You know what?




□ 16 □




3年の夏休みで受験は決まる!といううちの担任のありがたくないお言葉によりは部活以外も学校に来ていた。夏期講習というやつである。外部を受けたいといったらそういう流れになってしまった。

宿題だけでも嫌なのに学校に来てまた勉強って…そう思いながら指定された教室に入ると見知らぬ顔がポツポツいてなんとも寂しい勉強になりそうだと思った。
空いてる席に着き震える携帯を開けば忍足くんからのメールで『今山の中やねん』と古めかしいロッジと山が写った写メが届いた。羨ましいことである。

何も返せるようなネタはなかったが返事をしないのも悪いのでとりあえず近場にあったノートと教科書をパシャリと撮って『これから夏期講習ですよ』と送っておいた。あれ、電話だ。


「?どうしたの?」
『ちょ!ちゃん今講習なんか受けてるん?』
「そうですよ。絶賛受験生ですもん」
『エスカレーターちゃうん?』
「それも考えてはいるけど、本命は一応外部」
『そうかー。あ、もしかして氷帝来てくれるん?』
「いや、それはないですよ」

メールかと思ったらわざわざ忍足くんが電話してきたのだが講習を受けてるのが驚きだったらしい。補習の間違いじゃねーの?と言われないだけマシだろう。丸井と赤也にはいわれたからね!
残念そうに『来ればええやーん』と甘えた声を零す忍足くんに笑って返していれば何やら向こう側が騒がしくなった。


『えっマジマジ?!』
「あ、ジローくん?」
『久しぶりだC〜!元気してた?』
「電話は久しぶりだったね。うん、元気元気」
『今ねー。俺達山に来てるんだよ〜しかも青学が泊まるとこすんごいボロっちーの!』

山の情報は忍足くんから聞いてるので笑ったけど青学の名前に首を傾げた。電話の向こうから『ボロっちいってどーいうことっスか!』と知らない声が聞こえてくる。



「青学?」
『そうそう青学!今俺達ね、あーっ俺と話してるのにー!』
『だまり!これは俺の電話や!…スマンなちゃん。さっきまで寝とったくせにジローが起きてしもた』

電話を奪ったのか忍足くんが疲れた声で『あっち行き!シッシッ』と追い払う声が可笑しくて吹き出すと『今青学の合宿に付きおうてんねん』と教えてくれた。

「青学の?え、じゃあ跡部さん達も来てるってこと?」


もしかしなくても氷帝が手伝ってるのか?それに驚愕すれば忍足くんがくつくつ笑って『ちゃんら立海と当たって触発されたねん。暑苦しくて敵わんわ。責任とってや』と上機嫌に教えてくれたが少し違和感が残る。
多分テニス部と自分を一緒にされたからだろう。でもそれは忍足くんが知らないことだしいうべきじゃないかと思って「みんな頑張ってたからね」ととどめておいた。


「じゃあ次は氷帝も青学も一段と強くなってるってことだね」
『せやな。だから覚悟しときよ?』
「うん。楽しみにしてる」
『せや。あと跡部からの伝言で、"幸村が戻ったら連絡しろ"っていうとったで』

そろそろやんな?という忍足くんの言葉には「うん、多分」としか答えられなかった。


別に幸村と私が仲がいいわけではない。幸村の情報はいつも柳か弦一郎伝だ。そうでなくてもが知るのは最後の方なので跡部さんに知りたい時に教えられるか少しだけ不安だった。



*****



午後からコート整備とかで業者が入るらしく午前で部活が終わったは、夏休みに復活した自転車を引っ張り出すと照りつける日差しを腕で庇いながら空を見上げた。今日も暑い。
ミンミンゼミが鳴く声をバックに自転車を走り出せば校門のところで足止めを食らった。

「何話してんの?」
「お、じゃねぇかよぃ。何だお前、チャリで学校来てたのか?」
「えっ1人だけズルくねーっスか?」
「…ズルの意味がわからないんだけど」

質問してんのに誰も答えてくれないので一段と焼けた…ように見えないジャッカルを見れば「こいつらこれから海に行こうぜっていって聞かねーんだよ」と肩を竦めた。なるほど。


「別にいいんじゃん?今日雨降るとか聞いてないし」
「だから行きましょうって!チャリで!」
「だから何でチャリなんだよ!バスでいーじゃねーか!」
「…ということだ」

なんともくだらない争いである。丸井はバスの冷房で涼みたいらしく、赤也は風を浴びながら海に行きたいのだという。「どっちだっていいじゃん」といってやればお前はわかってない!と2人に怒られなんだか面白くない気分になった。

「そもそも赤也、家帰ってチャリ取ってくる気?」
あんたチャリじゃないでしょ?とつっこめばはたと我に返った顔になった。誰のチャリで行く気だったんだ。


「ジミー先輩…」
「ヤダからね。ここから海なんて絶対嫌だし貸したくもない」
「なんでそんな嫌がるんスか!」

可愛い後輩の頼みっスよ!といったが日頃から可愛いと思えない行動しかしてないアンタに言われたくないよ。
そんなわけで泣く泣く赤也は自転車で海に向かうことを諦め丸井達と一緒にバスに乗って海に行くことになったのだった。



「帰らんのか?」
「…仁王くん」

ゆっくりしていたら仁王に捕まりはゲンナリとした顔で振り返った。コイツの為に早めに出てきたというのに。案の定よろしく頼むと言わんばかりに荷台に乗ってきた仁王の足をぺしりと叩くと「今日はアンタが漕げ!」とサドルを指した。

「えー」
「えーじゃない!でなきゃ乗せないから!」

いつもいつも何で私が送迎しなきゃいけないんだよ。本当にお金取るぞ?!

嫌がる仁王の腕を引っ張り、テニスバッグをカゴに突っ込むと彼も諦めたようにサドルに座ったのだが「低い」と文句を言われた。仕方ないだろう、私とアンタじゃ背が違うんだから。そういったら「むしろ足の長さが…」といいかけたので背中にパンチした。


「痛いのう」
「全然痛そうじゃないし!もうさっさと行く!」
「しょうがないのう」

部活で疲れとるんじゃが…とぼやきつつ漕ぎ出す仁王に疲れてるのはこっちも一緒だ、と思ったが「そういえばさっき丸井達と何を話してたんじゃ?」とすり替えるように話を切り出してきた。どうやら見られていたらしい。


「これから海に行くんだって。チャリで行くかバスで行くかくだらないことで争ってたよ」
「で、結局バスにしたのか?」
「そう。ていうか、赤也バカなんだよね。あいつチャリ通じゃないのにチャリで行くなんて言うし」
「丸井達もチャリではないからの」

マジで不毛な戦いだったよ。
フッと笑う仁王の声を聞いて「海楽しそうだよねー」といえば「そうじゃのー」と風に流れて仁王の声が聞こえてくる。自力で漕いで行くのは勘弁だが夏の海は好きなので時間があったら行ってみたい、とは思った。



「ん?あれ?仁王くん駅こっちじゃないよ?」
「んー」
「え?どこ行くの?」
「海」

マジでか。

「意外だねー仁王くん海好きなんだ。ていうか、このままチャリで行くの?行ける?」
「おー。この時期だと目の保養もできるしのー。と半分ずつなら行けるんじゃなか?」
「今すっごい行きたくなくなった!何それ!だったらひとりで行けよ!つーか、何で私も漕がなきゃいけないんだよ!!」
「おー?ちゃんがヤキモチ焼いてるぜよ「ちっがう!」…まぁ落ち着きんしゃい。好みの男もいるかもしれんじゃろ」
「制服でそんなとこ行ったら間違いなく浮くっての!」


好みを探す以前に奇異とした目で見られるのがオチだ。
帰る帰る!と仁王を揺らせば、奴は「煩いのう」といいつつ蛇行運転をするのでの方が慌てて仁王にしがみついた。マジで振り落とされるかと思ったよ。

「なら2人仲良く制服で遊べばいいぜよ」

くつくつ笑う仁王にお前は鬼か!と思ったがそんな言葉が投げかけられ、は毒気を抜かれた気がした。別に海が嫌いというわけでもないしまあいいか、と思ったは短く息を吐くと「仕方ないなあ」といって荷台に座り直したのだった。



*****




午前中に夏期講習、午後から部活に出たはぐったりした顔で更衣室の机に突っ伏していた。お腹はさっきからぐぅぐぅと鳴ってるしこれから帰らなきゃいけないのかと思うと余計にやる気をなくす。家に帰ったら帰ったで復習と宿題でしょ?あーもう人生やめたい。

ちゃんちゃん!」
「ん?どうしたの友美ちゃん」

帰ったかと思った皆瀬さんが戻ってきてを揺り起こすと「今日これから花火大会見に行くんだけど一緒に行かない?」と誘ってくる。


「花火大会…」


それはいいけど、そういうものには決まって人がごった返してる記憶しかない。いつもの自分ならすぐにOKするのだが今のの心境は微妙だった。

「…他に誰が行くの?」
「えっとね。柳生くんと蓮二くんでしょ。丸井くんに赤也くんと、ジャッカルくんに真田くん、仁王くんかな」
「テニス部レギュラー勢揃いじゃん」

ていうか、仁王と弦一郎は行って大丈夫なのか?前者は迷子確定な気もするし、後者は人酔いしないだろうか。


「屋台もいっぱい出てるって言うし、行こうよ!」

ね?と可愛らしくいってくる皆瀬さんには「そうだね」といって席を立った。決して屋台の食べ物に惹かれたわけではない。多分。



「うわーやっぱ凄い人だねー」
辿り着いた花火会場はやはり人で溢れかえっていた。それに引け腰になっていると柳が「とりあえず進んでみるか」と先頭を歩き出す。
事前に待ち合わせ場所と時間を決めといたから最悪はぐれても大丈夫だろう。

お腹が減っていたはやきそばやお好み焼きなど、目移りして仕方なかったがお財布の中身のこともあって慎重に選んでいた。しかしその隣では丸井と赤也があれもこれもと買い込んでいて羨ましい目で見てしまう。ああくそ!いいなあ!


は何も買わんの?」
「買いたいのは山々なんだけど…」

ケバブに心惹かれたが列が出来ていて微妙に並びづらい。この人混みで待っててくれともいえないしで迷っていると「並ぶの付きおうちゃるよ」と珍しく仁王が優しい提案をしてくれた。

「花火までには間に合うじゃろ」
「それもそうだね」


ひとりじゃ心細かったので助かったと思った。皆瀬さん達に先に行くように伝えてしばらく待っているとほかほかと美味しい匂いのするケバブがの手に渡った。

「んー!おいひー!」
。俺にもひとくちちょーだい」
「んーいいよー…って!口でか!!」

口の中に広がる美味しさを噛み締めていると仁王が顔を近づけばっくりとケバブに噛み付いた。そしたら肉の美味しいとこを半分以上食べられていて思わず「ぎゃあ!」と叫んでしまった。

「酷い!私楽しみにしてたのに!」
「プリ」


ケバブなんてお肉がメインじゃんか!と訴えれば煩そうに眉を潜めた仁王が「しょうがないのう」と近くにあったイカ焼きを奢ってくれた。いや、思ってたのはだけで半分以上は仁王に食べられてしまったのだが。

文句を言い合いながらもお互いが買ったものを摘み食いをして待ち合わせの場所に向かえばさっき以上に人がごった返していて皆瀬さん達を見つけるのは困難だった。



「うわー電話も繋がらないよ」
「…仕方がない。帰るかの」
「いやいやいや。仁王くん。こっちが今日のメインだからね?」

ある程度満腹になったのか帰ると背を向けた仁王のテニスバッグを引っ張ると彼は嫌そうに顔をしかめて振り返った。「そもそも人混みは嫌いなんじゃ」とぬかす詐欺師にじゃあなんで来たんだよ、とテニスバッグを引っ張ればずるりと仁王の肩から落ちた。


「…皆瀬が、中学最後の夏だからいい思い出をたくさん作ろうというてきたんじゃ」
「…友美ちゃんらしいね」

確かに中学は今年で最後だ。高校も同じメンツで過ごすかもしれないけど思い出はとっておきたいのだろう。ああでも、もしかしたら柳生くんとの思い出、なのかもしれないけど。
それはそれで友美ちゃんの可愛いとこだなと思ったは「ほら行くよ」と仁王のテニスバッグを引っ張った。


「行くってどこに?」
「勿論友美ちゃん達のとこだよ。中学最後の思い出が片方迷子なんて笑えないじゃん」

みんなで一緒に見るからいいんでしょ、といって引っ張れば頭を掻いた仁王が短く息を吐くと「こっちにしんしゃい」とテニスバッグを奪い、代わりに手を繋いできた。

「こっちならお前さんもはぐれずにすむじゃろ?」
「う、うん」


ギュッと握られた手には驚きながらも仁王を見上げた。彼はテニスバッグを背負い直すと先頭を切って歩き出す。珍しい、と思ったがそれがなんだか自分の盾になって前に進んでくれてるように思えた。

少し汗ばんだ手の大きさや仁王の背中を見ていたらまるで守ってくれてるみたいな錯覚を覚えてドキリとした。



「わっもう始まっちゃったね…」

ドン!という大きな音と共に花開く光に空を見上げると仁王も立ち止まって空を見上げた。ぱらぱらと落ちてくる光が幻想的で、そして少し儚く消えていく。それに魅入られながらもは仁王の手をギュッと握りしめた。


「仁王くん。全国頑張ろうね」


優勝しようね、とまではさすがに気が引けてしまったけど、以前仁王がも立派なマネージャーだ、と言ってくれたから、自然と一緒に頑張ろうっていえた。
中学最後できっともテニスと関わるのはこれで最後だろう。そう思い上がった花火を見上げれば「ああ」という仁王の声が花火の合間に聞こえ、の手を握り返したのだった。




夏らしいこと詰め合わせ。
2013.01.23