Gentle rain.




□ 3 □




休み時間忘れた辞書を借りるついでに出来上がった折鶴を回収すべくA組に向かうとちまちまと折鶴を折ってる弦一郎を見かけ噴出した。

「む。か。なんだ人の顔を見るなり笑い出して。けしからん奴だな」
「い、いや…真田も手伝ってくれてたんだ」
弦一郎と折り紙って合わないな、と笑いを堪えていると見つけた柳生くんが折鶴を抱えてきた。


「すみません、さん。まだこれくらいしかできてないんですが」
「ありがとう!大丈夫。昨日結構作ってもらったし」
「……」
「…それにあまり綺麗にできてませんし」

十数個できた折鶴を持っていた袋に入れるとじっとその折鶴を見る弦一郎がいてなんだろうと思っていると柳生くんがすまなそうに頭を垂れるので慌てて手を振った。


「ううん!柳生くんの折鶴綺麗な出来栄えだよ!むしろ真田が丁寧すぎるんだって!」
「千羽鶴を折っているんだ。丁寧に越したことはなかろう」
「だからって1日、2、3個じゃ幸村くん退院しても出来上がんないでしょーよ」

どんだけ思い詰め込んでるんだと呆れていえば眉間の皺を更に増やした弦一郎が「幸村にはテニス部部長として復帰してもらわなければならんのだ。手を抜くわけにはいかん」と拗ねてくる。
そうでした。アンタはそういう人でしたね弦一郎。



「悪ぃ。柳生、辞書貸してくんねーか?」
「構いませんが何の辞書ですか?」
「ジャッカル!忘れ物をするとは何事か!たるんどるぞ!!」
「い、いや、俺じゃなくて」
「真田、違うんだって。忘れたのは丸井くんだよ。彼に貸したんだけど返してもらってないんだって」
「その丸井くんは?」
「ブン太の奴、俺の辞書を赤也に貸しちまったらしくてな。さすがに2年の教室まで行く時間はねぇから貸してもらおうと思ってさ」


弦一郎の作った重い折鶴を袋に入れているとジャッカルが顔を出し辞書を貸してくれと柳生くんに頼んできた。その願いに快く辞書を取りにいった柳生くんとは逆に忘れ物をしたと思った弦一郎が益々顔をしかめてくる。

うわ、私も怒られないうちに退散しないと、と考えていると「待て。その脇に抱えているのは辞書か?」と声をかけられ慌てて出口に向かった。

!おい、またんか!!」
「真田の説教は聞き飽きてるんだよ!」


つー訳で退散!と素早く教室を出ればジャッカルも同じように逃げてきた。辞書くらいで目くじら立てないで欲しいよね、とぼやけば「まったくだ」と同意する彼と顔を見合わせ笑うとB組の前で引き止められた。
振り返れば丸井が手招きしている。弦一郎が教室から出てこないことを確認しながらB組の中を覗くと出来上がった折鶴を手渡された。

「おーありが…」
「何だこれ。模様…じゃねぇな。お前やったのか?この落書き」
「俺じゃねーよ。におーだ、仁王」


手渡された折鶴の1つが異様な存在感を放っていて思わず言葉を失ってしまった。黒で水玉模様って…落書きと言われても仕方ないくらい悪目立ちしている。
どうやら仁王も手伝うつもりで折鶴を作ったらしいが1個作っただけで飽きたらしく、しかもその折鶴に悪戯書きをしてこんな風になってしまったらしい。


「さすがにこれを千羽鶴に混ぜるのは微妙な気がするんだけど…」
「ピンクに黒だからな…。どこに入れても目立つな」
「だからっつって捨てるのも何だからとりあえず持ってってくんね?どーせ多めに作るんだろ?」
「そー…だね。うん。じゃ、とりあえず貰っておくよ」

異彩を放つ折鶴になんとなく気が引けながらも袋に入れると予鈴が鳴り、慌ててジャッカルと共にB組を後にした。





*****





「わあ、結構あるねー」

ザアザアと雨が降って薄暗い中、教室の蛍光灯をつけたは机の上に回収してきた折鶴を出した。その多さに皆瀬さんが感心の声を上げた。

部活がない今日、時間があるうちにやってしまおう、ということで皆瀬さんと2人で折鶴を繋げる作業をしている。雨ということもあっていつもより外は暗いが皆瀬さんと話しながらする作業は楽しい。兄がいるのもあってか結構サバサバしてて男前だ。

「そしたら赤也くんの後ろにいたのは真田くんでさ。もう顔真っ青になっちゃって」
「あーわかる。簡単に想像つくわー」
「お前達。こんなところにいたのか」
「あ、蓮二くん」


赤也の失敗談を聞きながら笑っていると丁度柳が教室に入ってきて作業していた手を止めた。そういえば皆瀬さんと同じクラスだったっけ。

「部室でやってると思っていたが」
「部室は赤也がいるからやめたんだ。絶対邪魔してくるし」

かかっていた鞄を取ってこちらに寄ってきた柳に溜息を吐いたは「ジミー先輩って定着しそうでやなんだよね」とぼやいた。


「人の噂も75日というからな。赤也が飽きるまで約2ヶ月といったところか」
「確率は?」
「1ヶ月で62%。2ヶ月で86%だ」
「うわー。当分ジミーで呼ばれるのかよー最悪ー」

下手したら2ヶ月経っても呼ばれ続けるんじゃないか?考えてうな垂れると「他に赤也の気を引くようなあだ名ができれば今のあだ名が消える確率もあがる」とフォローを入れてくる柳。
そのあだ名が今以上に酷いものになったら目も当てられないんだけど。

練習試合の件で真田と話し合わなければならないという柳を送り出すと教室の出入り口で何故か彼が振り返った。



。精市と面識はあったな」
「う、うん。去年同じクラスだったよ」
「…そうか、ならいい」

そういって出て行った柳には皆瀬さんと顔を見合わせ首を傾げた。
それから雨の音を聞きながらしばらく無言で折鶴を繋げていると、ふと皆瀬さんが口を開いた。


「幸村くん。手術成功するよね?」
「………してくれないと困るよ」


結果はその時の運とかになっちゃうけど、彼を待ってる人は多い。だからこそ手術は成功してもらわないと困るのだ。

ふと、自分にマネージャーの仕事を依頼してきた弦一郎の顔を思い出し、彼がいなくなったら立海男子テニス部はどうなってしまうんだろう、と考えた。
考えてすぐに放棄した。どう考えても悪い方向にしかいかないからだ。



「でも、去年同じクラスだったんだ。ちゃん」
「そうそう。同じクラスになった時は凄いイケメンと同じクラスになったーって思ったんだけどさ。真田と話してるとこみてたら、なんか違う感じがしてきてさ…」
「違う感じ?」
「いや、まあ、格好いい人には変わりないんだろうけど…何か、こう、実は怖い?みたいな」

信念曲げない強気の弦一郎を見てきたせいか彼が1番強いんだと思ってたんだけど、幸村と話してるところを目撃してるうちに考えが変わってしまったのだ。
タジタジになってる弦一郎なんて初めて見たっての。だから彼が部長なのか、と後で感心したのはいうまでもない。

の発言に皆瀬さんは納得したのか「あー」と笑った。


「確かに幸村くんテニスに関しては熱い人だからね。責任感強いし。みんなの憧れの的、っていうのがしっくりくる人だと思うよ」
「それは私も思ってる。部長不在なのに影響力大きいなってわかるし」
「そういえば知ってた?部室に幸村くんのジャージとラケット飾ってあるんだよ」
「え?!もしかしてアレのこと?…私てっきりしまい忘れかと…うわ〜っ鳥肌立ったわーどんだけだよー」

どれだけ幸村好きなんだあいつら。と腕を擦れば皆瀬さんは笑って身を乗り出してくる。


「幸村くんが入院する前は放課後の部活とか凄かったんだよー。酷い時なんかどこを見ても女の子が張り付いててさ」
「あー晴れの日限定のファンね。ていうか今でも十分出入り口封鎖されて困ってるってのにあれよりも多い時あったの?うわー」
「幸村くん復帰したら大変だよー」
「私マネジ続けられるかちょっと不安だわ」

そういえば、バレンタインの時入院していないっていうのに、幸村の下駄箱やら机やら部室に彼宛のチョコが散乱してたっけ。全部丸井が食べてたけど。


「もしかして、幸村くん復帰したら嫌がらせも復活すんのかな…」



思い出すのはマネージャーになりたての頃、嫌がらせが結構あったのだ。不幸の手紙とかどっから漏れたのかチェーンメールとか。自転車のパンクも結構あったな。画鋲が1列に並んで10個も刺してあるのを見た時は呆れを通り越して笑ったくらいだ。

あと私は見ていないけど学校のネット掲示板でも悪口書かれたみたいだけど皆瀬さん伝に柳がなんとか再発防止をしてくれたみたいで今は大人しくなっている。

今でこそ喋りはするけど丸井と仁王と赤也は特に危険地帯で警戒してたんだよね。あ、でも赤也ファンからは今でも時折下駄箱に嫌がらせされてるな。


「じゃあ友美ちゃんは大変だったんじゃない?幸村ファン」
「うん。マジやばかった。何度マネジやめようかと思ったか…人が集まるとダメだね。女怖い」
「わかる」
「私の時は先輩がいてくれたからこんな風に話したり、対策練ったりしたかな。休み時間とかなるべく友達と一緒にいたし。同じクラスだったのもあって蓮二くんにも協力してもらったよ」
「そっか。柳くんと去年も同じクラスだったんだ」
「帰りも待ち伏せとかあったから蓮二くんに頼もうかと思ってたんだけど方向が違うからどうしようかと思って。そしたら柳生くんが送ってくれるようになったんだよね」


柳生くんと一緒に帰るようになったのはそれもあったのか、と感心するように「へぇ」と漏らしたはニヤリと笑って皆瀬さんに顔を近づけた。

「今はもう嫌がらせはないんだよね?」
「うん」
「でも柳生くんといつも帰ってるよね?」
「え?!」
「もしかして2人ってさ…」
「ちちちちちち、違うよ!全然違うから!!」

慌てて手を振る皆瀬さんの顔は赤い。あらあら、とにんまり笑うと「そうじゃないってば!」と言い訳してくる。



「私は柳生くんの好意に甘えてるだけで、その、特に、他の気持ちとか…あるわけじゃ」
「柳生くん紳士だからね〜誰にでも優しいけど、でもここまでずっと一緒に帰るってなかなか出来ないよね」
「う、うん…」
「優しいだけじゃ一緒に帰らないと思うよ」

ニヤニヤと彼女を見ればさっきよりも頬が赤く染まっていて可愛らしかった。いいねぇ、青春だね。

「んもう!私のことはいいから!ちゃんはいないの?…その、気になる人とか」
「ええ?んな人いるわけないじゃん。いたらマネジなんてしてないって」

こんなクソ忙しい部活に入らず普通に帰宅部か目当ての部活入ってますよ。詰め寄る皆瀬さんにケラケラ笑っているとメールが入り、携帯を開いた。読んでみれば、母親からで帰りにお使いに行ってこいとの指令だった。


「あーもうこんな時間だ。後は明日にしない?」
「そうだね。あんまり遅くなると大変だしそうしよっか」

時間を見ればそろそろ夕飯の時間だ。見回りの先生も来る頃だろう。その前に退散しようということになって片付けると2人はそそくさと教室を後にした。



今日はバスで帰ると決めていたは皆瀬さんと一緒にバスが来るのを待っていると、校門から見覚えのある姿を見つけ視線をそちらにやった。急に黙り込んだに皆瀬さんも同じように視線を向けると「あ、」と声を漏らす。

達がいる方とは逆に歩いていくのは仁王だ。その隣には寄り添うように女の子がいて、彼女のであろう柄が入った薄紫の傘に一緒に入って帰って行った。

「…さっきの話に戻るけど、仁王くんを好きな人って大変だよねぇ」
「…うん、そうかもね」
「あれってC組の横田さんじゃん?」
「あ、美人って噂の?」
「そうそう。友達から聞いたんだけど仁王くんの歴代彼女美人ばっかなんだってね。しかもスパンが短いっていう」

嫌がらせを受けるだけあって仁王のファンは多い。が聞かなくても情報は簡単に入ってくる。
つい2週間前までは1個上の先輩と付き合ってたらしい。ああやって実際には見てないけど顔は知ってる。テニスが強くてよく表彰されてたから。
C組の横田さんも結構美人だし奴はとことん面食いのようだ。


「1年の頃3年生と付き合ってたって聞いたんだけど本当かな?別れちゃったのってやっぱり学校が違うからとか?」
ちゃん…」
「あ、ごめん。ズケズケ言いすぎた、かな」

静かにをたしなめる皆瀬さんに口を噤んだ。噂話とはいえ、皆瀬さんも自分もテニス部のマネージャーだ。ただのファンの友達とは微妙に立ち位置が違う。無責任すぎたね、と頭を垂れると「もしかして、気になるの?」と皆瀬さんが伺うような目で見てきた。


「どうかな。ただの怖いもの見たさ、な気もするけど」



視界に入れば一挙一動が気になってしまうのは好き云々よりもオーラに近い気がする。それは仁王以外のテニス部レギュラーにいえることで自然と引き寄せられるのだ。そうなると端々が気になってしまうのは仕方ないことで、気づけば無駄な情報が頭を占めてしまっている。


「仁王くんはまだ好きだと思うよ」
「え?」
「1年の時に付き合ってた人、2年の夏くらいまで付き合ってたと思う。別れた原因は知らないけど、でも仁王くんその人のことまだ好きなんだと思うよ」

ぽつりと零された言葉に仁王に向けていた視線を戻すと皆瀬さんは前を見据えたままぼんやりと呟いた。その言葉は抑揚がないけどどこか悲しげで視界の先にその光景があたかもあるような呟きだった。


「そっか…」

どうして好きな人がいるのに他の子と付き合えるのか、と一瞬思ったけど言葉にするのはなんとなく憚れた。部外者が知る必要がない、繊細で深い事情があるのかもしれない。

無言で雨の音を聞いていると排気音と共にライトが道路を照らしバスが到着を告げた。
プシューと開くドアを待ちながらはもう1度仁王達が帰った方向を見たが薄紫の傘も目立つあの青白い髪も見えなかった。





2013.01.08