Good news.




□ 9 □




口に戸は立てられない、とはよくいったもので次の日学校行ったらテニス部全員に全部筒抜けになっていた。あんなでかい声で話してたら聞きたくなくても聞こえるだろうけど、どんだけ聞き耳立ててたんだよ君達は。


「でもお前もバカだよなー。逃げようと思ったら自分の靴紐につまづいて落ちるなんてよ」
「本当、先輩ってドン臭いっスよね」

柳に事情聴取された日、何でかレギュラー全員が聞きに来ていて全員に暴露しなきゃいけないという辱めを受けたは丸井と赤也の言葉を甘んじて受けていた。というかどうにでもしてくれ、な状態だ。

今日は部活ナシのミーティングの日で、は目の前にあるお菓子を黙々と食べている。ミーティングはもう終わっているのでさっさと帰らなければならないのだが、は風紀委員の仕事に行っている弦一郎を待たなくてはならなかった。


怪我をしてからというものの、変に責任感の強い彼は何かと付き添うようになって登下校や果てはお昼時間まで一緒にいることが増えた。移動教室ともなれば荷物もちに来ようとするからここ数日気が気でなかったのはいうまでもない。

結局ジャッカルを生贄にして授業関係は納得してもらったんだけど下校はみっちり監視されることになっている。


「もうジミー先輩じゃなくてドン先輩ですね」
「ドンって何だよ、ドンって」
「ドン臭いのドンですよ」

そんなこともわからないんスか?とせせら笑うバカ也に白い目を向けて奴が持ってきたというお菓子をむんずと掴んで食べてやった。ふっ早い者勝ちだよワカメくん。
現在部室に残っているのはと丸井、赤也に皆瀬さんだ。弦一郎と柳生くんは委員会で柳は生徒会。珍しくジャッカルが家の用事で帰ったのである意味異色メンバーだ。



「でも、骨折とかじゃなくてよかったね」
「まぁねー。それに利き手じゃなかっただけ有難い話だよ」
「あとどんくらいで治りそうなんだ?」
「あと1週間はこのままらしいよ。私的には突き指したギブスの方が早く取れてほしい」

痒くて仕方ないんだよね。と中指に収まってるギブスを撫でると「あー最近湿気多いもんね」と皆瀬さんが同意してくれた。この長雨のせいで余計に弦一郎が気を使っているのはいうまでもないだろう。

早く梅雨明けしてくれないかな、と窓を見ると「そういやよ、」とじゃがりこの蓋を開けた丸井がぼそりと呟いた。


「あいつらからは何もいってこないか?」
「いってきたら勇者でしょ。自分で認めたようなもんだし」

あいつら、というのはにケンカを売ってきた2人だ。ん?横田さんも入るかな?あの時も今も横田さんも逆恨みしてケンカ売ってきたのかわからない。仁王と別れたのはほぼ確定みたいだけど、接触もなくクラスも遠いこの状況では真相はわかりそうになかった。

まあ、嫌がらせもぱったりなくなったのだから良しとしよう。


「先輩はこのままでいいっていうんスか?」
「いいも何も…面倒なだけじゃん」

結果的には自滅だったし慰謝料取れるわけでもないし。やったからやり返すって不毛でしょ、と返せは「先輩ってドライっスね…」と零された。せめて大人といってくれ。



「…にしても、仁王先輩もにおー先輩っスよね。先輩残ってるのにシカトで帰っちまうんだから」

ギィっと背もたれに寄りかかり椅子を揺らした赤也は口を尖らせ速攻帰った仁王に不満を漏らす。そりゃこんな空気じゃいたくないよな、と達が思ったのはいうまでもない。
的にはオブラートに包んでおきたかったのだが、後輩達はしっかり"仁王の彼女とその友達がやった"といってしまった為、今仁王の立場はあまりよくない。

レギュラーはまあいつものことって思ってるみたいだけど、平部員の後輩との折り合いはあんまりよくないようだ。同学年の子達とあって仲がいい赤也は少なからずその余波を貰ってるようでことあるごとに仁王の不満を漏らしている。


当のも腹が立った勢いで『僕はテニスと結婚しました』という貼り紙を背中に貼り付けてやったが何故か1日中つけてたことに驚いた記憶がある。後ろを取られないよう警戒心バリバリな仁王が気づかないはずないって思ってたのに…。

もしかして少なからず申し訳なく思ってるんだろうか、と思ったら逆に悪い気がしてそれ以来何もしてないんだけど。


「そういや、仁王の奴今日もあの貼り紙つけてたなー」
「貼り紙って何スか?」
「ほら、がこっそり貼り付けたやつ。『僕はテニスと結婚しました』って紙!」
「…ぶっ!」
「ええ?!あれまだつけてるんスかぁ?」
「あ、それ私もカフェテリアで見た」

どこまでつけて歩いてるんだよ仁王!ていうか、最低限着替えの時に気づくだろ?!気づいてるよね?!むしろ気づいててあえて貼ってるいうの?!まさかのMプレイ?!
噴出しそうになったのを何とか飲み込むとミルクティーを一口飲んだ。何考えてるんだろあの詐欺師。



「でも部活とか体育の時とかに気づくもんっスよね?」
「だよなー。まあ、野郎の着替えなんてまじまじと見ねぇからあんまわからねーけど気づくとなんでか貼ってあるんだよなぁ」

「もしかして、先輩が貼ってるんじゃないっスかあ?」
「んなわけあるか!…ていうか丸井くん。仁王くんに剥がすようにいってくれないかな?むしろ君が剥がして捨ててくれないかな?」
「そうだなー。いい加減飽きてきたしな」
「じゃあ、次は何書いてはっつけます?」
「やめなさい。それじゃイジメでしょうが」

何ワクワクした顔でいってるの!身を乗り出しやる気満々の赤也にチョップをかませば「いってー!頭割れたー!」と小学生みたいな騒ぎ方で皆瀬さんに泣きついた。お前、それがやりたかっただけだろ。



「遅くなったな…む?貴様らまだ残っていたのか?ミーティングは終わっているのだぞ!」


ガチャリと入ってきた弦一郎に「お、やっと来た」と立ち上がった丸井はそそくさとお菓子を片付けていく。どうやら私に付き合って残ってくれてたらしい。
「丸井先輩。ゲーセン寄って行きません?」という赤也にもなんだか嬉しい気持ちで見送ってしまった。

丸井達と別れ、1人で帰るという皆瀬さんを心配する弦一郎を引っ張りようやく帰路に着くとは背の高い従兄をチラリと見やる。

「皆瀬は1人で大丈夫なのだろうか…」と珍しく紳士的な心配をしているが今頃柳生くんと一緒に帰ってるとは到底思っていないだろう。細やかなんだか鈍感なんだか、と笑えば弦一郎がこっちを見てきたので慌てて口をつぐんだ。


。重いようなら持つぞ」
「だから大丈夫だって。ていうか持ってるの傘しかないんだから」

心配性だね、弦ちゃんは。と笑えば厳つい顔を更にしかめて「その名で呼ぶな」と怒った。だって弦一郎なんて長いんだもん。そうぼやけば「親からもらった名だ。悪く言うな」と返された。へぇへぇ、お堅いことで。

「じゃあ"弦"」
「………」
「あはは。難しい顔してる」


他人が見たらどれも同じような顔だけど私にはわかる。ムッとすると少しだけ唇尖らせるんだよね。そんなこんなで未だ"弦ちゃん"と呼ばれる弦一郎と一緒に帰っているとメールが入ったらしくポケットから携帯を取り出した。

立ち止まった彼に習っても止まると携帯を見てる弦一郎を見ながら、弦一郎と携帯って合わないよなあ、とどうでもいいことを考えていた。



「何かいいことでもあった?」

最初、画面を凝視していた弦一郎が似合わずふわっと笑ったのを見て思わず声をかけると、その柔らかい表情のまま「ああ、」とこちらを見た。


「幸村の手術が成功したようだ」

「……そっか。よかったね」


なんとも嬉しそうな表情にも微笑んだ。嬉しいことだ。素直にそう思える。
でもそれと同時に自分のカウントダウンが始まった瞬間でもあった。





*****





朝からしとしとと降る雨の中、委員会の集まりでいない弦一郎を尻目に教室でゆっくりと昼ご飯を食べたは震える携帯に気づき開いた。

「もしもし?」
ちゃん?今大丈夫か?』
「え?!」

ろくに確認せず出てしまった自分も悪いけど教えた記憶がない人からの電話なら誰だってビックリするだろう。驚くに『ああやっぱり気づかんかったんやな』と笑うのは忍足くんだ。
どうやら事前にメールを送ったらしいんだけど返信がないから電話をくれたらしい。


「あ、ごめんね」
『かまへんよ。メール送ったのも10分前くらいやし』

それは気づきませんわ。どんだけ待ち構えてたんだ、と内心引いたが忍足くんだから仕方ないか、と思いなおした。もう少し話したそうにしてる忍足くんに席を立ったはあまり煩くない屋上に向かう階段へ移動した。

初めて会った時はメアド交換できなかったんだけど、後日弦一郎伝に跡部さんが連絡先を教えろというお達しをもらってまあ、彼ならいいかと教えてしまったのが始まりだった。その後はあれよあれよという間に忍足くんにアドレスが渡ってしまったという話だ。

こんなことなら渋る弦一郎の言葉を信じて断ればよかったよ。
いや、跡部さんじゃ断れないかな…。あの人、人の心を掌握するのめちゃうまいんだもん。文章なのに!簡単に乗せられた私も悪いけどさ。



『そうそう、幸村の手術、無事成功したんやってな。おめでとーさん』
「…それは本人にいいなよ」
『そんな敵に塩送るようなこと、俺がいうはずないやろ』

電話の向こうで笑う忍足くんに情報早いねー、といえば親が医者なんだと教えられた。わお。

『幸村の病気は厄介なものやったから、俺の親も関わってんねん』
「…じゃあ、経過もわかるの?」
『大方はな。手術の概要聞いたいうてたし…』
「大丈夫そう?……テニス、またできるよね?」
『本人次第やけど、できると思うで』

本人次第、は愚問やったな。と訂正する忍足くんにも「そうだね」と笑った。

成功したならきっと幸村はテニスをするだろう。どんなにリハビリが辛くても術後の経過に恐れがあっても。階段に座りながら嬉しいような泣きたいような気分になる。
なんだかな、と思いながら『ジローにもアドレス教えてええか?』という言葉にああもう勝手にしてください。と答えた。



あと5分で予鈴が鳴るところで携帯を閉まったは目の前を通り過ぎる人物に目を見張った。ゆらゆらと揺れる尻尾のような髪とひらめく背中の『僕はテニスと結婚しました』という紙にぎょっとしてしまう。

「ちょっ!仁王くん?!」
「…おー。お前さんかー」
「お前さんかー、じゃなくて!」

まだつけてたのか!と階段を駆け下りると背中に貼られてる紙を剥がそうと手を伸ばした。が、何故かひらりと逃げられてしまう。彼を見れば不思議そうにこっちを見てくる。こんにゃろう。
何度か攻防戦を繰り返してみたが掠りもせず、彼をじと目で睨めば「なんじゃ、怖いのぅ」と肩を竦められた。誰のせいだ誰の!


「背中!背中の紙!!いい加減取りなよ!」
「……何のことじゃ?」

おいおい!気づいてないとかいうのか?いや絶対違うだろう。普通の人だっていい加減気づくはずだ。もう1度背中に手を伸ばそうとしたが背中に回るどころか何度やっても仁王と向き合うことしかできない。

「あのね。背中に紙貼ってるの知ってるでしょ?!丸井くんとかにいわれたでしょ?!」
「…ピヨ」
「はぐらかさないの!わかってるなら取りなって。私が苛めてる気分になるからとってください」

1日なら反省しろ、という意味もあったけどそれ以上はやりすぎにしか思えない。じっと何考えてるんだかわからない仁王を見つめていると彼の視線がついっと下に逸れた。その先は吊られている左腕で、「それ、」と指される。


「まだ痛む?」
「?…全然。むしろ動かせなくて凝り固まってる感じはするけど」

手首はまだ動かせないが突き指した方はギブスも取れて少し動かせる。完治まではそれなりに時間がかかるといわれたし仕方ないと思っていたのだが仁王の顔色を伺う限りこの怪我を心配してくれてるらしい。



「そんな酷い怪我じゃないよ。落ちた時変な風に手をついちゃっただけだし、突き指も治りかけだし」
「でも、痛かったじゃろ?」
「………」
「………」
「……仁王くん」

怪我をしていない右手を上げ、仁王の頭にチョップをしようとしたらあっさりかわされた。こいつ…。

「当たろうよ」
「……条件反射じゃ」

まあ、わからなくないけど。なんだかなー。今の仁王梅雨みたいにじめじめしてるんだけど…。やっぱアレかなあ。気にしてるんだろうな。本人気にしてなくても周りが気にしてるから、変な余波でも受けちゃったんだろうな。

そう考えていると丁度予鈴が鳴り生徒達の走る音と声が聞こえる。けれどはその場から動かず、同じように留まる仁王を見上げた。
普段飄々としてるのに…もしかして繊細なのを隠す為の普段の行動なのかな。詐欺師なだけに。


「(随分優しい詐欺師だなぁ)仁王くん仁王くん。無関係な私がいうのもなんですが、ひとつ物申してもいいですか?」
「……かまわんよ」
「お付き合いするなら最後までちゃんと面倒みてあげてね」
「……」
「でないと、仁王くんも相手もみんな傷ついちゃうよ」



仁王と横田さんがどんな風に付き合ってどんな風に別れたかなんて知らないし知る必要もないけど今の私ならいってもいいと思う。

ぶっちゃけいい別れ方しなかった気がするし。
横田さんの友達がいってた「テニスの邪魔になるから付き合うな」とか、かなりいい線いってるんじゃないだろうか。皆瀬さんの言葉を信じるなら仁王は前の彼女を忘れられないでいる。それをやけくそになったのか見ないフリをしてるのかわからないけど他人で代用してるんだ。


代わりなんていないのに。


「幸村くんが帰ってきてもまだそんな顔してたら怒られるんじゃない?"仁王!お前は全国に行く気があるのか?!"…てね」
「…それは嫌じゃのぅ」

幸村が声を張り上げる姿なんて想像できなくて、むしろ弦一郎っぽくなってしまったと思ったが小さく笑った仁王を見てまあいいか、と思った。


階段を足早に下りていくとすぐ隣に仁王が来て追い越すのかと思ったらそのまま隣を歩いているので少し驚いた。どうせだ、と思って見えた背中の紙を引っぺがすと気づいた仁王が「セクハラじゃ」とその紙を奪われた。何でだ。

「俺が好きで貼っちょるん。悪戯は御法度ぜよ」
「はあ?御法度とか意味わからないし!…ていうか、私が気になるからやめてっていったじゃん」
「プリ」
「あーもう!そうやって誤魔化す!」
「ピヨ」

さっきまでの沈んだ雰囲気などどこかへ去ってしまったような顔には盛大に溜息を吐いて彼に向き直った。お互い教室が遠いからここでお別れだ。



「まったく、今度付き合う時はそういうところ気をつけなよ。今回怪我したのが私だったから良かったけど、友美ちゃんだったらシャレにならなかったんだから」

それだけ被害が大きくなるところだったんだぞ、と釘を刺せば眉を潜めた仁王が紙を持ってない方の手での頬を抓った。しかも結構強く。


「うっ…」
「安心せぃ。もう当分相手を作る気はなか。テニス1本じゃ」
「…ほ、ほぅ」
「というか、お前さんだったから良かったとかそういうこというんじゃなか」
「え…ひてて!」
「お前さんも立派なテニス部のマネージャーじゃろが」

そのままぱちん、といわんばかりに引っ張って放した仁王は踵を返し去って行く。
何も怒ることないし、と頬を擦りつつ思ったが、マネージャーと認めてくれてたんだ、という現実に何だか嬉しくなって笑ってしまった。


でも仁王、その紙は雰囲気台無しにするからせめて私が見てないところで貼ってよね。




詐欺師にぬかりはない。
2012.01.13