Autumn has come.




□ 21 □




徐々に秋も深まり、そろそろマフラー巻こうかな、とジャケットの袖をめいっぱい伸ばして手を隠していると向こうからシャツ一枚で腕まくりをしている大きな奴がやってきた。
それを見てはうわっと顔を歪めると相手も何だ、といわんばかりに眉間に皺を寄せた。そういう顔をするから余計に老け顔に見えるんだよ。


「寒くないの?」
「お前は寒そうだな」
「今日11月後半並の寒さっていってたんだよ?寒くないわけないじゃん…!」

風通しのいい廊下で言い放てば、奴は「俺は鍛え方が違うからな」とさも自慢そうに口元を吊り上げた。こいつはテニス以外にも普通に鍛えてるからなあ。冬なんか家族(男のみ)総出で寒風摩擦してるとか弦一郎のママさんいってたもん。


「お前も部活に来れば寒くなくなくなるぞ」
「そもそも超合金みたいな身体のアンタに話したのが間違いだったわ」

二言目にはテニスの話題を出す従兄に素知らぬ顔で返せばまた眉間の皺が増えた。だから行くに行けない理由があるんだってば!

ちょっと前にジャッカルが幸村が部室で待ち伏せしてるって言ってたんだぞ?!そんな自ら死にに行くようなことするわけないじゃん!私だって命は惜しい!
それに最近赤也も私を探して放課後走り回ってるっていうし…。何の包囲網なんだっての。

赤也が探してるくらいならなんとも思わないけどその後ろに幸村がいるとなると間違いなく赤也は蟻地獄にいる餌だ。その下に幸村がいるのかと思ったらの背筋がゾッと震えた。


是が非でも逃げ切ってみせるぞ、と拳を作って誓いを確認したところで弦一郎の手元に視線がいった。弦一郎にしてみれば普段見ないようなピンク色の物を持っていておや?と顔を上げた。余談だけど、ピンクと弦一郎も似合わないよね。



「そういや真田のとこのクラスは文化際何やるの?」
「……」
「え、いえないようなものやるの?」
「…喫茶店だ」
「へぇ」

間が気になったけど弦一郎の渋い顔を見ると変な役回りになったのだろう。そのピンクはエプロンだろうか。「のクラスは何をやるんだ?」と聞かれて展示、と返した。


「ジャッカルに聞かなかった?」
「…ああ、そうだったな。何を展示するんだ?」
「写真部の伊勢ちゃんがはりきってたから多分今迄撮ったやつ貼るんじゃない?」

時期はもう文化祭になっていてのクラスも活気だっている。確かテーマは立海とはこんなとこだよいいとこさ、だった気がする。

担任に子供がいるせいか、小学生が立海に行きたくなるようなお子様ホイホイを作ろう、という下心満載でクソ真面目なものになっちゃって文化祭なのに楽しさがないんだよね。その分当日は仕事があってないようなものだけど。
そんなことをいったら弦一郎が納得したように「それなら大丈夫そうだな」と頷いた。


「実はテニス部も演劇をやる予定でな。それならお前も手伝いに来れるな」

うへ、やぶ蛇だった。ニヤリと笑った弦一郎に今度はが顔をしかめる番だった。



*****



放課後、赤也の追尾を逃げ切ったは灯台下暗しよろしくと学校の図書室で勉強していた。
立海の図書室はそこそこ広いのだが本が多すぎていまいち整頓がうまくいっていない。その上近くに大きな図書館があるから立海生の利用頻度は他の学校に比べて少ないようだ。

そんなわけで広々と使えるわけだがが座ってる場所は冬はかなり寒いであろう、日も暖房も届かない出入口から死角の奥まった席に座っていた。何を隠そう赤也対策である。
開いてる教科書は数学で隣にはお願いしたとおり仁王が座っている。

「んで、xがyで…」
「そっちじゃなか。こっちが先」


指摘され、首を傾げながらもシャーペンを動かすと答えが出てきた。これでいいのか?と彼を見やれば呆れた顔で「何変顔しとるんじゃ」と鼻を摘まれた。
正解かどうか確認したかったのに変顔ってどういうことよ。イジメか?

さっさと次の問題もやれといわれて四苦八苦しながらも解いていけば「こんなもんじゃな」と仁王先生からお褒めの言葉をもらった。


「褒めとらん。できて当たり前じゃ」
「うっ…スンマセン」

厳しい先生だな。ちくしょー何で試験項目に数学あるんだよー。それがなければこんなに苦労しないのに。面倒だな、と髪をいじりながら次のページを開けば「そうじゃ、」と授業料で渡した温かいコーヒーを飲みながら仁王が話しかけてきた。


「お前さん丸井に変なサイトを教えたじゃろ」
「え?変なって何、変なって。そんなの教えてないよ」
「…おかしいの。丸井が授業中ずっと笑っとるからてっきりお前さんのせいかと」
「おい!なんでもかんでも私のせいにするな!…あ、」

全国大会後、なんとなく疎遠になっていたのだが、最近また丸井が教室に遊びに来るようになってジャッカルと一緒によく話すのだが、苦情をいわれるようなことをした記憶はなかった。

サイトってなんだ?と思ったがもしかしてあれか?と携帯を取り出した。そういえば、今ジャッカルと笑える動画サイトを探すのがブームになっていてその流れで丸井にも教えた気がする。



「確かこの辺に……あ、あったあった。これ見てたんじゃない?」
「……ブッ」

やった。笑った。吹き出した仁王を満足げに見やると、その視線に気づいたのかすぐに表情を戻し「お前さんも暇じゃの」と呆れられた。フッ…今更いっても遅いですよ仁王くん。

「いいんだよ。気晴らしに見てるんだから」
「…お前さん、ちゃんと外に出て日に当たるんじゃよ」

受験勉強の合間の癒しなんだから放っておいてくれ!といえば可哀想なものを見るような目で、肩を叩かれた。真面目な顔でいわれるのが無性に腹立つ。イケメンは真剣な顔すると本気にしか見えないからマジやめてほしい。


「……これ以上踏み込むのは危険な気もするが…怖いもの見たさで聞いてみてもよかか?」
「…何を聞こうとしてるんだ、アンタは」
別にいいけど。だからその真剣な顔で不安そうに見るのやめて!


「他に何の動画を見とるんじゃ?」
「え…?………あ、他は猫とかペット動画かな」
「………」
「…ねぇ。その顔やめてくんない?マジで殴るよ?」


思ってたよりも普通の質問だ、と思って答えたら今以上に何この可哀想な人間!みたいな顔をされた。私だってちゃんと現実に友達いるっての!!
バカにしてんのか!とパンチをすれば「ピヨ」と避けられ、机の角にぶつかった手が非常に痛かった。



*****



夕食後、母親の目に耐えかねて部屋に戻れば携帯が震えた。テレビ折角いいところだったのに!と舌打ちをしたところだったので思わず睨んでしまったが鳴った着メロに目を見開いた。

ベートーベンの『運命』だ。
は広くもない部屋を走って携帯の通話ボタンを押した。


「も、もしもし。です!」
『俺だ』

そう、運命の着メロは跡部さんで設定したものだ。跡部さんならクラシックだろうということでない知識を総動員して選んだのだが結局ありきたりなものになってしまった。でもこれが結構、的を得てる気がする今日この頃だ。

『お前、明日からの週末は暇か?』
「暇かといえば暇ですが、一応じゅけ」
『ならいいな』
「ちょ?!……は、話を最後まで聞いてくださいよ…」
『明日、9時に迎えに行く。こっちで大方用意してあるが不安なら2泊3日分で用意しておけ』
「え、どこかに泊まるの?」
『ああ。いいところに連れてってやる』


楽しみにしておけ、そういって跡部さんはさっさと電話を切ってしまった。毎度のことながら跡部さんの電話は突然始まって突然終わるなぁ。

「あ、行き先聞いてないや」

一瞬、不安になったが跡部さんが変なところに連れてくとは思えなかったので、は深く考えないまま寝たのであった。

それが後でこんなにも後悔するとは考えもしなかった。



次の日の朝、本当に跡部さんが迎えに来て初めてベンツなるものに乗った。音も振動もなく、ふかふかなシートにテンションが上がったが、緊張して目的地までピクリとも動けなかったのは秘密だ。
いや、あまりにもふかふかで道を曲がった時にバランス崩して跡部さんに笑われたな…。

そんなこんなで軽やかに止まったベンツから降りてが見たものは広大な敷地とテニスコートだった。

「うわっ見る限りコートしかない!」
「バーカ。周りをよく見ろ。それ以上に自然に囲まれてるだろうが」
「も、もしかして、これ全部跡部さん家の持ち物ですか?」
「アーン?まあな」
〜!」

あ、今ドヤ顔した。と彼を見たら後ろから攻撃を受け危うく転びそうになった。のし掛かる重みを堪えながら絡み付く腕の主を見ればふわふわ髪が見えた。


「え、ジローくん?!」
「へへへー。久しぶりー」
「よっ!つってもまだ1ヶ月も経ってねーぞ。ジロー」
「岳人くん?!」

ジローくんを動かせばおかっぱの岳人くんや他の氷帝のテニス部レギュラーが勢揃いしていた。あれ、でも忍足くんが凄く残念そうにしてるんだけど。

「忍足くん、何かあったの?」
ちゃん、何で来たんや…」
「え?」
私来たらダメだったの?不安げに視線を動かせばキャップを被ってる、確か宍戸くんと目があった。


「あー別にお前に来るなっていってるわけじゃねーぜ」
「そ、そうなの?」
「はい。先輩方は賭けをしてただけですから」

賭け?と首を傾げれば、「跡部の誘いにが乗るかどうか賭けてたんだよ」と教えてくれた。



「ついでに、侑士以外全員来るって賭けてたんだよ」
ちゃん何で来たんや〜!これがもし誘拐やったらどうするつもりだったんや…っ」
「バカか。俺を犯罪者と一緒にするんじゃねぇ。…まぁいい。この勝負俺の勝ちだな、忍足!」

さっさと払いな、といって跡部さんが差し出した手に忍足くんはがっくりと肩を落としたのだった。
うーん。思い出しても誘いというより強制連行だったようにも思うんだけど…でもいわない方がいいよね。私の為に。ごめんよ、忍足くん。と心の中で謝っておいた。
そして、恐ろしいことに払われた賭け金が万券だったのをは見逃さなかった。


どうやら氷帝の皆さんはこの別荘で休みを過ごすらしく、オフの日らしく氷帝ジャージでない格好でテニスをしている。いつも統一した色合いで見ていたから新鮮だ。
オフということは氷帝のマネージャーもいないわけで、その代わりにが呼ばれたらしい。とんだ下僕扱いである。

私を暇人だと思うなよ!という意味を込めて「跡部さんの召使いさん使えばいいじゃん」と文句をいえば「受験なんぞに埋もれてるお前を呼んで気分転換させてやってんだ。文句あんのか?アーン?」と返された。
うっ…そんなこといわれたら言い返すどころか頭が上がらないじゃないですか。


みんな好き勝手にテニスをしてる中、は飲み物を用意しつつぼんやり外を眺めた。
360度木に囲まれたコートは森の中といって過言ではないくらい静かで緩やかだ。ビルもない空はとにかく広くてマイナスイオンをビンビン感じてくる。うむ、これは確かにいい気分転換になりそうだ。


「あ、お疲れ様。それにしても随分念入りに打ち合ってたね」
「あれ?お前聞いてねぇの?」
「ん?何を?」

暑そうにTシャツを揺らす岳人くんにタオルとドリンクを渡せば彼は不思議そうにこちらを見てきた。そしたら一緒に受け取った忍足くんも「なんや。知らんのか?」と驚いた顔で見てくる。


「こんだけコートがあるんだから他の奴も呼ぼうぜってことになってよ。午後になったらここに来るぜ」
「へぇ。誰が来るの?」
「幸村達や」
「ごめん跡部さん!私帰る!!!!」



幸村の名前を聞いた途端挙手をして跡部さんに進言すると奥のコートから「ああ?何言ってんだてテメー!」と怒られた。

「無理無理無理!私帰りたい!お腹痛い!」
「そんな嘘が通じると思ってんのか?アーン?」
「だって無理なもんは無理なんだって!帰りたい!帰らせてください、このとおり!」

必要なら土下座もしますから!と訴えればこちらに歩んできた跡部さんがしかめた顔で「理由をいえ」と命令口調で投げてくる。一切逆らえないオーラまで飛んできた。


「ここにいるって弦ちゃんとか幸村くんにばれるのマジでヤバイんです…っ」
「弦ちゃんって誰のことや?」
「……あ゛、」
「アーン?真田のことだろ」

やっちまった。拝んで頭下げてる顔を恐る恐る上げると「そういや、お前らは従兄弟同士だったな」と跡部さんが笑っていた。からかわれたらごめんよ弦ちゃん。


「だが、帰す気はねぇ」
「マジで困ります!」


弦一郎達には何度も受験で忙しいからと誘いを断っているんだ。それなのにこんなところにいるとバレたら…間違いなく殺される…!!
そんなの絶対嫌だ!必死の形相で跡部さんに詰め寄ると彼は嫌そうに眉をひそめたので少し後ろに下がった。はい、聞き分けはいい方です。


「仕方ねぇな。岳人、こいつに服を貸してやれ」
「へ?」
「男物を着れば少なくとも女には見られねぇだろ」

果たしてそれくらいで乗り切れるのか定かではなかったが、岳人くんがOKしてくれた為急遽、男装?する羽目になったのだった。




はめられました。
2013.02.02