You know what?




□ 17 □




一昨年は弦一郎の家族と全国大会に行った。そこでレベルの高いイケメン多いなあ、と他人事に思っていた。
去年はやっぱり弦一郎の家族とうちの家族総出で応援した。どちらも疎らなルール知識しかなかったのに白熱してるのは分かって一生懸命応援してたっけ。

そして今年はマネージャーとして制服を身にまとい応援席に立っている。


今日のマネージャーの仕事は皆瀬さんに任せ、は応援席の面倒をみていた。途中、録画のことで走り回ったりしたけど他は滞りなく順調に進んでいた。
昼休憩で会場の一角に集まった立海はそれぞれ持ってきたお弁当を食べていた。もその集団の中で食べていたが飲み物が足りなくなって今は自販機の前にいる。

「よお」
「あ、丸井くん」

ぽちっと午後ティーのボタンを押せば丸井に声をかけられ振り返った。どうやらと同じで持ってきた水分を飲みきってしまい買いに来たらしい。
ポカリのボタンを押した彼をなんとなく待っていれば、自然と一緒に来た道を戻った。


「今日で最後かー。去年も思ったけどあっという間だったな」
「そうだねー。みんな大きな怪我もなくてよかったよ」

まだ決勝も何も決まってないが感慨深く息をつく丸井に合わせると、赤也は?と聞かれた。隣の彼を見ればニヤニヤとした顔でこっちを見てる。確信犯め。


「赤也は別格。血の気多いから少しは減ってよかったんじゃない?」
「お前、面白かったもんなー。デビル赤也見て『ぎゃあああ!』なんて叫ぶし」

「…あの赤也見て普通にしてるアンタ達に私は驚きだよ」



くつくつ笑う丸井には眉を寄せ睨んでみたが、効果は全くなかった。実は先程の試合で立海が窮地に立たされたのだが、その追い込まれた状況を赤也が救ってくれたのだ。
後から弦一郎に聞けば赤也を奮起させる為にわざと負けたのだといわれたけど、そうとは知らなかったにしてみれば気が気でなかったのはいうまでもない。

しかも、奮起したと思ったら赤也が悪魔みたいに別人になって思わず悲鳴を上げてしまったのだ。
その時のことを思い出して丸井は肩を震わせ笑っているんだろう。

関東大会で初めて何とかモードの赤也を見てドン引きした私だ。さっきの試合で見たデビル赤也(命名・ジャッカル)なんか怖い以外何者でもないっての。
奴が怪我をしたことより、そっちの方が鮮明に記憶に残ってうんざりと肩を落とした。慰めるように丸井が肩を叩くけど顔がニヤついてて全然優しさを感じないわ。


「…丸井くん達って引退しても部室に居座ってそうだよね」
「そうかもなあ。次の部長…多分赤也だろうし、引継ぎとかあるし。なんだかんだいってギリギリまでいるんじゃねーかな」
「赤也が"部長"ねー…」

似合わないね、と零せば「まったくだぜぃ」、と丸井が同意してくれた。赤也が真面目に指導するとか想像できない。

「ま、あいつは幸村くんじゃねぇし、いいんじゃね?」
「そうだね。負けても赤也のせいだし」
「そうなったら幸村くん達が怒るだろうよぃ」

ぷっと吹き出し笑うと丸井も一緒に笑った。その笑顔に「あ、」と思ってしまう。
そういえば関東大会ではこんな風に笑う雰囲気はなかった。そう考えるとやっぱり関東大会はみんな緊張していたんだな、と思う。そして帰ってきた彼の存在も大きいんだろう。



「……幸村くん、大丈夫そう?」
「ん?お前幸村くんと朝話してなかったか?」
「挨拶くらいはしたけど…選手の状態は応援席からじゃよくわからないもんだよ」
「そうか?んー…見た感じは大丈夫そうだぜ。しっかりリハビリしてきたって本人もいってたし」

何かあれば柳か皆瀬がいってくれんじゃね?という言葉に「そっか」と頷いた。


久しぶりに再会した幸村は少しだけやつれていた。それだけリハビリが過酷だったんだと思う。そのせいで柔和な顔がきつく強張っていて目もギラギラと闘志に燃えていた。
その気迫に押されて朝は挨拶以外近づきもしなかった。彼も試合に集中してるみたいでレギュラーと皆瀬さん以外話をしている姿を見ていない。


随分前に感じてしまうが彼に退部宣言してしまった手前、いつ辞める話をすればいいのかは彼が退院したと聞いてからずっと気になっていた。今のところ何もいってこないけど、そんなことに構ってられないようなことばっかりやってただろうし。
だからといって忘れてるなんて到底思えないわけで。大会終わったらいわれるんだろうな、と午後ティーの表面についた水滴を払うと丸井がまじまじとこっちを見てくるので何だと首を傾げた。


「お前も随分とマネージャー仕事が板についたよなーって思ってよ」
「そーかな?」
「そんな風に心配してっとそれっぽく見えるぜぃ」
「っぽいってなんだよ、ぽいって」

不満気にいえば丸井が笑った。いい顔するなあ。きっと面白がってる顔だからだな。


「お前、高校もマネージャーしねーの?」
「?テニスで?」
「折角覚えたんだし高校でもやればよくね?」

俺も知ってる奴いた方が楽しいし、とガムを膨らませ笑う丸井に目を瞬かせた。確かに1人ぼっちよりはいいけどさ。



「や、無理っしょ。高校になったら今以上に本格的になるって真田がいってたよ?」

弦一郎は高校でも続ける気満々らしくて夏休みに1度高校のテニス部合宿に参加するらしい。その話をした時にマネージャーの仕事も難しくなるとか聞いた気がする。
きっとマネージャーもテニスできなきゃダメ!みたいな試験があるんだぜ。絶対。

「コーチとは別にトレーナーとかもいるんでしょ?もうプロの世界じゃない?」
「まあ、海外とかの遠征あるっていってたからそうかもしんねーけど、でもマネージャーの仕事ってあんま変わらなくねぇ?」
「…丸井くん。1度友美ちゃんの仕事っぷりを思い返した方がいいと思うよ」


海外で部活…!もうそれって本当のプロじゃないか。世界が違いすぎる。
恐ろしいわ、と引いていると、ふと視界に見覚えのある姿を捉えた。幸村と柳だ。

試合のことなのか真剣に話し合っていてこっちを見る気配はない。荷物がある場所に戻る為には彼らの横を通らなきゃいけなくて、どんどん近づく距離には緊張した。

「じゃあ、皆瀬に習え。そんでテニス部マネージャーになれ。これ決定な」
「決定って…何私の進路勝手に決めてんのさ」
「別にいいだろぃ?」
「……ハァ。ジャッカルの気持ちがわかった気がする」
「褒めるなよぃ」
「褒めてないし。ていうか、………私まだ上に行くって決めてないし」
「………は?マジで?!」


逃げたい。自分1人だったら遠回りすればいいだけなのに。丸井と会話しながらも意識はずっと別にあっての心臓は爆発寸前だった。
どうも思わないってわかってるのに怖くて緊張する。どう思われても仕方ないってわかってるのに。


「…そうそう。マジマジ。私外部の高校第一志望にしたし」
「はあ?!お前バカだろ?それ持ってこいよ!俺が書き直してやっから!!」

何で俺に相談しねーんだよ!とプンスカ怒る丸井に驚いたが、幸村に気を取られてたせいかあまり衝撃がなかった。そのせいで「マジ最悪!ジャッカルよりマシだって思ってたのに!お前最下層決定な!!」と嫌な判決をくだされてしまった。





*****





世界が赤く染まる。
ふぅ、と息を吐いたはさっきまでいた会場を振り返った。見上げた会場も空と同じように夕焼け色に染まっていて寂しさが残る。

会場の外は係りの人が片付けをしてるくらいで他の学校も立海の生徒も近くにはいない。救急箱が入ったバックを持ち直せばカタリと音がした。みんなは先に送迎バスが来る場所に行っている。そこでもきっと泣いているんだろう。ああでも、弦一郎が一喝して泣くに泣けないかもしれない。


私は泣けなかった。号泣する皆瀬さんを抱きしめ、西田達を慰めてたのにもらい泣きすらできなかった。まるで感情が欠けてしまったみたいに目が乾く。でもそのお陰でこうして1人黄昏ることができるんだけど。

マネージャー仕事をするといって渋る皆瀬さんを柳生くんに押し付けてきたけどまだ泣いてるのかな。あれ以上泣いたら腫れちゃうんじゃないかな。水、汲んできた方がいいかな。


「終わったんだなー…」


思い出すのは最後の挨拶をした幸村の顔。「応援、ありがとうございました」と立海を応援していた全員に向けていった言葉はとても心地のいいものだった。険しかった表情も、まるで憑きものが落ちたみたいに綺麗で。それを見て、嗚呼、終わったんだなって思った。



さん」


そろそろ行くか、と踵を返せばすぐそこにぽつんと1人立っていて。それが幸村だってわかって目を見開く。「バスが来たから迎えに来たんだ」という彼に止まっていた思考がフル回転してすぐに謝った。

「それ、持とうか?」
「ううん。全然重くないから大丈夫」


救急箱が入ってるバックを指され、そういわれたが首を振って断った。
あれだけの試合をした彼に、仮にも病み上がりの人に荷物持ちなんて頼めない。それでなくても何を話したらいいのかわかってないのに。


「……あ、そうだ。遅くなったけど退院おめでとう」
「…ありがとう」

柔らかい声が聞こえる。逆光で表情が見えないことをいいことには「行こうか」と彼を待たず歩き出した。

お互い沈黙したまま、かちゃかちゃとラケットがぶつかる音や救急箱の中身が揺れる音が聞こえてくる。足取りは少し速めだけど幸村と離れる様子はない。
夕日が作った影がすぐ後ろに幸村がいると教えてくれていてまた呼吸が苦しくなった。

送迎バスがある駐車場までそんなに距離はないはずなのにやたらと長く感じた。



「あのさ、幸村くん」


やたらと長くて、重くて、息苦しくて、はたまらず立ち止まった。
呼吸が苦しくて何度か浅い深呼吸を繰り返す。
騒ぐ心臓を黙らせるように右手で胸を抑えつけた。

振り返れば、少し後ろで幸村も止まっている。彼の顔を見ないままは鞄を開けると少し皺になった長封筒を取り出し、幸村に差し出した。

その白い封筒には『退部届』と書かれていて、その形式ばった堅苦しい文字を見て小さく笑った。うん、腹は括れた。


「…さん、これ」
「"退部届"。本当は幸村くんが退院した時に渡そうと思ってたんだけどリハビリやら練習やらで忙しかったでしょ?私も会いに行けるタイミングなかったし」
「………」
「マネジだからこういうの書く必要ない気もしたんだけどさ。なんていうかな。ケジメ?みたいな」


というわけで受け取って、と幸村を見れば驚いた顔で退部届けを見ていて。
やっぱり退部届けなんて書くんじゃなかったと思った。

でも、これくらい書かないと踏ん切りがつかない気がして。大変だったけどテニス部は居心地がよかったから。ダラダラと続けて辞められなくなるのは嫌だったから。



「引継ぎとか大変だろうけど頑張ってね」

精一杯笑って退部届を幸村に押し付けるとは彼の言葉を待たずにその足でバスへと向かって行った。


心臓がバクバクと騒ぐ。

言った。
言ってやった。
言ってしまった。
そんな言葉がぐるぐると回る。


もう後戻りはできない。



駐車場に辿り着き、浅い呼吸を繰り返して立ち止まったは震える手をぎゅっと握り締めた。
早まった感は否めない。みんな傷心して疲れきってる状態で退部届とか柳にバレたら説教ものじゃないだろうか。弦一郎はまた自分のせいだといって嘆いてしまいそうだ。

でも幸村はこれで安心して部活に取り組めることだろう。
大会の結果は決して望むものじゃなかっただろうけど修正はいくらでも可能だ。まあ、実際部活に出てみたら大し落ちぶれてないじゃんってわかるだろうけど。素人の私にはわからないからどうでもいいんだけど。


鼻がツン、と痛くなって空を見上げたけど涙が零れるほどじゃなくて思わず笑ってしまった。
私は結局、それ程テニスが好きじゃなかったらしい。


そして幸村がを追いかけてくることもなかった。





2013.01.23