Emergency!




□ 22 □




そうだよ。何気にそれらしいことはちょこちょこあったじゃないか。
弦一郎が電話でこれからある練習試合を報告してくれたりとかジャッカルが週末の予定を聞いてきたりとか。ていうか、気づこうよ。ジローくんが起きてはしゃいでる状態は丸井の存在以外ないんだってことを!!

「まーるいくぅーん!!」

『ATOBE』と書かれたバスから出てきたレスキュー服と見間違えんばかりの立海ジャージにはその場で崩れ落ちたくなっていた。跡部バスから突っ込んでいいのか、レスキュー隊員でお願いします、とボケていいのか今の私は混乱中だ。


ちゃん。大丈夫か?」
「…多分、」

ぞろぞろと近づいてくる幸村達には隣にいた忍足くんの後ろに隠れた。「そう隠れんでも、全然ばれへんて」と気軽にいってくれるが私の緊張感はMAXだ。うげ、赤也までいる。奥の方でワカメが揺れてるのが見え、顔をしかめると前にいる忍足くんがくつりと笑った。

「そないに立海が嫌なら氷帝にきたらええのに」
「それとこれとは別ですよ、忍足くん」


別に立海が嫌とかいうわけではない。そして氷帝に行くつもりは毛頭ない。ぷいっとそっぽを向いてやれば「いけずやなぁ」と帽子越しに頭を撫でられた。

「…それにしても、岳人の服がこないにぴったりとはな」
「私もびっくりですよ」

同じくらいだとは思ってたけど服もぴったりだったとは。



跡部さんの指示で岳人くんからパーカーとハーフパンツを借りたのだが実にぴったりで、身体のラインも出ない。髪の毛をアップにして宍戸くんに借りた帽子を被ってしまえば遠目からなら確実に男の子だろう。
しかもこのパーカー、メンズなんだけど可愛いんだ!どこで売ってるのか聞いたら某ブランドだったので「へぇ〜」としかいえなかったけど。庶民には手が出ませんがな。

視線を跡部さんに移せば幸村と挨拶とか説明をしている。これからすぐに練習に入って軽く試合をするらしい。初日からやる気満々だな。
話が終わってこっちに戻ってくるのをぼんやり見ていると跡部さんがニヤリと口元をつり上げた。楽しそうですね。


「ほらな。わからなかっただろ?」
「あかんわ跡部。ちゃん俺の後ろに隠れとった」
「アーン?お前いい加減腹括れよ」
「…もう少し時間をくださ…あぶっ」
ー?どうしたの?跡部に苛められた?」

呆れた視線に耐えられず逸らすとジローくんが「元気ないね」と後ろからタックル込みで抱きしめてきた。うおぅ!毎度のことですが、ジローくんは抱きグセあるんですか?

氷帝の皆さんが色々軽い感じで接してくれるのはありがたいんだけど、こういう接触は免疫ないので対応に困るんですが。ぎゅうっと包まれる感覚とか肌に当たる温かさとかマジ緊張でテンパりそうなんですけど。


動揺して固まってるを見かねたのか跡部さんは溜め息を吐くと「樺地。ジローを引き離せ」と樺地くんに命令した。自分じゃやらない跡部さんもそうだがいうことを聞く樺地くんも樺地くんだ。傍から見たら弱味でも握られてるんじゃないかと勘違いされそうだ。

「えーケチー」と文句をいいながら引き離されたジローくんに跡部さんは髪をかきあげ、ここにいる氷帝メンバーを見渡した。



「いいか。お前らよく聞けよ。今回の合宿はそれぞれの弱点の確立と克服が課題だ。と幸村達のゴタゴタに興味はねぇが、アシストをする人間は残しておきたい。よって俺はを帰す気も、ゴタゴタに関わる気もねぇ」
「…跡部。ちゃんが固まっとるで」
「話は最後まで聞け。ようは、何事もなくこの休みを満喫できればいい。そうだろ?樺地」
「ウス」
「その為にはをこのまま男として扱って、幸村達にバレないようにする必要がある。つーわけでだ、ジロー!」
「ん?何で俺?」
「…お前が1番危ねーんだよ」

本人目の前にして扱き使う気満々です!宣言をされて固まっていると跡部さんはジローくんを睨んだ。が、彼は眉を寄せるだけで首を傾げている。


「お前はのこと名前で呼んでるだろうが」
「ああ!」
「…ちゃん。今気づいたんかい」
「忍足オメーものだ。「は?」それから向日!オメーも名前で呼んでたな」
「お、おう」
「これから休みが終わるまではを名前で呼ぶんじゃねぇぞ。できれば苗字も変えた方がいいが「えーっ」黙れジロー!マネージャーの仕事1人でやらせるぞ!」
「う〜っ嫌だC〜」
「ちょいまち。何で俺までいわれなあかんの?」
「…テメーは男にも『ちゃん』付けで呼ぶってのか?アーン?」


そんなことした日にゃ高校でレギュラーになっても蹴落とすぞ、と軽蔑するような目で忍足くんを黙らせた。コートでもないのに破滅への輪舞曲を見た気がした。



「というわけだ、。とりあえず俺らがバックアップしてやっから、お前も精々気を付けんだぞ」
「あ、はい」
「それから、お前は俺達の他に幸村達のドリンクも作っておけ」
「ええ?!」

んじゃ、練習再開だ!と颯爽と歩いていく跡部さんには抗議の声を上げたが彼の耳に届くことはなかった。というか聞き入れてもらえなかった。


「…忍足くん」
「なんや、ちゃ……いや、…やったな」
「…頑張ろうね。お互い」

ぽん、と肩を叩くとお互いユニゾンしたように同時に溜め息が出たのであった。




*****




次の日、コートに出れば夏が戻ってきたみたいに日差しが強かった。
驚いたことにあれからドリンクを作って幸村達が練習してる近くまで行ったがバレることなかった。跡部さんの助言でまとめてカゴに入れて赤也に渡しただけなんだけど。

驚愕だったのは赤也で、無言で手渡したら「何か変なものいれてんじゃねーだろーな?」と早速ケンカを売られたのだけど、それを無言で否定したら舌打ちをしてさっさと行ってしまったのだ。

帽子を目深に被って顔を見せないようにしてたとはいえこんな間近でも気づいてもらえなかったことに少しショックだった。まあ、あいつはそういう奴だったよな、と改めて思ったけど。


長袖のパーカーを着ていたもさすがに暑くて腕をまくりコートを走る。途中、妨害するように転がってくるボールを拾ったりカゴに投げたりしながら水飲み場に戻ると、汗を拭って一息ついた。

「お前、結構体力あるのな」
「あ、宍戸くん」

今日は試合形式を抜いた練習だけなので仕事は多い。後はタオルを持ってて、と考えていると後ろから宍戸くんが寄ってきて水飲み場で頭から水を被った。気持ちよさそうだ。
「ふぅ」と心地よさそうな声を上げた宍戸くんは渡したタオルで顔と頭を拭くと大して乾かないままキャップをかぶってしまった。


「宍戸くん。それムレない?」
「あームレるムレる。けどどうせ暑いんだし対処しても無駄だろ?ていうか、俺よりお前の方が暑くねーの?」
「暑いよ。こんなことになるなら髪切ってくればよかった」
「これくらいで切るなよ。もったいねぇ」
「いや、今まさにムレて暑いんですよ」

帽子の位置を整えながら渋い顔をすると「あー悪かったな」と何故か宍戸くんが謝ってきた。

「別に悪気があってお前のこと呼んだ訳じゃねーんだぜ」
「う、うん」
「そもそもジローが言い出したんだが、つられるように忍足と岳人も賛成して跡部もそれなら幸村達も呼んでやるかってことになったんだよ」
「え、幸村くん達が後だったの?」
「ああ。だからあんま気を悪くするなよ」



ぽん、と頭に手を乗せてくる宍戸くんにも笑えば「宍戸さん」と柔らかい声が投げかけられた。見ればよく宍戸くんの隣にいる鳳くんで、彼は困ったように笑ってこちらに歩み寄ってきた。

「そんなことしたら後で先輩達に怒られますよ」
「げ。これだけでかよ…面倒くせーな」
「ターゲットにされない内に退散した方がいいんじゃないですか?」
「だな。じゃあな!頑張れよ」
「うん。ありがとう!」

鳳くんが指摘すると宍戸くんは慌てて頭に乗せていた手を放し、顔を渋らせた。それから素早くコートに戻っていくと今度は鳳くんが蛇口を捻り手を洗い出した。


「あ、もしかして怪我?」
「いえ、マメが潰れただけですから」
「マメも怪我の内に入るんですがね、鳳くん」

性格が出るような柔らかい笑みを浮かべる彼に、は急いでベンチに戻ると救急セットを持って水飲み場に戻った。そしたら「わわっスミマセン!」と慌てふためく彼がいて。思わず笑ってしまった。


「いーの、いーの。今は君達のマネジなんだから。これくらい朝飯前だよ」
「スミマセン…いてて」
「はい。これで綺麗になった」
何か貼っておく?と聞いたがすぐに剥がれるし感触が変わるからいらない、と返された。結構大きなマメだったけど大丈夫なんだろうか。

「ありがとうございます」
「いえいえ」

「あの、先輩」


ん?と顔を上げれば鳳くんは周りを気にしながら内緒話をするように顔を近づけてきた。しかし、何か話すのかと思ったが困った顔で口を閉じたり開いたりしてる。どうしたのかと鳳くんに声をかければ「あの」と切り出した。



「先輩は、その立海の人達と何かあったんですか?」
「え?あー…」
「スミマセン。困らせるつもりはなかったんですが」
「いやまあ。あんだけ匂わせるようなこと言って大事なこと言ってないからね。気持ちはわかるよ」

心配そうに見てくる鳳くんには肩を竦めて笑った。むしろが部活に行けない状況を知ってるのは幸村くらいだろう。そう考えると弦一郎達にもこんな風に心配かけてるのかなって思って申し訳なくなった。


「そーだなあ。あ!大したことじゃないんだよ?!ただ、ちょっと受験で忙しいっていって部活に顔出してなかったからさ」
「それなら素直に跡部さんに連れてこられたといえばわかってもらえるんじゃ…」
「それも考えなくはなかったんだけど……でも、私がいなくてももう大丈夫だろうし」

マネージャー後継者はアンケートをとって探してるみたいだし、仕事内容は皆瀬さんが全部知ってるし自分の仕事も全部部員に教えてしまったからあそこにいる意味はもうないのだ。
それは言い訳でしかないけど、正直なところでもあった。


「…それは、悲しいです」
「え?」
先輩。自分がいなくても大丈夫、なんていわないでください」

震えるような声に鳳くんを覗き込めば涙目になっていてぎょっとした。あれ?私いつこの子を苛めたの??


「俺、宍戸さんと今年になってダブルス組んで、日も浅いですけど…凄く先輩のこと頼りにしてて。大会、は、負けたけど、でもこれ以上のパートナーはいないって思ってるんです」

「う、うん…」

「宍戸さんは3年だし、これからは、俺達が氷帝を引っ張っていかなきゃならないってわかってるんですけど、でも……俺のサーブは誰も勝てないっていってくれたけど、俺は……っ」


途切れ途切れに零される鳳くんの声を聞いていると背を丸めた彼の瞳からぽろりと雫が落ちた。



「宍戸さんとダブルスがしたい…」

「っ……」


宍戸ー!宍戸くうううぅん!ヘルプ!ヘルプー!!エマージェンシーだよーっ!!アンタ何こんな幼気な後輩に鞭打ってんの!!



きっと宍戸くんは激励のつもりでと同じ言葉の「いなくても大丈夫」といったんだろう。けれど、鳳くんにとっては突き放されたようにしか思えていないようだ。


「ごめん!私が悪かった!!」


ゴメンね!といって持ってたタオルを手渡し背中を撫でた。泣くくらい我慢してるなんて重症じゃないか。しかもの言葉でトラウマが発動してしまったんだろう。あーもう。身体が大きくても可愛い後輩だ。岳人くんくらい小さかったら抱きしめてたところだよ。

「ごめんよ。そんなつもりはなかったんだ。ただ、鳳くんもテニス部のみんなも出来ると思ったからそういっただけで」
「……わかってます。宍戸さんも先輩も信用していってくれてるんだって、でも」


辛いです。鼻をすすりながらくぐもった声を漏らす鳳くんには彼を慰めながら、困ったように笑うしかなかった。




チョタお前…っ
2013.02.02