Summer starts.




□ 14 □




空の青さが美しく映える日に、は熱気が溢れるコートに来ていた。我ら立海も危なげなく勝ち進み晴れて関東大会に望むことになった。
応援も含めて部員全員がこの会場に来ている為サツキも同じようにこの場に立っている。立海の夏服を身にまとい、今は皆瀬さんと一緒にビデオの確認をしていた。


「友美ちゃん。全部渡ったよ」
「じゃあ、ペアになってリストにあるとおりの試合を録画してきてね」
「テープやバッテリーがなくなったらここに戻って来くるんだよ。予備があるから」
「「「はい!」」」

録画班はと皆瀬さんの他に平部員数人で目ぼしい試合を録画することになっている。父母会に頼むことも考えたが関東大会で立海が負けるのはないに等しいだろう、という柳のお墨付きで今回は部員が行うことになった。

カメラの使い方を確認しているとアップを終えたらしいレギュラー陣が戻ってきた。


「お疲れー」
「おう。使い方はもう覚えたか?」
「なんとか。一応説明書も持ってくつもり」
「なんだ。は俺達んとこの録画班じゃねぇのか」
「うん。こっちは友美ちゃんが撮ってくれるよ」
「お前さんはどこ担当になったんじゃ?」

寄ってきたのは丸井と仁王でぺらりとリストを見せればなんともいえない顔で2人が黙り込んだ。


「マジかよぃ。本当に行くのか?」
「…行かなきゃ撮れないし。でもどうせ紛れて撮ることになるだろうから」

眉を寄せる丸井に肩を竦めたはリストを改めて見て溜息を吐いた。強豪校だから仕方ないけどよりにもよって氷帝対青学の試合とはね。
不憫そうに見てくる2人にも肩を竦め苦笑した。結局まだ忍足くんに連絡してないんだよね。

ジローくんとは時々メールするけど、忍足くんの話題全然出ないし。やっぱり怒ってるのかな。お腹痛いな、と考えていると「」と呼ばれ振り返った。



見れば夏の青空に映える立海のレギュラージャージに身を包んだジャッカルがいたのだが、しきりに後ろを気にしていて落ち着きがなかった。何度か後ろに声をかけているので首を伸ばすとクネクネとした髪が見え、ワカメだ。と思った。否、赤也だ、と思った。

どうやら赤也がに用事があるらしくジャッカルが何度も話しかけてるんだけど一向に彼の背中から出てこない。そんな不可思議な行動をとってる赤也に首を傾げていると「さっさとしろぃ。男だろ!」と丸井が叱ってきた。


「嫌です!ていうか、俺帰ります!!」
「ここまで来てどこに帰るっていうんだよ!」

ずっとジャッカルの後ろで口喧嘩をしてるつもりだろうか。
そういえば赤也とは選抜大会以降まともに顔すら合わせてなかったな。大会用の練習メニューになってからレギュラーとは殆ど接触なかったから仕方ないんだけど。そのお陰で私の心はとても平穏だったよ、赤也くん。


「赤也、ここまで来たんだ!腹括れ!!」
「嫌っス!!何でジャッカル先輩にいわれなきゃならないんスか!俺は頼んでねーっス!」
「あのなあ!一緒に来て欲しいっていったのはオメーだろうが!!」
「いってねーっスよ!何聞き間違えてるんスか!!もう痴呆になったんスか?施設行ったらどうっスか!」

お前なあ!と呆れるジャッカルにどうしたらいいのかわからなくて丸井に助けを求めれば「ああ、あれな」とうんざりした顔で肩を竦めた。


「赤也がずっと不貞腐れて困ってんだよ」
「不貞腐れてねーっス!!」
「今日の試合に出たくねーとか、腹がいてーとか、どーせ俺なんてとかとか、ジャッカルの頭が眩しいとか」
「俺は関係ねーだろーが!!」
「とにかく、ぐだぐだうるさくてよー」
「聞けよ!!」



ジャッカルのつっこみを綺麗にスルーした丸井は「赤也、」と隠れるワカメを呼んだ。
それでも出てこない赤也にジャッカルが見かねて無理矢理の前に押し出すと「なにするんスか!」「暴力反対!」「つか、触んな!ジャッカルのくせに!!」と騒いでいた赤也が一気に大人しくなった。

拗ねるように視線を下げたまま動かない喋らない赤也に困って丸井を見ると彼は面倒くさそうに頭を掻いた。

「こいつ、お前に応援してほしいんだと」
「はあ?!ち、違いますよ!!そんなわけないじゃないっスか!!誰がこんな奴の応援なんか!!」
「お前は少し黙ってろぃ。ま、面倒だと思うが適当に元気づけてやってくんね?」
「面倒ってなんスか!つか、そんなんいらっ…もが」


ジャッカルに口を塞がれてる赤也を尻目に私が?と丸井に問えば大きく頷かれた。
こういう場合、私じゃなくて皆瀬さんじゃないのか?そう思ってジャッカルと仁王を見てみたがに同意してくれる人がいなかった。

に応援してもらえねーと今日の試合勝てねーんだと」
「っもがもが…!」
「…違うっていってない?」
「いや、こんな顔してるが心の中は応援してほしいって思って…いてぇ!」
「うっさいっスよ!マジうぜーっス!ジャッカル先輩!油性マジックでその頭に世界地図描きますよ!!」

「…なんだ。大丈夫そうじゃん」


きゃんきゃんとジャッカルに噛み付く赤也に小さく笑えば何故か黙ってしまう。ちらりと伺うように見てくる赤也に「まあ、頑張りたまえ」と軽く言えば「軽っ!!」とつっこまれた。なんとも落ち着かない赤也である。
試合前だしな、と悩んでいると隣にいた仁王が覗き込んできた。

「決勝は合流できるんじゃろ?」
「さすがに決勝はね。ビデオ撮ってるかもしれないけど見れるとは思うよ」



逆にいえばリストを見る限り、決勝まで自分の学校を応援できないのだが。…それにしても仁王も決勝、ないし優勝できると思ってるんだ。すごいな。

「そんなわけだから、先輩達の足引っ張らないようにちゃんと勝って決勝戦に出るんだよ」


いいわね。と赤也を見ていってやれば奴は大きく目を見開いた後もごもごと口を動かし、何か悪態でもつくのかと思ったが何も言わず「そんなの、当たり前っスよ」と俯いてしまった。
皆瀬さんみたいに優しい激励じゃないから拗ねたのかと思ったけど「あれは照れてるんじゃ」という仁王の言葉にそういうことにしておこう、と思った。

試合前だし今日の赤也はあまりつつかない方がいいだろう。特に私じゃ怒らせることしか出来ないしね。
後は友美ちゃんに任せよう、そう思って時計を見てさも時間が来たようにその場を離れると仁王に声をかけられた。


「?どうしたの?」


追いかけてきた仁王に驚き振り返れば「これ、やるき」と黒の、いつも仁王が使っているようなリストバンドを差し出された。そう、リストバンドである。


「………あ、軽い」
「…お前さん。まだ根に持っとったんか」

不審に思いながらも受け取ればあの時の重さはなく手触りもよかった。思わず「おお、」と声をあげれば「貸してみんしゃい」と左手を取られ、リストバンドをはめてくれた。包帯を巻いてることに慣れてしまって、最近とれてちょっとだけ寂しいなって思ってたけどこれはいい感じだ。落ち着く。



「きつくなか?」
「うん。丁度いい感じ…でも、いいの?後で返した方がいい?」
「返さんでよか。お前さんが気に入ったならそのままやるぜよ」

ワンポイントのマークが入っただけのシンプルなリストバンドだが、しきりに眺めはしゃいだ。「なんか、スポーツ出来る人っぽくない?」といえば「お前さんじゃケガばっかりしてそうじゃ」と笑われた。失礼な、そこまで運動音痴じゃありませんよ。


「でも、うん。ありがとう……ん?あれ?ということはもしかして仁王くんとお揃い?」
「まあ、そうじゃな」
「……なんか、照れるね」

満足気味に自分の左手首を眺めていたがふと仁王の手首にもあるリストバンドを見てはた、と気がついた。これだけの選手がいるんだから同じメーカーのリストバンドをしてる確率は大いにあるだろうけど見知りの人とお揃いというのはちょっと気恥ずかしい。

照れ隠しに笑えば「今更じゃのぅ」と呆れた顔をされた。



*****



コートに着くと既に氷帝の生徒で賑わっていて、はカメラを抱え後輩の立海生を探した。
「先輩!こっちです!!」
「遅れてごめんねー!うひゃー本当に氷帝一色だねー」

合流した後輩がいた場所は選手とボールの軌道がよく見える位置で、脚立を立てカメラをセットした。周りでは「あれ立海じゃね?」と達を見て囁いている。さすが強豪・立海ですね。


「俺1人だったら肩身狭くて泣くところでしたよ」
「そこまでか!…気持ちはわかるけどね。でもあっちは撮らなくていいのかな?」
「反対側は西田達がいますよ」
「あ、西田達こっちになったんだ」
「氷帝と青学は注目カードですから」

柳先輩もしっかり撮ってくるようにって念押してましたよ。といわれ、「へぇ〜」と感心した。氷帝はわかるけど青学も強いんだ。まだまだ知らないことだらけだな、と考えていると携帯が震え皆瀬さんかと思って急いで応対した。


『俺だ』
「……はい?」
『…跡部だ』
「へ?………あ、ああ跡部さん?!」

なぜ跡部さん?!てっきり皆瀬さんかと思ったら男の人でビックリしたけど跡部さんと聞いてさらに驚いた。何で今ここで電話がかかってきたんだろうか。

『今どこにいる?』
「えっと、」
『会場にはいるんだろ?』
「え……はい」
『じゃあ今すぐ氷帝がいるコートに来い』
いや、既にいますが。
「い、いるにはいるんですが、私録画班でして…」
『なら、近くにいるな。おい樺地!を探してこい!』

えええええええっ?!ちょ!何言ってるんですか!跡部さん!!しかも他人使ってるし!!いや跡部さんだから仕方ないけど!



「えっと、試合が終わってからじゃダメですか?」
『それじゃ遅ぇんだよ』
「……」
『その録画、1人じゃねぇんだろ?最低2人で撮ってるよな?』
「はい。そうですね」
『わかった』

そういって跡部さんはぶちりと通話を切ってしまいました。相変わらず自分勝手な人である。「大丈夫ですか?」と心配してくれる後輩に曖昧な顔で笑うと背中の方からざわめきが聞こえてきた。

つられるように振り返れば、人垣で割れた氷帝の生徒の奥にこれまた輝かしいオーラを持った人物が颯爽と歩いてくる。その人物を見た途端「うわ、早っ」と零してしまった。通話切ってから数分も経ってないよ?!


「よお。怪我をしたって聞いたが元気そうじゃねぇーか。アーン?」
「ご、ご無沙汰をしております」

その情報、筒抜けだったんですね…!目の前で立ち止まった輝きに目が眩みそうになったが、なんとか挨拶すると「挨拶はいい。ちょっと来い」といって掴んだの手を引っ張った。

「え、あの!」
「わかってる。おいお前ら、しばらくの間録画の手伝いをしてやれ」
「「はい!」」


がいおうとしたことを先読みした跡部さんは周りにいた氷帝生に命令してさっさと歩いて行く。彼に引っ張られてる私といえば展開について行けず、取り残された後輩も呆然としたままを見送っていた。

「え、ちょっと!跡部さん?私、仕事が」
「後にしろ」
「か、勝手すぎますよ!さすがに!!」

ぐいっと腕を引っ張ればコートの入口で跡部さんが止まり、振り返った。至近距離だと彼のオーラに生気を吸い取られてる気分になる。しかも逃げれないし。
とりあえず手を離してもらえないかな、と思っていると跡部さんの視線がコートの方に移り、も習うようにそちらを見やった。



「…っお、お、忍足、くん…」

観客席でこっちを見上げていた忍足くんには反射的に跡部さんの後ろに隠れた。いや、悪いのは私なんだけど…。驚いたように固まってる生の忍足くん見たら思わず逃げてしまったのだ。

「…あ、」
「俺を盾にしてんじゃねーよ。いい加減ちゃんと話し合え」


手を離されたかと思ったらあっさり逃げられ、忍足くんから丸見えになってしまった。この辺の事情も筒抜けのようである。さすが跡部さんだ。「忍足!5分くれてやるからさっさと話してこい」と男前に言い放って跡部さんはさっさと階段を下りていってしまった。

残されたのは隠れられないフェンスだけで、ゆっくり上がってきた忍足くんと向き合うことになった。

「………久しぶり、やな」
「………そうですね」

き、気まずい…!いざ向き合ってみたけどお互いの視線は噛み合わないままだ。しかも背を向けてる忍足くんには見えないだろうが私にはバッチリ見えている。
聞き耳ならぬ覗き見する気満々の氷帝レギュラーがこっち見てるんですけど!

ああもう、気まずい上に羞恥プレイとかマジありえないんですけど!!こんな状態で何を話せと?!と悪態をついていると忍足くんの方から話を切り出してくれた。


「あんな。メールの返信見たんやけど……あんなん送ってホンマゴメンな?」
「あ、い、いえ…っあれは私のミスというか、私じゃないというか…」
「そんでな。あの後何回か電話とメール送ったんやけど」
「…え?!」
「全部返ってきてしもうて」
「ええっ?!」
「ジローや跡部のメールは届くいうのに俺だけ届かへんのやけど…それってやっぱり」
「まままま、待って!ちょっとだけ待ってもらえる?!」



しょんぼりと話す忍足くんには慌てて携帯を取り出し、着信拒否のリストを確認した。迷惑メールのブロックはよく使うけど着信拒否は意外と使ったことがない。
そのせいで見つけるのにちょっとだけ時間がかかったけど、見つけたアドレスに血の気が引いた。
仁王おおおおおおおおおおっお前かああああああああああああっ!!!!


「忍足くん!」
「な、なん?」
「ごめん!今回のことは全面的に私が悪い!!」

このとおり!と手を合わせれば目を瞬かせた忍足くんが「俺が送った画像ウザかったんちゃうん?」と確認してきた。確かに時々うざいな、とは思うけど着信拒否するほどじゃない。


「そんなことないよ!全然!むしろ話し相手になってもらえて嬉しいし!!」
「!そうなん?ほなら、またメール送ってもええか?」
「うん!今度はちゃんと届くから!」
「なら、また写メ送ってもええ?」
「勿論!」
「たまに授業中にメールするかもしぃへんけど、ええか?」
「うん。返信は遅くなるかもだけどちゃんと返すよ!」
「連投しても全部見てくれるか?」
「う、うん!見る見る!」
「…ほなら、自画撮りした写メにもちゃんと返信してくれるか?」
「……っう、うん…」


……やっぱり、気にしてたのか。さっきの憔悴しきった顔とは裏腹ににっこり微笑む忍足くんの笑顔は黒い。意外と根に持つタイプなんですね、と引きつった顔で頷けば「冗談や」と笑われた。

「(冗談に聞こえないとこがタチ悪いよね…)本当ゴメンね。私もメールしようとは思ってたんだけどあんなメールの手前なんて謝ったらいいのかわからなくなっちゃって…」

時間は過ぎるし忍足くんから連絡来ないし。そりゃ着信拒否してたらそうなるよね、とカラ笑いすれば、訝しがるように忍足くんが眉をひそめた。



「もしかして設定したん、自分じゃあらへんのか?」
「あーうん。実は…」
「誰?」
「え……………………に、仁王くん?」

いっていいか迷ったが別にあいつを庇う必要はどこにもない。そう思ったけど堂々という気にはなれなくてこっそりいえば「ほう、」と忍足くんの目が底冷えするような光を放ち細くなる。


「侑士ーそろそろ出番だぜー」

一瞬背筋が寒くなったような気がして腕を摩ると試合の時間になったのか忍足くんが背を向け、肩ごしに振り返った。階段の下の方では、声かけたおかっぱくんが解すようにストレッチをしている。

ちゃん。最後まで俺の試合見たってな」
「あ、うん。頑張ってね」
「勿論や」


さっきの顔とは裏腹な、にっこり笑う彼の笑顔は本当に綺麗で、今日1番の輝きに見えた。意気揚々と戦地に向かう忍足くんを送り出すとその奥にいる跡部さんの姿を捉えた。
満足そうに口元を釣り上げる彼と目が合って、跡部さんも人がいいなあ、と笑ったのだった。




ストーカー育成中や。
2013.01.20