった頃。
幸村が入院しててんぱった弦一郎が私に泣きついてきたのだ。

男子テニス部には常勝部所以か部員数故かマネージャーが2人在籍している。その片方が卒業とあって相当慌てまくったらしい。
幸村が欠け、先輩達が抜けてその上頼りになるマネージャーも抜けるのだ。いくら老け顔で大人びていても内面は意外と繊細だったらしい。

弦一郎はテニス部の危機だ!といって私をとっ捕まえ真っ青な顔で2時間も説得を試みたのである。最後の方はもう半べそであまりにも不憫で面倒になったから承諾してしまったんだけど、今思えばこの時に頑なに拒んでおけばよかったよな、と後悔してる。

だって、冷静に考えたらわかるじゃないか。普通マネージャーを入れるなら3年になる私じゃなくて2年か1年の子だろう。それを後から柳とつっこんだら驚愕してたな、あの風林火山は。

それに元々男子テニス部は団結力が強い。幸村を筆頭に築きあげてきたものが簡単に壊れるような地盤はないに等しい(と、弦一郎が常々自慢してたし)。ついでにあの計算高い柳もいる。レギュラー陣も頼りになるだろうしその他の部員だって簡単なことじゃ揺るがない絆もあるだろう。

だから自分は適当にしてればいいのだと思ってたんだけど。



「マネージャー!せんぱーい!飯塚が鼻血出したー」
「はーい!」
先輩ー!足捻った!いってー!」
「はいはい、まっててねー」
せんぱーい!」
「はいはーい!」
「こっちもーお願いしまーす!」
「はいはいはーい!」
「せんぱーい!」
「待ってろ!全部回るから!」

お前らたるんどる!!と怪我した後輩部員を叱れば「副部長がキレた!」と爆笑された。いや、別にモノマネじゃないからね?そんなつもり微塵も…いやちょっとは「!たるんどるぞ!!」…わかってるよ。

平部員が練習してるコートを走り回っていれば弦一郎のゲキが飛んできた。そろりと見やれば別コートにいるにもかかわらず腕を組み仁王立ちでこっちを見てる皇帝がいらっしゃいましたとさ。練習しろよ練習を。


先輩〜突き指したー!」
「はいはーい今行くからー!」
後輩は可愛いが怪我が多すぎるのは問題だーね。



*****



空を見上げれば春の日差しは少しずつ夏にシフトしてるのか日が少し伸びた気がする。道理で暑いわけだ、とジャージで汗を拭うと残りのタンクを洗い逆さに置いた。湿気も増えるけど乾くもの早くなるから有難い。
空は大分藍色が差して来ててそろそろ帰らないと夜になるわーと見上げた体勢で思った。そしたら後ろからドン!という衝撃にあい倒れそうになったがなんとか踏ん張った。危うく水のみ場の石に正面衝突するところだったよ。

「ったー!って、こういうことすんのはバカ也お前かー!!」
「へっへーんだ!どん臭い先輩が悪いんスよー!」
「こんの!今日という今日は…っ!て、………何それ」
「へへへー気づきましたー?」
「いや、あんたが見せ付けるように持ってるからじゃん」


背中で平部員の子達のお疲れ挨拶を何気なく返してたところだったので伏兵に気づくのが遅くなった。振り返ればニヤニヤと笑ってるワカメこと切原赤也がいて見せ付けるように胸ポケットに何か入れいている。というかはみ出していて今にも落ちそうだ。

本当はそのまま無視しておきたいところなんだけど前に意図して無視してたらそれを指摘するまで延々とへばりついてきたので、それはやめることにした。
可愛らしい、いかにも差し入れです!といわんばかりのものに「差シ入レ?良カッタネー」と棒読みでいってあげれば「フッフッフ!」とさも勝ち誇ったかのような出だしで胸ポケットからその包みを出した。あーあ、無理矢理押し込んだせいで端の方ぐしゃぐしゃじゃん。



「勿論ただの差し入れじゃないっスよ!なんと!皆瀬先輩の差し入れなんスよ!」
「ホーソリャヨカッタネー」

皆瀬先輩こと皆瀬友美とは同じ3年の、つまりもう1人のマネージャーだ。こちらは2年からみんなを支えてる正式なマネージャーさんだ。現在は主にレギュラーと準レギュラー(1部)の面倒を一手に担ってくれている。

さすが古株とあってなんでもできる人だから頼りがいがある。しかし芋洗い状態の平部員の周りを走り回ってる私と別コートで優雅に走ってる皆瀬さんと見てるとなんだか格差を感じてしまうんだよね…。
いうなれば氷帝と六角、みたいな…?(色々失敬)

まあついでにいえばこのバカ也は大の皆瀬ファンで、ことあることに私に自慢してくるという意味不明なワカメだ。


「さっきブン太先輩が中身食べてたんですけど超うまそーだったんですよね〜!あーっ早く食べたいなー!」
「ソウナンダーヨカッタネー」



毎度思うがバカ也はこのやり取りで何を求めてるんだろうか。私が恋的な意味で皆瀬さんを好きだとか思ってるんだろうか。残念ながら私はノーマルなんだけど。
可愛くラッピングされた差し入れに頬擦りする赤也に私に自慢して何の解消になるんだろう、それが摩訶不思議で仕方なかった。

もしかして羨ましがってくれる人私しかいないとか?皆瀬さん優しいからあの差し入れレギュラー全員に渡したんだろうし。平にバレたら争奪戦になるかもだし?

先輩はこんなお菓子作れませんもんね〜」
「ソーダネー私不器用ダカラネー」


これもいつもどおり。自慢した後は必ず私を落とすんだよねー。だからそれくらいじゃへこまないし確実に作り慣れてる皆瀬さんの方が美味しいから張り合う気にもならないし。だからそんなむくれた顔で見ないでよ。これ何度もやってるんだからいい加減学習しなってば。


「赤也ーっ帰っぞー。ゲーセン行くんだろぃ?」
「早くこねーとジュース奢らせるからなー」
「……だってさ。」

「本っ当、アンタって面白くない女っスね」

そしてタイミングよく赤頭とスキンヘッドが登場してバカ也が慌ててお菓子を隠した。うん、賢明な判断だ。丸井はどうかわからないけどジャッカルは意図して水を差してくれてるらしい。何気なくこっちに視線をくれたから肩を竦めて返事してみた。

まだいい足りないみたいだったけど赤也はをじと目で睨んでそのまま丸井達の後を追いかけていく。ふぅ。これで後片付けが出来る。そう思って肩を落とした。



「あ、ちゃん。お疲れ様」
「友美ちゃんこそお疲れ」
後片付けも終わり女子用の更衣室に行くと丁度皆瀬さんが出てきたところだった。彼女は部活疲れなど微塵も見せない顔で朗らかに笑うと「ノートは机の上に置いておいたから」と去っていく。ふわりと香る甘い匂いに香水かな?と思わず視線で追いかけてしまった。

そのまま振り返れば待ち合わせたように柳生くんが隣に寄り添い一緒に帰っていった。アレでまだ付き合ってないというんだから柳生くんの紳士っぷりは本物としか言いようがない。感心するように更衣室に入りドアを閉める。

着替えを終え、机のノートを開くと今日の日付と一緒に左側の可愛らしい文字を読んでも席に着いた。皆瀬さんの字可愛いなぁ、私のごついんだよね。残念すぎる。ケースからペンを出し、今日あった平部員達の状況、出席率、道具状態など書き込んでいく。


「うーん…人数のせいってのもあるけどやっぱり書ききれない…」

設定がやや厳しめだとしても柳が考えたメニューだ。こんなにも怪我人が増えるものだろうか。今日の怪我、の隣に"※柳くんに要相談"と付け加えておいた。
ちなみにこれは皆瀬さんとの情報交換も含めている。お互いの状況把握の為だ。本当に必要な時は話し合いと弦一郎達にも相談するけど基本はノートでやり取りすることが多い。
客観視できるからある意味役に立ってるんだよね。


「…おや、」

半分しか埋まってない皆瀬さんが書いたレギュラー組の中で珍しい名前を見つけた。

怪我:仁王くん…ふくらはぎ 吊っていたかも? → 明日確認

大きな大会前は怪我の人数が増えるけど大会が間近でもなく基本他の人よりテンション低めの仁王がこんな時期に怪我とは珍しい。むしろ運動不足か?とつっこんだが部活はいたって真面目にやってるから考えにくい。
何かあったかなーなんて勝手な想像しながらノートを閉じると更衣室を後にした。



「あ〜結局夜になったわ〜」

校門前まで来て自転車のライトをつけたは空を仰ぎ溜息を吐いた。電車やバス通が多い中、は珍しく自転車で通学していた。元々はバス通だったのだが真田に勧誘され、体力向上と部員の気迫に触発されて今では立派なチャリ通派だ。

さーて、と目の前を通り過ぎたバスを見送ってそっちとは逆の方へ進み出ればすぐ近くのバス停で見覚えのある頭がぼんやりと見えた。バス停の光に照らされて青白く光るあの頭は…。


「仁王…くん?」


ベンチに横たわって占領してる大きな身体には自転車を止めて覗き込むと規則正しい呼吸が聞こえてきた。顔を見ればしっかり目も閉じられてて寝てるのは一目瞭然。ここ、部員のみんな通って行ったはずなんだけど…誰も起こさなかったのか?



「おーい、仁王くーん」



そうでなくてもピンクな噂が絶えないモテ男くんを放っておく生徒いないと思ってたんだけど…寝てる姿が可愛くて放置か?いや、可愛いというにはでか過ぎだよな。
そんなことを思いながら恐る恐る揺り動かしてみると「ん、んん…」とぼんやりと目が開くのが見えた。

「帰らないの?もう夜だよ」
「誰……?……お前さんは…?」
「(覚えてないんかい)ですよー。そろそろバス時間なくなるから起きた方がいいんじゃない?」
「あ……」


聞いてるんだか聞いてないんだかわからないけどのっそり起き上がった仁王はポケットから携帯を取り出し、バス時間を見合わせそれから「あ、」と漏らした。


「どこ行きに乗るの?時間ある?」
「駅…なんじゃけど……さっき行ってしもうたらしい。次、20分後…」
「あー」

あれか。さっきすれ違ったあのバスか。自転車を動かしバス時間を確認すると次は確かに20分後でそれから乗換えで…とか考えると家に着くのは結構遅くなってしまうだろう。時間表をぼんやり見つめ頭を掻く仁王に、はなんの気なしに彼を呼んだ。

「後ろ乗ってく?送るよ?」
「え?」
「ママチャリだから危なくないし。お尻ちょっと痛くなるかもだけど…」
ぽんぽんと後ろの荷台を叩けば仁王は不思議そうな顔で目を瞬かせる。こいつ、まだ寝起きかな。ちょっと間抜け面だ。


「なんで?」
「だって怪我してるでしょ、足」

さっき見た交換部誌を思い出し口にすれば驚いた顔を見せてくる。あんまりよく知らないけどこんな顔初めて見たぞ。面白いな。その後不気味そうな眉を潜めたので「友美ちゃんがいってたんだよ」と慌てて付け加えた。

「友美…」
「友美。皆瀬友美ちゃんね」
「おー」
やっと出口が見つかったのか納得した声になったのでは苦笑して「さあ、乗った乗った」と荷台を叩いた。



「…重っ!」
「……失礼じゃのー。乗れといったんはお前さんじゃろうに」
「後ろのタイヤパンクするかも」
「そこまで重くなか」

失敬な、と不機嫌な声を背にはペダルを踏み込む。動き出してしまえばこっちのものだ。それ程苦じゃない。シャー、と緩い下り坂と通らない車と相まって道路の真ん中辺りを走る。

「足、気をつけてね」
「すまんのぅ。長くて
「………」

自分の足や車や障害物諸々。と含めたが飄々とのたまう腹立つ台詞に急カーブして怖がらせてやろうか?と内心思った。足長い奴腹立つわーとぼやけば「プリ」というのと一緒に足を伸ばしての足を挟んでくる。

「ぎゃあ!何すんのよ!ビックリするじゃない!!」
「ピヨ」


お茶目のつもりなんだろうか?いきなりのことで咆哮したけど対向車線に車が来ないのを見計らってやってくれたみたいで転ぶ心配はなかった。まったく、どこにいても油断も隙もないなこの詐欺師。
いやまあ、私への被害はこれが初めてだけど(よく赤也とかジャッカルとか赤也で見てたからなあ)。

会話は殆どなかったけど結構あっという間に駅に着いた。エレベーターに近い場所で下ろしてあげれば一気に後ろが軽くなる。ついでにタイヤの具合を見れば「パンクなんかしてなか!」と不機嫌な声で軽く頭を叩かれた。


「それにしてもお前さんも物好きじゃのー、失礼な奴でもあるが」
「あはは、君みたいなでかい人の2ケツ初めてだったから…でも足大丈夫そう?」
「ん。まあ、処置はしたき。多分大丈夫じゃろ」
「無理しないでよ。ダメそうだったら病院行くんだよ」

至極まともな心配の言葉をかければ仁王はまた不思議そうな顔で頬を掻いた。


「お前さんはお節介が性分か?テニス部でもないのにどこまで話を聞いたんじゃ」
「いや、私テニス部だから!男子テニス部のマネージャーだから!!」

お前が1番失礼じゃねーかよ!!とつっこんだが詐欺師は小首を可愛く傾げ「プリ」と誤魔化しやがった。




手探り感が否めない詐欺師ですがよろしくです。
2013.01.08