□ 12 □
今日に限って先生に頼まれごとをしたは仕方なく用事を済ますと弦一郎と一緒に部活に向かった。てっきり先に行ってるものだと思ってたから驚いたのだが何食わぬ顔での鞄を持っていく背中に部活に出なくて大丈夫なんだろうかと心配になった。
「弦ちゃん。マジで大丈夫だからさ。部活出なよ」
「?部活には出ているぞ」
「いやだから、待たなくていいってこと。試合近いんだしアンタ副部長じゃん」
部長の幸村がいないんだから実質弦一郎が部長みたいなものだし。副部長がサボってたら示しがつかないし、幸村が帰ってきた時弦一郎も腑抜けになったとか言われたら私の立場がないじゃないか。
幸村怖いって知ってるでしょ、と目線で訴えてみたが堅物の弦一郎は全然わかってない顔で立ち止まった。放課後の教室は人も疎らで野球部の声が外から響いてくる以外とても静かだ。
向き合うように廊下で立ち止まったは短く息を吐く従兄を見上げた。
本当、どこでどう間違ってこんなに大きくなってしまったんだろうか。小学校の頃は背も大差なかったのに…結構可愛かったのに。高校でも身長伸びたら間違いなく天井を擦って歩くようになるんじゃないだろうか。
「。俺が心配することは迷惑か?」
「め、迷惑ってわけじゃないけど」
「なら俺の気が済むまでやらせてくれ」
元はといえば俺がお前を部活に誘ったのが原因だしな、と零す従兄にあんぐりと口を開けて、それから盛大な溜息を吐く。まったく、このお馬鹿さんは…。
「弦ちゃん。それ何度もいってるじゃない。怪我は私の不注意で部活のせいじゃないって」
「だが、起こったのは部活中でお前の生活に支障をきたしてしまってるではないか」
「……こんの、わからず屋!」
少し本気の力で弦一郎の腹を殴れば、彼はモロに喰らい「!何をする!!」と驚いた顔で叫んだ。全然痛そうな顔しないのが悔しい。このマッチョめ。
「これでチャラ!それでいいでしょ?」
「は?何を言っている?!このくらいの痛さ」
「黙れ!言い訳なんか聞かん!!」
痛み分けでいいじゃないか!といえば「これくらいの痛みで納得できるか!」と返された。あんたは私の手首の痛さをどんだけ痛く設定してるんだ。
「気持ちは嬉しいけどそれ以上はいらないよ」
「だ、だが、後遺症など残ったら」
「残るわけないでしょー?別にスポーツするわけじゃないんだから」
「しかし、」
「しかしもなにもないの!ていうか、私のせいで部活を疎かにしてる弦ちゃんを見てる方がしんどい」
「俺は、お前のせいになど」
「弦ちゃんと私のテニス部の立場をいってみなさい」
「??…副部長とマネージャー、だ」
「これから夏にある大会は?」
「全国…」
「弦ちゃんは勝ちたいの?負けたいの?」
「っ勝つに決まっているだろうが!」
「よろしい」
やる気十分の声に苦笑しつつも「だからさ、」と続けた。
「ちゃんと部活出てみんなを引っ張って全国に連れてってよ。弦ちゃんの活躍楽しみにしてるんだからさ」
「…」
「優勝、するんでしょ?」
既に全国大会しか見ていない弦一郎に内心驚いたが、らしいな、と笑ってしまった。弦一郎の強さは素人目の私から見ても十分に凄いと思う。でも、跡部さんとか見るとやっぱり不安で、足を引っ張りたくないって感じてしまう。
「私は大丈夫だから」と今度は軽く彼の胸にパンチをすれば困ったように笑った弦一郎がやんわりとの手を握った。
「無理はするなよ」
「弦ちゃんじゃないんだから無理なんかしないよ。する前に西田達使うから」
「そうしてくれ」
いや、そこは止めるところでしょうよ。至極真面目にいう彼に笑うと、弦一郎も珍しくふわりと笑ったのだった。
*****
とりあえず今日で送迎を打ち止めにする、ということで部室まで弦一郎に送ってもらったは手首の具合を確認してジャージに着替え外に出るとこちらに走ってくる西田が見えた。
あ、あいつ捻挫したってのに走りやがって。しっかり怒ってやらないと!と構えたのだが、相手は満面の笑みを浮かべていてムッとしてるの顔すら気づかないようだった。
「先輩、聞いてください!俺、準レギュラーに選ばれたんです!!」
「え?…ええええええ?!マジで?!」
西田の報告を聞いて、そりゃそうかと納得した。先日の赤也との試合やその他の頑張りが認められて晴れて準レギュラーになれたらしい。それははしゃいでも仕方ない。私も嬉しい。
「やったじゃん!うっわ!おめでとー!!」
きゃーっと両手でハイタッチして喜びを噛み締めるが何かに気づいた西田があわあわと「先輩、ごめんなさい!」と左手を見てくる。
「大丈夫だいじょーぶ!これくらいどうってことないって!!…それよか、よかったねー」
「はい!これも先輩のお陰です!!」
「えー?私じゃないっしょ。西田が頑張ったからじゃん。おーよしよし」
「せ、先輩っやめてくださいよ!!」
よくやった、と少し上にある彼の頭を撫でれば恥ずかしそうに身じろいだ。赤くなって可愛いなー。
でもそうか。なら捻挫も早くしっかり完治させなきゃね、といえば西田は嬉しそうに頷いてくれた。いい笑顔だ。
「…おや。何かいいことでもありましたか?」
「!あ、柳生先輩…!」
ぽかぽかとした気分で西田と話し合っているとフッと背後に気配を感じたら柳生くんが声をかけてきた。いきなり現れた柳生くんに西田は「あ、俺戻ります!」と慌てた様子でコートに戻っていく。さっきよりも顔が赤くなかっただろうか。
「驚かせちゃダメじゃない」とまだ背後にいる彼にいってやれば「…そんなつもりはなかったのですが」といかにも申し訳なさそうな声で返された。
「ていうか柳生くんはこれから部活?」
「ええ、委員会で少々遅れましてね」
「委員会…?」
ええ、と頷く彼を肩ごしで見ればメガネをくいっと持ち上げ、「さんは西田くんと仲がよろしいんですね」と何気なく聞いてきた。
「うん。後輩の中ではダントツに一緒にいる時間が長いからね。今じゃ可愛い弟みたいなもんだよ」
「"弟"ですか?」
「うん。柳生くんは下にいなかったっけ?」
「弟はいませんが妹でしたら」
「妹かー。可愛い?」
「…可愛いかどうかはわかりませんが、良い妹だとは思っていますよ」
なんとなく、柳生くんに似たメガネをかけてる妹を想像してしまったがそれは黙っておこう。「さんはいらっしゃらないんですか?」という問いに「弟がいるよ」と返した。
「それで面倒見がよろしいんですね」
「どうかな?でも口煩いのは確かかも。それでいつも弟とケンカになるし」
でも柳生くんのところは全然想像できなくて「柳生くんとこはケンカしなさそうだよね」といえば「そんなことはありませんよ」と返された。マジでか。
「い、意外だ。想像できない…」
「そうですか?人並みだと思いますが…」
「だって仁王くんとダブルス組んで1回もケンカしてないんでしょ?」
家族と友達じゃずれるかもしれないけど、でもあの仁王と1度も言い争いにならないのはすごいと思う。ジャッカルと丸井だって一方的ではあるけど言い合ってることあるし。ていうか、私と赤也なんかダブルスでもないのにケンカ腰だし。
「仁王くんは話せばわかる人ですから」
「そうかもだけど…あの仁王くんだよ?……いや、柳生くんには誰も勝てないわ」
温和の代表のような人を見てると自分が恥ずかしくなってくる。すごいね〜と感心しながらも恥ずかしさで上がった体温を誤魔化そうと首を掻けばぴくりと変な感覚が走った。
痛い、というより神経がピンと引き攣るような感覚。まだ本調子でないな、と左手首を触っていると「これをどうぞ」と柳生くんが差し出してきた。
「リストバンド…?」
「包帯の上では邪魔になってしまうと思いますが…。その状態だと包帯をとってもうっかり痛めてしまいそうですからね」
目印替わりにどうぞ、と差し出してくるリストバンドには目を瞬かせ、「ありがとう」と礼を述べた。
「でも、いいや」
「そうですか?…別に、こっそりアンクルを仕込んでたりしてませんよ?」
「ううん。そんなんじゃないよ。柳生くんがそんな悪戯するわけないってわかってるし」
むしろそれをするのは君の相方だろう。
私が受け取れないのは別にある。だけどそれをここで素直にいってしまうのはまずいだろうな。下手したらお互い何もいわず意識してるだけかもしれないし。かといって柳生くんの好意を無にするのも得策じゃない。
というか。
「どっからそのリストバンド出したの?」
「え?……ポケット、ですが」
両手にしてあるリスバンドを見て不思議に思ったことをいえば、柳生くんが少し固まった。リストバンドの予備まで持ち歩いているのか。ハンカチとティッシュは入ってそうだと思ってたけど想像以上だな、柳生くん。
何だか四次元ポケットみたいだね、と笑えば「そ、そうですかね…?」とどもる彼。
うーん?なんだろうね。なんかおかしいね。そう思って柳生くんをじっと見つめていれば柳生くんが取り繕うように話題を変えてきた。やっぱりおかしい。柳生くんが委員会で遅れたってのも気になるし。弦一郎何もいってなかったのに。
「そ、そういえば、さんは仁王くんのことがお嫌いなのですか?」
「え?どしたの?いきなり」
「いえ、なんとなく気になりまして」
「……嫌いじゃないよ。変な人とは思ってるけど」
「変な人…」
「あとはモテ男?」
何考えてるのか掴みどころのない性格にメールを寄越してきても端的で温かみがない。悪い奴じゃ決してないんだけど、付き合いはそこそこだし結構我侭だしすぐ行方不明になる(部活以外)。
これでよくモテるもんだと最近頓に感じているがその辺も含めてファンの子達は大好きなんだろう。
仁王は超絶マメな忍足くんに謝った方がいいと思う。…まあ、忍足くんもモテると思うけどね。
そういえば、あれ以来ぱったりと連絡こないなあ。今迄がマメ過ぎたから余計にこの沈黙が怖過ぎて自分から連絡してないんだよね…。
「あのさ、柳生くん。ちょっと相談に乗ってもらえないかな?」
「私でよければ」
「メル友がいるんだけどさ。その人に本意じゃないメールを送っちゃったんだよね。しかもその相手怒っちゃったみたいで全然メールくれなくなってさ…私からメールすればいいってわかってはいるんだけど時間が経てば経つほどメールしづらくなって…でも、ちゃんと謝った方がいいよね?」
むしろ謝らなきゃダメだよね?と彼を見上げれば瞳が見えないようにくいっとメガネを持ち上げ光を反射させた。
「謝らなくてもいいと思いますよ」
「え?」
「さんは冗談のつもりでそのメールを送ったのでしょう?その真意も見抜けず無視するのだとしたら、まあ、それだけの相手だったということです」
「…そ、そうかな?」
随分辛辣な言葉に驚き柳生くんを見上げると、気づいたのか「少し出過ぎたことをいってしまいましたかね?」と居心地が悪そうにメガネを直した。そんな彼をマジマジと見つめてしまう。
「……柳生くん。頬、汚れてるよ」
「?どこですか?」
「そこ…あ、広がった」
「……取れましたか?」
「ううん。まだ残ってる……とってあげるからちょっと屈んで?」
「………」
手招きするに柳生くんは一瞬身体を強ばらせたが、が首を傾げると短く息を吐いて屈んでくれた。
私もそれなりに身長あるけどこのテニス部は大きな人が多い。バレーとかバスケやったら重宝されるだろうに。
「ちょっと触るね」と頬に手を添えればビクリと柳生くんの肩が揺れた。それを見ながらはそっと手を耳の上まで移動させると一気に髪とメガネを引っ張った。
「……」
「……」
「……」
「……何やってんのかな、仁王くん」
内心、ヅラでよかったーと安堵しながら目の前の曲者を見やるとバツが悪い顔で逸らされた。睨めっこなら速攻負けだぞ仁王くん。
「なぜ、わかった…といいたいところじゃが、自覚してるき。何もいわんでよか」
しょんぼりする仁王にそれ以上つっこむ気になれなくて、持ってたウィッグを手に「それにしても君の毛量でよく柳生くんのヅラ被れたね」と気遣ってあげれば「つっこむとこはそこじゃなか」と脱力された。
変装の噂は皆瀬さん伝に聞いてたけど実際見るのは初めてである。殆どわからなかったよ、と褒めれば「見破ったお前さんにいわれても嬉しくなか」と返された。傷は深いようだ。
「(うーん。何をいったら元気になるんだろうか)あ、じゃあそのリストバンドって仁王くんの?」
「…そうじゃが」
「貰ってもいい?」
目印になるもの、といわれて納得したしリストバンドをしてれば少しは補強にもなるだろう。柳生くんの変装をしてたとはいえ元々は仁王なのだ。その好意をもらっておこう、と思って手を差し出せば何故か躊躇された。
「え、何それ。実はあげる気なかったとか?」
「…そんなことは、ない」
何で標準語。さっきまでの親切心はどこへいったんだ。柳生くんの仮面つけないと何もできないのか!と文句をいえば渋々、といった感じでリストバンドを手渡された。有り難みが半減だよ仁王くん。
「…重っ」
「……」
「なにこれ………まさか、アンクルが入ってるんじゃ…っ」
「……プリ」
「仁王ーっお前謝れーっ!!柳生くんに土下座で謝れー!!!」
お前、私がたまたま正体わかったからよかったものの、そのままわからなかったらどうするつもりだったんだ?!…後でネタばらしするつもりだった、だと?!お前は面白がってあえていわない奴だろうが!!さすがの私でもわかるっての!
ずっしり感じる重みに仁王を睨みつければ素知らぬ顔でそっぽを向いた。
まったく、危うくアンクル付きのリストバンド付けるところだったよ。相手は偽物でも柳生くんだから私もおいそれと外せないし…それを狙ってこいつはいってきたんだろうか。しかも怪我した方につけろと…?!お前は悪魔か!
「ほんの、お遊びのつもりじゃったのに…」
「尚更タチ悪いわ!」
口を尖らせる仁王にこいつ全然反省してないな。と思ってとりあえず脇腹に怒りの鉄拳をお見舞いしておいた。逃げられたけど。
巻き込まれ事故。被害者柳生(笑)
2013.01.19