You know what?




□ ツンデレラにご用心 □




「お疲れ様〜!!ありがと〜!!」

更衣室に使っている空き教室をガラリと開けた立海のさんと皆瀬さんに俺はぺこっと頭を下げると「メイク落とし買ってきたよ〜」と皆瀬さんがビニール袋を揺らして朗らかに笑った。美人の笑顔は眩しいぜ。


暇だからって理由で何の気なしに立海の文化祭に遊びに来た俺と越前だったが、何故か越前は演劇に出ることになってしまった。しかもシン…じゃなかったツンデレラとして。
最初は切原がツンデレラをやったんだがアクシデントがあって急遽越前に白羽の矢が立ったのだ。

当然越前は嫌がったんだけどそこはそれ、幸村さんに言われたら断れなくて仕方なく引き受けた次第だ。当の本人はというと、今もむくれた顔で頬杖をついてこちらに背を向け座っている。


「オラ越前。先輩達がわざわざ買ってきてくれたんだから礼ぐらい言えって」
「別に化粧したくてしたわけじゃないし。むしろ無理矢理させられたし…」

越前を小突いてみたがさっきからこの調子だ。女装姿は全然問題なかった上にカツラも被ったのだから知り合いでもわかる奴は少ないというのに。「ごめんね〜私が調子に乗って化粧なんてするから」と申し訳なさそうに謝る皆瀬さんに「いえいえ!大丈夫ですから!!」と俺がフォローした。

「越前くん見栄えいいから歯止め効かなくなっちゃって」
「全然気にしないでください!なんだかんだいって越前も楽しんでたんで!」
「楽しんでなんかないっス」
「越前!!」

お前はどーしていつもいつも俺の言葉を水の泡にするようなこと言うんだよ!肩ごしにじと目で睨めばこっちを見ていた越前がぷいっと顔を逸らした。いつまでも拗ねてんじゃねーよ!


「でも本当助かったよ。はいこれ」
「…?」
「助けてもらったお礼とお詫び」

不貞腐れてる越前にどうしてくれようか、と見ていたら桃城の前にスっとさんが割って入ってきて奴の目の前にコトン、とファンタのグレープ味を置いた。
何で越前の好みを知ってんだ?と越前と一緒にさんを見やれば柳さんが教えてくれたらしい。「それから、はい桃城くん」といって俺にも缶ジュースを渡してきたので驚いた。



「え、でも俺何もしてませんよ?」
「この騒動に付き合ってくれたじゃない。それに、赤也がトイレに篭った時も色々してくれたんでしょ?」

皆瀬さんと顔を見合わせ「ありがとうね」とお礼を言ってくるさんに、別に大したことしてなくて悪いなぁ、と思ったが突き返すのも失礼かと思ってそのまま受け取ることにした。自然にされる優しさがこそばゆくて妙に心地いい。

やっぱマネージャー欲しいなぁ、とニヤついていれば「桃先輩ヘラヘラしててキモいっスよ」と引いた顔をしてる越前に突っ込まれた。

貰った飲み物を飲みながらさん達と他愛のない会話をしていると立海テニス部の面々が控え室に入ってきて、間仕切りに使ってる衝立とカーテンの向こうに消えていく。奥は更衣室になっていて生徒はそこで着替えるらしい。
覗くなよー」という丸井さんの笑い声に「覗かんわ!!」とさんが怒っていて仲いいなー羨ましいなーと思った。


先輩、化粧落としたいんだけど」
「そだね。落としちゃおっか」

どうやって落とすのかわかんないんスけど、とファンタを飲んで少し機嫌が治ったのか先輩に聞いている越前を見ながら「あちゃー」と皆瀬さんが笑った。

「…もしかして越前くん、上に兄弟いたりする?」
「え?どうっスかね?」


フィルムを剥がしてシートを出したさんは「はい。椅子にちゃんと座って。そしたら目を閉じて顔上げてね」と甲斐甲斐しく越前の顔を拭いて化粧を落としていく。素直に目を閉じて顔をあげてる越前に珍しいこともあるもんだとまじまじと見てしまった。

こそこそと聞いてくる皆瀬さんに前に兄貴がいるような話を聞いた気がしたけどどうだったっけ?と首を傾げながらも「多分いるんじゃないですかね?」と窓側に一緒に並んでる彼女にいえば「じゃあ見破られて当然かー」と肩を竦めた。


「桃城くんも面倒見いいでしょ」
「ん。まぁ悪くはないっスね」

兄弟がいるか?と聞かれたのでその辺で「ああ」と納得した。越前はさんが面倒見がいいことを気づいてるんだ。



上機嫌に足を揺らしてる後輩を見て、自分よりも小さくて柔らかそうな手にペタペタ触られたり世話されてなんだか羨ましいと共にズリーな、とも思った。こんなことなら俺も劇に出とくんだったとまで思ってしまうから笑えてしまう。


「は?ちょ!何やってんスか!!」
「あれ、赤也片付けは終わったの?」

わいわいと更衣室の話し声を聞きながら皆瀬さんと話してると切原が怒った顔でさんの腕を引っ張った。「終わったっス!つーか、何こいつの顔ベタベタ触ってんスか!!変態ですか?!」と怒る切原に驚いたが、しばらく考えて、ははーん、と笑った。

切原の奴、さんのことが好きなのか。

関東大会のこともあって簡単に予測がついた桃城はニヤニヤと笑うと視線に気がついたのか切原に睨まれた。おーおー息巻いちゃって。余裕ねぇこと。それじゃあいけねーな。いけねーよ。


「変態じゃねーよ!化粧したことないっていうんだから手伝うのは当たり前でしょ?それに越前くんのお陰で演劇成功したんだから」
「それとこれとは別ですよ!!つーか越前!テメーも甘えてないで自分でやれっての!」
「だって俺こんなの使ったことないからわかんないし、先輩にやってもらった方が確実だし」
「じゃあ俺がやってやっから!」
「ヤダ」

アンタ不器用そうだし、と顔を背ける越前に俺はブッと吹き出した。見ればさんと皆瀬さんも笑っている。さんに関しては「越前くんナイスツッコミ!」と越前の頭を撫でていた。
そんなさんに切原は顔をしかめると逃げるように更衣室の向こうへ駆けて行き「先輩何で止めてくれなかったんスかー!!」と文句を言っている。


「どう?スッキリした?」
「ん。楽になった」

何度か瞬きをして違和感が無いことを確認した越前は「ありがと」とちゃんと礼をいって頭を下げた。俺にはあんな風にお礼とかいってくんねーのにな、と少し遠い目になったがまぁ越前だしな、と諦めた。気にしたら負けだ。

白の部分がなくなったコットンシートをゴミ箱に捨てたさんが「じゃあ着替えもしちゃおうか」と切り出したところでガラリとドアが開き、そちらを一斉に見やった。



「あ、跡部さん…!」
「よぉ。ホラな、やっぱりアイツだったろ?」
「…ホンマや」
「プフー!本当に越前だC〜!ドレス着てるC〜」
「ぶはははっ超似合ってんじゃん!!」

戸口にいたのは氷帝のレギュラー陣で一気に人口密度が高くなった。ドレスの格好に芥川さん達は指をさして笑うものだから折角戻りかけていた越前の機嫌は急降下してむっつりとした顔になってしまう。うわーやめてくださいよ。越前プライド高いからそういうことされると機嫌悪くなるんスよ〜?

帰りが面倒くさくなりそうだし、助けに行くかと身を乗り出したところでさんが越前を守るように前へ身を乗り出した。

「ここは立海生以外立ち入り禁止ですよ!」
「アーン?そこにも部外者がいるじゃねーか」
「この2人は協力者だからいいんです!冷やかしなら帰ってください!!」
ちゃんそらないわー俺達の仲やん」
「そうだC〜俺に会いに来たのにぃ」
「ジローくん。丸井あっちにいるけど?」
「え?!嘘マジ?…あ!本当だー!丸井くーん!久しぶりー!!」
「うわっ芥川?!」

「え、氷帝来てんの?」と更衣室に入っていった芥川さんをきっかけにあちらの方もガヤガヤと騒ぎ出した。


。さっきと今とで随分態度が違うんじゃねーか?アーン?」
「…それとこれとは別です。越前くんを笑いに来たなら帰ってください」
「あーそれはついでや。別に越前笑いに来たんやあらへんて」
「そうそ。俺らお前らの演劇面白かったからそれ言いに来ただけだし」

ツンデレラ、と吹き出した向日さんにさんは苦笑して「だって」と越前に振り返った。


「…その主役のツンデレラならそこの更衣室の中にいますよ」


俺代理なんで、褒めるならあっち褒めてください。と越前が更衣室を指させば忍足さんと向日さんが顔を見合わせた後にんまり笑って更衣室に入っていった。



切原を捕まえたのか「いやーあの棒読みよかったわー」、「腹筋崩壊して死ぬとこだったぜ」とか褒めてるんだか貶してるんだかわからない言葉が聞こえてきて思わず笑ってしまった。

確かにあのツンデレラは特に酷かった。ノリノリだった副部長の真田さんの大根っぷりも凄かったがやっぱり1番は切原のツンデレラだろう。


「宍戸さん。笑いすぎですよ」
「くく、悪ぃ」
「…んで?お前はその恥ずかしい格好のままなんで着替えねぇんだ?」
「別に関係ないでしょ」

思い出し笑いをして腹を抱えてる宍戸さんに鳳が苦笑して中に入ってきたが樺地と揃うと部屋が一気に狭くなるなと感じた。

「今行ったって人が多すぎて面倒でしょ」と跡部さんに越前が言い返したが確かにそうだな、と思った。嫌々やった割には化粧落とし買ってくるといって出て行ったさん達待ってたし、何気に会話しながらも化粧落としてもらってたし。そこでおや?と思った。

そんなまさかな、あの生意気な1年坊主がそんな可愛らしいことするか?いやいやいや。まさかまさか。ありえねー。ありえねーよ。


「え、何この人数。ていうか何で跡部達もいるの?」

ひょっこり顔を出したのは幸村さんだ。彼はあからさまに嫌そうに眉をひそめ跡部さんを見るとその奥にいたさんを見て顔を和らげた。しかしそれもすぐに戻ってしまう。


ー!は後夜祭出るのー?」
「うごっジローくん?!ちょ、顔近いんですが!」

更衣室から出てきたと思ったら抱きついた芥川さんに目を丸くするとさんは少し困ってる…というか頬を染めて引き離そうとしたが「どっか遊び行こー!」と擦り寄る芥川さんに「にぎゃああ!」とよくわからない悲鳴を上げてよろめいた。



「どうせ後は片付けだけなんやろ?俺らも暇やしどうせだから夜まで遊ばん?皆瀬ちゃんもどうや?」
「ごめんねー。私パス。予定あるんだー」
「わ、私も無理。片付けしないと…あと、後夜祭出る約束してて…」
「んだよ。行かねーのかよ」
「岳人くんごめんね」
「え〜やだやだ〜」
「ジロー見苦しいぜ。離してやれ」
「ええ〜っやだだC〜!まだ補充してねーもん」
「…も困ってると思うんだけど」

抱き枕よろしくな感じでさんろ抱きしめていた芥川さんを引き離そうと跡部さんと幸村さんが前へ進み出たが何故か顔を見合わせて跡部さんが意味深な目で口元をつり上げた。
それを見た幸村さんは目に見えて不機嫌な顔になって俺はまた首を傾げた。何だなんだ?この微妙に緊迫した空気は。


「ていうかみんな邪魔。先輩は俺と話してるんだけど」


順番的に俺が先じゃないの?という越前の言葉に一斉に視線をくれてやれば更衣室から着替え終わった丸井さん達がぞろぞろと出てきてさん達を見て何してんだ?という顔になった。

「やっと空いたみたいだし、着替えようかな」
「う、うん。そうだね」

一気に人口密度が増えたのもあってやっと立ち上がった越前が更衣室に行こうとしたが、何かを思い出したように振り返るとさんの手を取った。


「1人じゃ着替えられないから手伝ってくれない?」
「あ、うん。わかった」

1人だと破けそうだし、と心配げに零す後輩に(演技かと思う程表情がうまかった)さんはすっかり騙されて越前の後をついていく。



「あ、そうだ。ちょっと屈んでくれる?」
「ん?何?」
「………さっきのお礼」

チュ、というリップ音に桃城も含めて思考が停止した。
カーテンの前で立ち止まった越前が何をするのかと見ていれば屈んださんの頬にキスをしたのだ。

思っても見ない行動に思わず呆気にとられていればニヤリと笑った越前がこっちを見て、さんを引っ張ってカーテンの向こうへと消えていった。


「……え、えええええ越前んんんん?!」


ハッと我に返ると他の人達も一斉に動き出し仁王さんを先頭に幸村さんや跡部さん、忍足さんに切原が無言で更衣室に入って俺も慌てて続き、さんを救出したのだった。

ここは日本なんだからビックリさせんじゃねぇよ!と怒ったら「挨拶くらいでビックリするとか、桃先輩って結構初心なんスね」と鼻で笑われ微妙に恥ずかしい想いをしたのはまた別の話。




よし!マネージャー入れようぜ!!
2013.03.09