Escape journey




□ 19 □




夏休みも終わって2学期が始まった残暑が残る今日、自習時間に次の数学の宿題を解いていると、隣の席のジャッカルが溜息混じりに声をかけてきた。

。お前って今忙しいのか?」
「うん?ああ、解けない問題と格闘中だよ。証明問題なんて消えてしまえばいいって思ってる」
「ああ、それな。いやそうじゃなくてよ。部活だ部活!時間あるならテニス部行ってやれよ。赤也がうるせぇんだ」
「は?赤也?」


全国大会が終わってさあ夏休みを満喫するぞーと思っていたら母親が受験生の自覚がうんたらと説教しだした為、は嫌々ながらも受験勉強と向き合わなければならなかった。それでなくとも夏期講習に行っていたのに更には塾はどうだと言ってきたので逃げ道がなかった。

テニス部も大きな大会が終わったし、3年は引退だしでが顔を出さなくても何もいわれなかったけど、赤也はさすがにノーマークだった。そういえばあいつに気遣いという単語はなかった。


「マネージャーのくせに何で来ないんだって文句いってたぜ」
「えー…」
「皆瀬は何気に来てるから余計に思うんじゃねーか?」
「あーそっか。友美ちゃん来てるんだね。つっても私引き継ぐこともうないんだよなー」
「あ?もう誰かに引き継いだのか?」
「1人じゃないよ。複数」
「ああ、部員か」

前に手首を怪我してみんなに手伝ってもらってたことを思い出したのかジャッカルが納得したような顔をした。



「つっても、西田達も3年になるし別に1人作っといた方がいいんじゃねぇか?」
「そだねー。西田にでもいって候補上げてもらうとするかー」
「…お前、自分から動く気ねぇのかよ」
「ないわけじゃないけど、私の周りじゃ君達のファンばっかりで頑張ってくれそうな子いないんだよ」
「あー…」
「その点、男目線なら間違いはないでしょ?」
「まあ、そうかもな」

人を見る目を養ういい機会じゃないか、といえば呆れた顔で「お前は随分人を使うのがうまくなったな」としみじみ言われた。


「打ては響く可愛い後輩達ばっかだからねぇ。そりゃ覚えるでしょーよ。楽できるしね」
「じゃ、その可愛い後輩達の顔でも見に行ってやれよ。煩すぎて面倒みきれねぇ」
「お疲れ様っス!ジャッカル先輩!!」

あ、やっぱり部室入り浸ってるんだ、と笑って茶化せば「ばーか」とデコピンされた。地味に痛かった。


しっかし、部活に顔出せって無理な話だよなー。だって私辞めちゃったし。辞めたからこそ遊びには行けるけど中には入れないしなあ。幸村にでも見つかろうものなら存在消されるような笑みで立ちはだかれるんじゃないだろうか。


ていうか、私辞めたの誰も知らないってどういうこと?それに赤也達が待ってるって何?西田達はともかく赤也は大好きなテニスしてればよくね?あ、もしかして皆瀬さんの仕事増えたからお前やれよってか。うーん。それは確かに問題だ。

幸村がの退部話をしていないのは不思議だったが、マネージャーの仕事が増えてたらさすがに悪いな、と思って昼放課を使ってF組に行くと丁度皆瀬さんを見つけ手を振った。

「あれ?ちゃんどうしたの?」

久しぶり!という言葉に内心申し訳なく思いながら部活のことを聞くと彼女は笑って「大丈夫だよ」といってくれた。



「本当?友美ちゃんの仕事増えてない?」
「うん。平部員の方は西田くんが中心になって動いてくれてるから問題ないよ」
「そうなんだ。やるなあ、西田」
「私も驚いちゃったんだけどさ。気づいたら持ち回り制になってて!進級するまでには全員マネジの仕事覚えちゃうんじゃないかな」

「マジ?それ凄くない?うわーどうしよ。やばかったら見に行こうかと思ったんだけどそれ聞いたら逆に怖くなったわー居場所なさそー」
「そんなことないよ。行ったら赤也くん達も喜ぶと思うよ」

「え、赤也…?」


ジャッカルの時は笑って聞き流せたけど皆瀬さんから聞くと戸惑ってしまう。
そこで赤也を出す必要ってなくないですか?赤也はそんな先輩想いな可愛い後輩じゃないですよ?可愛い後輩というフリは皆瀬さんの前限定です。
思わず赤也の名前を聞き返すと皆瀬さんはニコニコとした顔で大きく頷いた。


「だって赤也くんちゃん来なくていつも寂しそうにしてるし…そうだ!時間あるなら今日の放課後一緒に行かない?丸井くん達もいるから前とあんまり変わらないけど、幸村くんもいるし」
「あ、ごめん。今日無理」

幸村の名前に反応して被せ気味に断っちゃったけど皆瀬さんか「そう?残念だなー」とがっくりと肩を落としただけだった。どうやら私の奇行はバレていないらしい。

「うん。ごめん!でも空いたら行くよ。新しいマネージャー探しもしなきゃいけないし」
「ああ、そうだね。私も探してるんだけど中々部活入ってない子でやる気ある子探すの大変でさー」
「私も。後で西田に連絡して目ぼしい子見つけてもらおうとは思ってるんだけど」


最悪、部員の誰かを生贄にするか、家事好きそうな男子捕まえてマネージャーにするのも視野に入れてるといったら「それいいかも!」と皆瀬さんも乗ってくれた。

「ずっと"マネジは女の子"のつもりで探してたんだけど西田くん達見てたら男の子もいいなって思ったんだよね。…と、いいところに帰ってきた!蓮二くん!」



教室のドア口で話していたはすぐに柳の姿を捉えることが出来た。手招きをする皆瀬さんに柳は不思議そうな顔をしながらも急いで歩いてくる。
しかし、その後ろについてきたおまけ2人にの顔が強張った。

。お前はいつになったら部活に顔を出すんだ。俺達は引退したがお前達はまだ引継ぎが終わってないだろう」
「あははーすんませーん」

黙ってろ。バカ従兄。

を見るなり文句をいうのは弦一郎だ。退部届出してから何気にこいつからも逃げてるんだよね。見つかれば間違いなく説教だろうし。この話終わったら即行逃げないと。
軽い感じで謝れば弦一郎は一段と顔をしかめたけどその隣の幸村は何を考えてるのかわからない笑顔で微笑んでいる。こいつは怒ってても笑顔の下に隠せる人だからより一層警戒した。


「お、幸村くんと真田くんもいるなら話は早いね」
「どうした?皆瀬」
「今ね、ちゃんと話してたんだけど次のマネージャー男の子でもいいんじゃないかっていってたの」
「男?」
「うん。西田くん達見てたら男の子もいいなあって思って」
「1、2年の女子は難航しそうなのか?」

は内心逃げたい、と思いながらも柳の質問に「…残念ながら」と肩を竦め応えた。無駄に体格のいい奴がいると威圧感があって囲まれてる気分になる。逃げれる気がしない。


「だったら、その前に部員にアンケートをとったら?もしかしたら部活をやってない子がまだいるかもしれないし」
「そうだね。ちゃんも同じこといってたし」
「(友美ちゃん〜!私の名前は出さなくていいからーっ)」
「ならその時に男子の方も聞いてはどうだ?」
「了解。じゃ、男女両方で探してもらう方向で。ちなみに3人は男子で候補いたりする?」
「……」
「……何人かはいるな。だが委員会や部活に入っているから交渉次第、というところだ」

「俺もいないわけじゃないけど、でもやってもらうなら女の子の方がいいんじゃないかな」



考え込む弦一郎と委員会か部活入ってるのに交渉次第ってどういうこと?と柳につっこみたくなったが幸村の台詞でその場にいた全員が固まった。一斉に注目すればなんとも嬉しそうな顔をしていてテニスの顔を知らなければ見惚れてしまいそうな程だった。

「い、意外…。幸村くんの口からそんな言葉が出るなんて」
「そうかな?男は誰だって女の子に応援してもらった方がやる気が出ると思うけど」
「むっ…」
「……」
「あれ?柳と真田は違うの?」
「…一般論としてならわからなくもないが」
「幸村。お前がいうとだな…」


シャレにならないというか、欲深いというか。
あれだけ女の子にもてはやされてるのに辟易するどころか自ら発言しちゃったよ。フェミニストなのかただの女好きか…いや、後者は想像できないわ。お得な性格と顔ですね、幸村さん。

押し黙る男2人に幸村は笑って「だって男にドリンク渡されても嬉しくないだろ?」と聞けば否定しなかった。そうなのか。


「そういうものなの?」
「男は単純だからね。士気にも関わるし本命は女の子で探してもらって、でも誰もいなかったら男子でもいいかな」

不思議そうに見上げる皆瀬さんに幸村は淡々と指示をしていく。そしてやっぱりテニス中心なんだな、とわかってちょっとホッとした。だってさ、普通に聞いてたらただの女好きな台詞なんだよ?さすがにビビるでしょ。



「それはそうと。弦一郎もいっていたが部活には来ないつもりなのか?」
「えっ…」

冗談をいう幸村なんて初めて見たよ。内心驚いていると今度は柳から変化球が投げられ思わず幸村を見てしまった。しかし視線がかち合うとハッとなって慌てて逸らす。なんでこっち見てるんだ……あ、柳が話を振ってきたからか。

「全国が終わった今はいいが、これからある新人戦や練習試合が始まればまた忙しくなるぞ」
「ということは、急いで後釜探すか私が出動しろってことね」
「その通りだ。恐らく、といってもほぼ確定だが次の試合から西田も選手として出ることになる」
「その為にも。お前の力が必要なんだ」
「…なんだって、いわれても」


正直、西田が試合に出れるのは嬉しいしその手伝いをしたい。そういいたけど、ここに幸村がいるせいでいえないんだ!ああもう、なんで退部届出しちゃったかな私!


ちゃん。そんなに受験勉強忙しいの?」
「う、ん。…希望校の偏差値が足りないの、親にばれてさ。今度の模試でいい成績出さないと塾地獄が私に待っている」
「む。お前、そこまで成績が悪いのか?」
ちっげーよ!さらりとトゲを刺していくな!偏差値がちょっとだけ足りなかっただけだっての!」

驚愕する弦一郎に思わずつっこめば、クスクスと笑う幸村が視界に入ってなんだか顔が熱くなった。なんだろ、この恥ずかしさは。
しかも成績の話はあながち嘘でもない。このまま立海の高校に行けばこの憂いは一気に解消されるけど外部だと微妙に足りないのだ。



「なら、俺が教えようか?」
「……は?!」
「俺、入院してる間、高1の辺りまで勉強しちゃったから結構教えられると思うよ」

お、お、教えるって何?!自力で高1まで勉強しちゃった?そりゃ凄いですね!皆瀬さんも「ほあ〜さすが幸村くんだねぇ」とかいいたくなる気持ちわかりますよ!でも何で私にいってくるの?


「いや、幸村くん忙しいでしょ?部活のこともあるし」
「そうでもないよ。実質動いてるのは真田と柳で、俺は部室でダラダラしてるだけだし」

それはそれで驚愕ですね!何をしてるのかちょっと気になりますよ!!


さんの時間がある時でいいから一緒に勉強しようよ」


俺も復習になるし。そういって幸村くんは微笑まれたのでした。
すぐ隣では「うむ。幸村なら確実だろう」とか「では、早速練習試合の予定を組んでおこう」といってノートを開いて勝手に予定を組んでる参謀と大きく頷いてるバカ皇帝がいる。

なんで…なんで誰も私が退部届け出したの知らないんだよおおおおお!!!!そう叫びたかったけどにっこり微笑む幸村の前では口には出来ず、「じゃあ、空いてる日にお願いしてみようかな?」と引きつった顔で笑っておいた。

もしかして私、血祭りに上げられるフラグでも立てたのだろうか。



*****



放課後、皆瀬さんにいった言葉を実行すべく忍者のように素早く自転車置き場へと向かった。傍から見たらただのバカだがこの際仕方がない。こうやって隠れながら行かないと幸村に見つかってしまいそうだし。見つかったら逃げれる確率は極めて低い。

捕まったらきっと私に明日はない、と呪文をかけて素早く校門に向かえば予想外の人物と鉢合わせた。


「あ、薄情もんじゃ」
「薄情もんって何」

タラタラと歩く仁王に返せば「マネージャーのくせに仕事サボっとる」と痛いところを突いてくる。
もしかしてこのまま部室連行決定か?と構えていたがそういえば仁王が向かってるのは部室じゃなくて校門だ。


「そういや仁王くんは部活しないの?」
「したいのは山々じゃが大会の時足を痛めたのが柳生にバレての。これから病院じゃ」

処方箋か精算した紙を見るまでテニスはさせんと怒られたぜよ、と肩を竦める仁王にブッと吹き出しそうになったがこれはいいことを聞いたとは「仁王くん!」と力強く呼んだ。


「私が送ってあげまっせ!」
「…お前さんが変な口調の時は下心がある時じゃな」

親指までグイっと決めポーズをとったせいか仁王が2歩ぐらい下がってしまう。酷い、裏はあるけど下心はないよ!
足に負担かけちゃまずいでしょ、とかそれらしいことを並べたて仁王を自転車に乗せると逃げられないようにさっさと出発した。これで無事学校から脱出できる。



「お前さんは部活に行かんのか?」
「私には仁王くんを送る任務がありますから」
「………」
「わああっ待って待って!足でブレーキかけないで!倒れるって!」

足怪我してるのにダメじゃないか!と前を向いたまま怒れば背中に重みがかかった。今迄後ろに乗せてもバランス感覚がいいのか絶対触れてこなかったのに今は背中が温かい。え?と思わず振り返ろうとしたが背中に頭を押し付けれてるせいで振り返られなかった。


「仁王くん?」
「別にお前さんが行っても邪魔にならんぜよ」
「本当に〜?行ったら赤也に怒られたりしない?」
「……赤也には怒られるかもしれんの」

今日特に話題に出る赤也の名前を出せば低い声で返され「でしょー」と笑った。アイツはテニスバカな上に私に吹っかけるのを仕事にしてるからな。部長になったから堂々といびられる気がしてならない。



「そういや、仁王くんて勉強できる人ー?」
「なんの話じゃ」
「得意科目はー?」
「……数学じゃが」
「おーし!今度数学のわかんないとこ教えてくださーい」
「え、嫌じゃ」
即答?!ちょ、ちょっとは考えてよ…」

話題をテニスから逸らしたくて別の話題を出してみたが仁王は冷たかった。
いやまあ、私もいきなり過ぎたと思うけど。でも幸村に教わるくらいなら他の人に教わった方がいいのは確かだ。断るにも理由は欲しいし、それで自分より勉強が出来て教えてもらえるなら尚更いい。


「1回につきパンか飲み物」
「え?」
「1回教えるごとにパンか飲み物1つで手を打っちゃる」
「マジで?!ありがとー!」

さすがに無理かな、と思ったが意外とあっさりとお許しを得た。
よおし、道連れができたぞーやったー!と嬉しさを蛇行運転で表現すれば「酔う!」と仁王に頭をチョップされた。これ以上バカになったらどうすんだよ。いえ、はい。悪いのは私です。

そんな感じで日が傾いていくのだった。




(良くも悪くも)赤也って1日に1回は話題に出てそう。
2013.01.27