Clandestine meeting.




□ 29 □




最近、言葉にし難い感情がくすぶってることに気づいた。それは今見てる光景でも感じるもので、すぐに目を逸らせばいいものをどうしても逸らせずじっと窓の外を見ていた。

「仁王?」
「…おー幸村か」

声をかけられやっと視線の呪縛から逃れた仁王はチラリと幸村に視線を向けるとその後ろに見覚えのある顔があって少し目を見開いた。


「珍しい顔ぶれじゃのぅ」
「ちわっス。夏の大会以来っスよね」
「桃城、だったかの?」
「はい。それからこっちは越前…っておい、越前挨拶くらいしろよ」

初見は生意気そうに見えたが実際話してみると桃城は礼儀正しく出来た後輩だった。代わりにその隣の1年は初見から生意気さしか感じない。
その越前がさっきまで仁王が見ていた場所を見て何かを見つけたようだった。

「ねぇ桃先輩。あれってもしかして」
「…跡部だね」


その問に答えたのは桃城ではなく幸村で、彼も同じように窓の外にある中庭を見下ろした。あまり目立つ場所ではないが角度によっては見えやすい場所もある。それが仁王達がいる場所だった。

跡部は立海の女生徒と一緒にベンチに座っていて、見間違いでなければ抱き合ってるように見えた。


「うっひゃー。見せつけてくれちゃって…」
「相手、誰っスかね?」
「んーこっからじゃ背中しか見えねぇしな。でもすんげぇ美人だとみた!」
「…なんスか、それ」

野次馬根性丸出しに桃城と越前が窓を乗り出さんばかりに中庭を見つめるが女生徒がこっちを向くことはなかった。
けれど仁王にはその女生徒が誰だか分かってしまって、なんとなく眉を寄せてしまう。



電話でもして邪魔してやろうかと考えていたら隣から「もしもし??」という声が聞こえて思わず幸村を凝視してしまった。

「今どこ?…うん、そう。悪いんだけど今すぐ体育館に来てもらえないかな。ちょっとしたアクシデントが起こってね。うん、仁王がいるから合流して」

自分の名前が出たことにも驚きだが、幸村の視線にも驚いた。まっすぐ跡部達を見下ろしてる視線が冷たく見えたのだ。
怒ってるな、と誰にでもわかってしまう表情に今驚かなくていつ驚くというんだろう。


窓の外を見ていた桃城と越前も目を瞬かせながら幸村を見ていたが通話が終わるといつもの笑みを浮かべこっちを見てきた。

「というわけだから、後はよろしく」
「…おう」

アクシデントなんて真っ赤な嘘だが何かしらアクシデントを起こすしかないだろう。
肩を竦め踵を返せば「…もしかして、あそこにいるのって」と越前が漏らしたのが聞こえたが幸村が無言の笑顔で黙らせたのが少しだけ見えた。


「あ!仁王ってばここにいたんだ!!」
「…何じゃ」
「ねぇ。今から一緒に校舎回らない?私丁度空き時間になったんだけどみんな捕まらなくって」


お願い!と微笑んできたのは家裁部で世話になった女子だった。自分を探していたのか息を切らせていて後ろの方で桃城が口笛を吹いたのが聞こえた。
次から次へと面倒じゃの、と思いながら「無理じゃ。これから体育館に用事がある」といって振り払おうとしたが「なら私も行く!」と詰め寄ってくる。

手伝ってもらってるからと妙な優しさを出したのが良くなかったのかもしれない。ハァ、と溜め息を吐き中庭を見ればと跡部の姿はもうなかった。急がないと嘘がバレてしまう。



「…邪魔するんじゃなかよ」

頭を掻き、仕方ないと歩き出せば腕を絡めてこようとしたので素早く抜き取った。そんな関係でもないのにそんなことされたら誰だって嫌がるだろうが。そう思ったのに相手は泣きそうな顔をするからタチが悪い。まるで自分が悪いみたいじゃないか。


「ああ、そうだ。仁王」
「…なんじゃ」
「後夜祭、俺も誘おうと思ってるから」

振り返れば早く行けよ、と顔に書いてある幸村に眉を潜めたが彼の言葉に息を詰まらせた。

誰を、とはいわない。いわなくてもわかるからだ。だからといって幸村との関係が修復するのか好転するのかと問われたら今の彼女では到底無理だろう。


「幸村くん。後夜祭で誰を誘うつもりなの?」
「…さあの」
「いいなあ。幸村くんに誘われるなんて」

だったら、お前が幸村を誘えばいいじゃないか。そう思ってる自分が酷く苛立ってることに気づいて仁王は「面倒じゃの」とまた溜め息を吐いたのだった。




*****




文化祭も終わり、後は後片付けと後夜祭だけとなった立海の校舎はさっきまでの賑やかさとは裏腹にとても静かだった。
唯一キャンプファイヤーがある辺りから流れる音楽が軽快なくらいで、他は空の暗さに比例するように疎らにしか教室の電気が点っていない。

そんな光景を屋上から眺めていた仁王はくしゃみをすると鳥肌がたった腕を擦りまたくしゃみをした。このままだと風邪をひいてしまいそうだ。それもそのはずで、今の仁王の姿はシャツ1枚でジャケットはない。

文化祭中はジャージを羽織っていたが、寒いと駄々をこねる家裁部の女子に取られてしまった。ジャケットもあったがそれは部室に放置していてここからでは遠いのだ。


ハァ、と溜め息をついた仁王は携帯の電源を入れるとある人物のアドレスを出し通話ボタンを押した。数回コールして出た相手はキャンプファイヤーの近くにいるのか音楽が近くに聞こえる。


『仁王くん?どしたの?』
ー助けてくれー。寒い。死ぬ」
『は?マジでどうしたの?!』
「屋上にいるんじゃが、寒くて死にそうじゃ」
『はあ?何でまたそんなとこに…ていうか、さっき丸井探してたよ』
「俺の為に部室にあるジャケットかテニス部のジャージとそれからあったかい飲みもん持ってきて」
『おい!話聞けよ!!しかも何部室って!私はこれから用事が』


そこまで聞いて仁王は通話を切った。
用事の内容は聞かなくてもわかる。

そう思っていると携帯にメールが届き、件数に眉を潜めた仁王は中も見ずにまた電源を落とした。十中八九丸井からだろう。片付けを手伝えメールと、来ない仁王に嫌がらせのメールが数件だろうか。

後でお菓子でも持っていかないとグチグチ言われそうだ、そう思って肩を竦めればまたくしゃみが出た。



それからどのくらいか待つとドアが壊れんばかりに開けてが入ってきた。

「おいコラ仁王!!おまっせめて場所くらいいってから切れよ!何電源落としてんだよ!!」
「それはスマンかったの」

お陰で必要ないとこまで行く羽目になったじゃないか!とジャージとジャケットを投げられた。律儀にふたつ持ってきたらしい。前に丸井がはジャッカル属性だと笑っていたがあながち間違いではないらしい。

温くても文句言うなよ!と投げ渡された温かいコーヒーに思わず笑みが溢れる。が、それはすぐにくしゃみでかき消された。


「え?何マジで風邪?早く羽織なよ」
「んー」
「ていうか何でここなのさ。部室に篭ってればよくない?」
「部室じゃいるのバレバレじゃろが」

人ゴミを嫌うのを知ってか後夜祭に出ろとはいってこないが部室に篭っては意味がない。ジャケットを着てプルタブを開けると温かい匂いが鼻腔をくすぐった。


「ホレ、お前さんも着んしゃい」
「いいよ。走り回ってまだ暑いし、それに戻」
「今はそうかもしれんが、汗が冷えたら身体に悪いじゃろ。風邪ひかん内にはよ着んしゃい」

缶を置き、ジャージを広げればはギクリと肩を揺らして後退る。それを見ないフリでジャージを羽織らせチャックを締めれば「腕くらい通させろ!」と怒られた。
それからなんだかんだとをいいくるめて屋上のフェンスに寄りかかっていると流れていた音楽の曲が変わって視線がそちらに向いた。


「あー後で赤也に怒られるわ…」
「赤也?」
「そ。赤也に後夜祭の時一緒に踊れっていわれたんだよね」
「ほぅ。あの赤也がの」
「ま、あいつのファンに目の敵にされなくてすむからいいっちゃいいんだけど」
「携帯は?」
「…部室に忘れたっぽい。アンタの荷物探してた時だと思うよ」

刺のある声と一緒にこっちを睨んできたを、いつものように「プリ」ととぼければ脇腹にパンチされた。ギリギリのところで後ろにかわしたが相変わらず手の早い女である。自分のしたことは棚に上げているが。



「幸村には何も言われなかったのか?」
「ん?…うーん特には。それよりも幸村って意外と好戦的?跡部さん達と話ししてたら"こんなところで油売ってないで練習でもしたら?来年も痛い目みたいの?"なんていうんだよ」

ケンカでもするんじゃないかと思ってハラハラしたっての!と眉を寄せるに仁王は残り少なくなったコーヒーをすすってアレか、と思い出していた。


どうやら来ていたのは跡部だけではなく、他のレギュラー達もで演劇が終わった後可笑しかったと声をかけてきたのだ。
主にと皆瀬、それからおまけ程度に幸村と真田辺りとも話していたが、文化祭が終わったら遊ばないか?という忍足の誘いに幸村が絶対零度の微笑みで追い返したのを遠目から見ていたのだ。

今思い出しても背筋が震える笑みに肩を竦めると隣から「大丈夫?」とが心配してきた。


「つーかさ。仁王くんはなんでまたこんな寒いとこにいるわけ?いつまでいる気なの?」
「…後夜祭が終わるまで、かの」
「マジでか。本気で風邪ひくんじゃん?」
「頃合を見て中に入ろうとは思ってるが」
「…もしかして、誰かから逃げてる感じ?」

冷えてきたのか脚を擦るを横目に、だらりと腕を伸ばしフェンスに寄りかかれば「ご愁傷様」と同情された。

「…まだ何も答えてなかよ」
「答えてるようなもんじゃん。その顔、鏡で見てみろや」

詐欺師が聞いて呆れるね!と鼻で笑ったに両手で顔を探ってみたがよくわからなかった。わからない代わりにがケラケラ笑うのでムッとしてぺしりと頭を叩いてやった。


「嘘をいうんじゃなか」
「嘘じゃないって。面白くなさそうな顔してたよ」
「…寒さのせいじゃ」
「それは私も同じく」

ジャージでスカートまですっぽり隠れてしまうを見やり、案外華奢だな、と思ってしまう。「そろそろマフラーの時期ですな」とぼやく言葉を聞きながら息を吹きかけていたの片方の手をとった。



「…冷たいの」
「仁王くんはあったかいね」

羨ましいな。この暗がりでは眩しいくらいのキャンプファイヤーの炎に向けていた視線をこちらに寄越してくる。その手は少しカサついてるがすっぽり包めるほど小さくてぎゅっと握り締めれば、「心が冷たいからあったかいのかな」とがろくでもないことをいった。

「いったたたた!ちょ、手が潰れる!潰れるから!!」
「…ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」

ペコリと頭を下げるに握る手を少し緩めて引っ張るとくっついた部分が少し温かく感じた。


「………あの、仁王さん、仁王さん」
「何じゃ改まって。…キモいのぅ」
「キモって酷くないか?!…いや、そうじゃなくて。アンタ今彼女いるんじゃないの?」

失礼だな!と怒ったが最後の方は尻すぼみだった。視線をやれば何ともいえない顔でがこっちを見ている。出処はすぐにわかったが他の奴と同じようにこいつも思ってるのかと思うと面白くなかった。


「いたらこんなことしないぜよ」
「…まあ、そうだよね。普通は」
「……何か含みがある言い方じゃの」
「だって仁王くんだし」

俺をなんだと思ってるんだと目を細めれば察知したが手を引き抜こうとする。しかし抜かれるよりも先に握りこまれ「タップタップ!」とが悶絶した。

「いった!いたたた!!」
「自業自得ぜよ」
「くっそー!噂じゃ3股まで聞いてたのに!…仁王くんってば似合わず一途なのね!意外でしたわ!!…いたたた!」
「…お前さんのその減らず口縫ってやろうかの」
「うっわ。マジごめん!お許し下さい仁王様ーっ」


ロクでもない情報に躍らされおって。と手を緩めてやれば引き抜いたが自分の手を労わるように撫でた。心なしか涙目だが悪いのはお前じゃ。

「…選べるのに独り身って、贅沢だね。仁王くん」
「余計なお世話じゃ」

それでも言い足りなかったのかぼそりと呟いてきた言葉に仁王は盛大な溜め息と一緒に返してやったのだった。




赤也涙目。
2013.02.21