Don't say that it is simple.




□ 2 □




弦一郎に勧誘されて男子テニス部のマネージャーを始めて早数ヶ月。
そう、なんだかんだと数ヶ月やってるんですよ、私!!
大量の部員相手に手荒れにも負けず筋肉痛にも負けず精神的にも結構頑張ってる!…て思ってたんだけどなあ…。

「はぁ…私って地味なのかなぁ…」
「そ、そんなことないと思うよ!ね、ジャッカルくん!」
「そうだぜ。お前はよくやってくれてるよ」
「でも地味なんだよね…みんなからしたら…はぁ」
「そりゃオメー平とレギュラーは近いようで遠いからな。わからねぇでもねぇけど……でも、ここに来て"初めまして"って…ぶふっ」

「るさい!バカ也!!真田にいいつけるぞ!」


さっきから騒音のようにバカスカドアを蹴ってる赤也に怒鳴ると「先輩のアホーバカー地味ー!」と叫んで走っていった。あいつ…後でシめる。

ぽかぽか陽気の昼放課には皆瀬さんとジャッカル、そして丸井を連れ立って部室に篭っていた。手元には箸ではなく小さな折り紙があってちまちまと鶴を折っている。

幸村の入院で千羽鶴を部活で作ろうか、ということになり春先早々に部員全員で作って持っていったんだけど幸村ファンクラブやクラスやらが持っていった千羽鶴があまりにも出来がよかったのと途中で部活で作った千羽鶴が壊れてしまったため縁起が悪いって事で作り直してるのだ。



『無事復活したら覚えといてね』

千羽鶴が壊れるなんて縁起が悪すぎて血の気が引いてたけど、どちらかといえばみんなで引き取りに行った時の幸村の方が怖かったように思う。真っ黒にしか見えない冷笑なんて初めて見たよ。


ゾクッと背筋を震わせながらは出来上がった鶴を山の上に置き、新しい折り紙を手に取る。千羽鶴が壊れたのも不器用な子達が作ったのが原因、という柳の冷静で身も蓋もない発言により現在は手先が器用な面子で折られている。

メンバーは部室にいる4人の他に1、2年の平部員の数人と柳生くんと柳だ。後者2人は委員会の為不在だが平の子は教室で折ってくれてるだろう。
1日に決められた"柳"ノルマがある為黙々と折り紙を折っている。

ちなみにさっきまでドアを蹴っていた赤也は煩い為が鍵をかけて締め出した。だってあいついると煩いんだもん。邪魔するし。そのせいで集中力がなくなった丸井はやる気がなさそうに椅子を揺らしてガムを食べている。


「いやあ、朝の事件はマジ腹が崩壊するかと思ったぜ。さすがの俺もが入ったばっかしのマネージャーだなんて思わねぇし」
「…まぁな。なんだかんだいって毎日顔合わせてたはず、なんだけどな」
「ぶふっ…」
「丸井くん笑わないの!…きっと寝起きだったからだと思うよ?」
「いいや。休み時間中も本当に最近入ったんじゃないのかって俺に聞いてきたもん、あいつ」
「……まあ、らしいっちゃ、らしいが、」

彼らしいといえばそのまんまかもしれないが、騙すわけでもなく素でそんなことをいわれたのかと思うとショックでしかない。は眉を潜めた顔で紙を折ると溜息を吐いた。
腹がよじれるほど丸井がゲラゲラ笑ったのは今朝の朝練が原因だ。いつものように皆瀬さんや1年生と一緒に準備をしていると部室から出てきた仁王がこうのたまったのだ。


『おーホンマにマネージャーだったんじゃのぅ。よろしゅう』


はじめは何がよろしゅうなのかわからなかったけど、隣を歩いていた柳生くんが代わりに「何がよろしく、なのですか?」と質問すれば「やっとマネージャーが元の数に戻ったんじゃろ?」と返したのだ。

この一言で男子テニス部は笑いの渦になったのはいうまでもない。



この場合、恥ずかしさはお互い様のはずだが仁王はとどめに「地味すぎて見えんかったき」とほざいてくださった為私のHPは朝の時点でゼロになってしまった。
確かに立海はマンモス校だし同じ組になったことないしマネージャーになって話す機会もなかったけど一応入った時に自己紹介やらあったんだぞ!

弦一郎伝とか赤也伝とか(こっちは間違いなく悪い意味だからいいけど)聞かなかったんだろうか。部活中何気に悪目立ちしてた日もあったのにそれも知らなかったんだろうか。
もしかしてブスは見えないフィルターでもかけてるんだろうか。と零せばさすがに自虐過ぎると皆瀬さんとジャッカルに叱られた。


「そういや、この千羽鶴出来上がったら誰持ってくんだ?」
「あ?そりゃ真田と柳じゃねーのか?」

ポッキーを摘み話を変えたジャッカルが質問すると出来上がった鶴を重ねて遊んでる丸井が答えた。口にはポッキーが3本くわえられている。器用だな。
弦一郎と柳は定期的に幸村に部活の報告をしに行っていてその時が濃厚じゃないかと皆瀬さんも賛同した。前回はみんなで行ったけどあの冷笑がこびり付いてるとしてはあまり会いたくないと思っていたのでちょっとホッとした。

「手術も近いんだろぃ?さすがに次壊れたら幸村くんも許すどころか…」
「それは柳が細心の注意を払った糸を使うっていってたぜ。な、皆瀬」
「うん。今回は凧糸使うとかいってたよ」
「凧糸〜?糸通るのか?」
「うん。ししゅう糸用の針なら使えたよ」
「じゃあこっちもなるべく壊れないように綺麗に作らないとね」


丁寧に折った鶴を山の上に置くと奥の方に座る丸井がニヤリと笑ってこちらを見やった。その意味深な笑みにあまりいい気分になれなくて思わず眉を寄せてしまう。

「お前は折鶴に名前でも書いておいた方がいいんじゃないか?」
「…どういう意味よ」
「仁王以上に会ってない幸村くんが退院してお前見たらビックリしてまた入院しちまうんじゃね?」
「そこまで衝撃与えるんか私は!」
「少なくとも俺は息できなくなるかと思ったぜぃ」


笑いすぎて。とニヤニヤ笑う丸井にはムッとした顔で折り紙を手に取った。

確かに幸村とは殆ど会ってないけど入院する前は弦一郎を通して会話だってしてるし、2年の時は同じクラスでもあったのだ。
それもあってマネージャーの件だって案外すんなりと承諾してくれたって聞いたし。
さすがにそれを忘れるような人でもないだろう。きっと。


丸井なんか勝手に笑い死にしてしまえ、と念じながら折っていると「それも一理あるな」という声が降ってきて一斉にそちらを見た。ドア口に立っていたのはさっきまで不在だった柳蓮二で皆瀬さんが驚きの声をあげる。

「あれ?蓮二くん。生徒会終わったの?」
「ああ。どうだ、進んでいるか?」
「ぼちぼちだね。今日の分は終わりそうだよ」
「そうか。しかしなんで鍵をかけていたんだ?」
「鍵はだぜぃ」
「……」
「いや!赤也が騒ぐから出てもらっただけで」

「俺のどこが煩いんスか!」


丸井の言葉についっとこっちを見てきたので思わず肩を揺らし言い訳を漏らした。
実のところ柳は苦手だ。あまり表情変わらないし口を開けば理性的で計算染みた言葉が並べられ、それがまた正確すぎて見透かされてる感が否めない。その怖さを考えると彼の後ろからひょっこり出てきたワカメの方がわかりやすくて気軽なのだ。



「さっきまでお菓子広げて折鶴ダメにしたのどこの誰よ」
「俺じゃないっス」
「アンタが触った油塗れの折鶴部長に渡していいっていうならそのまま使うけど?」
「……」

さっと目を逸らした赤也には溜息を零した。お菓子を触った手で汚したくらいでいうのもなんだけど2回目は綺麗に作る、というのが目標にあったから仕方ない。決して赤也を苛めたいからではない。文句は目の前の柳か幸村にいえばいいと思う。


「…まあいい。、お前に話があるんだ」
「え?」
「赤也。お前はの代わりにそっちで折り鶴を折っててくれ」
「えー地味ー先輩の代わりにっスかー?」
「誰が"ジミー"だ!!」
「いや。赤也の折り鶴は見れたもんじゃねぇよぃ。幸村くんにまた怒られちまう」
「それどういうことっスか!って!丸井先輩何俺のポッキー食ってるんスか!!」
「置きっぱなしのお前が悪いんだよ」

ぽりぽりと食べ続ける丸井に飛んでいった赤也はさっきまでが座ってた席につくと文句をいって隣の皆瀬さん椅子を近づけた。どうやらまた折り方を習うつもりらしい。

ノルマ終わるかな…と内心不安に思いながら柳を向くと皆瀬さんと一緒に使ってる交換部誌を手渡された。どうやら朝錬の時に皆瀬さんが気を遣って柳に見せたらしい。


「このメンバーがどの練習の時に怪我をしたか覚えているか?」
「うん。一応。宮田くんは素振りの時で、大山くんは球出しの時だね。それから…あ、もしかしてどの時に怪我したか書いておいた方が良かった?」
「そうだな。その方が俺も対策しやすい」
「うん。じゃあこれからはそうするね」

いくら立海屈指の凄いデータマンでも隅々までは行き届かないもんね。…ほら、コート上の詐欺師と謳われたあの人も私を知らなかったくらいだし。
自嘲気味に笑いながら昨日怪我した子達の詳細を教えると自分のノートに書ききった柳がこちらを見やった。目も合ってないのにドキリとした。



「フム。は記憶力がいいのだな」
「自分が興味あることはね。それに文字にすると覚えやすいっていわない?」
「確かに一理ある。だがテニスはそれ程興味なかったといってなかったか?」
「まあ、みんなみたいに好きでも嫌いでもないけど…でも頑張ってる人は好きだし、勝ってほしいじゃない?」


元々スポーツをしてる人は好きだ。だから弦一郎がマネージャーに誘ってくれた時ちょっと嬉しかったし。でも応援する側と実際プレイする人達との好き度合が違いすぎるからあえて好きでも嫌いでもないといったのだ。

だってここの人達好きだったらテニスできて当たり前、みたいな雰囲気あるんだもん。皆瀬さんだって結構テニスできるしさ。もしかしたら常勝校だからなのかもしれないけど出来なくても好きだと思ってる人がいてもいいと私は思ってる。

そんなの曖昧かつ他人事のセリフに柳は「そうか」と納得した素振りでノートをパラパラと捲り何かを書き込んでいた。書き込むようなことをいっただろうか。



「でも、怪我ちょっと多いよね?気にして見てはいるんだけど…気をつけることはある?」
「新入生が入って浮ついている確率88%といったところだ。近々練習試合もある。そうなれば少しは気も引き締まるだろう」

「練習試合?どことやるんだ?」


振り返れば発した丸井以外の全員もこっちを見ていて思わず肩を揺らした。睨んでるように見てる赤也は愛嬌だ。無視しておこう。
何故注目されてるの?と一瞬思ったがそういえばテニス大好きな面子だったと思い出した。「氷帝だ」という言葉に丸井は「あーあそこね」とさも興味なさそうに零す。


ノートを閉じた柳にはホッと息をついて席に戻ると赤也が邪魔をして座らせてくれなかった。お前は折り紙折ってないじゃないか。つーか先輩に席譲れよ、バカ後輩。


「つーか、柳先輩と何話してたんスか?」
「は?部活のことに決まってるでしょ」

むしろ部活以外で柳と何を話すというのだ。あるとしたら勉強くらいじゃないか?ムッとした顔でポテチの袋を開けた赤也は「これ先輩にも分けてやろうかと思ったけどやめにします」といってそっぽを向いた。
元々くれる気なかっただろうに。皆瀬さんににこやかに「これどうっスか?」とポテチを差し出してるバカ也には残り少なくなった折り紙を手にして三角に折ったのだった。



*****



「何故いる」

いつもの時間に部活が終わって駐輪場に向かえば見覚えのある人物がぼんやりと佇んでいた。しかも見間違いでなければの自転車に座ってるように見える。
今日も散々赤也に「ジミー先輩」といわれ続けて心がささくれ立っていたは思わず立ち止まり睨んでしまった。

が、このまま帰らないわけにもいかず否応なく近づけばを見つけた仁王が「よぉ」と手を上げた。

「帰るんじゃろ?」
「帰るけど…」
「送って」

まあ、ここにいる時点で予想はしてたけどね。自転車に座ってるところを見ると送る、というまで避けないつもりだろう。安易に考えられたけどうんと頷くのが嫌で「何で」と聞いてみた。


「気づいたらバスに乗れる金がなかったぜよ」
「どんだけジリ貧なのよ。…お昼は食べれたの?」
「おー。それで使い切った」
「……」
「それに、ホレ。足がまだ痛くてかなわん」
「……今日普通に部活してなかったっけ?」

みんなと違わず同じメニューこなしてたように見えましたが、と返してやれば「よぉ見とるのぅ」と肩を竦められた。どんだけ見えてないと思ってるんだろうか。
イライラしてきた上になんだかいい送迎自転車に思われてるような気もして腕を組んだ。拒否のジェスチャーだ。しかし相手は欠伸をするくらいでなんら変化はない。チッ。

でもバスを使うつもりでいたということはやっぱり足が痛いのかもしれない。そう思いなおしたは「今日だけだよ」と溜息混じりに承諾した。



ライトをつけて自転車を走らせる。所々に光る外灯を潜り抜けながらジョギングで前を走ってる人を追い抜かす。見た目が細い仁王もテニスバッグと乗れば中々な重さでやっぱりパンクするんじゃないかと危惧してしまう。

「いつもこの時間の帰ってるんか?」
「そだねー。部誌とか戸締りあるし」
「柳生でも見落としがあるんじゃのー」
「(何故そこで柳生くん?)そーいや柳生くんていつも友美ちゃんと帰ってるよね?」
「そーじゃのー。夜道が危ないからといって申し出たらしいがお前さんの方が遅いとは思わんかった」
「部誌書くこと多いんだよねー。うまくまとめるの苦手だし」

思いついたことをつらつらと書いたらノートをはみ出しちゃって、柳に見られた時添削されたっけ。それを考えればよくなった方だけど単純に受け持つ人数が多いから書くことが増えてしまう。

だから私より少ない人数の皆瀬さんが羨ましいって思うんだけどあっちはあっちで会話の端々とか細かいところで体調とか見てるみたいだからおいそれとやりたいとは思わないんだよね。


「本当にマネージャーだったんじゃのー」
「…いい加減納得してくれませんかね?それ部活の時もいってたでしょ」
「盗み聞きとは怖いのぅ」
「違います。バカ也がいちいち報告してくれたんですよ!」

走り回ってる姿を確認したのかぼそりと呟いた仁王の言葉をバカ也こと赤也が嬉々として報告してくれたのはいうまでもない。当分の間ジミー先輩と呼ばれるのか思うと頭が痛い。あのワカメめ。

「もう覚えたき。忘れることはなかよ」
「そうしてください」


そうじゃないと私の存在感が揺らぐ。青になった信号機にペダルを力強く踏み込み横断歩道を渡る。途中カップルとすれ違い、ふと思い立ったことを口にした。

「あーもしかして、1人で帰るの心配してくれてんの?」
「一瞬そう思ったんじゃが、お前さんなら心配いらんような気がしてきた」
「えー?何それー」



長い足をぶらつかせ、時折靴底をアスファルトで擦って遊んでる仁王に切り返せば、実は真田並に怖そうだと返された。従兄弟だからってそんなとこ似ないよ。つーか似てたまるか。

「それに私老け顔じゃないし」
「お、お前さん、誰もが口にしないことを…」
「仁王くんだってそう思ってるくせに」

ニヤリと肩越しに振り返れば外灯に照らされた仁王も同じように笑ってるように見えた。動揺もフリだろう。
駅前に着くと階段のところでいいといわれそこで仁王を下ろした。



「じゃ、また明日」
「階段でいいの?足痛いならエレベーターのとこまで送るけど」

駅の階段とエレベーターはそれなりに離れている。歩きたくないならついでだし送るよ、と進言すれば仁王は少し驚いた顔で目を瞬かせ頭を掻いた。ん?私変なこといったか?


「…まあ、そこまで痛いわけじゃなかよ。すぐ電車に乗るしの」
「そう。ならいいけど。無理しないようにね」

明日から練習試合に向けてメニューがきつくなるようなことを柳がいっていたから、それを踏まえて気遣えばなんともいえないような顔で仁王が見てきた後ポン、と手をの頭の上に乗せた。


「ありがとぅ。お前さんも気ぃつけて帰りんしゃいよ」


小さい子をあやすようにポンポンと撫でた仁王はテニスバッグを背負い直して階段を登っていく。その背中をはただ呆然と見てるしかなかった。

「アイツでも、お礼とか言えるんだ」

仁王が聞いていたら無言で睨まれそうだが、彼の態度からは気を遣うとか他人に感謝するとかのスペックは無いに等しいと思っていたので驚きを隠せない。予想以上の衝撃には彼の姿が見えなくなった後も動けず固まったままだった。




まだまだ手探り。
2013.01.08