Sermon.




□ 15 □




始まった関東大会は波乱の幕開けとなった。
決勝で立海と当たると思われていた氷帝が敗れたのだ。

練習試合でも先程まで見ていた戦いでも彼らは強かったと思う。でも、青学も強かった。どこがどう、という細かい説明はできないけど勢いに乗る感じ、とでもいおうか。
確実に構成された氷帝に対して青学は未知数の気迫を感じた。

データを見る限り去年とほぼ同じメンバーなのに何が起こったんだろうか。もしかして凄い後輩が入ってきたのだろうか。それがあの越前くんなのだろうか。


機は熟した、といわんばかりに動き出したチームは恐れを知らない。それは2年前にも見ている。幸村達だ。それと同じような光景を今まさに見ているような気がしてはゾクリとした肌を摩った。


「にしても、お前も付き合いいいよなー。つーか人良すぎ」
「そうかな?」
「だって俺ですら面倒くせぇって思うんだぜ?彼女ならまだしもよ」

俺ここまで付き合いいい奴初めて見たぜ、と感心する岳人くんには引きつった顔で笑った。私だって面倒くさいよ。


激戦の氷帝対青学戦が終わり、駒を進めた青学は順調に勝ち進んで今、六角中と戦っている。録画班のも追いかけるように試合を見ているのだが、なぜか録画そっちのけで岳人くんと世間話をしている。

自分達を破った青学だし、もしかしたら立海と当たることになるかもしれないから見に来るのはわかるんだけどさ。何故ここなんだ?見る場所他にもいっぱいあるでしょうが。


「岳人。そういうことは本人がいないとこでしいや」
「…あの、試合見なくていいの?」

岳人くんのすぐ隣には先程和解できた忍足くんがいる。呆れた顔で見やる忍足くんに岳人くんは「だって本当のことだろ?」とさらりと毒を吐いた。ダブルスはみんなこんな感じなんだろうか。



ジローくんを起こす係までやりきったは試合後、忍足くん達と一旦別れたのだがまさかこんなに早く合流するとは思ってもみなかった。
岳人くんは忍足くんと和解したことで私に興味を持ってくれたみたいで彼から声をかけてくれたのだ。

しかし、一言目が「お前、侑士と付き合ってんのか?」と聞かれた時はビックリしたよ。何がどうしてそうなったのかわからないけど、連絡不能だった間随分迷惑をかけたらしい。
想像以上の落ち込みっぷりに彼女にフラレたんだと思ってたようだ。そんなこと天変地異が起こってもありえないから安心してください。

流れで自己紹介したら「むかい?むかひ?」と聞き返した際に、いいにくいだろうから名前でいいとお許しをいただき今に至る。
氷帝は全体的にフットワークが軽い人が多いようだ。実際岳人くん身軽にぽんぽん飛んでたしね。


「ったく、こっちにいたのか」
「あ、跡部さん」
「おい。テメェ何度も俺様に探させるんじゃねーよ、アーン?」
「ええ?!わ、私ですか?!」
「おー跡部。そっちはどうだったんや?」

後輩に申し訳ないと思いながらも岳人くん達と話していれば、跡部さんが髪をかきあげながらこちらに歩み寄ってくる。どうやら六海の方に行っていたらしい。後ろにいる大きな樺地くんを連れてこちらに来た跡部さんはそのまま私の隣で立ち止まった。

ていうか集合場所、ここなんですか?後ろの木の根元にはジローくんも寝転んでるし一気に氷帝の人口密度増えたな、とこっそり後輩と目配せしていると跡部さんに小突かれた。え、私が悪いの?


「相手は不動峰やったか?そっちの試合もう終わったんか?」
「いや、試合はまだ終わっちゃいねーが決まったも同然だろ」

今年の立海は強いぜ、と跡部さんに言わしめた弦一郎達には自分のことのように嬉しくなった。次の言葉を待ち望むように跡部さんを見上げれば、彼はちらりと視線を寄越してくる。


「幸村はまだ試合に出れそうにねぇのか?」
「え、う、うん。出れても全国からじゃないかって柳くんがいってましたよ」
「何かあったんか?」
「……いや。特にこれといったことはねぇが、立海にしちゃ随分と鬼気迫る試合をすると思ってな」
「…ほう」
「まるで崖っぷちでテニスしてるみたいだったぜ」
「…それってもしかして部長の幸村がいないからか?」

意味深な言葉に岳人くんが口を挟むと「だろうな」と跡部さんが腕を組んだ。



「奴ら3年は今年で最後だ。全国行く為に1つも取りこぼさねぇ気持ちで試合に臨んでるんだろうぜ……だが、幸村がいねぇくらいで統率が乱れるようじゃ立海も大したことねぇな」

審判のコールが響く中、跡部さんはコートを見つめたまま鼻で笑った。確かに今日の大会に臨む弦一郎達の気合はいつも以上だけど、でも最後というのは跡部さん達も同じことだ。
その彼がそこまでいうほど、立海は荒れているんだろうか。試合を見ていないにはいまいちピンと来なくて不安だけが胸に広がった。



*****



青学対六角の試合は無事青学の勝利に終わり、はその報告のため急いでカメラを片付け集合場所へと向かった。脳裏では跡部さんの言葉が気になって、逸る気持ちを抑えつつ六海がいる所へ向かうとその不安が的中したような事件が起こっていた。

カメラの映像を皆瀬さんや柳と確認しつつ不動峰戦の話になったのだが、赤也の対戦相手が怪我をしたというのだ。その映像を流して見たがボールに当たったというアクシデントではなかった。

けれど胸に巣食う違和感は拭えない。


「柳先輩、皆瀬先輩、こっち終わりましたーって、ジミー先輩戻ってたんスか?」
「赤也…」
「つーか、俺レギュラーなのに何で仕事押し付けられるんスか?平にやらせましょうよ。あ、それ俺の試合じゃないっスか!……何スか?俺のことじっと見て…」

惚れないでくださいよ、とが見ていた試合を覗き込み軽口をいう赤也に、どういう試合の流れだったか説明してもらった。これだから初心者は、と嗜める赤也にイラっとしたけど我慢して耳を傾ける。

自慢気に語られた試合は全てが赤也に都合よく解釈されていたが聞きたいことは簡単に教えてくれた。この口の軽さがこの子の欠点で愛すべきところなんだろうけど。


「最後の方なんかボールに追いつけなくなってて!あれで部長っていうんだから笑っちまうぜ」
「…要するに、あんたはわざと怪我した足に負担がかかるように試合したってこと?」
「まあそうっスね。けど、試合ではよくあることっスよ。それに、怪我してなくともあいつには負ける気しなかったし」

頭の後ろで手を組み、ケタケタと笑う赤也には息を吐くと柳に「ちょっと赤也借りるよ」といって赤也の腕を引っ張った。

「え、ちょっと!なんスか先輩!!」
「ちょっと付き合って」
「俺、これから試合なんスよ。しかも決勝!!」
「わかってる。それまでは終わるから」



試合に勝って上機嫌なのか、テンションが上がってて歯止めがきかない状態なのか少し顔が赤い。その赤也を連れて歩いていくと正門に続く道の途中で黒ジャージ集団が見えた。
そのジャージがどこの学校かわかったのか赤也の腕が大きく揺れる。振り払われないようにしっかり掴み直したはそのまま黒ジャージの不動峰へと近づいていく。

するとこちらに気づいた不動峰の子達も赤也を見るなり顔が険しくなった。
ああ、やっぱり。彼らの顔を見て確信してしまった。


「何しに来やがった」
「…来たくて来たんじゃねーよ」
「んだと?!」
「あの、私立海のマネージャーをしてるですが、」

早速睨みつける赤也の前へ出て隠すように自己紹介をすれば「…立海のマネージャーが何の用?」と冷たく返された。よかった。怖いけど話はしてくれるようだ。

「ぶ、部長の橘くんの怪我、どうですか?」
「……さっき、救急車が来て運んでもらったとこ。だから詳しいことは俺達もわかんねぇよ」
「…ケッ足の怪我くらいで大袈裟なんだよ」
「っ?!…テメ!もういっぺんいってみろ?!」
「赤也!!」


火に油を注ごうとする赤也に慌ててワカメ頭を掴むと、力いっぱい下にさげさせた。「いてっ」と変な音と一緒に叫ばれたが見なかったことにしておこう。90度以上赤也の腰を曲げさせて、も一緒に頭を下げた。


「さっきは試合とはいえ、すみませんでした!!」


すぐ隣では「んなっ」とか「何いってるんスか先輩!」、「バカか!」と騒ぐワカメがいるけど無視。マネージャー仕事で鍛えた腕力舐めんなよ。絶対この手は放さないからな。



「……謝られたって、橘さんの怪我がよくなるわけじゃねぇ」
「うん。わかってます」
ゆっくりと顔をあげれば、まだ睨まれてはいるけどピリピリとしたものは和らいでる気がした。

「迷惑だって思うかもしれないけど、できれば橘くんの連絡先、教えてもらえないかな?彼にもちゃんと謝罪したいし」
「なっ俺は嫌っスよ?!謝る気なんかな…っ」
「私が責任もってこいつ連れて詫びさせに行くから。お願いします」

口答えしようとした赤也を握力でもって黙らせもう一度頭を下げれば、不動峰の子達はしばらく考えた後顔を見合わせ「わかった。そこまでいうなら…」と頷いてくれた。


後日連絡先を教えてもらう、と約束してとりあえず神尾くんとアドレス交換をしたはすぐに彼らと別れたのだが、後ろを歩くワカメは終始不機嫌だった。


「つか、先輩バカでしょ?何で謝るんスか。あんなの普通に見たってただの自滅なんスよ?」


謝る意味がわからない、と不満をいう赤也には立ち止まって彼と向き合った。
不貞腐れてます、といわんばかりにポケットに手を突っ込みこっちを睨む赤也に、は短く息を吐いて静かに彼の名を呼んだ。

「確かにルール上は問題ないかもしれないけど、でも私が嫌だったの」
「…何スか、それ」
「……その格好、仁王くんの真似してるみたいだよ?」

背を丸めていかにも態度悪いです、という格好を指摘すればむくれた顔のままポケットから手を出した。似てるといわれるのは嫌なのか。


「あんなプレイして喜ぶ人がいないってことくらいはわかるでしょ」
「だーかーら、あれは作戦であって」
「赤也、」



試合の駆け引きはよくわからない。
でもスポーツってテニスって最後は心地いいものじゃないだろうか。
勝っても負けても互いが気持ちよく終われるのが正しい試合なんじゃないだろうか。

作戦として必要でも相手に怪我をさせていいとは思えない。脳裏にまた跡部くんの言葉が浮かんだ。苛々と睨んでくる赤也には諭すように再度彼の名を呼んだ。

「こういう試合、するんだったらここまでやる覚悟で臨みな。でなきゃ後で痛い目見るよ」
「……は?」
「アンタだって次の試合あるのに怪我して出れなくなったら嫌でしょ」


きっと次の3位決定戦に橘くんは出れないだろう。故障で出れなくて悔しい思いをしてる姿はもうたくさんだ。あんな寂しそうな顔、誰だって見たくない。
病室のベッドでぽつんと窓の外を眺める横顔を思い出して、ぎゅっと胸が締め付けられる。気持ちはみんな一緒なのにね。


「…怒ってるんじゃねぇのかよ」
「怒ってるわよ。あんなことして笑ってられるアンタの神経を疑った」
「…っ」
「でも、私はテニスのことみんなよりわかってないし、コートに立ってるアンタの気持ちもわかってあげられない」

勝って喜ぶことや負けて一緒に悔しがるくらいしか部外者の私にはできない。


「でももし赤也が同じ目にあって相手が笑ってたら、私は許せなくて怒ると思う」


だからこの意見は応援席のものだ。同じコートに立つ者の意見じゃない。
きっと弦一郎達もこの気持ちはわからない。

まっすぐ赤也を見ていえば、彼は大きく目を見開き驚いてるようだった。



「お…怒るんスか?」
「うん」
「俺が怪我したら…」
「当たり前でしょ」

頷いたに赤也は黙り込んでしまった。
もしかして怪我する自分が想像できないんじゃないだろうか。

そうだ、これから決勝戦なのに変に考え込ませたら柳と弦一郎に怒られる。それでなくても今日の赤也は不審な動きが多いのに。


「あ、いや。あくまでもしかしたらって話だよ。赤也は練習みっちりやってるし、真田達の特訓にもついて行ってるし!十分強いと思うし!」
「え?…あ、まあそうっスね」
「…赤也?」

なんか、どんどん顔赤くなってるけど大丈夫か?知恵熱か?


「や、えと………嬉しいっス。その、スンマセンでした」

上の空に返す赤也を心配そうに見ていればポツリとありえない言葉を聞いて耳を疑った。こいつ今謝ったよ!謝る相手間違ってるけど!!
天変地異か?!とまじまじ見ていれば、照れた顔を歪め「何スか」と睨んでくる。ああ、一瞬で終わっちゃったな。


「……うん、わかればよろしい」

赤也の言葉には驚いたけど、自分の言葉が伝わったのが素直に嬉しくて頭を撫でてやれば彼は赤い顔のまま固まってしまった。


その後、何気に初めて見る赤也のプレイスタイルにの顔が青くなったのはまた別の話。




赤也は基本都合のいいことしか覚えません。
2013.01.20