Sermon.




□ 25 □




合宿の最終日、大きな食堂、というよりビュッフェスタイルのレストランに入ったは重い足取りでテーブルについた。隣を見ればと同じように疲れ果てた顔をしてるジローくんがいて「おはよ」と声をかければ泣きそうな顔で謝られた。

「いや、そもそも私が悪いわけだし…」
「そんなことないCー…あと1日何で我慢できねぇって跡部にめちゃくちゃ怒られた…」

グスン、と鼻をすするジローくんの頭を撫でてやれば真向かいの椅子ががたりと動いた。視線を向ければ朝から見るにはちょっときついオーラを持った跡部さんで、慣れ始めた朝の挨拶を交わした。


。ジローを甘やかすんじゃねぇよ」
「まあまあ。ジローだって悪気があったわけじゃねぇし」
「そうやで。むしろこれで心置きなく"ちゃん"て呼べるんやから俺は万々歳や」
「…忍足くん。呼び方変わってません?」
「なんや。一昨日のこともう忘れてもーたん?」
「一昨日?……あ、あの罰ゲーム?!」

真向かいに跡部さんが座り隣のテーブルに座った宍戸くんや忍足くん達も話に混ざっていつの間にかのテーブルの周りは氷帝メンバーになっていた。


忍足くんの呼び方が変わって記憶を掘り起こしていけば、確かに王様ゲームの序盤で「下の名前で呼べ」というのがあった気がする。その時たまたま忍足くんとが指名された番号で、呼ばれたけど。
別にいいけどまだ引っ張るのか、と忍足くんを見れば「侑士って呼んでくれてもええんやで?」と格好よく笑顔で誘われたので丁重にお断りしました。

それから「ああ?テメーら俺様を差し置いて何遊んでやがんだ!」と変なところで怒る跡部さんにちょっと可愛い、と笑えば、ぽん、と肩を叩かれた。



「おはよう。楽しそうだね」
「……お、おはよう、ございます」

振り返ればにっこり笑う幸村がいて、はピシリと固まった。朝日に負けないいい笑顔だけどには死刑執行人しか見えないのはきっと気のせいじゃない。


「跡部。今日は公式試合と同じでやるんだったよね?」
「ああ。9時から始めるつもりだ。オーダーはもう終わったか?」
「さっきできたとこ。後で渡すよ」
「わかった」

跡部と話してる間も幸村の手はずっとの肩を掴んでいて気が気ではなかった。別に痛いというわけではなくただやんわりと置いてるだけなんだけど、それがまた怖い。昨日の恐怖が蘇るからだ。

視界の端では少し離れたところに弦一郎達立海生が席に座りながらチラチラとこっちを見ている。視線が痛ぇです。


「ところで、さんはこっちで食べるの?」
「え……?」

むしろ立海ブースで食べたら間違いなく針のムシロじゃないですか?幸村さん鬼ですか?
何を言えば正解なのかわからず言葉に詰まっていると頬杖をついた跡部さんが手を伸ばし、ぽん、との頭に手を乗せた。


「なんだ幸村。とわかった途端に随分と過保護じゃねぇか、アーン?…だが、今回の合宿でこいつを呼んだのは俺だ。だからまだお前らにはやらねぇぜ?」
「…なら、合宿が終わったら返してくれるの?」
「ああ。好きにしな」

跡部さんに頭を撫でられビクッと肩を揺らすと少しだけ幸村の手に力が入ったように思えた。でもそれもすぐに離れて弦一郎達がいる方へと戻っていく。その背中にホッと息をつけば「バーカ」と頭を掴まれた。



「お前、まだわかってねぇだろ」
「え?」
「せやな」
「え?」
「俺はただ単に引き伸ばしてやっただけだぜ?後で来るものはかわんねーってことだ」
「ああ…」
ちゃんどないする?合宿終わったら俺と逃避行でもしよか?」
「それはやめておきます」

の頭に乗せていた手を離した跡部さんは指を鳴らし、朝食が運ばれてきた。この光景、合宿中ずっと見てたけど笑っていいのか驚いていいのかわからないよね。
運ばれてきた食事を見ながら忍足くんの誘いを断って溜め息を零した。


昨夜、丸井にバレたはそのまま立海メンバーがいる東棟に連行され公開説教を喰らうこととなった。弦一郎はいつもどおり長くて煩い説教だったんだけど本当に怖かったのは何を隠そう柳だった。

私、試合以外で初めて開眼した柳見ましたよ…!!


「貞操をなんだと思ってる」とか「慎みが足りない」とかなんだか柳生くんかお母さんみたいなことをいわれ笑いそうになったが無言の圧力によって黙らされた。説教の半分が無言の圧力ってマジ怖い。

隣ではずっとニコニコ笑ってる幸村も異様な存在感で、こっちも合わせて怖くて裸足で逃げたかった。遠目には仁王が半笑いの顔で『阿呆じゃの』といわんばかりに見ていて微妙に腹が立ったし。当たり前だけど助けてもくれなかったし。そんな感じで実は中盤からずっと涙目だったのは言うまでもない。


結果、裁判官・柳に言い渡された判決は勿論有罪で、残りの部活動は全て出席することと文化祭・練習試合等も必ず協力することを約束させられた。
拒否権?そんなことをいおうものなら開眼した柳の目に焼き殺されますわ。

どうやら柳なりに受験生ということで気を使ってくれてたらしく、クレームなどいえるはずもない。
まさに仏の顔も3度まで、である。



*****



朝食が終わり、そのままくれるといって貰った岳人くんのパーカーとハーフパンツを着たは髪を邪魔にならないようにくくってエントランスに出た。

広いエントランスの真ん中にあるソファを避けていけば丁度ドアの前にワカメが立っていた。あ、違う赤也だ。
近づく音に気づいたのか振り返った赤也はを見て目を見開くと、そのまま固まって動かなくなった。その視線に1歩引くと「あ、」と赤也も1歩こちらに足を踏み出してくる。


「な、何?」
「い、いや、なんでもないっス…」

その割にはジロジロ見てくる視線が気になるんだけど。でもそこを通らなきゃ外に出れないので仕方なく近づけば東棟から丸井達が降りてきた。

「…お前、何でまだ男物着てんだよぃ」
「仕方ないじゃん。動きやすいのこれしかないんだから」


今思えば、跡部さんも十分テニスバカの部類なので普通のお泊りなどあり得なかったのだけど。
普通泊まりっていわれてジャージ持ってかないじゃん。とぼやけば丸井とジャッカルが何とも言えないような顔で見合わせた後「まあな」と頷いてくれたがその間はなんだったんだろう。

「つーか、お前どこに行くのかもわかんねーまま連れてこられてるとかマジ意味分かんねーって。その内拉致られんぞ?」
「だってあの跡部さんだよ?」

口挟む隙すらなかったっての。


「…お前、友達は選べよぃ」
「さすがの跡部もお前にはいわれたくねぇと思うぞ…」


不憫そうに見てくる丸井にジャッカルがお前がいうなよ、という顔でつっこんだ。勿論笑ったのはいうまでもない。丸井も振り回すタイプだもんね。

ケラケラ笑っていれば「うっせーよぃ。ジャッカルのくせに!」とジャッカルが叩かれ「何で俺なんだよ!」とつっこまれ、「あ、間違えた」といってのくせに、と軽く叩かれた。
後ろで不公平だ!とぼやくジャッカルにまた笑うと口元をつり上げた丸井がビシッと効果音がつきそうな感じで赤也を指差した。



「んでもって赤也!お前邪魔!ウザっ」
「なっ俺黙ってただけっスよ?!ていうか、先輩がそっち通れば…うわっ」
「わわっ」

傍観していた赤也を何を思ったのか丸井は押しのけ外に出ていく。その乱暴さに赤也はバランスを崩してこっちに向かってきた。
転ぶ、と思ったのか赤也はそのままに抱きつき、もまた抱きとめてしまったがお互いの顔は相当間抜け面だっただろう。外の方では丸井達がゲラゲラ笑っている。


「あ、赤也…?」
「っ…わああ!!」

伝わってくる筋肉質な硬さに赤也も男の子なんだな、と思いながら声をかけると赤也は目にも止まらぬ早さで離れた。あまりの早さに赤也を抱きとめていた手のまま、はぽかんとしてしまった。


離れた赤也を見れば両手を挙げ降参のポーズをしていて、顔もデビル並み真っ赤になっている。いや、でも目はまともだな。

目を右往左往させる挙動不審な赤也に再度声をかけてみると、慌てた様子で外にいる丸井に「丸井せーんーぱーいー!!!」と全力で駆けていった。なんとも騒々しい赤也である。



じゃれあっている赤也達を眺めながら、なんだったんだ…?と手を宙に浮かせたままでいると、手を握られ視線を戻した。見ればの片方の手を仁王が握っていた。

「何してんの?仁王くん」
「握手、したかったんじゃろ?」
「……違うし」

そりゃ不自然にしか見えないけど、でもそこで握手はないだろう。そう思って仁王を見上げれば彼は首を傾げたくらいで何も言わず、そして手を離すどころかしっかり握ってそのまま歩き出した。


「あ、あの、仁王さん?」
「んー何じゃ?」
「手、なんで繋がれてんの?」
「氷帝のマネージャーさんは鈍臭いからのぅ。俺が道案内しちゃるき」
「…それ、氷帝のマネジに失礼だし。ていうか、嫌味かそれは!」

私は立海のマネージャーだ!と豪語すれば仁王がニヤリと笑ったように見えた。



コートまで仁王に引っ張られただったがマネージャーの仕事があった為、彼をコートに追いやり慌てて戻った。それからドリンクを用意して再びコートに戻ると跡部さん達が何やら難しい顔で話してるのが見えた。

「あれ?試合始めないんですか?」
「ああ、か。そろそろ始めるつもりだが…S3は樺地な」
「あ、もしかして賭けしてます?」

ピンと来て口にすれば「なんや。ちゃんも混ざるか?」と忍足くんが微笑みかけてくる。名前呼びに何か慣れなくてビクッと肩を揺らせば隣にいた岳人くんに「侑士キモいぞ」とつっこまれていた。


「嫌ですよ。どっちが勝つかで賭けなんて。それに賭けられるほどお金もってないし」
「賭けだと?!跡部!神聖なテニスの試合をなんだと思っている!!」
「…真田。これは試合っていっても身内だぜ?少しは肩の力抜けよ。アーン?」
「せやせや。どうせやし、そっちも賭けしぃへんか?」
「誰が賭博など!」
「いいんじゃない?」
「……幸村…」

面白そう。と反対側のコートで微笑む幸村に弦一郎は涙目だ。頑張れ弦ちゃん!
内心ぐっと拳を握って弦一郎の応援をしていると話を聞きつけた残りのメンバーも寄ってきた。



「やるのはいいけどよ、100円200円じゃねぇんだろぃ?値が張るならさすがに俺達も出せねぇぜ?」
「んーそうやなあ……じゃあこういうのはどうや?『勝ったもんはちゃんのスコート姿が見れる』」
「誰得ですか、それ」
「勿論、俺得や」
「帰れ。忍足コノヤロウ」

丸井の最もな意見に忍足くんはさも悩んだ末の回答を述べたがは冷たい目で彼を見てやった。
そのドヤ顔腹立つんですけど…!って思ったら「乗った!」と遠くから声が聞こえては頭を押さえた。あんのバカ也…っ何挙手してこっち見てんだよ!!


「ホレ、交渉成立」
「どこがよ!オーダー完全無視じゃん!!ダメだよね?!跡部さん!」
「俺は構わねーぜ」
「……え?」
「だから、構わねぇっていってんだよ。聞こえたか?アーン?」
「…あ、跡部さんの鬼!!」

仲間だと思ってたのに!!跡部さんを見れば意地悪そうな笑みを浮かべていて、この人実は敵だったんだじゃ…!と今更気付いた。


「じゃあ賭けの内容でオーダーを決めようか」と幸村が乗り出し、結局最後まで賭け反対運動をしていたのはと弦一郎だけだった。

もうさ、チームだっていうのに協調性なさすぎ!だって乗り気組か流れ任せのどうでもいい組しかいないんだよ?!お前らもっと協調性をだな!と唱えれば丸井と岳人くんに「元からだから仕方ねーよ」と返された。

うん……元からじゃ、仕方ないよね…。



合宿最終日。試合で綺麗に終わるはずが、コートの周りでは腹筋したりマラソンしてたり、フェンスに向かい合わせに立たされてたりと、全国に行くテニス部とは到底思えないような異空間が広がっていたのはいうまでもない。




追いかけっこ終了のお知らせ。
2013.02.07