□ 立海のマネージャーさん □
氷帝戦を終え、ホッと息をついてる大石の後ろを歩いていた不二は立ち止まってる背中に視線を向けた。先程、跡部との試合を終えた手塚が氷帝側のコートを見ている。
始めは跡部でも見てるのかな?と思って同じようにコートを出ていく跡部達を見ていたが1人だけ制服姿の女の子が出てきた。その子はこちらに気づくと誰かに大きく手を振ったが振り返す人は誰もいなかった。
誰かと見間違えてるのかな?と思いながら歩きだそうとしたら前にいた手塚も歩き出し、追い越そうと歩いていた越前がぶつかりそうになって通せんぼされたように立ち止まった。
文句を言いたそうにしてたけど越前も気づいたのか氷帝側に視線を向けた。
「あーっコラーっシカトすんな!手塚国光ー!」
「あれ?手塚。知り合いか?呼んでいるぞ」
「……他人の空似だろう」
そういって、わざわざ大石が気をきかせて呼び止めたけど手塚はさっさと行ってしまった。見る限り他人の空似じゃなく手塚を呼んでいたと思うんだけど。
「何々?あの子手塚の知り合い?」
「あの子はそのようだけど…でも、氷帝の女子の制服ってあんな感じだったっけ?」
手塚に続くように歩き出した不二達は、あれは誰なんだ?と前を歩く仏頂面を伺ったがチラリともこちらを振り返らなかった。まぁ、左肩が痛いのだろうけど手塚が他校の女子と絡むなんて光景はそう出会えるものじゃない。隣を歩く菊丸も興味津々とばかりに氷帝が去っていった方を見ている。
「そういえば珍しく試合前に手塚の視線が氷帝側に動いてたな」と言い出したのは乾だ。気になることでもあったのかもしれない、と歩きながらノートを書き込む彼にへぇ、と前を見た。やっぱり知り合いなんじゃないか。
「それと不二。あの制服は立海大のものだ」
「そうなの?」
「へー?でも何で氷帝に立海の女子がいるんにゃ?」
「彼女、とかっスか?」
ぼそっと呟いた桃城に、思わず目を見開いた。まああの跡部や他の氷帝レギュラーが彼女がいるのも試合にその彼女を連れてきていてもなんら不思議さは感じない。現に菊丸が一気に興味を失くしたように「彼女ね〜」と呟いて大石の方に行ってしまった。
けれど、と思う。
いくら堅物でもコートじゃないところまで女の子と同席するなというだろうか?それが見知らぬ他人ならどうでもいいと思うんじゃないだろうか。
そう導き出した答えに不二は乾を見やると眼鏡のブリッジを上げお前の言いたいことは分かっていると言わんばかりに口元をつり上げた。
きっと手塚にとって彼女は知り合いであり、氷帝側にいる彼女を見つけて少なからず面白くないと思ったのかもしれない。
「…手塚が、ねぇ」
「……不二、何か言ったか?」
「いや、別に?」
そう思ったらなんだか可笑しくなってきて振り返る堅物仏頂面に不二は緩む口元を引っ張って何でもない素振りで返した。
*****
「ふ、不二くん!」
決勝戦も終わり、後は表彰式を待つだけだと少し離れたベンチで仲間達と休んでいると声をかけられ振り返った。少し切羽詰った声に告白前の呼び出しが脳裏を過ぎったが目の前の人物にそれはないか、と早々に考えを打ち切った。
不二の前に立つのは先程決勝戦で戦った切原赤也と氷帝戦の時に見かけた女の子だった。何で2人が?と思ったがそういえば彼女は立海生だったなと思う。
居心地悪そうに立ってる彼女に「何?」と問いかければ彼女は切原の頭を掴んで押し下げると「ごめんなさい!」と一緒に頭を下げた。
「本っ当にごめんなさい!!赤也には後できつく叱っておきますから!!…ホラ赤也!!」
「……ごめんなさい…」
謝る気がないのか、それとも先程の試合で心が折られたのか(多分どっちもだろうけど)やる気のない声に彼女は「もっと大きな声で!」と叱っている。
ああ、謝りに来たんだと納得したが隣の切原を見るとどうしても謝られてる気がしない。きっと謝る気がないんだろう。彼女に言われて来たんだなと察しがついた。
「ごめんなさい」
それでもちゃんと謝る切原を少し意外に思って「僕も君に当ててしまったからね。お互い様だから気にしなくていいよ」、「こちらこそごめんね」と微笑めば、目の前の彼女はわかり易い程にホッと息を吐いて「良かったね!赤也!!」と背中をバシバシと叩いている。
「イテーっスよ!」と言いながらも甘んじて受けてる切原を周りにいた菊丸達も不思議そうにこっちを見ていた。
視界の端でペンを走らせてる乾を見ながらどうせだし手塚のことも聞こうかな?と口を開くと覗き込む彼女がいて何?と首を傾げた。
「あ、と、顔、ちょっと腫れてるね…足は大丈夫?表彰式終わったら病院?」
「うん、そのつもり。骨には異常ないみたいだからそこまで心配することじゃないよ」
「骨…」
あ、顔が青くなった。聞きようによっては骨には異常ないけど骨以外はあるかもしれない、と聞こえなくもない。「治療費とか出せるの?赤也」と震える声で隣に聞くので切原も優れない顔色で「…え、」とだけ漏らす。
「多分大丈夫だと思うよ。全国大会にも行かなきゃいけないし、もしかしたらその時にまた痛めるかもしれないけどそうなっても別に切原くんのせいじゃないから」
「「………」」
本当痛かったんだよね、と口に出さずとも頬を撫でれば女の子の方が泣きそうな顔になっている。これ以上はやめておいた方がいいかな、と思うがもう少しつついてみたい気分にもなった。きっと真面目ないい子なんだろうな。
「本当にごめんなさい。申し訳ありません。治療費の件は後程ご相談させてください」
「フフ。そこまで謝らなくていいよ。悪いのはこちらもなんだし。切原くんこそ足の方はどう?」
「…問題ないっス」
「うん、じゃあこれでこの話はおしまい。それでいいよね?あ、えーっと」
「あ、です。立海テニス部のマネジの…」
「さん、ね」
さん。メガネをキラリと輝かせた乾がノートを捲る音を聞きながらマネージャだったんだとさんの方に視線をまた戻した。もしかして手塚もマネージャーだって知ってたのかな?だったら不機嫌なのも頷ける。真面目だけど結構流されちゃうようなことなかれ主義なんだろうな。
「…変なこと聞くけど、いつもこんな風に謝り回ってるの?」
「え?あ、いやこの関東大会が初めてで。まさかこんなことになってるとは思ってなくて」
「そういえば1回戦は氷帝ベンチにいたよね」
「え、」
「はあ?先輩、ビデオ撮ってたんじゃないんスか?!」
何サボってんスか!と怒り出す切原に今度はさんが困った顔で「だって跡部さんが勝手に…」と言い訳をしている。どうやらあの跡部に連れてこられて仕事を全うできなかったらしい。
「あの跡部さんじゃなー」と桃城がいってるのが聞こえ不二も内心同意した。あの俺様じゃ大抵の人間は逆らえないだろう。しかし、切原は違うようで「本っ当何やってんスか!アンタ!!」と憤慨していた。
「手塚が気にしてたよ」
「は?あ、手塚くん!あの無視しやがった手塚くんね!!…て、気にしてた?」
「うん。立海なのに氷帝にいるのが気になってたんじゃないかな?」
「(あの堅物…やっぱ弦ちゃんと似てて腹立つな)……あ、そういえば彼も肩大丈夫そう?」
「今はなんとも。病院に行ったからその結果待ちかな」
肩を竦める不二にさんも「そっか。真田もガッカリしてたよ」と同じように肩を落としていた。乾をチラリと見やれば俺の情報は正しかっただろう?と得意げに口元をつり上げている。
さんは真田のいとこでその繋がりで手塚と面識があるらしい。聞いてしまえば取るに足らないことで不二はなんとなくがっかりしてしまった。もう少し面白みのある展開を期待してたんだけどな。
「別にいいじゃねぇっスか。敵が減ったんですから」
「アンタは一言多いの!「いて!」…無視したことは腹立つけど怪我してたもんね。お大事にっていっといて。そんで全国ではちゃんと挨拶してくれ、と」
「うん。伝えておくよ」
「……先輩。青学の部長とも関係があるんスか?」
「ねーよ!ただの知り合い!ていうか真田繋がりで知ってるだけ!!」
「へー、ほー、ふーん」
「煩いなーもう。別に知り合いいたっていいでしょ?!アンタのこと謝りに行くのだってお互い知ってた方が…あー!!!」
「っな、何スか!いきなり大声あげて!!」
「そうだ!橘くん来てた!」
神尾くんに電話!まだいるかな?!と慌てて携帯を取り出したさんは「ごめんね!橘くんにも謝りに行かなきゃだから!ここで失礼するね!!」と頭を下げて走り去っていく。
少し離れたところで電話が通じたのか「神尾くん?です!立海の!橘くんまだ会場にいますか?!」と叫んでる声が聞こえた。
忙しい子だな、と思いながら切原に視線を戻すとさんがいなくなったことで空気が一気に重くなった。
「一応謝りましたけど、俺、悪いと思ってないっスから」
「……」
「あの先輩が煩いんでそうしただけなんで。そこんとこ、よく覚えといてくださいよ」
「…そう」
「全国では、アンタ達のこと絶対捻り潰してやっからな」
「コラーっ赤也!早く来なさい!!」
「………」
「……行かないの?」
「…わーってるよ!!」
不敵な笑みで挑発してきた切原だったけどさんの声でその表情が崩れた。怒ってるんだけど何かどこか嬉しそうにしてる顔におや?と思う。思うといっても素振りだけだ。彼が考えていることは先程のやり取りでもうわかってしまったからだ。
急かせば切原は大声を上げて背を向けた。だがすぐに振り返り不二を睨みつけてくる。
「…いっとくが、あの先輩に手ぇ出すんじゃねぇぞ」
出したら本気で潰す、そういって今度こそ背を向け切原はさんがいる方へと走っていく。…そんな牽制しなくても簡単に好きになったりしないのに。やれやれと肩を竦めた不二は遠ざかっていく背中に息を吐いた。気があるかないかもわからないくらい切原はのめり込んでるのか。
さんも大変だな、と思いながら彼女を見れば随分離れた場所で立ち止まり振り返った。
「忘れてた!とりあえず関東大会優勝おめでとう!!全国も楽しみにしてるからねー!!」
「はぁ?!何いっちゃってんですか先輩!!」
バカじゃねーの?!相手敵ですよ?!と怒鳴る切原の声がここまで聞こえてきて手を振るさんの背中を押して去っていった。
「まるで嵐だな」
「…本当だね」
さんが見えなくなるまで呆然と見ていたが乾や河村の声で我に返った桃城達はそれぞれ口を開いた。
「なーんか、立海って騒がしいけど、女の子のマネージャーは羨ましいにゃー」
「立海も氷帝程ではないが部員数が多いからな。彼女を混ぜて2名マネージャーが在籍している。常勝校としては同然かもしれないな」
「じゃあ、俺達も優勝したら女子のマネージャー入れましょうよ!!」
「…うるせー奴が入っても意味ねぇだろうが」
「煩い子じゃないマネージャーもいると思うけど…でも、あのくらいなら元気があっていいんじゃないかな?」
「そうっスよね!くぅ〜!"お疲れ様です!"とかいってタオル渡されて〜!!」
「ふしゅー…バカが。まだ関東大会だぞ」
海堂の最もな意見に「いいだろ!夢見るくらい」と桃城が口を尖らせている。マネージャーか、と顎に指を添え視線を巡らせれば越前も考えているようでクスリと笑った。
マネージャーがいたらどうなっていただろうか?
もしかしたら手塚の怪我もなくて、こんな風に大会を欠場する事態も免れたのかな?
「不二?」
「……いいね。マネージャー」
黙り込んでいたのが悪かったのか恐る恐る声をかけた大石にゆっくりと振り返った不二は機嫌が良さそうな顔で微笑んだ。ちょっと考え事してただけだよ。心配性だな大石は。
多分、きっと、この状況も手塚の腕もマネージャーがいても変わりはしないのだろう。
そのお陰といったら語弊があるけどそれをきっかけに不二達が更に奮闘して優勝をもぎ取ったのは確かだ。
けれど、この場にマネージャーがいたら、少しでも手塚や彼らや自分の心の支えになってくれるなら、それはとても意味がある気がして不二はさっきまで見ていたところを見て微笑んだ。
「優勝したらさんにマネージャーをしてもらうのもいいかもね」
「…不二ぃ、それ決定事項にしか聞こえないにゃ…」
まままま魔王様…っ
2013.03.09