Love situation.




□ 30 □




文化祭も終われば後残すは受験だけである。
といっても付属である立海中学校ではそれ程緊迫した空気はない。

のクラスも大半はこのまま繰り上がりで立海高校に行くので外部受験でヒーヒー言ってるのはほんの一部だ。その中にも入るのだが、何故か今空き教室で勉強ではなく目の前の男の恋の悩み相談を受けている。


相手はF組の小向真尋といって小学校からの腐れ縁である。とはいえ、クラスが同じになったことはなく同小だったくらいしか覚えてないのだけど。

そしてこいつは何を思ったのか文化祭中に皆瀬さんに惚れてしまったらしく、何かにつけてに相談を持ちかけるようになったのだ。誕生日だの好きなタイプなどはまあいい。けれど趣味とか休みの日は何してるのかとか家はどの辺だとかは本人に聞けばいいことだろう。
前にそういってやったら柳が邪魔してきて無理だったと返された。グッジョブ柳、である。


「(だけどその分こっちに来るのもな〜)つーか、いい加減諦めるかアタックすれば?私も忙しいんだけど」
「はあ?んな冷たいこというなよ!俺だって準備というものがあってだな!」
「じゃあ諦めろ」
「おい〜そんなこというなよ〜!!」
「黙れ!ヘタレが!私散々いったよね?!友美ちゃんには好きな人いるし結構いい感じだって!おい聞けっての!!」
「あーあー聞こえませーん!!つーか、そいつ誰なんだよ!名前も言えない奴ならいないも同然じゃねぇのか?」

しっかり聞こえてんじゃないか!こいつは…と頭を押さえると「皆瀬のアドレス教えろよ〜」と甘えた声で聞いてくる。寒気がした。そんなの教えた日には私が皆瀬さんに申し訳が立たないっての。



「…小向さ。マジで友美ちゃん好きなわけ?」
「マジだって。こう、見てるだけで胸がじわじわ〜ってあったかくなってさ!ぎゅうって抱きしめたくなるんだ」
「…ふーん」
は冷たいよな。お前実は心が氷なんじゃね?」
「何?ケンカ売ってるなら買うけど?」

「おいおい。冗談だって!…本当氷で出来てるんじゃねぇか?…!わあ!待った待った!これ以上殴られたらバカになるって!」
「もう充分バカだろ?!…ていうか、私はアンタに協力できないから冷たいだけだよ。でなきゃもう少しマシだっての」

そもそも友美ちゃんは柳生くんが好きで、しかも両思いだとわかってるのに水差す方がおかしいだろ。


「やっぱりテニス部の奴なんじゃ…」
「…さぁね」
「もしかして、幸村か?」
「んなわけないし」
「じゃ、仁王?」
「はあ?」
「丸井?」
「…ハァ、付き合ってらんない」

このままだと全員の名前が出そうだ。そう察知して席を立つと小向に腕を引っ張られまた座らされた。「ごめんごめん!」と謝ってるのに一切重みの感じない謝罪だ。

「なあ、ヒントくれよヒント!」
「それ知ってどーすんのよ」
「……うーん。決闘を申し込む?」

首を捻って出した小向の答えには頭痛がして奴の頭にチョップしてやった。



別に何もこの空気は小向に限ったことではない。周りを見れば準備中にいい雰囲気になったカップルかそこそこいるのだ。の友達も1人そんな感じでお付き合い始めた子がいて「あいつ抜け駆けしやがって!」と先日笑ったばかりなのだ。

…まあそれもこれも受験が関係ない人達の話題ですがね。

小向の追跡を撒いて部室に篭ったはノートを広げると1人寂しく勉強に励んでいた。
家に帰ればよくないか?という意見もあるが家は家で誘惑物が多いのではかどらないのだ。他の場所はなんとなく小向の視線がある気がして落ち着かなくて結局ここに流れ着いたのだけど。


「…やっぱり帰ろうかな」
「は?来たばっかで何言ってんスか!つーか俺の話まだ終わってませんよ!!」
「そうだよぃ!俺のグチも終わってねぇぞ!」
「……」
「…俺を見るな、


だって他にすがる人いないじゃないか!女子更衣室には暖房がなくて、エアコンがあるこっちに来たはいいけど、引退しても丸井達が常駐してるのを忘れていたのだ。
しかも後夜祭のことでまだ赤也が根に持っていて愚痴愚痴いってくるし、丸井も丸井でどうでもいいことをぼやいてくる。そうなったらジャッカルに助けを求めるしかないじゃないか!

極めつけは生憎弦一郎は家の用事で既にいないし幸村達も委員会とかでまだ来ていない。八方塞がりだ。


「お前ら!私は勉強したいんだよ!!少しは黙れ!」
「ああ?んなもんしなくていいよぃ。俺の話の方が大事だ」
「そうっスよ!俺の話の方が大事です!」

そこ張り合うとこじゃないし!!ハァ、と机に突っ伏したの頭の上では丸井と赤也が文句を言い合っている。私が安寧に暮らせるところはないのか。



「ん?どうした、。具合でも悪いのか?」

ヒヤッとする空気と共に部室のドアが開けられ気怠げに見やると柳が鞄を持って入ってきたところだった。テニスバッグじゃない柳は新鮮だな、と思いながら「大丈夫、大丈夫」と手を振ると彼はの手元を見て納得したように「ああ」と頷いた。

「ここでの勉強ははかどらないと思うぞ」
「うん。今身に沁みてるとこ」
「それから赤也。お前は部活に行かなくていいのか?そろそろ幸村も来る頃だぞ」
「ゲッ!わ、わかりましたーっ」

いうが早いか赤也はラケットを持ってさっさと部室を出て行ってしまった。今度この手を使おう。

斜め前の席に座った柳を見ればあっちもノートとファイルを出してきて勉強かな?と首を傾げたが目に入った紙を見て違うわ、と思った。


「マネージャー、しぼれそう?」
「それを聞こうと思って持ってきた」
「…私じゃなくて友美ちゃんの方がいいんじゃない?」
「2年はお前の方が知ってるだろう?」

赤也関連で、と付け加えられは顔をしかめた。嬉しくない話だが確かにそうである。といっても顔と名前が一致してるのは少ないのでそれを柳に言えば顔写真まで出してきて丸井が「うわっ」と引いていた。


「もう、探偵の域だね。こりゃ」
「柳…お前CIAにでもなる気か?」
「…そんなつもりはないが、話が来れば考えてみてもいいかもな」

おおっ乗ってきたよ!フッと笑う柳にも笑って書類に目を通せば何人か赤也ファンを見つけた。
こいつとか一時期酷かったよな、と思って弾くとその書類を丸井とジャッカルも覗き見て「あ、こいつ見たことあるわ」とか零している。
結局7人中4人弾いて3枚を柳に渡せば考えるように書類をじっと見つめた。



「予想通りといった結果か」
「何だ。柳くん知ってたんだ」
「76%くらいはな。が隠さず報告していればこの手間はなかったのだが」

「別に悪戯自体は過激なのなかったし友美ちゃんとかみんな協力的だったからね。その節はどうもありがとうございました」
「いわれるまでもない。そういえば最近はどうだ?何もないか?」

「何もな…あー昨日赤也ファンからデスレター貰ったけど、それくらい?と、それよりも…」
「何だ?
「友美ちゃんはちょっとヤバイかも」


デスレターと聞いて丸井とジャッカルが眉を潜めたのが見えたが構わずは身を乗り出し柳を見つめた。

さっき更衣室を覗いたのだが皆瀬さんのロッカーの前に彼女の教科書類が置いてあったのだ。その隣にはジャージもあって間違いなく避難してきたものだろうと察しがつく。
そもそも皆瀬さんから避難場所に使えと言われた更衣室だ。整理整頓が行き届いてる彼女がそこに教科書類を持ってくることはまずないだろう。

何かあったんじゃないのか?と柳に詰め寄れば短く息を吐いてノートをめくった。


「おそらく、精市のファンの誰かだろう」
「げぇ。またかよぃ」
「あいつらも飽きねーな…」
「いや、今回はそのグループではないはずだ。精市が入院した時に和解があったと皆瀬から聞いている」
「つーと、今度は誰がやってんだ?」
「そこまではわからないが…俺の予想ではC組内の誰かが主犯だろう」
「ああ、もしかして文化祭準備中に恋が芽生えちゃったパターン?」
「…パターンって。お前な…」

ゲームじゃねぇんだから、と呆れるジャッカルにわかりやすくていいじゃんと肩を竦めると「あながち間違いでもないな」と柳が同意してくれた。



「前までのファンならことの顛末を知ってるだろうし、俺達がどう動いたかも身に沁みてわかってるはずだからな」
「…柳さん、何をしたんですか?」
「だとすれば、今回動いたのはそれを知らない"にわかファン"だ」
「…幸村くんも罪な男だねぃ。ちょっと優しくしただけで惚れられちまうなんてよ」

柳に『にわか』なんていわれると途端に薄っぺらく感じるから怖い。別に恋に短いも長いもないし浅いも深いもないけど幸村を好きになる人はもっと凄い人じゃなきゃいけない気がしてならない。

は知らない他人なのに何だか不憫に思えてきた。ていうか、前回何をしたんだ何を!柳が言うと意味深すぎて怖いっての。


「それをいうなら仁王もじゃねぇか?」
「ああ。そういや最近付き合い悪ぃなって思ってたけど、アレやっぱそうだったのな」
「何だ。仁王もそのパターンか」
「…ぶ!いや、無理して使わなくていいから柳くん」

ノートをパラパラめくりながら真面目な顔で呟く柳に思わず吹き出してしまったが、「いいなあ恋!」とぼやく丸井に視線をそちらに向けた。
確かに最近仁王の付き合いが悪い。勉強のことで聞きたいことがあってもここずっとのらりくらりと断られてばかりだ。

しかもその断り方が意地悪で、今日はどうする?とメールを打てば『机の下』と返ってきて自分の机の下を見るが何もなく、どこの机の下よと送れば『自分で考えんしゃい』と返ってくる。
悶々と放課後まで考えた結果図書室かも!と狙いをつけていつも勉強してる机の下を見たら紙が貼り付けてあり、見てみたら『今日は帰ります』とだけあってどんだけ腹を立てたか。

紙を投げ捨てるだけじゃ足りなくてB組に殴り込みに行けば既に仁王の姿はなく、メールや電話をしても一向に出やしない。ていうか電源切ってるし。そして更に最悪なのはこれが1回や2回じゃないってことだ。
こっちは勉強しなきゃいけないってのに何で振り回されなきゃならないんだ!と大声をあげて司書さんに怒られた記憶も新しい。


そんなわけでは1人寂しく部室で勉強することになったのだが、これなら家と然程変わらないような気さえしてきた。

「やっぱり家裁部の子と付き合い出したんだ」
「付き合ってる、かどうかはわからないがよく一緒にいるのを見かけるな」
「そうかぁ?俺には仁王をストーキングしてるようにか見えねぇけどな」

あいつ、どこにでも現れるんだぜ!と頬杖をついてぼやく丸井に、きゅうっと胸の奥辺りが苦しく感じてノートに視線を落とした。小向と話してた時も思ったけど最近仁王の名前が出るとなんとなく反応してしまう。

なんでだろう?最近会ってないせいかな?構ってもらえないから寂しいとか?どれも当てはまるようでどれとも違う気がして無意識に眉を潜めた。



「?どうした、
「っううん。なんでもない…」

「うー寒い!あ、みんないるね」


よかった。と安堵の息を漏らして入ってきたのは幸村だ。神妙な顔つきでいたを覗き込んできた柳だったが幸村の登場でみんなの視線がそちらに向いた。
それにホッとしていたが幸村は視線をこっちに向けるとそのままの隣に座り込みマフラーを取ってノートを覗き込んでくる。

「勉強?進んでないみたいだけど…」
「…さっき諦めたところですよ」
「なら俺が教えてあげるよ」
「いや、いい…って!おい!教科書取るな!」

「マーカー引いてあるけどこの辺模試に出たの?」
「〜〜っ出たけど!幸村には関係ないじゃん!」
「でもここ出ないと思うよ」
「え?嘘!」


確かに柳との間とジャッカルの隣の席しかなかったけど、なんでわざわざ隣に座るわけ?!しかも座ったら座ったで教科書盗るし!腕を伸ばし取り替えそうにも幸村の方が1枚上手でギリギリのところで逃げられる。
コノヤロウ、と思っていればマーカー部分を指さされ思わず身を乗り出した。


さすがというか何というか、入院中も勉強していたことだけあって幸村は頭がいい。
それは中間テスト結果でまざまざと見せつけられた。元の出来が違うとはいえ休んでた幸村よりも下の方で丸井と仲良く順位を競ってたとしては何ともいえない屈辱がある。

努力しても無理なもんは無理なんだよね、と悟った瞬間だった。
そんなことがあってか苦手意識で引け腰のも勉強に至っては幸村に絶大な信頼を置いていた。



「そうだな。その辺りは実際のテストではあまり使われないところだろう」
「ど、どのくらいの確率ですか?」
「そうだな。使用率はおそらく43%といったところだろうな」
「ね?柳もこういってるし、ここは外していいんじゃない?」
「…うん、そうだね」

柳にも確認を取り、あー無駄足だった。と突っ伏すと「そんなことないよ。無駄にはならないって」と幸村に慰められた。

「でも受からなきゃ意味ないし」
「それもそうだけど。あ、この問題はやってみた?」
「ううん、まだ」


他のページを開いて指してくる幸村に、赤シートを出して答えを隠し問題を書き込んでいく。
それを解けば次はこれ、と幸村が選出して問題を出しては解いて、を繰り返し何だかまともな勉強をしてるな、と頭の隅で思った。


「……そういやぁよ。も幸村くんと仲いいよな」
「…はあ?!」
「それ以前にマネージャーって共通点もあっけど、なんで皆瀬だけなんだろうな?」

お前でもよくね?とのたまう丸井にはなんとなく睨んでしまった。そりゃ皆瀬さんより打たれ強いかもしれないけど望んで苛められたいとは思ってないっての。
それに仲がいいなんてどこをどう見たらそうなるんだ。不審げに丸井を見ていれば柳が代わりに答えてくれた。


「おそらく部活で一緒にいるのをよく見かけていたからじゃないか?」

なんとも薄っぺらい恋模様である。




部室って和むなぁ。
2013.02.24