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□ 20 □




部活を引退してそれなりに経ったが3年間のクセというものはなかなか抜けないもので、今日もいつものように教室を出ていつものように部室のドアを開けた。
中に入れば自分と同じように丸井とジャッカル、幸村がいて他の3人は?と聞けば委員会に出てるがすぐに来るだろう、と普通に返された。


「あーもう!全然いねーっス!!」

荷物を置いてPSPをしてる丸井の隣に座れば、勢いよくドアを開けた赤也が入ってきた。「どこに行ったんだよ、あの先輩!!」とイライラしてるところを見ると今日も見つからなかったんだろう。
だが「だから地味っていわれるんだよ!!」と口に出すのはよくない。そういうところがを遠ざけてる理由だといつになったら気づくのだろうか。

それでも毎日汗だくになるまで走り回ってる後輩に「健気じゃのぅ」と零せば赤也は顔を真っ赤にし、隣にいた丸井とジャッカルが吹いた。


「な、な、なにいってんスか!仁王先輩!!」
「校舎中を一生懸命走り回ってたのかと想像したら泣けてきたんじゃ」
「な、泣くマネなんかしないでくださいよ!つか、別に俺は一生懸命なんて全然!適当にブラついてただけっス!探してるのだって皆瀬先輩の為であって!」

「何じゃ、お前さんは部長なのに部活をサボって皆瀬の気を引こうとしとったんか?」
「ちちちちち、違いますよ!」
「じゃろうなぁ。そんなことがやぎゅ…んん、これは俺の口からはいえんが、そいつにバレたらお前さんの命は危ういかもしれんのぅ」

「……っ」

「あ、そこに真田が」
ヒィイ!す、スンマセン!!俺サボってないっス!今部活行きますか、ら…?」
「ぶふっ!」
「赤也…お前って奴は」


指差した先に慌てて謝った赤也だったが、そこに真田も誰もいなくて首を傾げた。それを丸井がゲーム画面を見ながら吹き出し、ジャッカルが頭を抱えた。ロッカーの前にいた幸村も微笑ましく見ている。



「……仁王先輩、また騙したんスね?」
「いや、そこに真田の残像があったんじゃ。もしかしたらそろそろ来るかもしれん」

「な、何言ってるんですか。そんなわけ」
「そりゃドッペルゲンガーじゃねぇのか?」
「ドッペルゲンガーじゃ真田死んじゃうんじゃない?」
「俺も今真田のドッペルゲンガーを見たぜぃ」
「副部長死ぬんスか?!」

「誰が死ぬだと?!」

「ぎゃーっ!!出たー!!!」



睨んでくる赤也に適当なことをいえば全員で畳み掛けからかった。するとタイミングよく真田が現れ赤也が悲鳴を上げた。しかも後ろには柳生もいるものだから、顔を真っ青にさせ半泣き状態の赤也を見た丸井が腹を抱えて笑いだした。

仁王達も一緒に笑うと真田と柳生は益々わからない、と眉を潜めてくる。その顔も笑いを誘って「さすがじゃのぅ」と笑みを作った。

真田はさっさとジャージに着替え、赤也のお目付け役として部室を出て行ったが、残りの3年はまだ外に出るつもりはないらしい。


「…にしても仁王。さっきのは神がかってたな。真田が来るって読んでたのか?」
「たまたまぜよ。まあ、いつもの時間ならこのくらいだな、程度には思っちょったが」
「仁王くん。あまり切原くんをからかってはいけませんよ」
「そんな固いこというなよぃ。面白かったんだし結果オーライだろぃ?な、ジャッカル」
「…いや、なんでそこで俺にふってくんだよ」
「それにしても、今日もさんは捕まらなかったんですね」
「みたいだな。つーか赤也見てっと健気どころか不憫でならねぇぜぃ」
「ああ。全っ然伝わってねーもんな…」

部室に買いだめてあるお菓子を引っ張り出し食べだした丸井にジャッカルも同意して苦笑した。



本人は未だ認めないが仁王達には周知の事実である。まるで戸のない家を公開してるようなもので、全てが手に取るように丸見えなのだ。その為、よくからかわれるネタにされるのだが、赤也は相変わらず面白い反応を返してくる。

今頃は真田にしごかれて泣き言をいってる頃だろう、そう思っているとロッカーに寄りかかったままの幸村がふと気づいたように口を開いた。


「そういえば、仁王はなんで校舎中を見て回ったってわかったの?」
「ん?…勘じゃが?」
汗だくだったしの、と付け足せば幸村は顎に手を当て「ふぅん」と考える素振りをする。

「俺はてっきりさんが校舎にいないっていってるように思えたけど」
「……勘繰りすぎじゃろ」

確かに今日も速攻帰る!と言っていたから学校に残っていないのはわかっていたが、仁王自身そこまで考えての発言ではなかった。「だってさんと仲いいでしょ」といわれ「そうでもなか」と肩を竦めた。どこか挑発的に聞こえるのは気のせいだろうか。


「…赤也は来ているか?」
「赤也ならコートで真田に地獄の特訓を受けてるところだぜぃ」
「そうか。ならいいのだが…」
「何かあったの?柳」
「あいつは何故校舎内を走り回っていたんだ?生徒会に苦情が来たぞ」
「「「ブッ!!」」」


なんとなく降りた沈黙に黙っているとまた部室のドアが開いた。現れたのは柳で、困惑気味な顔で話す内容に仁王達が吹き出した。「あいつマジで校舎全部回ってたのかよぃ!」と丸井がテーブルを叩きながら笑い、柳生も口を抑えながら必死に笑いをこらえてるのが見えた。



「じゃ、さんも来ないことだし俺も打ってこようかな」
「何だ。を待っていたのか?」
「ああ。でもフラれちゃったから柳、相手になってよ」
「……わかった」

ジャージに着替えといてを待っていたとは正直思えなかったが、柳は何もつっこまず着替えて部室を出て行く。それから皆瀬の手伝いをしに行くであろう柳生が変なタイミングで出て行き、残ったのは丸井とジャッカル、それに仁王だけだった。

「柳生は皆瀬とくっつく気あんのかねぇ…」
「ないわけじゃねぇだろ。あんだけわかるようにやってるんだしよ」
「大会終わったんだし、付き合っちまえばいいのに」

未だにそれらしい感じになってないことを知ってるのか丸井がガムを膨らませながらPSPをいじり、ジャッカルもまた「ある意味付き合ってるようなもんだろ」と返した。


赤也と違った意味であの2人は知られているので仁王達は時々やきもきしながらも見守り続けている。暗黙の了解で選手とマネージャーが付き合うのはよくない、というのがあったせいか柳生達は微妙な関係のままだ。
だが、丸井のいうようにそろそろ本当の意味で付き合ってもいいんじゃないかと、他人事ながらぼんやりと仁王も思った。


「いいねぇ。恋…」
「…どうしたんだよ、いきなり」
「いや、なんかあいつら見てたら恋っていいなあって思い始めてよ」
「お前ついこの間"もう恋なんてしねぇ!"っていってなかったか?」
「なんじゃ丸井。彼女と別れとったのか」

ポツリと呟いた丸井に驚いていると彼は顔をしかめてテーブルの上に顎を乗せた。テニスやりたいからもうつきあえない、といって自分から別れたらしい。
これも珍しいことだ。いつもなら相手から別れ話が出るのに。



「私とテニスどっちが大事なの?とかいわれてみろよ。別れたくなるだろ?」
「そういうもんか?」
「ハア〜モテねぇジャッカルにはわからねぇだろうよぃ」
「お前、何気に失礼なこというなよ」
「その頭じゃ寄ってくんのはじーさんばーさんだけだろ」
「ああ、拝んだらご利益がありそうじゃの」
「俺は地蔵か!!」

怒るジャッカルを無視してはぁ、と溜息を吐いた丸井は「も今頃彼氏と会ってるんじゃね?」と投げやりに零した。だから部活にこねーんだよ、あいつ薄情なんだよ、とぼやく丸井になんとなくムッとして思わず「それはなか」と返してしまった。


「…なんだよ、証拠でもあんのかよ」
「………アイツがモテるような女には見えん」
「わっからねぇーだろ。世の中にはいろんな男がいるんだし、1人くらいが好きな奴いるかもしれねーじゃん。変態野郎のおっさんなんか学制服ってだけで萌えたりするんだぜ?」

食ってかかったのが気に食わなかったのか、好き勝手なことをいい並べた丸井だったが、自分の言葉で何を想像したのか「…なんかが心配になってきた」と顔を青くした。きっとその変態野郎に襲われるの姿でも思い浮かべたんだろう。
仁王も同じような想像をして眉を寄せその映像をうち消した。胸糞悪かった。


「想像すんのは勝手だけどよ、正直そんな暇ないだろうぜ?あいつマジで勉強しねぇとヤバイし」
「あ?そうなのか?」
「第一志望、立海よりもちょい上の偏差値だからな。部活かまってる暇あったら勉強しろっておふくろに怒られたらしいぞ」
「マジかよ!」

のおふくろめ、余計なことを!と驚いた割にそれ程怒っていない丸井を仁王は不思議に思った。全国大会の時に別の高校に行くかもしれないとに聞かされたらしく、丸井はずっと不機嫌だったのだ。
赤也とジャッカル辺りはずっととばっちりを受けていたから仁王も覚えている。(余談だがこの事実を赤也はまだ知らない)。



の受験の話を聞いても怒らんのじゃな」
「んー、まあな。試験を受けることは止めらんねーしよ。だからとりあえず受験に落ちるように願掛けしといた」
「……が聞いたら号泣ものじゃな」
「だろぃ?」

ニカっとくったくなく笑う丸井に隣のジャッカルが頭を抱えたのが見える。世の中の受験生が聞いたら間違いなく顔面蒼白ものだ。「初詣は俺のお願いの次にそのことお願いしとかねーとな!」と、意気込む丸井に仁王は心の中で合掌したのだった。



*****



一方、テニスコートでは幸村が自分のガットの具合を指で確認していた。するとジャージに着替えた柳がやってきてにこりと微笑んだ。

「俺の前では無理して笑わなくていいぞ」
「…なんだ、バレてたか」

肩を竦めて苦笑すれば柳も笑みを作った。フェンスに寄りかかりながら赤也達新生レギュラーを見ると同じように柳もそちらを見やる。時々飛んでくるボールを打ち返しながら幸村は溜息を吐いた。


「今日は来てくれるかなって思ってたんだけど…」
「大丈夫か?」
「正直しんどい。待つのはもう慣れたって思ってたんだけど」

あの入院生活で耐えるのは慣れてしまったと思っていたのに、いざこうやって彼女を待っているだけの日々は正直堪えた。この様子だと、これからも何かしら用事を取り付けては逃げ続けるんだろう。
そう簡単に予想できて幸村はまた溜息を吐いた。

「まあ、こればかりは気長にやるしかないだろうな。急いてことを仕損じては何もならないぞ」
「わかってる。それはあの時に十分感じたし」


以前、柳のクラスでと鉢合わせをした時十二分に分かってしまった。会うのは全国以来だったは見るからに幸村を避けていて内心傷ついたのはいうまでもない。
けれどそうさせてしまったのは自分だからどうしようもなくて溜息だけが溢れる。勇気を出して誘ってみてもなびくどころか遠くなるばかりで、距離感だけが浮き彫りにされてる気がしてならない。

こんなにも人に避けられたのは人生初で、もうどうしたらいいのかわからなくなっていた。

「赤也もだらしないよね。好きなら死ぬ気で見つけて連れてくればいいのに」
「……それは難しいだろうな。赤也とのクラスは校舎自体が違うし、自転車置き場や非常階段、空き教室云々を踏まえて赤也がを見つけられる確率は23%程だ」

「…俺が行こうかな……」
「それは得策ではないと最初にいったはずだぞ、精市」
「……」
「お前が出ては折角見えていたものも見えなくなる」



厳しい口調で進言する柳に幸村は「わかってるよ、ごめん」と謝った。
この件に関して特に柳が厳しいから逆らわない方がいいのだ。


それもそのはずで、柳はが退部届を出したことを知っているのだ。勿論話したのは幸村だが、全国の後様子がおかしいと言及されなければ柳に話すことはなかっただろう。
あんな形相で柳に怒られたのは共に過ごしてきて初めてのことだった。

自分はあまり動じない方だと思っていたがあの時ばかりは動転してしまった気がする。
そのせいで幸村は柳の監視の下でしかと接触できないが、変な話そのお陰で自分はを誘えたり笑えたり出来たように思う。


「部長〜!助けてください!!」
「赤也!!逃げるとは何事だ!」

たるんどる!という雄叫びに近い声に反応してそちらを見やれば赤也が半泣きの顔でこちらに逃げてきた。「だって副部長が俺をサンドバックにするんスよ〜?!」といえば「そんな軟弱なことをいっている暇があったら練習しろ!」と真田が発破をかけてくる。実にいいコンビだ。見ていて飽きないよ。


「幸村、柳。お前達も見ていないで後輩の指導をしてくれ」
「ああ。そうだな」
「もう少ししたら行くよ」

赤也をコート内に追いやり振り返った真田がそんな声をかけてくる。「身体を冷やすなよ」と心配してくれるのは嬉しいけど俺、女の子じゃないからね?そこまで軟弱じゃないよ。
戻っていく真田の背中を見送りながらそんなことを考えているとなんとも言えない顔をしていた柳がぼそりと呟いた。


「…赤也はいつになったら自分が部長だと自覚するんだ?」
「さあ?多分俺達が卒業してからじゃない?……そうだ、柳」
「何だ?」
「真田には話さなかったんだ」



いつもどおりに接してくる真田に笑みを作って柳を見れば「当たり前だ」と返された。確かに退部話を真田に持ち出したら制裁は免れなかっただろう。
話せばわかってくれるかもしれないが、何らかの亀裂が入ったのは間違いない。それだけのことをした自覚はある。

そこまでを考慮して真田に話さないでくれてるのかと彼を伺えば「退部をさせる気がないのなら話す必要はない」と平然と答えた。


「それはそうと。アレは読んだのか?」
「…ああ。読んだ」
「感想は?」
「見なきゃよかったって後悔してる」

幸村と柳の間で『アレ』といえばと皆瀬が書いている部誌しかない。
柳に勧められて随分経ってしまった。本当は全国大会の後に見るつもりだったが、とあんなことがあって怖くて読めなかったのだ。


それを先日皆瀬がたまたま持ってきたのをきっかけに読んだのだけど、中身を見て後悔したのはいうまでもない。
最初はどこをどう読んだらいいのかわからないくらい関係あることもないこともびっしり書き込まれていて眉を寄せたけど、日を追うごとにどんどんまとめられていって大会の辺りには皆瀬と然程変わりないくらいの正確なものになっていた。

きっと柳が何か言ったんだろうな、というきっかけみたいなものはわかったけどそれ以外はただ本当に情報が多くて。
それがわかって幸村は愕然とした。



はテニスに興味がないんじゃない。
むしろ好きなんじゃないか。


マネージャーの仕事は多い。皆瀬と分担して他の平部員に手伝ってもらっても慣れない内はさばききれるものでもない。慣れても人数が人数なだけに難しいくらいだ。それなのに毎日変わらずノートを埋め尽くすだけの文字に幸村は閉口した。
好き嫌いなんてちっぽけなもので収まる次元じゃない。それだけの能力をは持っていたのだ。

柳が気にいるわけだ。そう理解した頃には幸村は後悔しかなくて柄にもなく泣きたくなった。
幸村は悩ましげに額を押さえ、深く息をつく。


「…反省は、してるようだな」
「物凄くね………ねぇ、柳」


入院していた頃の俺は一体何を見てきたんだろう。窓越しから見える空を勝手にくすんでると勘違いしてた気分だ。窓を開ければ冬の日ですら綺麗な青だというのに。


「俺、さんと友達になれるかな?」


そう、空を見上げて問えば「お前次第だな」と柳の静かな声が聞こえてきた。




真田ドッペル(笑)
2013.01.28