No side.




□ 24 □




ガチャリとドアを開けたはふぅ、と息を吐きタオルを肩にかけた。時間は21時を指している。

跡部さんの別荘は浴場とは別に個室にもシャワーがついていて、男共はみんな浴場に行っているようだが、はバレるのを恐れ個室のシャワーを使っていた。
浴場に比べれば狭いだろうだが、それでも家のバスルームと大して変わらない広さのシャワールームだからバカにできない。

「それ以前に一緒に入るなんてありえないけど」

先程の忍足くんのセリフを思い出し引きつった顔で笑った。いくら男扱いだからって「一緒にお風呂入るか?」はないでしょ。隣にいた宍戸くんなんかドン引きしてたし。顔真っ赤だったけど。


ドライヤーで髪を乾かしながら鳳くん大丈夫かな?と考える。あの後こっぴどく跡部さんに叱られたけどお昼は食べることができた。その後にこっそり鳳くんに話しかけてみたのだが、いつもの彼に戻っていた。
それが少し気になるんだけど跡部さんには首突っ込むなって釘刺されたしな。


そういえば、午後はずっと見られてたな。いやむしろ睨まれてたような。柳並にさらっさらの髪で睨むように見ていたのは無口な日吉くんだ。確か新部長になった子。私、何かしただろうか。

カチッとドライヤーを止め、髪を整えたは「あ、やば」と慌ててバスルームを出た。幸村達から隠れてるのもあって昨夜は忍足くん達とゲームをしていたのだが、それが途中でお開きになってしまった為お風呂から上がったら集合、ということになっていたのだ。
跡部さんが用意してくれたパジャマと一応カーディガンを羽織って部屋を出たは携帯と鍵を確認して忍足岳人部屋へと急ぐ。


部屋は自分と跡部さん以外どうやらみんな相部屋みたいでちょっと羨ましい。絨毯が敷かれた廊下を歩きながら仁王達も今頃遊んでるのかな?と思った。
跡部さんの気遣いか、はたまた元からその予定だったのか真ん中のエントランスを挟んで西棟に氷帝、東棟立海に別れた為彼らの様子を知ることはできない。

勿論行けばいいだけなんだけど仁王にも口止めをした手前、自ら約束を破ることもできない。不満そうな顔をされたけど折角男だけで楽しんでいるのを邪魔するのは悪いだろう。



でもそのうち幸村とは決着をつけなきゃな、と思う。退部しちゃったから後の祭りなんだけど、でも自分の意見をいうくらいは許してもらおう。
仁王という味方ができて元気になったのか対抗意識がむくむくと芽を伸ばしているらしい。対抗意識、というと語弊があるけど、私もテニス部好きなんだよ!くらいはいいたい、そう思った。

今ならあの赤也ですら可愛く思える、と考えていると後ろに衝撃と重みを感じ「うおっ」と声を上げた。


「ジ、ジローくん…」
「へへへ〜捕まえたー」

この2日間でわかったことといえばジローくんがかなりのスキンシップ好きだということだ。未だに慣れないけど最初よりは大分余裕が出来てきたと思う。
それを表すように彼のふわふわな髪を撫でてあげれば猫のように擦り寄ってきた。あ、それはくすぐったいのでやめてください、ジローさん。


あったかーい」
「…暑苦しくないの?ジローくん」
「ん〜俺は丁度いいかな〜いい匂いだC〜」
「にゅおあっちょ、待っ!くすぐったいってば、ジローくん!」
「ムフフ〜こうしてると安心するんだよね〜。何かお母さんみたいで」

お母様?!私いつからジローくんのお母さんになったの?!何かくすぐったいせいなのか心折れそうだからなのかちょっと泣きたくなったんですけど。お母さんって。

「…往来で何やってるんですか」
「あ、日吉だ〜」
「あ、あれ?日吉くんも忍足くん達に呼ばれた?」
「……」

シカトかよ。ぷいっと顔を背けられムッとした顔をすればジローくんに押され気まづい雰囲気のまま歩き出した。
程なくして忍足岳人部屋に着きノックをすると、ドアを開けるなり忍足くんが「あかん!今入ったらあかん!!ちょお待って!!」といってすごい勢いでドアを閉めた。部屋の中では2人以外に宍戸くんや鳳くんもいるみたいで大騒ぎだ。

「ぎゃーっ鳳!鼻血、鼻血!!」と騒いでる岳人くんに何事?!と声をかけると「?!おおおおお前は見んな!ていうか入るな!!鳳は大丈夫だから!」と頑なに拒んでくる。何が起こったんだ。

「鳳くん。大丈夫かな……」



そう思ってジローくんに同意を求めようとしたら「んー…」とむずがるような声とそれから規則正しい呼吸が聞こえてきた。どうやら待っていたこのちょっとの間に眠気が降りてきたらしい。君はのび太くんか。
ずっしり重くなる身体にうんざりしながらも倒れないように腕を抱え直した。

ドアの向こうでは相変わらず騒々しく動き回ってる声が聞こえる。いつまで待ってればいいんだ?となんとなく隣にいる日吉くんを見やるとやっぱり睨んでいました。赤也じゃないんだから。いい加減にしないとお姉さん怒っちゃうぞ。


「……他校の後輩を苛めて、楽しいですか?」
「は?」

何のお話ですか?
訳が分からず首を傾げれば日吉くんは更に睨みをきかせてきて「午前中、」と付け加えた。


「もしかして鳳くん?」
「いるだけでも邪魔なんですから、これ以上邪魔しないでください」

どストレートだなー…あの赤也だって初対面からこんな喧嘩腰じゃなかったぞ。
私この子のどの地雷踏んじゃったの?と不安げに見ていれば日吉くんはドアを見つめ、その向こうを見つめるような視線で「あいつの邪魔、しないでください」と小さく呟くのが聞こえた。


「…なんだ。苛めたってそういうこと?」
「アンタにはそれくらいかもしれないですけどあいつは」
「あー違う違う!やっと理解したってこと!」

そういえばコートから水飲み場に1番近かったの日吉くんじゃないか。道理で睨まれてるって思ったよ。と笑えば彼は眉間の皺を増やして更に睨んでくる。わからないって顔に書いてあるのが少し笑えた。



「ちょっと、いい?」

まだドアの向こうは慌ただしいみたいだけど、ここで話すのも気が引けたので了承してくれた日吉くんを連れて忍足くん達の部屋を少し離れた。よいしょ、とジローくんを引き摺る姿に日吉くんは引き気味に見ていたけど私だってやりたくてこうしてるわけじゃないからね?地味に傷つくからやめてね?

1階に降りる階段の踊り場まで来たは日吉くんと向き合った。


「えっと、あれね。鳳くん泣いたことだけど」
「アンタのせいでしょ」
「違うから。話は最後まで聞こうね。本人に口止めされてないからいうけど鳳くん泣いてたの宍戸くんのことだよ」
「……は?」
「私がさ。宍戸くんの言葉を思い出させるようなこといっちゃったから。それで我慢できなかったみたい」

苦笑したに日吉くんは眉を寄せたまま固まった。多分、脳内で整理してるんだろう。
少しして理解したのか盛大な溜め息を吐いて「あんのバカ野郎は…」と悪態を付いた。ああいう優しい子がいると部長の日吉くんも大変かもね。どう見ても君達真逆っぽそうだし。


「でもさ。人の前で泣くなんてよっぽどじゃない?」
「…アイツは涙腺弱いんで人前だからとか関係ないですよ」
「でも結構マジに悩んでたみたいだよ」

思い出せば出すほど、宍戸くんと鳳くんがカルガモの親子みたいで。しかも身体つき逆だし。笑っちゃ悪いな、と思いながらもクスリと口元を緩めれば日吉くんがまた溜め息を吐いた。



「…能天気でいいですね」
「本当、君ってズケズケと切り込んでくるね」
「アイツの悩みだってその程度のもの、なんですけどね」
「…さすがに、それに気づける程周り見れてないでしょ」

慕ってやまない宍戸くんが欠けることばかりに目がいってる今の鳳くんじゃ、副部長という肩書きも日吉くんの存在もまだ気付けていないだろう。
それは幸村が欠けた時の弦一郎を彷彿とさせて小さく笑った。ああ、赤也ももしかしたら今こんな状態なのかもしれない。

そして冷たいのかと思ったら何気に優しい日吉くんに「まあ、頑張りたまえ」とエールを送れば嫌そうな顔をされた。


「仕方ないよ。同い年で同じ部活なんだから。そういう運命さ。部長さん」
「……無責任なこといってくれますよね」
「だって、部外者ですから」

跡部さんに余計なことするなっていわれたし。と肩を竦めれば「ここまで首突っ込んでおいて今更部外者面ですか。最悪ですね」と皮肉られた。うわっさっきまで関係ないくせにっていったの君じゃないか、日吉くん。

「でもまあ、仕方ないから面倒くらいはみてやりますよ」
「うん。その意気だ日吉部長!」

跡部さんとまではいかないけど傲慢な物言いに乗っかれば満更でもない顔で口元を吊り上げていた。もしかして部長と言われるのが好きか、日吉!

ちょっと和解できた?と期待して「うちの学校と当たるのが楽しみだね」といったら「留年でもする気ですか?」と鼻で笑われた。撃沈である。
負けるか!と「立派に卒業して応援席から見てる!の意味だよ!!」と食い気味に返してみれば「卒業できればいいですね」と一刀両断された。本当にこの子酷いんですけど。



「お、いいところにいた。おーい、芥川。お前シャンプーっていうか一式、忘れてったぞ」

日吉(もう敬称はつけてやらない!)の攻撃に撃沈しているとトントンと階段を上ってくる音と声が聞こえた。その聞き覚えのありすぎる声にピシッと固まると「あれ?芥川寝てんの?」とすぐ近くで声が聞こえた。

丁度、ジローくんの頭がの肩に乗っていて向こう側は見えないのだが顔以外は丸見えだろう。立って寝てるのを不可思議に思ったのか相手は日吉に声をかけたが視線はこっちに向いてるように思えた。


「つーか、お前確か氷帝のマネージャーだろぃ?そんな細ぇのによく芥川抱えてられんなあ」

そうでもありませんよ。めっちゃ重いです。それを手のジェスチャーだけで返したら丸井が吹き出し「何お前、おもしれーな!」と近づいてくる。やばいやばい!回り込まれたら顔バレる!

「それ、俺が預かっておきますよ」
「あ?ああ。んじゃ頼むわ。つかさ、おま……おい日吉、お前邪魔なんだけど」
「ああすみません。小さくて見えませんでした」
「…テメ、ちょっとばかし俺よりでかいからって…っ後輩のクセに生意気だな!」

慌ててるを見かねたのか日吉がずいっと前に出て通せんぼをしてくれた。それにホッとしつつ彼の手元を見ると服から何から全部あって顔が引きつった。どうやったら忘れるのよジローくん。


「俺は、こいつが何で俺のドリンクだけ甘くしてんのか気になって聞こうと思ったんだよ!」
「……」
「たまたまかと思ったけど、今日のドリンクもそうだったし」

よく知ってたな、と日吉越しにこっちに声をかけてきたけどは見れなかった。日吉が睨んでる!日吉が軽蔑を含んだ目で見下してる!!



実は以前、皆瀬さんにドリンクの粉の量を教えてもらったことがある。そこで丸井は甘めだって覚えてたんだよね。
当時は好みがあるってわかってたけど個々に合わせて作ってると思わなくて。これを見てレギュラーのマネージャーは無理だ、と思ったんだよなあ。平部員なんか質より量だからね。うん。

昨日今日は相手がレギュラーだったし岳人くんとジローくんが甘めを要求してきたしで、思い出したのついでに良かれと思ってやってしまったのだ。

だからごめん日吉。反省はしてるよ。だからそんな目で見ないで。久しぶりのマネージャー気分にちょっと張り切りすぎちゃっただけなんだって。


「んー…」
「お?起きたか?」
「あれ?丸井くん?」

そしてこのタイミングでジローくんが目を覚ましは慌てて背を向けた。そうなると背中にくっついてたジローくんも背を向けるわけで。彼は本当に悪気などなかったと思うけど普通に「あれ?どうしたの、」と呼んでしまった。



…?」



その声にとジローくんの肩が揺れた。どうやら今のジローくんは覚醒モードらしい。


「おい。芥川今なんつった?お前、っていわなかったか?」
「え?え〜どうだったかな?」
「……もしかして、そこにいるの」
「ええええっ違うよ〜っ全然知らない人!!」

「…知らない人にくっついてんのか?オメーは」
「知らなくないけど知らない人だってーっ丸井くんこそ何でここにいるんだよ〜」
「俺はオメーの荷物を好意で持ってきてやったんだよ!って!おい。何逃げてんだよ、そいつ見せろよ!!」
「ダメダメダメ!丸井くんでもそれだけはダメ!!」
「ああ?んなこといわれたら余計に見たくなるだろうが!」

「うわわ!ちょっ日吉!見てないで助けてよー!」
「スミマセン。俺芥川さんの荷物で手が埋まってて何も出来ません」
「この薄情者〜っ」
「いい加減、観念しろ!!芥川!!そこにいんのだろぃ?!」
「跡部に殺されるーっ!」


顔を隠すようにジローくんに抱きしめられたは彼の動きに合わせてあわあわとしていた。どうやら丸井が覗き込もうとしてるみたいでジローくんが盾になってくれてるらしい。
くるくる回りながら冷めた目で見てくる日吉に逃げたい気分になっているとずいっと赤が視界に入った。


「フットワークで俺に勝とうなんざ100年早いんだよぃ」
「「………」」


腕の隙間からばっちりあった目に慌てて逸らせば、ジローくんの腕がなくなって。恐る恐る視線を上げればムスっとした丸井と目があった。頭のどこかで試合終了のゴングが鳴り響く。


「…。何でここにいるんだよぃ」
「あはは…」
「笑ってんじゃねぇよぃ」

デジャヴである。そんなことを思いながら乾いた笑いを浮かべると丸井にペシリと頭を叩かれたのだった。世知辛い世の中である。




くるくる回る〜。ぴよしのツンツンにきゅん(笑)
2013.02.06