Reconciliation.




□ 31 □




皆瀬さんへの嫌がらせは程なくして表面化してきた。してきた、といっても達にとってであって同じクラスメイトも一部しかわからないだろう。今のところ在り来たりのもしかないから特に警戒することもないがあまりにも酷い時は柳達も表立って動く手筈になっている。

女の嫉妬が原因のケンカは基本男が出てはいけない。だがそれは時と場合による。何の関係もないのに嫉妬に狂われて大怪我でもしたら話にならないからだ。
とりあえず現状はや皆瀬さんの友達と連携を組んでフォローで乗り切っているが、裏では既に幸村と柳達も動いていることだろう。


柳プロデュースAプランは幸村が主犯と思しき女生徒に優しく接し告白を促す。それをばっさりと切って終了、というものだ。
Bプランはあまり願いたくないが告白する気配がなく、皆瀬さんへの嫌がらせがエスカレートした時。

2人と話し合いの場を設けるか、どうにもできなそうならCプランで幸村が割って入ることだ。
そもそもこんな大掛かりになったのは相手のせいで、結構な人数で徒党を組んでいるらしい。

頭をどうにかできればこのグループは簡単に崩れるだろうが、有り難くないことに頭となってる主犯は悪知恵が過ぎるようだ。



図書室に辿り着いたは誰もいない机を見て眉を寄せたものの、机の下を覗き込むとやはり紙が貼り付けてあって苦い顔のままそれを剥がした。テープが貼り付かないように折り畳まれた中を開ければ『そういえば見たことなかった』と書いてあった。

「……しょーもな!」

と、思わずつっこんだは慌てて周りを見渡したがいるのは図書委員だけで司書さんは丁度席を外してるようだった。


この前、同じように机の下に貼ってあった紙を見て憤慨したに気を使ってか仁王が工夫を凝らしてくるようになった。

メールが主体のこの時代に来ないとわかっててわざわざ図書室まで行って確認とかふざけんな!と怒りのメールを送って図書室に行かなくなったら、『( ゚д゚ )』とだけ送られて来たのだ。
初めて送ってきた顔文字がこれかよ!と意味もなくムカついてシカトしてたら『我侭じゃの』といってその日の放課後は勉強を見てくれたんだけどそれ以降はまったく捕まらず。

まあ無理だろうなと思いつつその後もメールを送ってたら、今度はクイズやらあれこれとの興味を引くようなことをメールして答えを図書室の机の下に貼り付けるというこれまた面倒くさいことをしてくれているのだがそれがなんだかんだと続いていた。


ちなみに今日メールしたら『ジャッカルが髪を生やしたらどんな髪になるか』だ。いや、この件に関してはいつもジャッカルに聞こうと思うんだけどなんとなく聞けないでいる案件だ。
ハゲというと怒るからポリシー的なものでつるつるにしてるんだと思うんだけどチリチリなのかくねくねなのかストレートなのかやっぱり気になって。

でも、何か聞いちゃいけない気がして未だに聞けないでいるからちょっと楽しみにしてたのに…仁王め。ていうか、あいつもあいつでわざわざ図書室来て紙貼ってくとか面倒くさくないのだろうか?

詐欺師の考えることはわからんなぁ、と首を捻りつつ紙をポケットに仕舞い背を向けると図書室を後にした。



「うげっ…なんでいんの?」

定時確認、ということで部室に隣接する狭い女子更衣室のドアを開ければ電気ストーブの前に幸村が蹲っていた。「寒いから早く閉めて」という彼に不承不承ドアを閉めたがそもそもここは女子更衣室なんですけどね!

「皆瀬にちゃんと断ったよ」
「友美ちゃんがいいっていうならしょうがないけど…ていうか友美ちゃんは?」
「もう帰ったと思うよ。柳生がくっついてった」

くっついてったって。何か可愛いな柳生くん。付き添いじゃないのか、と思ったがワンコみたいに皆瀬さんにくっついていく柳生くんを想像したらちょっと面白かった。


「ていうか、その電気ストーブどっから持ってきたの?」
「ああ、顧問の先生から借りてきた。部室にエアコンあるのにマネージャーが使う更衣室に暖房ないのはおかしいだろ?」
「それはそれは。もっと早くいってほしかったですね」
せめて私がテニス部入った頃に。

「あれ。ていうかそれ」
「うん。暇だから読んでた」
「…面白い?」
「まあ、出れなかった分の確認にはなるよ。でものは読みづらいね」
「…柳くんも苦戦してたからね」

幸村が持っているのは皆瀬さんと一緒に書いていたマネージャー用の部誌だ。5月と書かれたノート見て何だか懐かしいな、と思ってしまう。たった数ヶ月前なのに随分昔のようだ。
部誌に関してはが思いつくままに書いていたからなあ。それでも柳のお陰で読みやすくはなったはずだけど。


なんとなく出るタイミングを失ってしまったはそのまま幸村とは反対のロッカーの前に座ると足が冷えないように電気ストーブの前まで伸ばして教科書とノートを出した。
この女子更衣室は男子の部室と違って特に狭い。ロッカー分を混ぜても3畳といったところだろう。それに机と部活の備品があるのだ。2人並んだだけでも狭苦しい。



「…話戻るけど、何でここにいるの?」
「部室だと待ち伏せされるんだよ」
「…仕方ないじゃん」

同じように壁を背もたれにした幸村が足を伸ばして電気ストーブにくっつける。
焦げても知らないぞ、と思いながら彼を見やれば「俺だって疲れることくらいあるんだよ」と不貞腐れ、今度は床に転がった。

一応マットが敷かれてるから土足でここを歩くことはないけど綺麗ではないよ?そして寒いと思うよ?


「どう?相手は。落ちそう?」
「……わかんない」
「これまた随分と弱気な発言だね。友美ちゃんがどうなってもいいの?」
「よくないよ。皆瀬に何かあったら柳生に殺されるかもだろ」

その光景はある意味見てみたいものである。

ハァ、と溜め息を吐く幸村に相当お疲れだな、と思いながら赤シートで答えを隠し、問題を解いていく。しばらくの間ノートと教科書をめくる音だけ聞こえていたがふと足先に温かいものを感じて視線を上げれば、何故か幸村の足に挟まれていた。


「…何してんの?」
「柳生はさ。告白してないの?」
「え?…あーしてないみたいだよ」
「本当に?」
「見る限りはね。でなきゃ嫌がらせのターゲットになんてならないじゃん?」

の質問を無視して言葉を続ける幸村に眉を寄せながらも答えると「ふぅん」と返ってきた。柳から聞いてるだろうに、皆瀬さんと話をしてるはずの私にも確認しておきたかったんだろうか。
「いっとくけど、友美ちゃん狙ってもダメだからね」と釘を刺せば「なにそれ」と返された。違うのか?


「あんだけできるマネジなんていないじゃん。可愛いし優しいし。それに近くにいたら好きになるもんじゃないの?」

挟まれてる足先が気になって適当なことを言いつつ引き抜けばもう片方の足が挟まれた。お前は猫か。



「近くにいたからって好きになるもんじゃないと思うよ。皆瀬には随分世話になったし感謝もしてるけど恋愛対象っていうより仲間意識の方が強いかな」
「へぇ…」
「ああ、でも…」
「ん?何?」

もう片方の足も引き抜こうと躍起になっていて幸村がこっちを見てることに気づかなかった。
視線はずっと足に向いていたし何でか力いっぱいに足を挟まれてて抜くに抜けないのだ。こいつ、と蹴りを入れようとしたら途端に逃げるし。最悪だこいつ。


「俺の場合、振り向いてもらえない方が燃えるのかも」
「なんだそれは。M発言ですか?」

うわ、と引き気味に幸村を見ればにっこり笑った顔で足を雁字搦めにして電気ストーブに押し付けようとしてくる。

「ぎゃあ!ちょ!何すんのよ!!」
「別に熱くないって。ホラ」
「いやあ!待って待って!スカートめくれるってば!」
「どうせジャージ履いてるんだろ?」
「いつもはね!」

今日は履いてないから!!と訴えればキョトンとした顔で幸村がこっちを見て、それから暴れてずり上がったスカートに目がいって固まった。別に下着見えてないからいいけど太腿太いからあんまり見ないでほしい。
そう、視線で訴えてみたけど突き刺さる視線は相変わらずで、恥ずかしくなたは奴の頭を教科書で軽く叩いた。


「…ったく。大人しくできないなら追い出すよ」
「暴力反対」
「仕掛けてきたのはそっちが先でしょうが」

まったく、大人びてるかと思ったら変なところで子供っぽくてビックリするじゃないか。チラリと見やればシュンとした顔でノートをめくる幸村がいてなんだかこっちが悪い気がしてくる。

足も電気ストーブから遠い場所に曲げていてそれじゃ冷たいだろうって思った。それこそこいつは数ヶ月前まで入院してたんだから。ずいっと足を伸ばし電気ストーブを幸村の方にずらしてやれば、何?という顔でこちらを見てきた。



「別にあたるなっていってないんだから。ちゃんと暖まっておきなよ。風邪ひくよ?」

の発言に少し驚いた顔をしたが、足を伸ばして電気ストーブの位置を戻してきた。
私の優しさいらないのか!とつっこみそうになったが元の位置に足を置いたのを見てに気遣ってくれたんだとわかり口を噤んだ。

それからまた沈黙が降りて黙々と教科書の文字を追いかけていると足の裏がくすぐったくなって顔を上げた。またか幸村よ。
今度は撫でるように足の側面を足の甲と指で触っていてこそばゆい。一体何がしたいんだ、お前は。


「…、」
「………何よ」
「全部読んだんだ」
「何を?」
「これ」

これ、と開かれたマネージャー用の部誌に「そう」と返した。読みづらいのによく読んだな。あ、皆瀬さんのだけか。


「最初は本当どこをどう読んだらわからなくて困ったよ」
「…でしょうね」
「いつも最後の方は寝ながら書いたのかっていうくらい文字汚かったし、最近のも要領を得ないこと書いてあるし、途中で何度も読むのやめようかと思った」
「…あっそ」
「でも、はずっと書き続けてたんだよな」
「……」
「俺とバカみたいな約束をした後も、ずっと…」

くすぐったいような撫で方をする足先の動きが止まり、起き上がる幸村が見えて視線を向ければまっすぐ向けられる瞳とかちあった。



「ごめん。
「……っ」
「俺はずっと勘違いしてたんだ。柳の報告を聞いてじゃなく柳が見て報告してるもんだって勝手に思って…ノートを見るまで全然気づけなかった…」
「……」
「読んで後悔したよ。俺はなんてことをしたんだって……何度も読んで、それからこの頃が1番楽しくなかったんだってわかって…」

ずっと謝りたいって思ってた。
幸村の瞳が不安に揺れている。時折潤んでるようにも見えるのは窓から差し込むオレンジの夕日の色のせいだろうか。

視線をノートに落とせば開かれてるページは丁度、千羽鶴を持って久しぶりに幸村の病院へ行った以降の日付だった。この頃は確かに意識が散漫でよく弦一郎に怒られてたし部誌も散々だった気がする。今見ても汚い文字と量の少なさにやる気無かったよな、と思えた。


「…もういいよ。別に過ぎたことだし」
「……よくない」

無事部活に復帰できて跡部さんにも認められたのだ。これ以上望むものはない。そう思っての発言だったのに幸村は眉を寄せて嫌だと言ってくる。本当に、今日の幸村はどうしたのだろうか。


「俺は、その………と、友達になりたいんだ」
「は?」
「いや!だからその……小学生みたいなこと、いってるってわかってるけど……あーもう!」


ちょっと待って!と顔を腕で隠す幸村には口を開けたまま目を瞬かせた。友達?私と?え?と彼の言葉が頭をぐるぐる回って首を傾げた。オレンジの光に照らされた幸村の顔が一層赤く見えたり、狼狽してるようにしか見えないのは気のせいだろうか。

「…別に、今も充分友達みたいなもんじゃないの?」
「違う!…と思う。少なくとも俺にとっては、」

友達じゃなかったらさっきみたいな悪ふざけはしないのでは?と思ったが幸村は違うらしい。どこが違うのかわからないは彼が話してくれるのを待つしかなかった。



「…だって今のままじゃ、卒業したらもう連絡とってくれないだろ?」
「え?……どうかな……?」

内心そうかも、と思ったが口にはしなかった。「それじゃ嫌なんだ」と絞り出すように零す幸村にはドキリとした。まさか幸村がそこまで考えてると思ってなかったからだ。


「…じゃあ、どうしたいの?」

友達といっても何を基準にそれというのか。それを聞けば幸村も難しい顔をして視線を逸らしてしまう。


「俺は、これからもと仲間として付き合っていきたい。でも、今のままじゃシコリがある気がして、前に進めないんだ…」


友達かどうかは結果で、本当はただに許してほしいだけなのかもしれない。幸村はそういって俯いた。

幸村がここまで悩んでいたのも驚きだが、こんな風に許しを請うなんてもっと驚きだった。
前に仁王がいっていた『幸村だろうと人の子じゃ』という言葉が浮かんで、その通りかもと思った。


完全無欠と思われた幸村も後悔なんてするんだ。
自分と同じように悩んで苦しんでたのかと思うと変な話だけど親近感が湧いてしまって。
そう思ったら胸の辺りがじわじわと温かくなって目の奥が熱くなる。ああもう、泣くとこじゃないのに。



「…?」
「あの時は確かに腹も立ったし、やりづらいこの上なかったけど。でも今は平気だよ」

そっと幸村の手に重ねるように自分の手を置いてやれば驚いた顔で彼がこちらを見てきた。


「急には変われないかもしれないけど、幸村のことはもう嫌いじゃないよ」
「…やっぱり嫌いだったんだ…」
「そりゃあね」

自覚あるでしょ?とニヤリとすれば「十分理解してるよ」と苦笑された。


「それでもよければ、友達になろう」


いってみて照れくさくなって、あははと笑えば、ふわりと微笑んだ幸村が手を差し伸べてきた。


「…じゃあ改めて。俺は、幸村精市っていいます。どうぞよろしく」
「ぶふっそこから?!……いいけど。私はです。どうぞシクヨロ」
「ははっ丸井のマネ?」
「似てるだろぃ?」


も手を差し出し握手すればテニスタコで硬くなった手の感触がして、ああやっぱりこいつは女顔負けのハニーフェイスでもテニスバカなんだよな、と思った。
そんなことを考えながら丸井のマネをすれば「似てないな」と笑われ撃沈したのだけど。




だろぃ?
2013.02.24