It is far and near.




□ 番外編・7月 □




4限目が終わりやっと昼だーっとはしゃぐ丸井とカフェテリアに向かっていると見覚えのある顔を見つけ立ち止まった。

「あ、じゃねーかよぃ」

仁王が立ち止まったのを見て丸井も同じように目を向ければ「女子はプールかよ。いいなぁ」とぼやく。持っていたビニールバッグとしっとり濡れた髪なので一目瞭然だがも同じように髪が濡れてるのは何故だろうか。


「あれ?って手ぇ怪我してたはずじゃね?」

確かまだ包帯が取れてなかったはずだ。同じように疑問に思った丸井は「おーい、ーっ」と大声で呼ぶと遠くにいたがビクッと肩を揺らしたのが見えた。しかし周りを見ても丸井の姿が見えなくて慌てているとこちらに気づいた彼女の友達が指をさしてきた。

それもそのはずでは1階の渡り廊下で仁王達がいるのは3階の廊下だ。
「何ー?」と返してくるにフッと口元が綻んだ。


「お前手ぇ怪我してるくせに何プール入ってんだよぃ!真田にチクっぞー!」
「げっ!それは勘弁!!あ、でも手首使わなきゃプールくらいならいいって病院の先生言ってたから大丈夫だと思うー」

なんとも曖昧な回答だ。だが真田には知られたくないのか「真田には穏便にー」と両手を合わせていた。これだけでかい声で喋っているのだから隠しても無駄だとは思うが。



「つか仁王。お前よくのこと見つけたな」

カフェテリアで大盛の日替わり定食を頬張りながらふと丸井がそんなことを零した。その隣では最近になって警戒を解いた赤也が「えっ先輩いるんスか?!」とキョロキョロと辺りを見回している。
ここじゃねーよ、というジャッカルにわかりやすく肩を落とす赤也を確認して丸井を見ると「なんとなくじゃ」と返した。

「思ったほど地味でもなかったしの」
「でも目立つって程でもなくね?」

あっちから声をかけてくるならともかくあんな遠い場所からよく見つけたもんだと丸井は素直に驚いていたが仁王は「さぁの」とご飯を頬張った。


「…知らぬ間に現れて自分のことを知られちょるのがどうにも気味が悪くてのぅ。なんとなく見てしまうんじゃ」
「ああ。お前が自己紹介した時赤也に悪戯してたからなぁ。それには平につきっきりだし顔合わすとしたら最初か帰りぐらいだしよ」

別に悪い奴じゃないし話してみればそこら辺の女より付き合いやすい。真田の従妹と聞いた時はそれは驚いたがだからマネージャーになったのかとかだから他の女と違うのかと妙に納得してしまった。


「そういや俺、変な噂聞いたんスけど」

が入った時にされた悪戯を思い出したのか赤也はムスっとした顔をしていたが、話を切り出すと周りの視線を気にしながらこっそり顔を近づけて「ジミー先輩と真田副部長が付き合ってるって噂があるんスよ」と真剣な顔で話した。

あまりにも真剣な顔に仁王達は「は?」と声を合わせた後、あまりの阿呆らしさに鼻で笑って食事を再開させた。


「んな!なんスかその馬鹿にした笑いは!」
「…お前よぉ。と真田がどういう関係かわかってるんだろぃ?」
「え?」
「あいつらは親戚関係だぞ」



細かくいえば親戚関係でも結婚云々は可能だが、それ以前にあの2人見ていればそんな空気など微塵もないとわかるだろう。むしろ兄妹にしか見えない。見た目だけなら年の離れた兄妹、もしくは親子だろう。
近くで見ていてそんなこともわからないのか?と丸井が赤也を馬鹿にするとワカメの後輩はむくれた顔で「だって、仕方ないじゃないっスか」とぼやく。

「学年だって違うし、部活だって違うようなもんだし」
「まあ、恋すると他のこと見えなくなっからなぁ」

懐かしいぜ、と遠い目をする丸井に赤也は顔を真っ赤にさせると「んなっち、違いますよ!」と怒鳴った。そいうところがイジられる原因なんじゃがの。


「あれ?赤也くんもこっち来てたんだ」
「あっ皆瀬先輩!」

ひょっこり顔を出した皆瀬に赤也が「ちわっス」と挨拶すると調理実習でクッキーを作ったから食べないか?と誘ってきた。その誘いに快く赤也が頷き、丸井達は自分達の分も持ってくるように指示して赤也を追い払った。


「…時々、赤也がと皆瀬どっちが好きなのかわからなくなる時があるんだけどよ…」
「あー…いや、皆瀬は優しい近所のお姉さんってとこだろうよぃ」

まるで尻尾でも振ってるかのようについていった赤也をジャッカルが訝しがるように見送っていたが丸井は「皆瀬は"憧れの先輩"だと思うぜ」と赤也が食べかけのまま置いていった生姜焼きを摘んで食べた。きっと赤也が帰ってくるまでに皿にある生姜焼きは全部丸井の腹に収まるのだろう。


「それより、と真田。そんな噂になってるのかよぃ」
「俺も初めて聞いたぜ?」

ありえねーよなーと笑う2人に仁王はぼんやりと聞いていた。確かに真田の動きは親戚以上というかヒナを守る親鳥よろしくな状態になっている。

普通、登下校一緒で荷物持ちまでするか?と疑問に思っていたが、と話す真田は赤也が引くほど表情が柔らかくて、ある意味新鮮だった。それにあれをしつこいと怒らないも真田に心を許してるように見えて少し羨ましい、と思った。



「………?」
「どうした?仁王」
「んー。いや?」

ぽつん、と浮かんだ言葉に首を傾げると気づいた丸井が声をかけてきたが、仁王もよくわからない顔で返すしかなかった。


「そういやあよ。仁王って今彼女いねーの?」

カフェテリアを出てそれぞれ別れて教室に帰る途中、丸井が突拍子もなくそんな質問を投げかけてきた。彼を見やれば皆瀬からもらったクッキーを頬張っていてどこにそれが吸収されてるのか少し不思議に思った。

「いなかよ。今はテニス一筋じゃ」
「ぶっマジかよぃ。あの張り紙のまんまじゃねーか」
「テニスと結婚したき。女はもうこりごりじゃ」
「ぶふっ!…仁王からそんな言葉聞くとは思ってなかったわ」

ケタケタと笑う丸井に仁王は何ともいえない顔で歩いていると「まあ、いいんじゃね?」と丸井が同意してきた。


「休息も必要だろぃ」
「…もう彼女は作らんよ」
「そりゃ無理じゃね?」

一生とまでは言わないまでも半永久的にいらない、と宣言したらあっさりと否定された。ニヤニヤと笑う丸井に思わずジト目で睨むと「そう自棄になんなよ」と肩を叩いてきた。

「こっちが呼ばなくてもどうせあっちから来るんだし、それとなーく選別してけばいい奴に巡り会えるかもしれないだろ?」
「…仙人みたいな話じゃのぅ」

丸井もそうなのか?と聞けば「俺は来るもの拒まず」とにっこり笑った。
そういえばコイツは本命と遊びを分けるタイプで、今は遊びの付き合いばかりだったと思い出した。



本命の時は一途で長いのだが遊びの時はスパンも短ければ縁の切り方も適当で失敗して2股、3股になったこともある。
仁王も似ているところがあるが違うところがあるとすれば丸井は自分よりも後に引きずらず、遊びの恋にも前向きだということだ。いいか悪いかは別としてそのアクティブさは羨ましい気もする。


「こういうのって意外と近くにあったりするもんだからよぃ。そうツンケンせずにどっしり構えてればいいんじゃね?」


俺達の人生、長いんだしよ。
気軽に肩を叩いた丸井に仁王はそういうものだろうか?と首を傾げるしかなかった。



*****



放課後、部活に行こうと教室に戻れば既に丸井の姿はなく置いていかれたのだとわかった。それはいつものことだったので特に気にすることもなかったが、机の上にある手紙を見て顔をしかめた。
多分呼び出しだろう。女子が好きそうな色の封筒を見なかったことにして隣の席の机の中に突っ込むと待ち合わせ場所になりそうなところをなるべく避けて部室に向かった。


「ぎゃあ!仁王くんっどっから出てくんのよ!」

裏道や人が通らない場所をくぐり抜け水飲み場に辿り着いたのだが、丁度目の前にがいて思いきり驚かれた。確かに人が出てくる場所じゃないが、その悲鳴はないだろう。

「え、何その傷…っていうかどこ通ったらそんな汚れるのよ」

埃まみれじゃない、と濡らしたタオルでどこかで傷つけた腕を拭っていく。どこを歩き回ってたんだと聞かれたので素直に答えたら「君は猫か!」とつっこまれた。


「うわっ蜘蛛の巣まで引っ掛かってんじゃん!」

ほら、しゃがんでしゃがんで!と甲斐甲斐しく腕を引っ張るにされるがまま屈むと彼女の指が髪を撫でていく。他人に頭を触られるのは好きじゃないが不思議とに触れられるのは嫌じゃなかった。多分、悪戯をしようとか考えていないからだろう。
を見ても彼女の視線は仁王の頭に向いていて、一生懸命蜘蛛の巣を取っている。


走り回っていたのかこの暑さのせいかのこめかみから汗が流れ落ちる。
それをぼんやりと眺めていると汗は首筋を辿り、光に反射した。


なんとなく、その汗が甘いように見えた。




「ん?何?もしかして痛かった?」
「…いや、何でもない、と思う」

声をかけられ、ハッと我に返った。思ってたよりも近い距離に驚いているとの目が合い、ドキリとした。今、自分は何をしようとした?


せんぱーい!暑いんで上だけ脱いでいいですかー?」
「は?ダメだっつってんでしょーが!グラウンド走らせるぞ!」

目を合わせたまま動けずにいると、コートの方から声がかかりの視線が逸れた。仁王もそちらを見ると後輩達が暑い暑いといってTシャツを脱ごうとしている。
別に暑ければ脱げばいいし、に断る前に真田か柳達に聞けばいいのに彼らは怒る彼女に伺いをたてていた。


「ギャー!風紀を乱すなーっ」

悲鳴をあげるに後輩達がケラケラと笑って逃げていく。きっとそのままテニスをするつもりなのだろう。そんな後輩達が捨てていったTシャツを拾い上げると「この馬鹿者共がーっ」と真田の真似のような声が響く。からかわれてるのに気づいているんだろうか?

を見れば怒ってはいるが口元は笑っていた。平部員の方はいつもこんな感じなのだろうか。


「あ、仁王くんっ」
「…なんじゃ、」
「それ、せめてシャワー浴びるかした方がいいよ!」

そのまま追いかけていくであろうを眺めていればくるりと振り返り、「プールのシャワー室なら空いてるし見つからないと思う!」そういってはコートの方へと走って行った。

「…お節介な女じゃの」

彼女が見えなくなった水飲み場で仁王は頭を掻きそんなことを呟いた。脳裏ではポツリと丸井の言葉が浮かんだがなんとも言えない顔になって、それからゆったりとプールがある方へと歩き出したのだった。




無自覚だった頃。
2013.01.20