It is youth.




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前略、幸村様
はじめに、この手紙はあなたに届くことがない脳内で呟くだけの手紙になると思いますがお許し下さい。

県大会に向けて練習を重ねているテニス部ですが、昨日から男子テニス部下剋上上等選抜大会が始まりました。レギュラーも巻き込んだこの選抜大会は熱気に溢れていて圧倒されっぱなしの私です。
あ、ちなみにこの大会の催しが決まったのは私のせいではありません。弦一郎と柳が決めたので私じゃありません。この前の話し合いの時、柳に「平部員に試合慣れさせればいいのに」といったけど犯人は私じゃありません。決定権は私にありません。

試合が始まってみれば何気にレギュラーメンバーも楽しんでるようで、中でも赤也がやる気満々で、ことあるごとに勝負ならぬケンカを売っていてその度に弦一郎に叱られているようです。

ようです、というのは平の子達の試合の審判で手一杯だから声くらいしか聞いてないんです。まったく誰かさんのカリスマと輝かしい実績のせいで私は大忙しですよ。
トーナメント表を見る限りレギュラーに変動はないけど、平の子達も随分頑張っていて、私には関係ないけど来年が楽しみだったりします。


審判を終えたは水飲み場に向かうと片手でばしゃりと顔を洗った。日焼けどめ塗ってたけど暑くて仕方ないのだ。もう片方の手も相変わらず包帯ぐるぐるだしムレて仕方がない。
この手も水に浸からせたらすっきりするかな?と考えていると、じゃり、と砂を踏みしめる音が聞こえ視線をそちらにやった。

「さぼりっスかー?ジミー先輩」
「…ドコヲドウ見タラソウナルノカナ、赤也クンヨ」

そりゃ座ってるだけで動いてないけどさ。でも今日の日差しは殺人クラスだと思うよ?帽子被ってるのに鼻とかピリピリ痛いし。

どうせ、見えないところでしか働いてないさ。嘆息を吐いたの横では赤也が蛇口を思いっきり捻り水を頭から被った。
あーあ、水浸しにして。ここ共同なのに。後で怒られても知らないからな、と考えつつ、顔を上げた彼に新しいタオルを渡してあげた。



「……これ、先輩が使ったやつじゃないっスよね?」
「安心しなよ。洗いたてのだから」

そんなことしないよ、と呆れて手渡せば私とタオルを交互に見て、どこか面白くなさそうに顔を拭いた。こいつはお礼くらいいえないのか。このワカメは1度弦一郎にいって教育的指導をしてもらった方がいいんじゃないかと本気で考えているとひょっこり丸井が顔を出してきた。

「こんなところにいたのかよぃ」
「丸井先輩、なんスか?こんなとこまで追いかけてきて」
「…お前じゃねーよ。ホラ
「は?私?」


俺のことがそんなに好きなんですかー?とニヤついた顔で赤也がいえば「キショイこというな」と切り返されていた。本気で嫌そうな顔をする丸井に赤也がちょっと傷ついた顔をしていたのが不憫だ。

その光景を生温かく眺めていれば、丸井がペットボトルを投げて寄越してきたので慌ててキャッチした。自販機で買ったのだろう。水滴がついている清涼飲料水が冷たくて心地いい。

「今日はあちーかんな。脱水症状を起こす前に水分補給しとけよ」
「いいの?ありがとう!」
「先輩、俺のは?!」
「はぁ?お前のなんてあるわけねーだろ。つか、皆瀬が用意してんじゃね?もらってくれば?」



あれま。赤也を見ればむくれた顔で睨んでいる。しかし、睨まれた方は素知らぬフリをして「そっちの試合だどんな感じだ?」と話をふってくる。まあ、私もフォローする気はないけど。面白いし。

「順調だよ。午前中には終わると思う」
「めぼしいのはいたか?」
「いたかって、私に聞かれても困るんだけど…でも、西田はいい感じだね」
「ああ西田な。あいつ今年に入ってぐんぐん伸びてるって柳もいってたな」
「うん。凄く強くなったと思う」

今日の試合で結構いいとこまで行けるんじゃないかな、といえば「随分肩入れしてんだな」と驚かれた。

そりゃそうだよ。西田は私がマネージャーに入ってからずっと一緒にやってきた仲間なんだ。平部員の彼はできないなりにも一生懸命で、テニスもマネージャーも素人の私は自分のことで手一杯なのにも関わらず彼がずっと手伝ってきてくれたのだ。
情に熱い奴なんだな、と思っていたけど階段から落ちた時も誇張したとはいえずっと私の擁護をしてくれたし。あの時はケンカみたいになったけど、あれ以来、より一層彼と仲良くなれた気がする。

だから西田が頑張ってるのは嬉しいし、与えられるならレギュラーになってほしい、そう思う。「へぇ。当たるのが楽しみだな」と笑う丸井にも笑って「首洗って待ってなよ」と宣戦布告をしてやった。


「おーい。、ブン太の奴見なかった…ってお前ここにいたのかよ。次お前の試合だって柳が呼んでたぞ」
「おーワリワリ。んーじゃ審判頑張れよ」
「うん。ありがと…あ!今度お菓子持ってくるよ」
「なんでぃ。気ぃ使うなよ」

でもくれるならもらってやるぜ、とにっこり笑う丸井に「試合頑張ってね!」と手を振れば肩に担いでたラケットで振り返しジャッカルと一緒にコートに戻っていく。最近、いい男っぷりが増した気がするなあ。

さすがモテる噂が飛び交ってるだけのことはある、なんて感心しながらその背中を見送った。

さて、私も戻らなきゃ、と一口飲んでペットボトルの蓋を閉めると後ろにおどろおどろしい気配を感じ振り返った。赤也だ。まぁ、わかってはいたけどね。丸井に冷たくされてからずっと黙ってたし。



「アンタも試合、あるんじゃないの?」
むしろ全員にケンカ売るつもりで今日望んでるんでしょ、とふっかければ強い瞳で「当たり前っス!」と叫ばれた。
「俺は立海3強をぶっ倒して、全国優勝する男なんスよ!負ける気なんてねーっスから!」
「はいはい。頑張ってね」
「つーか、西田にだって負けねっスから!」

絶対!と豪語する赤也に背を向けただったが、2度見してしまった。
確かに西田は強くなったけどまだまだ平部員だし、レギュラーの赤也と戦って勝てる確率なんてかなり低いと思うんだけど。それだけ西田のことを認めてるんだろうか。同い年だから意識してるのかな。

そう思ったら俄然嬉しくなって「そう、じゃあ試合楽しみにしてるよ」と笑顔で返した。

「っ!………だ、だからさ」
「うん?」
「それ、俺にくれよ」


指をさされたペットボトルには眉をひそめた。私が丸井からもらったものだといえば関係ない、と返され、もう口つけたんだけどといえばどもりながらも気にしない、と返された。なんだよ、それが狙いか。喜ぶんじゃなかった。

「………わかったよ、はい」
「お、おぅ」
「……アンタって本当、丸井くんが好きなんだねぇ」


滅多に人に与えない丸井がたまたま気まぐれに渡したのが気に食わなかったんだろう。しかも渡した相手私だしね。コートに戻れば皆瀬さん特製のドリンクあるし、冷たいだろうし。

他に理由が思いつかなくて心の底から呆れた声で零せばペットボトルをじっと見つめていた赤也が「はぁ?!ち、ちげーし!!」と赤い顔で叫んだ。
照れる時だけ弦一郎にそっくりなんて傍迷惑だね、まったく。



*****



日が傾き、選抜大会も後半戦に差し掛かった頃、は審判した試合結果をクリップボードに書き込んでいた。埋まった試合結果にホゥと息を吐く。
もうひと踏ん張りだなと思っていると書き込んだ紙に影ができた。

「うわ、ビックリしたー」
「お前さんは驚きすぎぜよ」

振り向けばの手元を覗き込む仁王がいて、その距離に驚いた。ちょっと近すぎじゃありませんか?
くっつくかくっつかないかの距離で平然としてる詐欺師に危うく帽子のツバで刺すところだったじゃないか、とちょっと不満に思いながらもクリップボードを手渡してやった。

しかし、好意で渡してやったのに持つのが嫌だったのか眉を潜められ結局私が持つ羽目になった。私ボード持ちじゃないんだけど。


「あ、いいもの持ってますね。旦那」
「…誰が旦那じゃ」
「私にも一口恵んでくださいませんかね」
「……丸井から貰ったんじゃなかと?」
「……赤也に取られました」

何で丸井から差し入れもらったこと知ってんだ?と訝しがったが手元にないのは確かなので素直に答えるとあっさり渡してくれた。
喉カラカラだったから仁王の持ってたドリンクボトルがオアシスに見えたんだよね。

「ありがたやありがたや」と仰々しく受け取って喉を潤した。あー友美ちゃんが作ったドリンクはやっぱうまいわー、と噛み締めていれば仁王が見ている紙に西田の名前を見つけ、「あ、」と漏らす。


「次、西田と赤也なんだ」
「…みたいじゃの」

どうやら丸井の前に赤也と当たってしまったらしい。ボトルの口を拭ったは「応援に行ってくる」といってドリンクを返した。



「どっちの応援をするんじゃ?」
「勿論西田」

食べ物の恨みは根深いのですよ、と笑えば「おお、怖いのぅ」と仁王も笑ってこちらに歩み寄ってくる。どうやら一緒に行くらしい。赤也の応援をするのか?と問えば「別に」と返された。どっちも応援する気がないようだ。


「…しかし、佐藤でも誰かを応援するなんてことあるんじゃの」
「私だって応援くらいするよ。それに元々西田は応援する気でいたしね」

なんてたって私の期待の星だし。
一緒に頑張ってきた仲間として平部員代表として頑張って欲しいのだよ、といえば「重いのぅ。西田が可哀想じゃ」と何故か同情された。失礼だな。


コートに付けば試合を組まれてないメンバーが揃っていて、それぞれ応援の声をかけてる中、西田側に来たは彼に向かってエールを送った。

「赤也なんかに負けるなー!あいつの鼻へし折ってやれー!」
「はい!」
「んな!ジミー先輩何そっち応援してるんスか!」


横暴!不公平だ!!とブーイングを飛ばす赤也に「人の飲み物奪ったお前が悪い!」と指摘すればしまった!といわんばかりに顔をしかめた。わかってるなら潔く西田に負けるがいい。

「だ、だって、それは…っ先輩がくれたじゃないっスかー!」
「あげてねーよ!奪われたんだよ!!」
「…おい、赤也オメーそんなことしてたのかよぃ」
「っ…!」

の言葉に赤也側にいた丸井が「道理で同じペットボトルがあると思ったぜ」と溜息を吐き、「違うんス!もらったんスってば!!」と言い繕う赤也に「後で金払えよ」といった丸井は正しい判定だと思う。グッジョブ丸井。
それでも騒ぐ赤也に制裁を食らわしたのは弦一郎だった。こうやって遠目から見るとまるで親子みたいだな。ていうか弦ちゃん審判だったんだね。



緊迫感ゼロで始まった試合だったが、蓋を開ければ赤也ペースの試合内容だった。それはわかりきっていたのだけど、なんとか食らいつこうと必死に走ってる西田が健気でとても格好良かった。久しぶりに大声あげて応援した気がするな。

「のぅ、」
「ん?」
「次の試合、俺と柳なんじゃが」

どっちの応援をする?と問われ視線を仁王に向けた。丁度、西田のコートへ力強い球が打ち込まれ弦一郎の声が響く。その試合すら仁王はさもどうでもいいような顔でコートを見ている。

「どっちっていわれても、」
「どっちか応援しなきゃならんとしたら、どっちじゃ?」
「うーん……………柳くん、かな」


そもそも仲良くしてくれてる平部員はもう西田しかいないのだ。だから西田側には平の応援が多いんだけど。
それでもどちらか選べというので柳と答えた。だって仁王が試合するとどこからともなく女の子の声援部隊が来るし。今日も来てるのは確認してる。柳もファンがいないわけではないけど本人の性格に反映したようなおとなしめの大人の子達しかいないので応援としては頼りないのだ。


「あ、でも大会はちゃんと応援するよ」
「…それは立海として、じゃろうが」

そもそも、柳が応援を必要としてるかわからないが声量の差で彼を選んだんだけど仁王はお気に召さなかったらしい。
「折角残り少ない飲み物を分けてやったというに、優しさの欠片もないのぅ」とこちらに視線をくれてくる。しかしその飲み物は皆瀬さんが用意したものだ。仁王じゃないぞ。君の持ち物ではあるが。

不満そうな瞳に何とも言えないまま見返していれば試合終了の声がかかった。6-1で西田の負けだ。視線をコートにやれば仁王が歩きだしたのが視界の端で見えて慌てて呼び止めた。



「…なんじゃ?」
「まあ、私がいってもアレだけど……試合、頑張って」

柳くんって3強の1人なんでしょ?と意味もないだろう言葉をかければ、「取ってつけたような言葉じゃの」と呆れられた。タイミングを間違ったらしい。
別に負けて欲しいとか思ってなかったので、何か言い繕おうと考えを巡らせていると「まぁせいぜい頑張ってくるかの」といつもの調子で付け加えた仁王がコートの中へと入っていった。


その仁王と入れ替わるように出てきたのは西田で、を見るなり眉尻を下げて「負けちゃいました」と力なく笑った。

「でも赤也から1ゲーム取ったじゃん。それって凄いことだと思うよ」


同じ2年でも相手は期待のホープだ。素人のが期待するとは別格の、あの幸村が期待してる…それが赤也だ。既にレギュラーとして練習してる相手に1ゲームでも取ったんだから快挙だろう。

「次はもっと戦えるよ」と元気づければ小さく笑った西田が俯き押し黙ってしまう。なんだか泣いてしまいそうな雰囲気に持っていたタオルを手に取るとポタリと雫が地面に落ちた。汗かと思った雫はぽたぽたと止めどなく落ちていく。


「俺、レギュラーに、なりたかった…」

「うん、」


「俺の手で、先輩を…全国に、連れ、て、行きたかっ…た、のに…」


鼻をすする音と一緒に聞こえた消え入りそうな声には息を飲んだ。
3年だから、もう最後だからと気を使ってくれたいじらしい西田に胸が熱くなる。
うぅ…っそ、そんなこといわれたら私まで泣けてくるじゃないか。

ちくしょー!なんなんだよお前って奴はー!可愛いじゃないか!!と頭にタオルを被せるとそのまま引っ張って頭ごと抱きしめた。「せ、せんぱぃ…?」と身じろぐけど放してやらん!嫌でもこうしてろ!


「うん。ありがと。それだけで十分だから…十分、嬉しいよ」


自分までもらい泣きしてしまいそうになってるは一生懸命堪え、鼻をすすった。
この部活に私の居場所なんて本当はないのかもって不安だったけど、幸村が帰ってきたらこんな風にすることもなくなってしまうだろうけど、でもこの時の私は西田のお陰で報われた気がした。




赤也涙目。
2013.01.19
2013.07.01 修正