An everyday occurrence.




□ 11 □




立海の校門に立つとチャイムの音が聞こえた。丁度授業が終わったらしい。怪我をしてから度々この時間になるのだが、少し悪いことをしてる気分になる。多分、いつもは誰もいない時間に学校に向かってるからだろう。
通院してるのもあって怒られることはないが、なんとなく緊張した面持ちで鞄を肩にかけなおし、昇降口へと向かった。

、」
「あ、真田。おはよう」
「おはよう。どうだ?怪我の具合は」
「うん。概ね良好だよ、ほらこんなに動くようになったし」
「っ?!馬鹿者!!無理に動かすな!」

教室を出た生徒の騒がしい声を聞きながら上履きに履き替えれば、を待ち構え立っている従兄がいて思わず綻んでしまう。

怪我の具合の質問も随分と馴染んでしまって、包帯が巻かれている手首を回せば狼狽してやめろ!と怒られた。まったく心配性の従兄である。それから大丈夫だというのにいつものようにの鞄を取り上げると颯爽と階段を上っていく。このまま教室まで荷物持ちをしてくれるらしい。

もう大丈夫なのにな、と思いながらも弦一郎の好意が嬉しくて甘えることにした。


「あ、今日の朝練、西田出てた?」
「西田か?うむ。出ていたぞ」
「もしかして普通に練習してた?」
「?そうだが?」
「やっぱり!もう、捻挫してんだから明日の練習は軽くだけにしとけっていったのに!」

昨日の選抜大会で限界を超えていた西田は捻挫をしていたのだ。赤也と戦ってる時何度か転んでたから原因ははっきりしてるんだけど、微塵も感じさせず試合をやりきってたから危うく見落とすところだったのだ。
帰る頃になって痛みを訴えてきた本人も驚いてたし。テニス馬鹿も困りものだ。

溜息と一緒に「病院明日にして朝練出ればよかった」とボヤけばそれはダメだ、と弦一郎に叱られた。


「勝手な判断で治りが遅くなったらどうするんだ」
「そんなこといって、無理させて使いものにならなくなったらそれこそ本末転倒じゃない」



頑張る人は好きだが冷静な判断は第三者の方がしやすい。だってこの部活にはテニス馬鹿しかいないのだ。ギリギリになればいうかもしれないがその都度口に出す奴はいないだろう。皆瀬さんだってその辺根性論、とまではいかないけど見守る派だし。


「西田はもう2年なんだ。自己管理くらいできるだろう。だからお前はちゃんと先生に診てもらって」
「真田はそうかもしれないけど、違う人だっているの!第一、レギュラー見てて西田が無理しないわけないじゃない」

超合金みたいなアンタと一緒にしないでよね!と怒れば「ぶふっ」と吹き出した声が聞こえた。
見ればI組の教室についていて、ジャッカルと柳がこっちを見ていた。笑ったのはお前だな、ジャッカル。


「まるで夫婦漫才だな」
「なんでやねん」

にやつく口元を隠すジャッカルをじと目で見ていれば柳が変なことをいうので偽関西弁でつっこんだ。忍足くんが見ていたら発音が違うときっと怒っただろう。
そんな関西人はこの時いなかったので誰もつっこんでこなかったが「どうした、柳」といつもどおりに聞いてくる従兄に脱力した。夫婦漫才といわれても気にしないんだね。いいけど。


「お前のクラスに行ったのだが不在だったのでな。この時間ならきっとここだろうと思って来ていたんだ」
「む。それはすまなかった」
。手首の調子はどうだ?」
「問題なし。といってもまだ重いものは持てないけど」
「そんなことはしなくていい。お前は怪我を治すことに専念しろ」

あんな重いものなど持たなくていい、むしろ部員を使え、という副部長にはやや引きながら「マネージャーの仕事がなくなるっての」とぼやいた。
それでなくても怪我をしてから西田を中心とした平部員が何かと手伝ってくれるので、もう引き継ぎいらないんじゃないかっていうくらい仕事覚えさせちゃったんだから。



「あ、そうだ。柳くん」
「何だ?」
「西田のことなんだけど、今日のメニューだけ軽くしてもらえないかな?」

あいつ捻挫してるんだ、といえば思い出したように「ああ」と頷いた。

「それは俺も考えていた。朝練でも少し足を庇っていたようだしな」
「そっか。じゃあお願いね。私が見張っとくから」
「頼む」


さすが柳は話がわかる、と納得して弦一郎と話しているのを聞いているとどうやら関東大会のオーダー表の話をしているようだった。県大会すらまだなのに関東大会の話か…。すごいな。あれ、準レギュラーの三田の名前とか出てる。


「もしかして、準レギュも出たりするかもなの?」
「試合によってはそうかもな。幸村もまだ帰ってきてねぇし」
「そっか…」

試合相手によっては組み合わせ方も変わるのか。幸村に代わる人なんて早々いないだろうけど、呼んで来れるわじゃないから誰かに埋めてもらうしかない。

でもそれで後輩が出れるかもしれないならそれはいい機会だと思う。
そんなこと私が考えるまでもないのだろうけど。


色々考えてるんだなあ、と思いながら、自分は後輩1人の心配くらいしかできないなあ、と思って、また違った意味では肩を竦めたのだった。



*****



梅雨も明けて夏の大会に向けて本格的に動き出したテニス部は連日のように試合を繰り返していた。関東大会まではレギュラー以外のメンバーも混ぜて試合に出るらしく平部員含めた全員が熱気に包まれている。

も氷帝以降、柳が組んでくれた他校の練習試合に連れてってもらったりして色々学んだりしているが実りあるものは氷帝以降それ程なかった。
それだけ氷帝のレベルが高かったというのもあったし他の学校がいたって普通の部活だったせいだろう。


普通、というと幸村の顔が過ぎってあまり使いたくないんだけど、でもやっぱりレベルの差は感じた。立海も氷帝も全国に行くだけあって選手もマネージャーも違うのだ。そう考えると自分はとても平凡に見えてしまうのは気のせいじゃないだろう。

跡部さんにいわれて少し自信がついたけど、それは日を追うごとに効果は薄れていってるらしく代わりに幸村の言葉が重く圧し掛かっていた。


「ん?。お前も外部受験なのか?」
「え?"も"?ジャッカルも外部受けるの?」

自習時間に受験資料をぼんやり眺めているとの手元を見たジャッカルが声をかけてきた。

幸村への売り言葉に買い言葉で出してしまった外部受験の話だったが、スポーツ推薦でもテニスをこよなく愛してるわけでもないにとって外部という選択肢は至極普通の視野だと思う。
けれど自分とは違うテニスを結構真面目に好きなはずのジャッカルが自分と同じことを考えてるのは意外だった。聞けば彼も候補の中に外部があるらしい。

「えー意外!ジャッカルはそのまま上がるんだと思ってた」
こそそのつもりで立海に入ったんじゃなかったのか?」
「うっ何故それを知っている!」
「俺も同じだからな」


エスカレーターなら間の受験はないも同然だ。そんな甘い考えで入学してみたのだがやりたい条件で探すと外部の学校も中々捨てがたいのだ。

「つーか、行くならどの辺狙ってんだ?まさかこの期に及んで普通科とかじゃねぇだろ?」
「お、制服で選んだのか?とはいわないんだね」
「他の女子ならな。お前そっちはあんま興味ねぇだろ」

わかってるねぇ、と笑えば「ま、なんだかんだと話してるしな」とお前のことは知ってるぜ、みたいなことをいわれた。ジャッカルのクセに生意気な(笑)。



「外部はデザイナー系だよ」
「マジか?お前そっち系興味あったかよ?」
「それなりには興味あるよ。ただまぁ専門的なもの殆どないから1から教えてくれそうなとこ探すつもりだけど」
「へぇ。人は見かけによらないもんだな」
「…何かいったかな?ジャッカルくん」

が意外すぎる発言をしたせいかジャッカルは心底感心しているようだった。というか、意外すぎることなんていってないんだけどね。


「でもそっかー。ジャッカルいなくなったら寂しくなるねー」
「?お前だって外部に行くかもしれねーんだろ?」
「私じゃなくて丸井くんとかだよ」

だって別々になったらダブルス組めないじゃん、といえば「あーまぁなー」と微妙な顔で返された。

「っつってもブン太の奴、あっさり他の奴とダブルス組んじまいそうだけどな」
「あ、それは私も思った」

ジャッカルに対しては薄情だもんね、といえば引きつった顔で「お前もな」と返された。失礼な。


「だけど、外部受けるにしても準備は夏大が終わってからだよな」
「……そだねー。今はそれどころじゃないし」
「そういや今日の昼はお前部室だっけ?」
「そうそう。友美ちゃんと一緒に柳くんと面談」
「面談って…」
「だって可愛い後輩が試合に出れるかどうか話し合うんでしょ?」

面談じゃん、といえば「お前は父兄か」とつっこまれた。どんなに幸村の言葉が重く圧し掛かってきてもやることは変わないし、拒否は出来ない。

内心私目線の意見など聞く必要もないんじゃないかと思えたが、柳がマネージャーだと扱ってくれる以上応えなきゃならない。それだけのことを私は受けているんだ。

本当、柳には頭上がらないくらいお世話になっているなぁ。



*****



照りつける日差しを掻い潜るように素早く部室に入ると柳はいなかったが先客はいた。
彼は奥の方で机に突っ伏していて寝ているようだ。背中にあの紙がないところをみるとつけるのをやっとやめてくれたらしい。

「に……」

一瞬声をかけようかと思ったけど起こすのも悪いかと思い直しなるべく音を立てないように斜め前の席に座った。お弁当を置くとすぐ近くにさらりとした白に近い髪とすらりとした手が見える。
自習とあって早めに出てきたが少々早すぎたらしい。時間を見て先に食べてしまおうか、と弁当箱を開けた。


「(それにしても)」

携帯を見ながらご飯を食べていたがちらりとまた別の方を見てしまう。さっきから身動ぎもしないところを見ると本格的に寝ているらしい。
このエアコンの涼しさといい(というか部室にエアコンがあることに驚いた)、が来る前から居座ってたんだろう。間違いなくサボったな、と眺めていたら携帯が震えだし慌てて拾い上げる。


「(危な…起きて…ないね、よしよし)………何これ」


起きてないことを確認してホッとメールを確認すると画像が添付されているようだ。その画像に思わず顔を引きつらせる。何が楽しくて自画撮り送ってきてんのこの人。
確かに格好いいけどさ、と眉を潜めドヤ顔の忍足くんを見つめる。やっぱりこの人チャラい気がするわ。

「これどうしろっつーの…ていうか返信しなきゃダメかな…返したくないんだけど……え?」



超マメな忍足くんのことだ。数分後には更に画像送ってくるか電話が鳴るだろう。傍迷惑でも返信しなきゃな、とボタンを押そうとしたところで携帯を奪われた。

見れば仁王が起き上がっていて、私の携帯を見るなり眉を潜めた。寝起きにあんなキラキラした忍足くん見るのはさすがに重いだろうね。

「え、ちょっと何して…っ」


眉を潜めたと思ったら勝手に人の携帯を操作してこっちに投げて寄越してきた。送信ボックスを見れば案の定忍足くんに返信していて『キモ』という言葉だけが送信されていた。


「ええええっちょ!えええええ!!に、仁王くん!何してくれちゃってるのアンタ!!」
「…うるさかよ。落ち着きんしゃい」
「いや!これ落ち着いてられるかよ!どーすんのよ!忍足くん怒って電話してくんじゃん!」
「大丈夫じゃ。もう連絡してこん」
「は?…まぁいいや」


忍足くんの行動から考えてこんなメールを送った日には過剰反応で返ってくるに決まってるのだ。
さっきはごめんなさい、仁王くんが勝手にメール送りました、というメールを打とうとメールボックスを開くとまた仁王に携帯を奪われた。

何すんのよ!と手を伸ばしたが奴はあろうことか胸元からシャツの中に携帯を入れてしまった。珍しくシャツを仕舞ってるからそのまま落ちることはなかったけど代わりにの携帯が奈落の底よりも遠い場所へ落ちてしまったことに気がついた。



「おいいいいいっ!ちょ!それ使うんですけど!!今すぐ使いたいんですけど!!!」

「ダメじゃ」
「ダメって!お前がいうな!返せ!!」
「嫌じゃ」

何そのぷいってそっぽ向くの!でかい図体のアンタじゃ可愛くないんだからね!ていうかそんなところに入れたら忍足くんからの電話でブルブル震えてくすぐったくなるんだから!

格好悪く悶絶しても知らないんだからね!そう思ったのにいくら待っても忍足くんからの連絡はないようで。思わず仁王のお腹をがん見してしまった。


「も、もしかして、マジギレ…?」
「かもしれんのう」

連絡したくないくらい怒っちゃった?サァッと血の気が引いたような気分でいると「残念じゃったのう」とどうでもいいような口調で仁王に頭を撫でられた。

「これも運命ぜよ。素直に現実を受け入れるしかなか」
「…何悟ったようなこといってんのさ」


元はといえばお前のせいなんだけど。
そう思って鼻を摘んでやろうと手を伸ばせば空いてる方の手に掴まれた。本当はもう片方の手も使いたいんだけど吊りが取れたとはいえまだ本調子ではない手首を使うわけにもいかない。

ジリジリと睨みあっていれば来訪を告げるドアの音が聞こえた。



「……あれ?」
「あ、友美ちゃん」
「あ……」
「………」
「……?」
「ご、ごめんなさい!」

固まる皆瀬さんに声をかけるとと仁王を見て慌てた様子でドアを閉めた。
え?何でドア閉めるの?!と驚いていると今度は柳が入ってきて2人を見て一瞬固まったように見えた。

「……お前達、じゃれあうなら他の場所でしてくれないか」
「は?じゃれあってないんだけど!」
「…じゃれあってないぜよ。乳繰り合ってたんじゃ」
「全然違うでしょーが!!ややこしくすんじゃねーよ!」
「ピヨ」

「…ふむ。皆瀬、お前の考えていることは66%ありえないことのようだ」


捕まれていた手を振り払い、ぺしりと仁王の頭を叩けば何かを納得したらしい柳が皆瀬さんに言い聞かせ彼女を部室の中へと引き入れた。ていうか、66%ありえないって何?


「お前達が互いに意識し合ってるか否かの数字だ」
「ありえないってことは否定の方の66%ってことね…」

むしろあとの34%は何だろうと思ったけど特に気にすることはないかとスルーした。
それから横に座る勘違いした皆瀬さんをニヤニヤ見つめれば「だって誰もいないって思ってたし、2人きりとか思わなかったし」と言い訳をしている。
まあ、これが皆瀬さんと柳生くんだったら私も驚いてドア閉めるだろうけどさ。私と仁王?ないないない。



「私も仁王くんいてビックリしたし。つーか、仁王くん授業サボったでしょ」
「……つまらん授業は出る気にならん」
「仁王。いくら義務とはいえあまりサボると成績に響くぞ」
「……」

「でも、仁王くん目立つほど成績悪くないよね。むしろ結構上だし。部活真面目に出てるから内申も良さそう」
「友美ちゃん…。ダメだよフォローしちゃ」
「え、そうなの?でも仁王くんこのまま上がるんでしょ?だったら大丈夫なんじゃないかな」

ああ、皆瀬さんは全体的に優しさでできてるんだね。不貞腐れてる仁王を見て気遣い全開で言葉を並べる皆瀬さんに微笑ましく見ているとじろりと睨まれた。勿論仁王にだ。


「鬼」
「なにそれ」
「お前さんは全然優しくないのぅ、と思ってな。赤也が嫌がるのもよくわかったぜよ」
「……」

一瞬、仁王と赤也がタッグを組んだ姿を思い浮かべ顔が引きつった。面倒この上ない2人だな。
それは回避したいな、と「そんなことないよ」と微笑めば「怖っ」と標準語でビビられ、何故か私が傷ついた。




忍足合掌。
2013.01.19